W Ⅰ-Ep2−Feather 16 ଓ 落着 〜settlement〜
『エリンシェ!!』
呼び掛けられて、エリンシェははっとしたように目を見開いていた。気が付くと、転がるようにして地面に倒れていた。事態がのみ込めず、エリンシェは〝
そこには見慣れた風景が広がっていた。目の前には海が広がっていて、後ろを振り返ると、学舎が見える。――どうやら、無事に丘まで逃げることができたようだった。次に、エリンシェの目に入ったのは心配そうにこちらをうかがっているミリアとカルドの姿だった。〝彼女〟を呼んだのはふたりらしかった。
「……やった、逃げられた」
エリンシェは大きく息をついてつぶやきながら、〝
ジェイトも状況が把握できていないらしく、呆けたまま地面に寝転がっていた。少し経って、身体を起こすと、エリンシェと同じように辺りを見回した。
ふと、エリンシェとジェイトの目が合う。その瞬間、ふたりは気が付くと、お互いに抱き合って、同時に
『――おかえり』
エリンシェは思わず涙を流しそうになりながら、少しの間ジェイトの温もりを感じていた。……けれど、油断はまだできない。名残り惜しく思いながら、エリンシェはジェイトから離れると、まずはミリアとカルドの方へと振り向く。
「ごめんね、ふたりとも、心配かけて。 逃げる時に、私、ふたりのことを思い浮かべたの。 ――そうしたら、〝
エリンシェがそう話すのを聞いて、ミリアとカルドが首を横に振った。そのすぐ後、ミリアが勢いよく、エリンシェに抱きついた。
「良かった、無事で。 助けに行けなくて――『力』になれなくてごめんね。 ねぇ、あの時様子が変だったけど、今は? 何ともないの?」
心配そうに問い掛けるミリアに、エリンシェは「平気だよ」と微笑んでみせる。ゼルグに【
「――アリィ」
ミリアから離れながら、エリンシェはアリィーシュに呼び掛ける。すぐさま、アリィーシュが考える素振りを見せながら、姿をあらわした。
「ねぇ、アリィ。 ゼルグはもう追ってこない?」
〝……恐らくは。 結界の中に入ったから、しばらくは安全なはず〟
アリィーシュの答えを聞いて、エリンシェは少しほっとする。とりあえず、【敵】に追われる心配はなさそうだった。けれど、考えても分からないのは【敵】の思惑だった。どうして、ジェイトまで巻き込む必要があったのだろうか。ゼルグは一体何を企んでいたのだろう。
そう問い掛けようとすると、アリィーシュが唸っているのがエリンシェの耳に入った。――どうやら、彼女も同じことを考えていたらしい。だが、やはりその「答え」は出ていないようだった。
「アリィ、どうしてジェイトも狙われたんだと思う?」
けれど、そんなアリィーシュを眺めていると、答えとまではいかないが、何か思いついていることがあるような気がして、エリンシェはそう尋ねてみる。
アリィーシュは〝分からない……〟と首を振って、また唸り声を上げた。その脇で、カルドが思いついたように声を上げた。
「エリンとジェイトを引き離したかったんじゃないか? あくまで狙いはエリンで、とにかく味方を減らしたかったとか」
カルドの言葉を聞いて、アリィーシュが一層考え込む。
――引き離す、ということも目的の一つだったとは思う。だが、本当にそれだけだろうか? 結果的には、ジェイトは〝
〝ゼルグの思惑は私にも分からない。 ただ……もう【彼】は「次」に向けて動き出しているとは思う。 だけど、しばらくは襲ってくることはない――そんな気がする〟
同じく、アリィーシュの中でも「何か」が引っ掛かっているようだったが、やはりいくら考えても「答え」は出ていないようだった。
……アリィーシュか考えても「答え」は出ないとなると、自分が考えたところでどうにもならないだろう。エリンシェはとりあえず考えるのを止め、今回の【敵】の思惑については保留にするしかなさそうだった。
「とりあえず……帰ろうか?」
ふと、ミリアがそんなことを言い出した。エリンシェはうなずいてみせると、学舎へと足を向けた。その途中、アリィーシュがついてきていないことに気付き、彼女を振り返った。
アリィーシュはどこか遠くを見つめながら、まだ何かを考えている様子でその場にたたずんでいた。エリンシェが「アリィ」と呼び掛けても、聞こえていない様子でしばらく動こうとはしなかった。
「……アリィ?」
もう一度、エリンシェが呼び掛けると慌てたようにはっとして、アリィーシュは〝今行く〟と振り返り、姿を消した。
そんな彼女の様子を不思議に思いながら、エリンシェはアリィーシュが宿ったのを確認すると、ジェイト・ミリア・カルドと共に帰路へつくのだった。
ଓ
それから、時は流れて。
アリィーシュが予想した通り、あの日以来【敵】が襲ってくることはなく、しばらくは平穏な日々が続いた。
ジェイトが「
最初はジェイト・ミリア・カルドの三人と祝う予定だったが、ミリアとカルドがふたりで祝うよう勧めたため、急きょ、ふたりきりで誕生日を祝うことになった。
そんなある日のことだった。
ジェイトがケーキを焼いて、エリンシェの元へやって来た。
ミリアが気を遣い、ふたりきりになった部屋で、エリンシェは黙々とケーキを食べ進めていた。
……そういえば、あの時成り行きで少し「思い」を伝えたが、きちんとは言えていない。まさに、今、絶好の機会ではないだろうか。――エリンシェはそんなことを考え、思わず緊張してしまい、そうする他なかったのである。
「エリンシェ」
ついに食べ終わろうとするちょうどその時、ジェイトに呼び掛けられ、エリンシェは「は……はいっ」となぜか丁寧に、裏返った声で答えてしまい、顔を赤らめる。
「丘に行こうか」
そんな〝彼女〟の様子を気にすることもなく、ジェイトは微笑みながら、エリンシェに手を差し出して言った。
「……うん」
エリンシェは迷いなく、その手を掴み取ったのだった。
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