第9話 交流

 ようやく、家に帰ってこれた。時計が1時を知らせていた。


 半日留守にしていただけなのに、随分長い間帰ってなかったのではないかという感傷に襲われる。


「なんか、色々ありすぎた・・・」


 こんなに、色々な出来事があったのはあの夜以来ではないだろうか。


 カバンを下ろし、硬いベッドに倒れる。SWを開く。


「命を奪えるわけではないんだな・・・」


 よく考えてみれば、起こす症状は脳梗塞なのだ。いくら重度のものを起こしても、昨日のようにすぐ処置してしまえば助かる可能性があるのだろう。


「今までは運が良かったわけか。」


 虚空に向かってつぶやく。


「たしか、ランク6になってたな。」


 思い出したように、画面を見る。


「!!」


「新しい説明が増えている。」


 ランク6を記念し、機能の開示、機能拡張を行います。


 まず、開示です。


 粛清方法について。既にお気づきかもしれませんが、粛清方法脳梗塞は必ずしも対象者の命を奪えるとは限りません。例えば、すぐに適切な処置が行われた場合は生存率が高まります。


 そして、執行者が粛清者に対して何らかの処置を行った場合です。例えば、病院に運ぶ。誰かに助けを求めた場合が該当します。


 続いて新機能『粛清チェッカー』をご説明します。


 この機能は粛清対象者を入力することで、その対象者の報酬を確認することができます。


 この機能で粛清対象者を決める指標にしてください。




 ────というのが今回の説明だった


(もう少し、早く知っていれば・・・)


 後悔はある。だが、過去を振り返ってはいられない。


 それよりも気になるのはこの新機能『粛清チェッカー』だ。


 これで、悪人の判定ができるってわけか・・・


 コストが必要なわけではないが、7日間で3回しか使えないのか。


(使えそうで、使えない機能だな。)


 疲れが再び押し寄せてくる。まぶたが重い。意識を失う前に考えたのは今日再会した彼女のこと・・・・


(オレが裁けば簡単なのにな・・・・)


 そう思いながら。意識を手放した。




 待ち合わせ場所である、カラオケボックス、ハイドに着く。待ち合わせ時刻の10分前だ。


 早く来すぎたかな?なんて思った時期が僕にもありました。


「ふーん、10分前か。まあ、レディを待たせないという心意気は買ってあげてもいいかしらね。」


 どこまでも、上から目線が溢れ出ている気品。その声の正体は当然、彼女だった。


 場違いとも言える高級そうなコートを着て、彼女はそこに立っていた。


「・・・・」


 その様子に驚いて何も言えなくなる。


「まあ、良いわ。早く来たのならそれで。時間の節約ね。早速中に入りましょう。」


 そう。こうやって自分のペースで人を巻き込んでいくところも変わっていない。そして・・・


「ん?ああ。」


 そんな彼女に引っ張られるままの僕。この構図も変わらない。悲しいかな。




 受付を済ませ、111号室に入る。中は2人で使うには広く、家具やテーブルもクラシックな物でしばしば、カラオケボックスであることを忘れそうになる。彼女によると最近はどこも、こんな様相だそうだ。


 お互いにドリンクバーで飲み物を準備して、彼女は本題を切り出した。


「これが、母さんの症状と検査結果、治療法をまとめたものね。次にこれが経過観察で、これが基本カルテ・・・」


「ちょっと待ってくれ、医学部の三上さんなら分かるのかもしれないけど、ド素人の僕にはさっぱりだ。申し訳ないけど、口頭で説明してくれないか?」


 見たことない横文字と数字で作られた紙を見るが、点で頭に入ってこない。理解を拒んでいる。


「迂闊だったわ。」


 頭を抱えながら言う。


「悪いな。でも、ほら、人に説明することで、理解が深まるっていうし。な?」


「ええ、まあ、そうなんだけど。」


「ていうか、迂闊だったのは説明することじゃない。私は元々説明する気でいたわ。当然でしょ?さて、ここで問題です。一体天斗の何が私を迂闊にさせたのでしょうか?」


(え?僕に問題があるの?────ふっ、さっぱりわからない。)


「さっぱりわからないって顔してるわよ。」


 馬鹿にしているのとは違う。心の底から出た呆れなのだろう。


「分かった。降参。答えは何。三上さん?」


「っん。アンタホントは分かってるんじゃないでしょうね。」


 瞬間────僕の脳内で電流が走る。答えが分かった。


「いや~全然、分からないな。三上さん。もう少し、ヒントが欲しいな、三上さん。もしかすると三上さんのせいで寝不足だから頭が回っていないのかもしれないな・・・・」


 答えが分かっていることをほのめかす。少しくらい、遊んでも大丈夫だろう。


「コーヒー掛けてあげよっか?」


 大丈夫ではなかった。────少しも大丈夫ではなかった。


「大丈夫よ。ホットじゃなくてアイスだから。」


「どこが大丈夫なの?」


「火傷の心配はないでしょ?代わりに氷があたって痛いかもしれないけど?」


 冗談じゃない。いや、彼女にとっては冗談かもじれないが・・・


「5、4,3」


 紙コップを持ってカウントダウンを始める彼女。答えを催促しているのだろう。


「ええっと・・・答えは呼び方かな?」


 少しの沈黙が流れる。クイズ番組でよくあるやつだが、実際にされると結構ドキドキする。ましてや、頭上にコーヒーがある状態ならなおさらだ。


「2、1」


 カウントダウン始まったんだけど。・・・・・え?違うの、答え?


「0」


 っつ!思わず目を瞑る。が・・・・何も落ちてこない。ゆっくりと目を開ける。


 そこにはコーヒーを飲んでいる彼女の姿が・・・


「うん?どうかした?」


 まるで、何もなかったかのような表情。まったくという気持ちがないわけではないが・・・


「言っとくけど、先に巫山戯たのはそっちだから。」


 一応巫山戯た自覚はあったようだ。


「悪かったよ、ついいつもの感じで巫山戯が出ちまった。」


「いつもって・・・天斗の友達大丈夫?」


 これは、本気で心配してるやつだ・・・・まあ、無理もないか。だって・・・


「ああ、それについては大丈夫。ちゃんと良い奴らばかりだよ。」


「それなら良いんだけど・・・。で、話を戻すけど」


「ああ、説明じゃなくてクイズの方な。コーヒーが落ちなかったってことは正解だったてことで良いんだよな?」


「ええ、正解よ。」


 じゃあ、どうするの?とでも言いたげな目をしている。彼女はこだわるところにはこだわることを知っている。


 息を整える。こう呼ぶのは別れた時以来だろう。


「ユキ、説明を頼む。」


 ユキは顔に───、笑顔を作って返事をした。


 まるで、うまく計画が言ったことを祝福するかのようだった。



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