第15話 交錯する想いⅡ

「お疲れ様でした。お先に失礼します。」


 そう言って、楽を出る。


「おう、お疲れさま。」


「お疲れ様でした、先輩。」


 店長と金石さんが労いの言葉をくれる。


 時刻は20時30分。店長に用事をつけて、早めに退勤させてもらったのだ。


 お客さんも少なかったため、快く承諾してもらえた。


 時期が時期だから、色々と気を使っているのかもしれないな・・・


 そんなことを考えながら、ファミレスに向かう。




「いらっしゃいませ~お一人ですか?」


「いえ、待ち合わせをしているんですが。」


 店内を見渡す。どうやら、まだ来ていないようだ。


「まだ、来ていないようなので・・・あそこの席良いですか?」


 そう言って、周りに誰もいない角席に座る。


「ご注文は?」


「とりあえず、ドリンクバーとバナナクレープを」


 賄い飯を食べたので、デザートが食べたい気分だった。


「かしこまりました。ドリンクバーご自由にお使いください。」


 定型口上を言い、店員さんは厨房に戻って行く。


 僕がトイレとドリンクを持って席に帰ってくると、そこには・・・


 バナナクレープを食べているユキの姿があった。


「遅かったな」


「そう?時間ピッタリに来たんだけど。」


「・・・・」


「何?こっち睨んじゃって?何か私についてる?」


 クリームがほっぺに付いているが、


「なんで、食べてるの?」


「ごちそうさま。いや、いただきますよね。食べ始めたんだから。」


「それ、僕が頼んだんだけど・・・」


「私の為によね?」


 さも当然のことのように言う。


「僕が食べたかったんだけど・・・」


「ええ!そうだったんだ。てっきり、こんな時間に呼び出したお詫びかと思っちゃった。てへ」


 可愛くごまかしているつもりだろうけど、十中八九確信犯だろ。彼女は普段なら「てへ」なんて言わない。無理に作ったテンションだ。だから、分かる。


「そんなに食べたいなら、半分あげるわよ。大して美味しくなかったから。」


「もう要らないよ。それに、美味しくないんなら渡すなよ。」


「ざ~んねん。折角の間接キスチャンスを逃すなんて。」


 おかしい。ユキのテンションがおかしい。こんなことでからかったりする人ではないんだが、深夜テンションか?まだ、21時30分を過ぎたばかりだが・・・


「何かあったのか、ユキ?」


「あら、もう良いの?まだ、このテンションでいても構わないんだけど。」


「うん。珍しいユキが見れてよかったよ。」


 生憎、からかわれるのは趣味ではない。からかわれたかったら今頃、名字を西◯とかにしてるだろうし。


「じゃ、じゃあ、本題に入ろうかしら。」


 顔を赤らめている。まだ、切り替えができていないようだ。


「それと・・・・」


 ほっぺにクリームが付いていることをようやく教えてあげる。すると、さらに顔を赤らめ、席を立っていった。


 15分が過ぎただろうか・・・


「またせたわね。早速本題に入るんだけど・・・」


 ようやく、ユキは席に戻って来た。そして、いつものユキに戻ってきた。この切替はホント凄いと思う。


「私騙されてた。」


「え?」


 突如として彼女は意味不明な切り出し方をした。


「昨日話したこと、全部わすれて。」


 突然すぎて、頭が追いつかない・・・


「えっと、三上さんそれはどういう・・・」


「呼び方の件まで忘れろとは言ってないわ!」


 ええ~。そんな理不尽な。


「昨日の母さんの件に関することだけ、忘れなさい。」


 まったくも~という顔をしているが、どこか、楽しそうに見えるのは気の所為だろうか・・・


 紅茶を飲んで気分を落ち着かせる。


「騙されていたのは資料の件よ。」


 まだ、僕は落ち着いていないがだまって話を聴く。


「この私が手に入れた資料だけど、内容が間違っていた。いや、正確に言えば渡してきた相手が意図的に改ざんしたものを渡したんだわ、私に。」


