第25話
3
「
玉井工務店の社長である芳夫と、二人の管理長である玉井
光弘は、なぜそんなことをしなければならないのか疑問に思いながらもそうした。
なんでもこの辺りには、大名や旗本の屋敷があったそうで、発掘された屋敷の石垣の一部を、広場のモニュメントとしたり、植栽の足場として再利用しているという。
だからなんだというのか。光弘は呆れ顔にならないよう気をつけながら、ますます地方に来たみたいだと思った。
どこでも、商工会議所などに挨拶に行くと、たいてい地元の名所に連れて行かれ、土地と人々の由来について延々と聞かされるものだ。
大規模建設工事によって、歴史の積み重ねが消滅してしまうのではないか、という不安がそうさせるのだと、上司の
だが今このとき、秋葉原の名所巡りに付き合うことで何が得られるのかよくわからなかった。玉井工務店が、石垣の保存業務を請け負っているわけでもないのだから。
「どうです。大きな石でしょう。こういうものを運ばせることができる。それだけの家勢があった証しです。電気街の辺りは、もっと下の立場の武士たちが住んでいたようで、こういうのはあまり見られません」
事務所を出てからここまで、祟りの話をあれこれ続けていた芳夫が、改めて石について言及した。彼にとっては話がつながっているのだろうが、光弘にとっては飛躍が過ぎて、「へえ、そうなんですね」と興味を示すポーズを取るのが精一杯だった。
芳夫も残り二人も、そんな光弘の戸惑いをある程度は察しているのかもしれない。だがまるで説明責任があるのだとばかりに、話を続けた。
「東京では、こうした家勢の証しが、あらゆるところで見られるんです。何しろ江戸の土地の大半が、武家地か寺社地だったわけですからね。で、そうしたお家の方々は、家勢を保ち、栄えるために、なんでもやってきました。現代では考えられないようなことをね」
「ははあ。ここはその一つなんですね」
「ええ。とりわけ、火に因縁のある町なんです」
「火に因縁、ですか」
また話が飛躍したと思いながら光弘はその言葉を繰り返した。
「そうなんです。明治のはじめに、火災を防ぐための祈願どころとして
「原っぱだったんですか?」
「
「焼け野原ですか。それだけ火災が多かったのでしょうね」
「ええ。世界でも有数だといわれています。火事の多さではね。加えて震災や戦争までありましたから。まあ、それはともかく、秋葉原は玉井工務店にとって何かと因縁がある町ですから、松永さんにも知ってほしいと思いまして」
「そうなんですね。ありがとうございます」
正直、何がなんだかわからないまま、光弘は言った。
「さ、ここは暑いので、そろそろ中に入りましょうか。
「はい。ぜひ拝見したいです」
ようやく屋内に入れると思うと、ほっとした。先日の大雨が噓のような炎天下なのだ。さっさとしてくれと言いたかったが、しっかりと内心を隠し、芳夫たちに従って十九階建てのビルの裏口へ回った。
オフィスビルだがイベントホールも内包しているので搬出入口もしっかり作られている。芳夫たちはビルの入館証を持っており、それを警備員の詰め所の窓口で見せながら気さくに挨拶していた。光弘のほうは名刺を出して記名し、入館証を借りて入らねばならなかった。
中は冷房が効いていて心地よかった。裏口とあって、なんの飾りもない、のっぺりとした大きな通路を進み、ドアの一つを開いて地下へ下りた。『高電圧注意』と記されたプラスチックの札が貼られたドアの向かい側に、番号式のロックが付いたドアがあった。
光弘は何気なくそのドアに目を向け、軽く息を吞んだ。
同じドアだ。
東棟の地下深く、穴のある空間に入る際にあったドア。あのときはなぜか開いていたが、今目の前にあるそれは、しっかり閉じられていた。芳夫が自分の体を壁にして光弘から入力する様子が見えないようにして解錠した。
がちゃっと音を立ててドアが開き、芳夫が光弘を振り返って小さくうなずいた。
「中に入ったらいったん止まって下さい。私どもが先に下りますので、転ばないよう気をつけてついてきて下さいね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます