第18話 明かされた事実
あの病院から、車で5分。閑静とした住宅街の中にあるマンション、その最上階に彼女の自宅がある。彼女がお金持ちだったことを思い出す。少なくとも、大学生が一人暮らしをするには充分を超えている。たしか、父親は貿易会社を営んでいるとかなんとか。
────そんなことを普段の僕なら考えていただろう。
だが、そんな発想は今は浮かんでこなかった。
SWが絡んでいなければ今頃は浮かれ気分だっただろう。彼氏役だったときでさえ、ユキの家には行っていないのだから。
緊張と興奮で身体が熱くなる。身体の水分のほとんどが沸騰しているみたいだ。
タクシーがマンションの前に止まる。着いてしまった。
白いコンクリート造りの一見どこにでもありそうなマンションだが、セキュリティーはしっかりしているようだし、中に入ると、シャンデリアとソファーがロビーに設置されている。
目を奪われている暇はない。先に進むユキに黙って付いていく。
エレベータで最上階へ。後に引くことはできない。いや、そのつもりもない。その必要もない。
ガチャリ、ユキが扉を開ける。
どうぞ、という声につられて中に入る。
廊下は塵一つ落ちていない。まるで、この状況を見込んで掃除していたみたいだ。いや、みたいではない、そのつもりだったのだ。ならば、この状況は────
部屋に入る。
・・・・・・・
女の子の部屋の割には、装飾品は少ない。カピカピした部屋を予想していたが、想像よりも質素、いや簡素というべきか。とにかく、期待したような女の子の部屋というわけではない。
適当に座ってといわれたので、高そうなミニソファーに腰を掛ける。
彼女は今、キッチンでコーヒーを淹れている。香りがここまで届く。どうやら、コーヒーも高級品らしい。
充電器が目に入ったので充電させてもらう。こうでもしないと話が続かないからな。
5分経って彼女がコップを持ってこちらにやってくる。
よっ、と言って近くの椅子に腰を下ろす。
はいこれとコーヒーを渡してくる。いい香りだと素人の僕でも分かった。
・・・・・・
お互いに話を切り出さないが、リラックスはここまでだ。
「そろそろ、SWのことについて話をしないか?」
せっかちねーとでも言いたそうな顔を浮かべている。
「良いわよ。なら、まずは画面を見せあいましょ。充電足りてる?」
問題ないといいながら、アプリを起動。ホーム画面を見せる。
彼女もほぼ、同じタイミングで画面を見せる。
表示されている内容はほぼ同じ、違いがあるとすれば、画面のど真ん中に位置している粛清ランクの数字くらいだろう。こちらは7、向こうは11だ。
「確認は充分ね・・・・」
「・・・みたいだな。それで、話ってなんだ?」
本題を切り出す。
「そうね、簡単にいえば、また手伝って欲しい。あの────辻を粛清するための、手伝いを」
????。どういうことだ?彼女だって、SWがある、どうして自分の力を使わないんだ?
