第21話 救世主の生まれる日Ⅲ

 ────── 気がつくと家の玄関で倒れていた。


 どうやって帰ってきたのかよく覚えていない。あの遺体はあのまま放置してきた。それが私の、私なりの復讐だ。とはいえ、身体の熱はとっくに冷めきっていた。


 朝になれば誰かが気がつくだろう。私にとっては一夜の出来事にすぎない。


 それに、私が殺したわけではない。そうだ、そうだ、そうだ、そうだ。


 私は殺していない。私はその手伝い、きっかけを作っただけのこと。


 私のSaving Worldは相手を昏睡状態にさせるものだ。条件は執行対象の手に触れること。


 だから、あの虫はたまたま、道路で寝てしまい、トラックに轢かれただけの話。


 そう自分に言い聞かせる。暗示のように。私は悪くない、私は悪くない、私は悪くない。


「そうだね。きみは悪くないよ。」


 ──── と目の前に猫のような。でも、猫ではないと確信させる何かがいた。


「おや?あまり驚いていないみたいだね?ボクが現れると決まって人間は驚きや困惑という感情を発露させるんだけどね」


「充分に驚いているわ。ただ、」


 疲れて、理解していないだけよ。


「そうかい、何せ初粛清だからね。エネルギーを使ったのだろう。」


 うんうんと勝手に納得したようね。


「それで?私に何か用かしら?」


「用?ボクはただきみに会いにきただけさ。


 ボクの個体識別番号、所謂名前っていうのかな?それはミルと呼ばれている。」


 無機質な声で喋る猫のようななにか。その仕草は機械のようで、機械ではない。不気味さを感じさせる。


「そう、じゃあ、ミル。貴方の目的は?私に会って何がしたいの?」


「うん。ボクはこのアプリ。SWについて教えに来ただけさ。」


「その必要はないわ。私もうこの力を使うつもりはないから!」


 はっきり告げる。これで、良いのだと言い聞かせる。


「それは、どうしてだい?」


 本当に理解できないと言いたい様子だ。


「どうしてって・・・・・そりゃ」


 俯いて、言葉を濁らせる。本音と建前どちらを─── 言うべきか?


「きみが力を望んでいたのにかい?使ってみて怖くなったのかい?それとも、倫理的な問題かな?例えば人の命を奪ってはいけないというやつかな?」


「・・・・・」


 言いたかったことを言われてしまった。


「でも、きみは力が欲しいと望んだ。母親の敵を打ちたいって思ったんだろう?だったらすればいいじゃないか?」


 そんな簡単に、とりあえず、やってみよ~みたいな勢いで言わないで欲しい。


「う~ん。今までの執行者は結構開き直ったんだけどね。」


 ・・・・そんな奴がいたのね。


「まあいっか。これもこれでサンプルとしては十分かもしれない。ボクはね、ウォッチャーといって執行者の観察をするのが役目なんだ。だから、無理強いはしない。でも─────三上ユキきみの粛清方法は歴代の執行者の中でも、異質と言っても良い。説明は呼んだかな?だいたいの方法は命を奪うことで世界を救うことが中心なんだ。でも、きみは違う。対象者を眠らせる。きみが触れない限り一生眠らせるというものだから、実質、死と同義だろうね。」


 さきほどの無機質な声とは違う。少しの温かみを感じる抑揚を感じる。


「そうね、だから命を奪うことはできないわ。」


「どうして、きみはこの力を得たのか。心当たりはあるかい?」


「父さんと母さんに休んで欲しいって思ったからだと思うわ。」


 コイツに言われたくなくて──────つい、思ったことを言ってしまった。


「そうかい。───── 自覚があるなら良いんだ。」


 父さんは働き詰めで身体を壊して、そのまま死んでしまった。母さんもそう。


 だから、休めるようにって・・・


「きみの想いが、願いが力に変わったんだ。誇っていいと思うよ。力をどう使うかはユキ次第だ。薬だって使い手によって効用が変わってくるだろう?だから──── 」


 使っても悪いことではないと言いたいのだろう。


「・・・・・・とりあえず、もう今日は休むわ。考えるのはまた、明日。」


 疲れているのは事実だ。時計の短針は3の文字を指している。


「──────そうかい。おやすみ、ユキ。ステキな夢見れるといいね。」


 ミルが何かを言ったが、それは聞き取れなかった。でも、その言葉は昔、まだ──── 父さんが生きていたころによく言われた言葉だった。



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