 ゴホゴホ。紅茶を吹き出しそうになった。いや、少し机にこぼしてしまった。


 慌てて、置いてあった、紙で拭き取る。


「大丈夫?」


 なんてことしてるの?とでも言いたそうな顔と声だ。原因は彼女の方なのに。


「大丈夫。話を続けてくれ。」拭きながら答える。


「私は改ざん資料を受け取っていたってことが分かったの。だから、これから、正しい情報を共有したいんだけど・・・」


「ちょっと待ってくれ。どうして、資料が改ざんされているってことが分かったんだ。」


 拭き終わった紙を纏めながら質問する。


「私、看護師の浅田さんの通夜に行ったってことは言ったわよね?」


 今度は吹き出さない。


「その時に様子がおかしい看護師がいたのね。最初は自殺したことを悲しんでいるだけだと思っていたんだけど、なんか気になっちゃって、ずっと調べたのよ。そして、浅田さんとほぼ、同時期に辞めていることが分かった。おかしいと思わない?」


「確かにな。」


 同意する。


「でしょ!だから、今日会ってきたのよ。もうひとりの看護師、深本にね。」


 呼び捨てか・・・・


「最初は普通だったけど、仕事の話になると様子が変わってきてね。私が三上の娘だってことを言うと、ようやく白状したわ。」


 何も言わずに発言を促す。


「資料を改ざんして、私に渡したことを、ね。」


「どうして、そんなことを?」


「上司に脅されたって・・・」


「脅された?」


「ええ。」


「誰に?」


「それは・・・言わなかった。いや、言わなくても分かると思ったんじゃない?」


「上司といえば、原医師のことだろうからな」


 決めつけるように言う。


「いえ、それは違うわ。というより、今回の件に原は関係ないわ。」


「え?」


 顔からいや、身体から血が引いていくのを感じた。


「言ったでしょ、改ざんされてたって。その改ざんされた箇所の一つが主治医の変更。本当は


 変更なんて起きてなかったの。」


「でも、原から亡くなったことの説明を受けたんだろ?」


 怒り、困惑が混じって言う。


「その日主治医は出張に行ってたそうよ。おそらく、仕組んだんでしょうね。おかしいと思ったのよ。あまりにも、原医師の説明がお粗末だったから。」


「・・・・・」


「変わったからなんて思ってたけど。あれは急遽、説明することになったからだったのよ。


「・・・・・・・・・・」


 頭が、身体が理解を拒んでいる。知ることを聴くこと拒んでいる。


「本来はありえないことだけど、そういうことができる人間だからね。本来の主治医は。」


 落ち着かない。脈拍が・・・心臓が・・・破裂しそうになる。


「その・・・本来の主治医って?」


「辻、辻貴。」


 聴いたことあるような名前だったが、頭にまで入ってこない。


「父親はこのあたりを取り仕切る医師会のトップの息子で母親はあの病院の運営委員長。」


「って聴いてる?急に顔色悪くしちゃって。まあ、こんなこと知ったら驚くわよね・・・危うくまったく関係ない人を巻き込むところだったわけだしね。」


 最後の言葉が突き刺さる。


 そうだ、助けないと。原医師をアプリを開く。


「ちょっと、彼女の前でスマホ開くのはどうかと思うわよ~」


 何か雑音が聴こえるが無視をする。


 ダメだ、やはり、粛清を停止することはできない。なら、原医師を助ける方法は・・・黒田の件で知っている。


 時計の針は22時を2分過ぎていた。どうにかして、見つけなければ。


「悪い。今日はこの辺で!」


「あ、ちょっと。まだ、話は途中なんだけど!って行っちゃった。ったく、もう。」


「結局、覚悟決まってないじゃない。」




 そうつぶやき、女はスマホを開き、アプリを起動させる。


 画面には────Saving Worldの文字。


「隠すなら、もっと上手く隠しなさいよね。」


 そこには、既に───ある2人の人物の名前が表示されていた。

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