第25話 救世主が生まれた日0


 隣の家に行き、インターホンを押す。時間は11時。


 暫くして中から清さんが出迎える。刹那、よろけたフリをして対象の手に触る。


 ─────上手くいった。


「ああ、三上さんか、大丈夫かい?」


「ええ、問題ありません。」


「それで、どうかしたのかな?妻の件ならあまり・・・」


「ええ、もちろん分かっています。奥さん帰られたかなと思い、少々気になったもので、そのまた大きな音が聞こえたものですから。」


 後半は嘘だ。ただ、会いにいく口実にすぎない。


「?そうかい、それはすまない。」


 っとこんな嘘に合わせてくれる。どうやら、相当精神に来ているらしい。


「いえ、お気になさらないでください。それでは、おやすみなさい。」


「ああ、おやすみなさい。」


 最期だからと手を振ってその生命を見送る。ドアがゆっくりとしまっていく。


 それを確認しSWに名前を入力する。「高田清」


 すぐに執行完了というメッセージが来る。すると、ドア越しに何かが倒れる音を聞いた。


 昨夜のように、罪悪感も怒りもないただただ、透き通った水のように純粋で平穏な気持ちと救うことができた安心感が彼女の中を駆け巡る。その顔には迷いなど一切ない。ただ、満ち足りたなにかがあった。


 瞬間、黒い服を着た女が彼女に飛びかかる。女が帰ってきたらしい。


 ユキは昨夜のように馬乗りにされる。


「なによ、あんたなにしてんの?」


 隣の住人だとはつゆも思っていない。


「まさか、あんたね!うちの金づるたぶらかした、悪魔は!この言いなさいよ。あんたの、あんたのせいで私の人生ムチャクチャなんだから。金づるには捨てられ、ATMにも見放された。おまけに、あんなできの悪いごろつき2体を育てなきゃならない。ホント、サイアク。ねえ、どうしてくれるのよ。」


 普段の様子とは正反対の彼女の声。少し前の私ならこの状態から、蹴りだのなんだのしていただろう。でも、今は違う。ポケットに入れたスマホで目の前の患者の名前を入力する。そこには躊躇いなど微塵もない。まるで、病院の受付に名前を記入するぐらいの感覚で打ち込んだ。


「そうだ、あんた、アンタ払いなさいよ!慰謝料!ヘヘ、幾らにし・・・・」


 バタンと私に覆いかぶさったまま糸の切れた人形のように倒れ込む。


「このままはまずいわよね。」


 浮かんでいるミルにそう話しかける。


 女のカバンから鍵を取り、家に入る。女の手に触れないように慎重に運び込む。


「寝室はどこかしら?」


 できれば、二人隣で寝かせてあげたい。たとえ、すれ違っていても仮初の関係でも夫婦だったのだから。散らかったリビングに足を入れる。皿や物があちらこちらに散乱しており、泥棒でも入ったのではないかと思わせるほどだった。


 混沌とした部屋に佇む動かされた形跡のない写真立てがある。────ふと、 その写真が目に入る。それはどこにでもありそうな家族の写真。日付は2ヶ月前、夏休みの旅行先で撮ったようだ。そこに映し出される4人はみんな笑い合っていた。創ろうと思っても創れないそんな純真な笑顔がそこにはあった。その笑顔は家族の絆を確認し、楽しさ、幸せを感じたからだろうか?それとも、家族という関係が破綻したことを分かっていながら、家族たりうる振る舞いをしていることに対する嘲笑だろうか?─────それは今となってはもう─── 知ることはできない。


 なぜなら、もう既に、二人の子どもも粛清済みなのだから。


 彼女は家に上がるなり、子ども部屋と書かれた部屋に入り、左手で彼らの手に触れ、右手で名前を入力した。


 時刻は11時13分。わずか、13分にして彼女は一家を否、一家だったものを再び集め、幸せへと誘ったのだ。


 これを救済と言わずなんと呼ぶのか!吾輩は感激している!その行動、その思考、その精神に。それは人間が示した──── 可能性!世界を救う第一歩!


 救世主は家を出る際こう告げた。


「どうか幸せに──────────────────────良い夢を!」と

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