第16話 最期の会話
男は店を出て、病院に向かう。走る、走る、走る───。
全力で階段を駆け上り、丘の小高いところに立っている、椿原市民病院を目指す。
しかし、身体が心に追いついていなかった。
すぐに、体力が尽きてしまったのだろう。肩をすぼめ、頭は暗いアスファルトを向いている。
粛清予定時刻まで、あと30分を切っている。このまま、対象者に逢えなければ、対象者は無事、粛清されることだろう。そう────逢えなければ・・・・。
「はあ、はあ、はあ」
息が上がっている。もうこれ以上は走れないことを身体が理性が教えてくれる。高校時代は運動部に所属していたのに、もう、見る影もない。過去の栄光にもすがれない。
「きっと、メロスもこんな気持ちだったんだろうな。」
疲れが余計な思考を誕生させる・・・
(あと、20分切っているってのにこのままじゃ、間に合わない。そもそも───)
その瞬間、背後から車がやってくるのを感じる。
(助かった、病院まで乗せて・・・!)
「おや、こんな時間にどうしたんだい?」
訊き馴染みのある声、そして、探していた人物の声でもある。だが、ツイていると思う。
「実は、先程車にはねられそうになって、いえ、なんとか避けたんですけど。その時に身体をぶつけてしまって・・・・」
勿論、そんなことはない。嘘だ。だけど、仕方がない。こうでも言わないと不自然だろう。
「!!!それは、大変だ。さあ、早く車に乗りなさい。病院まで、もうすぐ着くからね。」
ホントに良い医者だと思う。僕はこんな人を・・・・・
後部座席に座りそんなことを考える。車はスピードをどんどん上げる。
「先生はどうしてここに?」
最初に感じたことを聴く。22時には帰りたいと言っていたはずだ。勿論、そう簡単に帰れるわけではないだろう。事実僕もそう考えたからこそ病院に向かったのだが・・・・
「ああ、実は同僚の先生から呼び出しを受けてね。珍しく、早く帰って良いって言われたのにその2時間後にこうしてやってくることになるとはね・・・」
「大変ですね・・・」
「でも、そのおかげで君を見つけることができたからね。・・・・僕からも良いかな?」
「なんでしょうか?」
「どうして、救急車を呼ばなかったんだい?スマホ、持ってなかったのかい?」
「いえ、最初は大したことないと思ってましたから。でも、少ししたら足が痛くなってきて、それで・・・その、病院に行こうと、思いました。救急車を呼ばなかったのはこんな近くなので呼ぶのがためらわれたからです。」
咄嗟、思いついたことを言う。一応辻褄はあうはずだ。
「・・・・・そうか。」
少しの、沈黙を挟み答えが返ってきた。直感的に嘘がバレたと感じた。
だって、この先生なら・・・
キュイーン、ガチャ
窓を見ると病院に着いていた。扉が開く。
「さあ、捕まって。」
差し出された手を掴む。
「このまま、救急外来に向かおう。そこで、担当交代だ。」
(!!まずい。このままでは・・・どうする。どうする。どうする。あと、10分だってのに。・・・・こうなったら、)
「何か事情があったみたいだけど、こんな嘘をつくのはもう───終わりにするんだよ。」
話を切り出したのは原医師からだった。
「なんのことでしょうか?」
一応、とぼけてみる。
「そうか・・・君はそうやってこれから生きていくのか。」
僕は急に立ち止まる。つられるように、原医師も止める。
なんと言われようが構わないが・・・この人に嘘を突き通すのは僕の最後の良心が悲鳴をあげている。
(限界かもな・・・・)
信じてもらえるかどうかわわからない。
・・・・・そうだ!ここで、この人を助けて、ユキの主治医に近づくことができれば・・・
「先生、実は僕がここに来たの・・・は・・・先生?」
原医師は頭を抱えている。今にも倒れそうだ・・・
(まさか、もう?いや、時間までまだ、10分あるはずだが・・・・)
「先生、先生しっかりしてください。」
クソ、返事がない。
「だれか、だれかいませんか?」
必死になって叫ぶ。だが、それは駐車場にこだまするだけだ。
仕方ない、僕が運ぶしか・・・幸いここは病院だ。それに執行者の僕がいる、だから、助かる確率は高いはず。重い、とても重い。人間は意識があるときは無意識に身体に力をいれているため、難なく運べるそうだが、今回はそうではない。
残りの力を振り絞って、僕は救急棟にたどり着く。
「すみません。原先生が急に倒れてしまって。たぶん、脳梗塞だと思うので、すぐに治療を・・・」
受付に怒鳴りつけるようにそう告げた。一瞬、戸惑っていたようだが、さすがはプロといったところだろう。すぐに動きはじめた。これなら、大丈夫だろう。
・・・・安心したからだろうか。凄く眠気を感じる。
「──────」「──────」「─────」
何か聴こえる。答えないといけない問いなのだろう。だが、何も聞こえない。口も動かない。このまま・・・だと・・・
何か考えがあったかもしれない、違和感を覚えたかもしれないだが、それらは言葉にならず、
「これ・・・は、も・・・・」
意識を・・・・・奪われた。
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