第19話 救世主の生まれる日

 9月14日、その日は朝から雨だった。母親が息を引き取ったのは夕方だった。


 私はその日土曜日だが、大学に行って勉強をしていたからその最期には立ち会えなかった。


 どうやら、何も言わずに静かにこの世を去ったらしい。


 容態は───確かに良くなかった。悪化の一途を辿っていたといってもいい。


 だから、いつかこんな日がやってくることを漠然とだけど、考えていた。だからだろうか、電話で母さんの死を知っても、当たり前のように人が抱く、「悲しみ」という感情はすぐにはやってこなかった。薄情な娘だと世間の人は思うかもしれない・・・。


 実際薄情な娘だと思う。見舞いに行ったのは入院し始めた数週間だけ。それからは病院からの呼び出しを受けた時だけ。それだって、母さんの病室ではなく、どこか控室や診療室で担当の辻先生から話を聴くだけだった・・・・。


 母さんとの仲は悪くなかった、むしろ、世間一般に比べれば良い方なのだと同級生との会話で気づいた。それもそうだろう、母さんは父さんが亡くなってから、保険金や貯金があったとはいえ、私を女手一つで育ててくれた。父が経営してた会社で働きつづけながら。もうその会社も人手に渡ってしまったから、私と父親を繋ぐものはなくなったといってもいい。だからこそ、母さんは私を一人にしないように接してくれたのだろう。


 必死に、無理をして、無理をして。疲れを───痛みを───悲鳴を───苦しみを───我儘を必死に無理をして私に悟らせないように頑張ってきたんだよね。


 でも、私はそれに気づいていた。だから、気づかないように必死に、必死に、無理をした。


 顔を───髪を───手を───心を視ないように視てることがばれないように頑張ってきたのよ。


 これでもね。だから、母さんには早く休んでほしかった。父さんの時と同じようになってほしかった。だから、私は───────会いに行かなかった。きっと、私に会えばまた無茶をしてしまうって。──── なーんて、都合の良い言い訳を考えたこともあった。あった。


 きっと、そうでもしないと私の心は簡単に跡形もなく消えていただろうから。


 私の心が母さんの死を理解したのは葬儀の後、周りの大人たちに


「これから一人だけど、頑張るんだよ」と慰めに似た何かを言われた時だった。


 一人になってしまった。周りに友達や同級生、親戚。そういったラベルを貼った関係の人はいるけど、もう──── 一人なのだと。私が家族として接することのできる人はもういないんだと。そう思った。


 それから、暫くのことは覚えていない。 生を実感するのは暫く時が掛かることになる。

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