第27話 境界線Ⅱ
──────── 粛清してただけなんだけどな
オレはユキの問いに対してそう答えた。
なんてことのない当たり前の答え。けど、ユキはそうは思わなかったらしい。
不機嫌そうではない。ただ、目の前に恐ろしいものを見たそんな顔だ。
ユキは深呼吸をして息を整えている。
そして、
「あなた、それが如何にヤバいことか分かってる?」
と切り出してきた。その目は今までにないほど真剣な目をしていた。
「自覚、自覚か・・・そりゃ、最初はあったさ。あいつらから聴いてないか?オレだってはじめて粛清した時は身体が震えた。いや、それ以上のなにかが身体全身を駆け巡っていた。気が狂いそうだったさ。本当に粛清するほどの悪人だったか?これで、世界が変わるのか?救えるのかって?何度も何度も考えた。でも、行き着く結論はいつも同じ。このまま進むしかない!だった。」
「・・・・・・」ユキは黙って聴いている。
「だから、粛清を続けた。より良くするために実験もした。できるだけ自分の目で見て判断するように心掛けた。知っているとは思うがオレの粛清条件は縁を持つことだったからな。もちろん、全員と喋ったりしたわけじゃない。お助けアイテムや抜け道のような方法で行ったりもした。」
「そうするうちにだんだんと」
「麻痺してきたのね。感覚が・・・自分の行いの意味が・・・」
低い声でユキは呟く。
「粛清を続けて改めて分かったのは人間なんて善悪両方をはらんでいるというありきたりなものだった。だから、徐々に抵抗がなかったのかもな・・・」
自分の発言とは思えない言葉を自分は紡いでいる。それは、見ようとして避けていた自分の中の正直な思い。気づかないように意識していた矛盾した感情。自分でも理解できない、していいものではないときづいているからこそ、気づかないようにしてきた。
「そうね、私だって、自分では良いことをしていると思ってる。でも、本当はこの力は悪かもしれないと気づかないように逃げているのかもしれないわね。」
静かに、そう呟く。言葉を選んでいるのが伝わる。
「ユキはさ。さっきのオレの行動が異常に見えていたかもしれない。でも、オレがユキは料理が上手くないって思ってたのと同じなのかもしれないぜ?」
人間は理解しあえない。先程ウォッチャーたちが人間関係の答えがでないといっていたのは人間は結局のところ互いが互いを理解しあうことができないからだ。せいぜい、理解しあえた気になるだけ。だからどんな想いでSWを使おうとそこに罪はないと言いたい。
「ユキは人を苦しみから救ってあげたいという想い。
オレはアプリの目的通り少しでも世界を救うために悪を減らしていくだけ。
想いは違う。方法も異なる。それをプラスにするかマイナスにするかは使い手次第。
失うものはある。それは確かに存在する。それに伴い悲劇だって生まれるかもしれない。でも、その悲劇を喜劇として喜ぶ人間がいることもまた事実だ。
だから、喜ぶ人が多いようにオレはこれから進んでいかなければならないんだ。失うものよりも多くのものが得られるように。そして、その積み重ねを持って世界を救うんだ!」
「それ、最終的に貴方しかこの世界に残りませんってオチじゃない?」
「それはないだろうな。」
ありえないと確信を持っていえる。
「どうしてよ?」
「そうなる前に苦しんでいるオレをユキが救ってくれるからさ」
少しの沈黙。その後の彼女のちょっとした微笑。それは本当に少しの笑いだったけれど、とても幸せそうに見えた。
「そう。分かったわ。異常だと言った件については謝るわ。・・・・・・でも、悔しい。」
「何が?」
「天斗の言い分をすんなり受け入れてしまっている自分がいることによ。普通だったらそれでも倫理的に。とか残された人の想いは?とか、そんな手段はテロだとかなんとか、色々ツッコミどころ満載なのに」
ユキ自身、このアプリによる変化を今、身を持って感じているのだろう。
それを悪いことだなんて思わないしそんな資格はないのだから。
「ねえ、天斗・・・今は私を救ってくれない?」
長い沈黙を破ったのはユキだった。
その言葉の意味するところは勿論
「それは辻を粛清しろってことで良いんだよな?」
ユキはゆっくりとうなずく。
「どうしてユキがしないんだ?そのためにオレを眠らせたんだろ?」
「手に触れるのに失敗したのよ。」
悪い?と睨んでくる。
「別に構わない。そこまで計算しての行動だったんだろうし。」
おそらくだが、オレの粛清条件は整っているはずだ。だが、果たしてそれでいいのか。オレがユキに変わって奴を粛清するのはなんだか筋違いと言うか、なんだか口では言い表せない嫌な予感がある。だから、
「オレは粛清はしない。オレがするのはあくまでオレが悪だと思った人間だ。その判断ができるまでは様子を見る。」
「!!!でも、奴は私の」
「分かってる。お母さんの主治医で死に追いやったんだろう。でも、それが真実とは限らないんじゃないか。また、騙されているかもしれない。それにオレには・・・・」
「ああもう、うるさい。分かってる。あの人も腕はたしかで、悪い評判は聞かないわ。私と接するときはとても親切だったし、それに・・・それに・・・・」
「それに・・・なんだ?」
「いいえ、なんでもないわ。」
なんでもある時のそれだろと思う。どうやら、まだ隠していることがありそうだ。
「だったら、調べましょ。真実をそうしたら粛清してくれるんでしょ。」
「それはまあ、そうだが」
「その言葉忘れないでね。」
ああ、本気だこれ。本気で、本気で真実を見つけようとしている。
こうなったユキはもう本当に止まらない。
だから、そうこうなる覚悟をしてくる必要があったんだ。
「それで、具体的にはどうやって調べるんだ」
その問いを待っていたかのように女は微笑む。
その笑みは救世主とは程遠いものだった。
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