という質問の前に
「私の粛清方法は対象者を昏睡状態にするのよ。」と。
息をのむ。
「待ってくれ、もしかして、粛清方法って人によって違うのか?」
語気を強めるのが分かる。また、身体が熱くなってきた。
「え?そんなことも知らないの?」
とそんな一般常識を知らないのという意味合いで困惑を示す。
「ああ、そんなこと知らない。いや、そもそも、オレ以外にSWを使っているやつがいるなんて、ついさっき知ったんだ。」
だから、焦りがあった。粛清されるのではないかという焦りそして、彼女を粛清しなければならないという焦りが・・・・・
「なるほど。合点がいったわ。」
というとおもむろに立ち上がって、
「出てきなさい」
そう虚空に向かって告げる。
すると、どこから現れたのか、まるで、最初からそこに居たかのようにソレはいた。
見た目は完全にネコ、詳しい種類まではわからないが、三毛猫というやつだろうか・・・どこにでもいそうなそれ。
別にそれ自体が問題なのではない。問題はそんな猫が空中に浮かんでいるということだ。
「っっっっな」
驚きで声が出ない。身体が声の出し方を忘れたのではないかと思えるほどの異常がそこにはあった。
「ちょっと、彼を驚かさないでよ。こう見えても、きもが弱いんだから。」
さり気ない罵倒。それすらどうでも良くなるくらい、オレの意識はこの異常に向いていた。
「ごめんよ、驚かせてしまったね。」
聞いたこともない声が聴こえる。この場にいるのは3者だけ、ならこの声の主は・・・
「うん?もしかして、聞こえなかったのかな?ちゃんと、きみたちの言語・・・日本語?っていうんだったかな。それで、話しかけたつもりだったんだが・・・・」
「大丈夫、聞こえてるわよ。ただ、脳が理解できるレベルを超えてるから声がだせないだけよ」
彼女がフォローを入れる。オレはまだ、頭の処理が追いついていない。
「そうかい、なら、きみと一緒だねユキ。うん。思い出したよ。ユキ、君がはじめてボクを認識した時と同じ顔だ。」
ちょっと、と遮るように声を出す。がそんなことはコレには関係ないようだ。
「ボクの個体識別番号。きみたちがいうところの名前はミルというんだ。よろしくね執行ナンバー130、天斗來夜。」
自分の名前を言われようやく、頭が正常に戻るのを感じる。
「ボクも天斗って呼ばせてもらうよ。きみはユキの共犯者らしいからね。ところで、どうしてボクを呼んだんだい?ユキ。彼にボクのことは言わないって言ったのはきみの方だったはずだけど・・・・」
「事情が変わったのよ。」
「天斗はこのSWについて何も知らなかった。私の想像以上にそれに覚悟も・・・・
私が説明するよりもあなたに説明してもらった方が話が早いと思っただけよ。」
「なるほどね。でも、その役割はボクのではないかな。いるんだろ、ケイ。」
テーブルに目を向ける。そこにはまるで、はじめからそこにいたのではないかと思ってしまうほど自然に佇んでいる・・・・・鳥がいた。
もう、驚かない。これ以上驚ける容量が頭には残っていない。
これ以上はやめて欲しい。脳が追いつかない。
「フン、そこまで驚くことか?」
「どうやら、喋るドウブツというのは人間にとっては珍しいものらしいよ」
二人、いや、二匹が会話をしている。まだ、何か話しているが・・・・
「おっと、話を戻さないとね。」
こちらの視線に気がついたようだ。
「・・・・仕方がない。吾輩がSWについて教えてやろう。なに、面白いものを見せてくれた礼だ。」
「そうだな・・・・まずは先程話していた粛清方法の違いからするか。」
ああ、と短く返事をする。
「結論からいえば────執行者、お前たちの人間性によって方法は変わる。」
「どういうことだ?人間性ってまるで、オレが人を殺したいと想っているかのようじゃないか?」
「違うのか?」
・・・・・・・答えに悩む。
「天斗、貴様はあの日殺したいと考えるほど憎いことがあったではないか。それだけではない、これまでの人生の積み重ね、その中での不満や不快といった感情が反映された結果にすぎん。」
「そこな娘は父親が過労で亡くなったから、休んで欲しいという想いが反映された結果、昏睡させるという方法が選ばれたのだ・・・・
そのあたり、貴様はどうなのだ?」
・・・・・・オレ自身が望んで得た結果ということか。だが、
「オレは脳梗塞にかかった人は周りにはいないぞ!」
まったくの見当違い、どうでも良い反論をする。
自分が望んだそんな事実受け入れたくない───
「さてな、脳梗塞という方法であることはわからん。管轄外だ。」
