第26話 境界線

長い、長い話が終わった。外はとっくに陽が沈んで、星が輝きだしている。ここまで人の話を真剣に聴いたことは一体いつ以来だろうか?大学の話だってこんなに真剣にきいちゃいない。


「・・・・・なんていったらいいかわからないけど、とりあえず、今までの概要はおおよそつかめたと思う。」


「そう。なら結構よ。」


「でも、お前看護師の下り嘘ついてたんだな。」


「まあ、あの時はもしかしたら、天斗が粛清してくれるかもって期待してたから。あえて、悪いように言ったのよ。」


恐ろしい女だと思う。もし、ユキとオレの能力が反対だったらと思うと・・・恐ろしすぎる。


まったく、どこまでが素でどこまでが仮面なんだか。瑞希曰く女は仮面だらけで、嘘ばかりなんだとか。この数時間でユキに対する印象が変わりまくりだ。手のひら死んでるぞ。ただ、どんな思惑があろうとユキがSWの力を持っていることは変わりない。それにユキがオレの原医師粛清を防いでくれたことも事実だ。まあそれで、オレが眠らされたんだが。あれ、待てよ。


「なあ、ユキ。どうして原医師はまだ起こしてないんだ?母親の件とは無関係だったんだろ?」


「ああ、それ。ただ単に、哀れだと思ったから。あの人24時間ほぼ働きっぱなしだったんだから、あのままじゃどっちみち過労で死んでたわよ。だから、もう休ませてあげることにしたの」


「それじゃあ、」


あの人の患者、医者としての職務はどうするんだ?


と言い掛けて辞めた。医者だって労働者だ。それにこのまま働いたらあの人が死んでしまう。それならまだ、昏睡状態の方が救われる。それに、ユキがいればいつだって起こすことができるんだ。


「まあ、これから先あの病院は大変でしょうけど。私、あの病院で働くつもりだからその頃になったら起こしてもいいしね。」


そうなんだ。ユキは医学部だから医者になるのは当然だろう。それにしても、これだけ医療の闇を見ているのにまだ医者になるつもりなのか・・・


「まあ、私の話はこれでおしまい。次は」


「ああ、オレの番だな。」


さて、どこから話したものか。


「え?いや、天斗の話はいいわよ別に。そこのウォッチャーから大体のことは聴いたから」


「・・・・・・」


オレは言葉を失った。まさか最初から見られていただけならまだしも、それをユキに告げ口していたなんて。キリッと2匹?のウォッチャーをにらみつけるが、どこ吹く風といった様子。


「まあ、そんなことよりご飯にしましょ。お腹すいたでしょ?」


現在時刻は20時5分前。話を聴いている間は気づかなかったが、確かに身体は空腹を訴えている。


「ユキが作るのか?」


「あったりまえでしょ。ここ私の家なんだから」


そういいながら、冷蔵庫をあさっている。


まさか、付き合っていた時にはこんなことにならなかったのに別れたあとに関係が発展するとは。高校生の時のオレなら泣いてこの状況を喜んでいただろうな。


・・・・・なんてな。あの頃のオレたちははじめから詰んでいた。だから、現在の関係があるんだろう。それにユキも全然気にしていなかったみたいだし。変に思い上がるのはやめよう。それにまだ、オレは返事をしていないのだから




「ねえねえ。」


可愛らしい掛け声とは反対の無機質な声。頭の上にウォッチャー。ミルがいた。さっきまでユキにくっついていたと思ったらいつの間にか戻っていたらしい。


「ねえねえ。」


「なんだよ。」


こちらもできるだけ感情を殺して答えてやる。


「高校時代のユキとはどんな関係だったんだい?」


・・・・あまりにも予想外の質問が飛んできた。


「どうしてそんなことを知りたいんだ?」


「それは・・・・」


「それは、吾輩たちがウォッチャーだからだ。」


急に口を挟んできたもう一匹のウオッチャー。ミルと同じような猫型のようでどこか異なる雰囲気を醸し出している。ミルのように4足歩行ではなく、二足歩行。人間と同じ二本足で立っている。さらには、モノクルとシルクハットをつけ、さながら怪盗のようだ。なにも身につけていないミルとは正反対にオシャレをしている。


「お前名前なんだっけ?」


そういえば、言ってないよな。


「うむ、本来人間に名乗る名など持ち合わせていないのだが、仕方あるまい。だが、これから長い付き合いになるだろう。その時にウォッチャーでは不便だろうからな。


吾輩はモノと呼ぶがいい」


「モノにミルね・・・」


変な名前だと思いながらも、元々意味不明な存在だ。気にしない方向で行こう。


「それで、高校時代はどうだったんだい?」


話を戻すミル。オレは少し躊躇ったあと口を開いた。


「別に特別ななにかが合ったわけじゃない。ただ、付き合っていただけだ。」


「付き合っていたっていうのは、人間たちがいう彼氏、彼女というものだな?」


オレは黙ってうなずいた。


「そうなんだね。それでどこまで進んだんだい?」


「どこまでって?」


「?意味がわからなかったかな?」


「性交渉はしたのか?」


・・・・・・モノはかなりストレートに訊いてくる。意外だ。この無生物みたいなものが


そんなことを訊いてくるとは思わなかった。


「そんな関係になるわけないだろ?高校生だぜ当時は。」


あくまで一般論で切り返す。


「そんなものなのかい?人間は?」


「いや、人間はってかなり大きいくくりだな。さすがに全人類がこんな関係ではない・・・・と思うぞ」


きっとそうだ・・と信じたいものだ。いや、少なくともオレとユキに関しては普通ではない関係だったとは思う。けど、まあ、それはそれだ。今更過去を振り返っても仕方がない。


