第一章 彼女達の作戦会議③

 断固拒否の姿勢を示すも、さくらの「えええ、せっかく持ってきたのに?」という一言で黙り込んでしまった紬に絵本が差し出される。友人の善意を無碍にできないのが彼女の良いところだ。それを友人達はよくわかっていた。

「……せっかく持ってきてくれたしね」

 唇をつんと尖らせながら受け取った『シンデレラ』をぱらぱらと捲る。灰かぶりとよばれた少女が一国の王子様に見初められ幸せになる王道ストーリーで、妖精らしいものは中盤、シンデレラの薄汚れた服を美しい純白のドレスに変え、ネズミを従者に変える魔法を使う老婆だ。

「これ、妖精なの?」

 妖精というよりは、どちらかというと魔法使いじゃないだろうか。

 流し見をしながらぼやく紬に、伊織が「フェアリーゴッドマザーは妖精だよ」となんでもないことのように返す。

「やけに詳しいね」

「これに書いてあった」

 しれっと見せてきたその本の表紙は華やかに装飾された金の文字で『妖精大全』と書いてあり、花と戯れる羽の生えた妖精たちの絵が描かれていた。それなりの厚みと重量感があるそれは、子供向けというレベルをゆうに超えている。伊織がぱらぱらとページを捲ると、妖精の種類や分類などが記されていて、そう、つまりこれ一冊でおそらく欲しい情報は賄える。

「なんっでこれを早く出さなかったの?」

「えっ? 頑張ってるさくらが可愛かったから?」

 当たり前だろう、とでも言いたげなその返事に莉子がハハッと乾いた笑いを漏らした。

「さくら過激派め」

「なんとでも言え——まあこれ、鎖国中に書かれたものっぽいから、信憑性があるか微妙なとこっていうのも理由なんだけど」

「想像の範疇を出ないかぁ」

 由佳が調べた末、持ってきた信用できる文献が教科書だったことを考えても、妖精そのものの情報に関して信頼できそうなものがほとんどないということだ。そもそも人間との関わりが少なすぎてまとめるにも情報が少なすぎるし、大昔の民間に伝わる話をまとめたものは伝承されるうちに内容も変わっていく。ただ、それでも——

「ないよりはマシでしょ」

 紬は本を開いた。使える部分をまとめるために、由佳がルーズリーフを取り出す。全て読み込んでいくには時間がないので、重要だと思われるところだけでも拾い上げていきたい。後半の妖精図鑑はかなり気になったが諦めて、前半の文化や考え、付き合い方の部分に焦点を絞って目を走らせていった。

 

 妖精の付き合い方

  ①妖精界の食べ物は食べない

  ②お礼を言わない

  ③恩を売ること

  ④気を許すな

  ⑤妖精は歌と踊りと人間の食べ物が好き

 

 由佳が書き出したその文字を眺めながら、五人はしばらく何も言わなかった。おそらく知っておいて損はないことを、本の中から見つけ出せただろう。しかし、だからといって喜べるような内容ではない。これではもう、

「絶対向こうでやってけない!」

 紬が絞り出すように発した声に、誰も反論しない。いや、できなかった。付き合う上での注意事項というよりは、必要以上に近づくべき生き物ではないと暗に書かれているようなもので、説明というより警告に近い。莉子が忠告したとおり、到底人間とは考えも性質も違うものなのだ。たとえ姿形が人間とよく似ているとしても。

「まあ、うん、そうだろうね」

 莉子が納得するように頷く。本を持ってきた伊織は責任を感じているのか、本を軽くたたきながら焦ったように早口でまくしたてた。

「でもほら、心構えできるだけで全然違うじゃん? 仲良くなれないってわかってたら、期待もしないですむし!」

「あとこれ、多分ツムツムなら使えると思うんだぁ」

 色白の指が文字列をなぞる。それは五つ目に書かれた項目だった。

「ツムツムの歌なら、多分向こうで役に立つと思うよぉ。歌い手なんかよりよっぽど有用的!」

「やめて由佳」

「歌い手……?」

 怪訝な顔をするさくらから目を逸らし、これ以上余計なことを言うなと由佳を静止。ここで昨日の話をされたら絶対ネタにされる。それだけは阻止したい。

「歌のことは頭に入れとく」

「あと向こうの食べ物は食べないこと、ね。出られなくなっちゃうから」

「——わかった」

 けっこう今後の人生を左右しがちな引っ越しだな。つむぎの背中を嫌な汗がつたう。うっかり妖精界の食事を食べるだけで、人間界に戻って来られなくなるというなら食事はどうしていけばいいのだろう。前任者はどうやって生活していたのかも知らないので不安しかない。しかし行くと決まった以上、どうにかして生活していくしかないのだ。

「ていうか、」

 決まったことは仕方がない。まだきっと揺らぐだろうが、引っ越すための覚悟もそれなりに決まってきた。それに、こうして一緒に悩んでくれる友達がいる。あちらへ行っても相談に乗ってくれるだろう。今や遠距離ですら距離を感じさせない時代だから、国が違うくらいなんとでもなる。よし。紬は深く息を吸った。

「新入生歓迎会どうしよ」

 伊織の言葉に全員が衝撃を受けたように固まる。たった五人の軽音同好会、唯一のボーカルがいなくなることに今ようやく気がついたのだった。

「わ、私、引っ越すのやめる……!」

 固まったはずの決意はあっけなく崩れ去ったのだった。

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