突き放すようにいう。
「なら、お前たちはなんだ?」
「うん。その質問にはボクが答えよう。」
ミルが言う。
「ボクたちは粛清者を観察する監視役にして選定をするもの。SWの力を与えるに相応しいものを選ぶ。そして、観察して執行者がきちんと世界を救ってくれるかどうかを監視する。それだけだよ。ウォッチャーという役職だよ。」
「とはいえだ。ここまで、吾輩たちが介入するのは珍しいことだ。そもそも、ウォッチャーはただ、執行者を見て楽しむというやつが少なくない。むしろ、そちらが普通なのだ。」
わかったかと。
「なら、目的はなんだ?なぜ、オレたちを選んだ?」
「選ばれたというのはうぬぼれだ。」
「でも、お前たちは選定するんだろ?」
「それも、以前の話なんだ。このSWの力が生まれた当初の頃の話。」
「ああ、今と当時では状況が違うからな。以前ならば、本当にこれはと思う人間を選んでいたが、今はな・・・・」
「正直、おもしろ半分だからね。」
笑いながら答えるウォッチャーたち。
「以前っていつからあるんだこのアプリ?」気になったことを訊く。
「アプリという形になったのはつい最近だ。この力が生まれたのは・・・果てしなく遠い。いったい、いつなのだろうな。」
「ボクが知っている限りだと、この国。日本だと平安時代というのかな。その頃にはじめて使うものがあったはずだ。」
そんな昔からあったのか・・・・
もしかしたら、この力で歴史を動かした人物だっていたかもしれないのか・・・
「そうだね。主な使われ方は権力を取りたい、戦争に勝ちたいっていう想いを叶えるためにつかわれたからね。そうそう、きみはこの国で130番目、ユキが129番目だということは伝えておくよ。」
「ちょっと、それ初耳なんだけど」
いままで、静観していたユキが口を挟む。
「まさか、他にもいるんじゃなでしょうね?」
「それについては答えることはできない決まりなんだ。だから、他にいるとしても、それはきみたちで見つけてくれ。」
「なら・・・・・」
「おっと、質問はそこまでだよ。これ以上の介入、情報供与は規約違反にあたるからね。」
そう言われるとどうしようもない。
オレは口をつぐんで、切り替える。
「それよりも、最近の貴様はどうした?まるで、この力望んでいなかったかのような幼稚さを感じるが?」
鋭い・・・・読まれている。そうだ、オレは今、後悔している。小さく、首を縦にふる。
「それは違うと思うよ。」
ミルが告げる。
「何が?」オレは反射的に答えていた。
「きみは確かに力を望んでいた。でなければ、この力は使えない。そもそも、入手だって不可能なんだ。きみが今抱えているものはその使い方への後悔だろ?」
沈黙する。この場合肯定と同じ意味だ。隣では黒い鳥がなるほどと納得した顔をしている。
そして、正面にいるユキも・・・
「貴様はあの原医師を粛清したことを後悔しているというわけか。SWの力を正しく使えなかったことを・・・・」
鳥の分際で分かったような口をきく。だが、正論だ。言い返せない。
「だけどね、きみはことあの医者については何も責任を感じる必要はないんだよ。そうだろ?ユキ。」
今まで、沈黙を守っていたユキに話しをふる。ああ、やはり───
「そうね、彼を昏睡状態にさせたのは私だもんね。結構、金になったわよあの医者。」
想像があたった。いや、あたってしまったというべきか。
ユキの粛清方法を聞いた時から考えはしていたが・・・・・だったら、
「オレを・・・・眠らせたのも・・・・ユキ、お前・・・なんだな・・・」
泣きそうな声で震えを我慢して問いただす。
「ええそうよ」
今頃気がついたのかとでもいうように告げる。
「なら、なんだって助けたんだ?」
当然の疑問を投げかける。
「その答えは最初に言ったはずよ」
「協力しようって話か?」
「ええ、でも、もう無理そうね。自分を永眠させようとした女と一緒になんていられないでしょうし。」
・・・・・・当然の流れだろう。なんだって、自分を粛清したやつと協力しなくちゃいけないんだ。なんだったら、お返しをしても良いんだぞ。いや、それくらいする権利、オレにはあるはずだ。
・・・・でも、スマホを開かない。
ユキがさっき言った時の顔。
それは・・・その表情は諦め。一番やりたいことを諦めなければならないというくらいの絶望が浮かんでいた。だから、
「───話をきかせてくれないか?
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