第17話 2人

「───」「────」


 何か声が聴こえる。聴いたことあるような声・・・すぐ近くで話しをしているのだろうか?


 だんだん、声が大きくなっているような、


「─────」「─────」


 やはり、聞き覚えのある声だ・・・


「お・・・・て────、・・・きて・・・・い────」


 右手だろうか・・・・・ぎゅっと、握られているような感触がある。


 柔らかい、どこか懐かしさを感じる感触。


 !!!突如、頭に電流が走る。


 本能が理性が叫ぶのを感じる。


 視界が明るくなる。見知らぬ天井が目に入る。陽の光が目に差し込んでくる。


「ここは・・・?」


 最初に出てきた言葉は疑問だった。


「ようやく、目が覚めたみたいね・・・・」


 先程の声と同じ声が聞こえてくる。


「・・・・・・ユキ?」


 声の主を言い当てる。


 おかげで、状況がさっぱりわからない。そもそも、僕はどうしてベッドで寝ているのだろうか?


「大丈夫?自分のこと分かる?記憶ある?」


 彼女が質問をする?


 待ってほしい、一気に質問されても困る。意識ははっきりしているが、脳はまだ、休んでいたいらしい。


「え~っと。」少しずつ、ゆっくりと頭を落ち着かせる。


「僕は天斗來夜。椿原大学に通う4年生。好きな食べ物は油淋鶏、嫌いな食べ物は生の魚──。」


 どうだ、大丈夫だろという目で訴える。


「フーン。どうやら、大丈夫そうね。心配して損したわ。」


 などと、ぞんざいな言葉を吐き出す。そんな言葉とは裏腹に、彼女の顔には安堵の文字が書かれている。


「それで、ここは?」


 最初の疑問に戻る。僕になにかあったことは分かるが・・・


「そうね、覚えてないようだから、一から説明するわ。」


 そういって、近くの椅子に腰を掛ける。


「まず、どこまでの記憶があるか、教えて頂戴。」


「・・・・・そうだな」


 と頭を巡らす。ユキとファミレスで喋って事件の裏側を知って・・・それから、それから、それから、────原医師に会ったんだ。その後、粛清が始まってそして・・・・


「えっと、ユキと別れたあと、怪我しちゃったけど原医師に会って、病院まで送ってもらった。そしたら、原医師が倒れた。」


「────そうだ、原医師はどうなったんだ?」


 あの時の記憶が流れ込む。ぐったりとした、死んでしまったかのような重い身体。


 あの人を、助けようと必死で運んだ。


「なんだ、結構覚えてるみたいで安心したわ。」


「じゃあ、私が話すのはその後ね・・・・といっても私もそこまで詳しく話せるわけじゃないんだけど、」


 早く続きをという目で話を促す。


「まず、原についてだけど、まだ、目を覚ましていないわ。」


 !!!言葉が出てこない。目を覚ましていないという言い方が気になってしまう。


「なあ、目を覚ましてないってどういう・・・」


「そのままの意味よ。あの人は2日たった今もなお、眠り続けている。シンデレラみたいにね。なんか、脳梗塞じゃないかってあなた受付にいったらしいけど・・・とんでもないただ、意識を失っているだけだったわ。まあ、仕方がないけどね、あなたもその後寝ちゃったんだから・・・」


「────は?」


 どういうことだ、情報が多すぎて、処理が追いつかない。


 脳梗塞ではないのか?確かに、あの時粛清が始まったはずだ・・・


 それをどうして?───いや、僕も寝てしまった?あの時?


 ────わけがわからない。一体何がどうなっているんだ。


「あなたも寝ちゃって、でも、中々目を覚まさなかった。そんな時私があなたに電話した。病院側も悩んだんでしょうけど、その電話がきっかけで私が呼び出されたってわけ。まったく、学生証なにか身分を示すものもっときなさいよ。」


「ああ、なんだ、その迷惑かけてごめんなさい。」


「ホントよまったく、」


 そう言うが、顔は、態度は呆れとは違うものを示している、そんな感じがした。


「これで、話しは終わり、じゃあ、医者呼んでくるから。ようやく、シンデレラが目をさましましたって。」いたずら子のような笑みを浮かべて部屋を出る。


 ユキが部屋を出て、部屋には静寂が支配していた。


 なんか、信じられないことが起きたんだな。原医師の件もそうだが、あれから2日も経っていることも驚いた。何より、ユキが・・・事情があるとはいえ、来てくれた。その事実に身体が喜んでいるのを感じた。それにしても、原医師がとりあえず、生きているということで安心した。でも、同時に気になることも出てきた。


(また、SWについて実験していく必要があるな・・・・)


 心が現実に追いついた。起き上がってスマホを取る。電源ボタンを押すが、画面は暗いままだ。どうやら、電池切れのようだ。


(ますます、運が良かったな)


 自分の運の良さに、そして、ユキに感謝する。


 着替えを終え、身体を動かす。


(これなら、すぐ帰れるな。それにしても、ユキのやつ医者を呼んでくるだけなのにずいぶん時間が経っているな。というか、僕が起きてからすぐに医者を呼ぶべきだったんじゃ・・・あれ、だったらあの時ユキが喋っていたのは誰だったんだ?)