もうあの頃には戻ることはできないのだから─────────


「なあに、このようなことを訊いた理由は単なる興味ではない。人間のありとあらゆるものを記録、並びに保存していくことも吾輩たちの仕事なのでな。貴様らのいう人間関係というものは吾輩たちにはない非常に興味深い概念だ。長い間それを観てきたが未だにこたえにありつけないものの一つだな」


それは、そうだろうな。こいつらに人間の感情というものが分かるとは思えない。


─────それは、人間にも言えることだよな。


だって、そ──────「ご飯できたわよ!」


と台所からユキが出てくる。その両手には鍋がある。料理は匂いからしてカレーだろう。


スパイスの匂いでより空腹を感じる。


「「いただきます」」


カレーを食べる。味は普通に美味しいと思う。辛さも中辛でちょうど良い。何より、誰かと家で一緒にご飯を食べることが久しぶりすぎて・・・感動してる。そのせいで味に上方修正が掛かっているのかもしれないな。


「天斗は自炊とかするの?」


「いや、全然してない。コンビニかスーパーで買った料理を温めてる。あと、バイトに入ってる時の賄いが基本かな」


「へえ~そうなんだ。」


なにやらユキは意味有りげにこちらを見る。


「ところで、味のご感想は?」


「ああ、凄く美味しい。ユキって料理できたんだな」


「そう。天斗は私が料理もできない女子大生だと思ってたわけね」


その声にはまず間違いなく怒りが含んでいる。


「ええっと・・・」


そりゃ、さっきの話聴いたらそう思うだろ


なんてことは言えない。言ったら間違いなく終わりだ。だから、ここは・・・


「カレーっていうのが意外だったていうか。ほらユキさ、パスタとかオムライスとか洋風の料理食べてること多かったからそれで・・・」


「まったくもう・・・そういう偏見持って接してると女子に嫌われるわよ。まあ、でも天斗って結構、イメージとかで判断して、それに囚われがちだしね。」


っつ!痛い所をついてくる


「まあ、その性格を利用しようとした私が言えた義理ではないけど・・・」


うんうん、とせめてもの抵抗としてうなずいておく。


「でも、これは本当にいっておかなきゃいけないと思う。天斗はホンっっっトに頑固というか決めたらとことん固執するからね。その癖を治せとは言わないけど、その要素があるってだけでも自覚してなさい」


まるで親か教師のように真剣に警告をくれる。それはありがたいことだけど・・・


「いや、僕はそんなに頑固なんかじゃないよ。決めたこともすぐ変えるくらいだし・・・」


「それって、SWのこと?」


「ああ、あの夜に覚悟を決めたはずだけど・・・」


悩んでいる。いや、後悔というべきか。あやうく関係ない人を粛清するところだったんだから。


「そりゃ、私もあの夜の様子を見たら、まだ覚悟決めてないんだな、って思ったわよ。でも、それは勘違いだった。」


彼女は遠いどこかを見る目で話しかけていた。


「それってどういう意味だ?」


「あなた覚悟なんて、いいえ。それ以前に粛清することSWの力を使うことに対して全然抵抗がないじゃない。」


「・・・・・・・」


「あなたの後悔は悪人ではない人を裁きそうになったことへの後悔であって、力そのものを行使することへの恐怖じゃないわ。」


言われてみるとそうかも・・・しれない。


それに、とユキが口を開く。


「覚悟が決まってない人間がそんなことしないわよ。」


とオレの左手に持っているスマホを見ながらいう。


そんなこととはなんだろうか?


確かにオレはユキと喋りながらスマホを操作しているが・・・失礼だっただろうか。いや確かにいくらなんでも失礼だな。以前は良くしていたのでそれに甘えてしまっていた。反省だ。なにせ、最近は食事中はスマホを操作してた。誰かと一緒に食事するなんて久しぶりだから、その癖が出てしまってたんだな。習慣がその人を表すなんて言葉を聞くがその通りだ。


次からは気をつけよう。


「分かった。悪かった。確かに食事中にまして女性の前でスマホは良くなかったな・・・」


と反省の意を示す。


ところが、ユキは、ハア~とため息。それもいつもより長いやつだ。数秒の沈黙の後、ユキは口を開く。


「それで、スマホを使ってなにしてたのかしら?」


???????おかしなことを訊く。オレたちは机を挟んで正面を向いて喋っている。その距離は1mあるかないか。ユキは視力が良かったはず。それに見慣れた画面だったから何をしていたかなんて手に取るように分かったはずだ。


「なにしてたってそりゃ、」


──────── 粛清してただけなんだけどな

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