 と思っていると、


 ガラガラ


 ドアが開く。そこには、恰幅の良い太った白衣をまとった医者とその後ろに付いてきたユキの姿があった。


「おお、もう、起きているみたいだね。良かった。良かった。ぜんぜん、健康そうだ。」


 医者が口を開く。


「ええ、まあ、見ての通りです。」


「そうかね、でも一応診察をさせてくれ。」


 黙ってうなずく。聴診から始まり、一通りの診察に、いくつかの質問。


「そうだね、一応彼女からあらかた説明を受けたからね。身体に以上はなく、きちんと喋れて、意思疎通ができている。これなら、なんの問題もないね。一応念のため、精密検査を受けるかい?」


 首を振る。やらないといけないことがある。そんなことにかまっていられない。


「そうかい、だったら、もう退院だ。突然、救急の前で眠り、目を覚まさないということで、心配していたが、以上はなさそうだからね。何か質問はあるかな?」


「あの、原先生も眠っているって聴いたんですけど・・・」


 驚いた顔をする。


「ああ、彼女からそんなことまで訊いたのか。とはいえ、君が連れてきた患者だ、気にするなという方が無理だろう。彼はまだ、眠り続けているよ。バイタルなどに以上はないから本当にただ、寝ているだけなんだ。」


「・・・・・原因はわかったんですか?」


 わかりきった質問をする。


「いや、断定できるものはなにも。私個人としては、過労じゃないかと思っているんだけどね。最近特に働いていたようだし、あの日も私が呼び出してしまったからね。」


 !!あの日原医師を呼び出したのはこの人だったんだ。


 ・・・・待てよ、確か同僚に呼び出されたって言ってたな。


 原医師と同僚、そして、原医師と同じ専門の医者がユキの母親の事件に絡んでいる・・・


 待てよ、じゃあ、まさか・・・こいつが・・・・


「辻先生」


 そう呼んだのはユキだった。まるで、僕の心を読んだかのようなタイミングで


「さっき、看護師さんがドアの隙間から見てましたよ。なにか急なことがあったんじゃありませんか?」


 口を挟む。まるで、お前に用ないと言わんばかりだ。


「おやおや、そうだったのかい。年を取るとどうも、そのあたり鈍くなるな。」


 まるで気づかなかったと言わんばかりの口調で僕との会話を打ち切った。


「それじゃ、天斗君、私はこれで、退院の手続きをしてもらうからもう少し待っていてくれ。」


 とだけ言って、


 ガラガラ


 部屋から出ていった。


 言いたいことがあった。伝えたいことが────それは、彼女も同じだろう。


 しかし、それを言葉にするには──────




 退院の手続きを終え、病院を後にする。


 正直寝ていただけだから、入院したという実感がない。


「高いホテル代だったわね。」


 ユキがからかう。


 実際そうなのだが、いわれるとどこか悔しいものがある。損した気分とでもいうのだろうか?


「かなり、高かったけど、入院費用ってあんなもんなのか?」


 母親が入院していたなら、分かるはずだ。


「そうね、救急外来でしかも、個室入院だからね・・・まあ、あんなもんじゃない?」


 そうなのか・・・おかげで財布の中身が吹っ飛んだ。どころか、足りなかったから、その分をユキに払ってもらったりしている始末。粛清報酬がなかったら、かなりピンチだったところだ。まあ、そのアプリのせいでもあるのだが・・・。


「ねえ、天斗?」


 甘えるような、何かを求める声だ


「ん?ああ、分かってるよお金はきちんと返すから。」


 当然だ、巻き込んだうえに、お金まで支払ってもらっては・・・昔の関係ならいざしらず。今の関係では後味が悪い。


「違う、そうじゃないわ、この後わたしの家来ない?」




「ちょっと待て、え?それはどういう意味?」


 慌てふためく。元カノ・・・・・とはいえ、家に行く?


「は?そのままの意味よ。」


 いつもの調子で答える。そこに、感情の起伏は一切感じられない。


 一体何を考えているのか、さっぱりわからない。




 女の子にこのような形で誘われるなんて、始めてで・・・・


 どう言ったらいいのかてんでわからない。


 そんな困り顔の僕を見かねたようにユキが口を開く。


「安心して、この間の話しの続きだから。」


 ────わかっていた。そんなことだろうとわかっていた。


 なんせ、辻に会ったばかりなのだ。これからのことを話し合うのは普通のことだろう────


 でも、もしかしたらとか、考えていた自分が嫌になる。


「あ、もしかして、期待させちゃった?」


 今頃になって気づいたようだ。大丈夫だろうか?僕が言えたことではないが・・・・


「いや、全然。」


 ムキになっているのが分かる。眼中にないと言われたのだ。元カノに・・・・だが、


「フーン。まあ、わたしとしてはどっちでも良いんだけど。」


「知りたいかなっと思って、───SWのアプリについて。」


「・・・・・・っ」


(今、なんて言った。・・・・SWだと。───それって)


「隠さなくても良いじゃない。あなたもこちらがわ、世界の、人の理から外れた位置にいるんでしょ?」


「・・・・・・・・・」


 そういえば、一度画面を見られてる。あの時から、ユキは知っていたんだ。


「・・・・・待て、今あなたもって。なら、ユキも─────。」


「ええ、そうよ。私もやってるの粛清活動をね。」


 もはや、ハッタリ云々ではなさそうだ。彼女の言葉が目が、いや、その全てが訴えかけてくる。


 お前も明かせ・・・・と


 ならば、仕方がない。ここまで、手の内を明かしたんだ。


 ならば、


 ────オレは覚悟を決める。

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