W Ⅰ-Ep2−Feather 17 ଓ 幸福 〜happiness〜

 エリンシェはジェイトに手を引かれるまま、丘へとたどり着いていた。

 しばらく、ふたりは互いに手を握り、黙ったまま、見つめ合った。――それだけで、エリンシェはジェイトがそばにいると、強く実感することができていた。

「エリンシェ」

 ふと、ジェイトが覚悟を決めた表情で、〝彼女〟にそっと呼び掛けた。エリンシェはすぐにうなずいてみせると顔を赤らめながら、〝彼〟を上目遣いで見つめる。

「改めて言わせて。 ――エリンシェ、君のことが好きだ」

「ありがとう、ジェイト。 ――私もあなたのことが好きだよ」

 ……やっと、伝えられた。気が付くと、エリンシェは笑みをこぼしていた。その笑顔につられるようにして、ジェイトも微笑んだ。

「こちらこそありがとう。 ――僕ね、たぶん、初めて会った時から、君にひかれていたんだと思う。 ……もしかしたら、一目惚れ、なのかもね。 だけど、それはただのきっかけにしか過ぎなくて、いつの間にかどんどん君に対する気持ちが強くなっていったんだ。 ――君を守りたいという気持ち、君のそばにいたいと思う気持ち……。 ――そんなおもいがあふれそうなくらい、たくさんあるんだ。 だけど、一度、遠回りしちゃったよね? 『大切な〝ひと〟って……どういう意味?』って聞いてくれたことがあったよね。 あの時にはもう、本当は君のことを大切におもっていたのに、君を悲しませて傷付けたくないって思ってたくせに――君のことを失いたくないって思っていたくせに、『友達として』なんて嘘ついてごめん」

 積もっていたおもいを打ち明け、そんな謝罪の言葉をも口にしたジェイトに、エリンシェは微笑みながら、首を横に振ってみせた。むしろ、当時どんな気持ちだったかを聞けて、嬉しく思えるほどだった。

「それはもういいの。 だって、あの時、ああ言ってくれなかったら、私、この気持ちに気付いていなかったかもしれないんだもん。 ――あれが大事なきっかけになったから、もういいの」

 ほっとしたような表情で、ジェイトが「本当に?」と尋ねる。すぐに、エリンシェは笑って、うなずいてみせる。

「なら、良かった。 それともう一つ、君のことを好きになったきっかけがあるんだ。 休暇中に話してた、僕たちが赤ちゃんだった時の話、覚えてる?」

「うん。 お母さんやグラフトおじさんが私たちに不思議な縁を感じたって話でしょ?」

「そう、その話。 ――僕にはその記憶がないけど、父さんが小さい時からずっと、その話を何度もしてくれていたんだ。 その度に、話に出てくる『女の子』に、憧れのようなそんな不思議な感情を抱いていくようになったんだ。 うちの父さん、忘れっぽくてさ。 休暇中は君のことを当たり前に『エリン』って呼んでたけど、僕が話を聞いた時は愛称をちゃんと覚えていなかったんだ。 ずっと、曖昧な愛称と誕生日だけを手掛かりに、その『女の子』を探していたんだ。 だけど、君に初めて会った時、繋がれた小さなふたつの手をみたような気がしたんだ。 ――だから、ひょっとしたら『女の子』は君なんじゃないかと思ってたんだけど、中々確信はできなくて……。 でも、休暇のあの日、『女の子』が君だったんだって思うとすごく嬉しくて、あの日以来、僕は君のことをとても大切におもってるんだ」

 その話を聞いて、エリンシェは目を丸くする。……まさか、ジェイトもあのふたつの手を見ていたとは。あれは単なる偶然ではなかったのかもしれない。

「……私たち、本当に不思議な縁があるのかも。 ――実はあの時、私も繋がれた小さなふたつの手を見たんだ」

「え、本当に?」

 驚いてそう尋ねるジェイトに、エリンシェはうなずきながら、いたずらっぽく笑ってみせる。

「――〝運命・・〟、だったのかもしれないね、私たち。 だけど、私、あなたに出逢えて本当に良かった」

「僕も君に逢えて良かった」

 お互いにそう言い合って、ふたりは顔を赤らめ、はにかみながら見つめ合う。そして、しばらくしてから、エリンシェは覚悟を決め、ずっとあたためていた「気持ち」を打ち明ける。

「あのね、ジェイト。 ――私、あなたのそばにずっといたいの。 私ね、あなたがそばにいると、すごく心が穏やかになるの。 どんなに悲しくても、たとえ恐怖を感じていても、あなたがそばにいてくれるだけで平気なの。 それにね、私、最初は戦うのが怖かったんだけど、あなたがいるから、この世界を、この平和な日々を守りたいって――そのためにも強くなろうって思えるの。 だから、私、あなたに、そばにいてほしいの」

「……だけど、僕は君みたいに〝特別・・〟じゃないから、君の『力』にはなれないかもしれないよ?」

 自信がなさそうに弱々しくそう話すジェイトに、エリンシェは首を横に大きく振って、その手を強く握り締めてきっぱりと言った。

「あなたは私の〝風〟でもあり、〝光〟でもあるの。 あなただけが私に勇気や希望をくれるの。 ――私に、こんなにあたたかい気持ちをくれるのはあなただけなんだよ。 あなたは私にとって〝特別・・〟な存在なの。 だから、ずっと私のそばにいてくれる?」

 一瞬迷うような素振りを見せたジェイトだったが、ブレスレット――〝疾風の弓矢ゲイル〟に手をやると、覚悟を決めた強い眼差しでエリンシェを見つめながら、うなずいてみせた。

「もちろん。 僕、あの時、君に誓ったんだ。 ――もう決して君のことを離さない、どんな時でも君のそばにいるって。 それだけじゃない、僕は君を守り抜いてみせる。 ――君を悲しませて傷付けるモノ全部から、必ず守ってみせる。 だから、君も僕のそばにいてくれる?」

「うん、あなたのそばにずっといる。 ――約束する」

 エリンシェが微笑みながらそう返すと、ふと、ジェイトが何かを思い出したかのように、懐を探り出した。そして、そこから小さな箱を取り出すと、包みをはがしその中身を開けた。

 ――そこに入っていたのはそろいの銀の指輪だった。

 驚いて、エリンシェはジェイトを見つめる。〝彼〟は恥ずかしそうに笑いをこぼしながら、そのうちのひとつを取り出して言った。

「君に気持ちを伝えたら、その時に渡そうって思って準備してたんだ。 ……受け取ってくれる?」

 すぐに、エリンシェがうなずき両手を差し出してみせると、ジェイトは〝彼女〟の右手を取って、その薬指に指輪をそっとはめた。そして、もう一つの指輪を手にすると、同じく右手の薬指に指輪をはめ、その手を見せながらエリンシェに笑ってみせた。

「……すごく嬉しい。 ありがとう、ジェイト」

 ジェイトのその笑顔を見た瞬間、エリンシェは思わず涙をこぼしていた。――あまりに嬉しくて、涙を流さずにはいられなかったのだ。同時に恥ずかしくなって、ジェイトから目をそらすように、エリンシェはぴったりとはまった指輪をじっと見つめる。

 ふと、ジェイトの手がエリンシェの頬にそっと触れた。

 はっとして、エリンシェが顔を上げると、〝彼〟と目が合った。――顔を赤らめながら、ジェイトはうかがうような視線をエリンシェに向けていた。

 小さくうなずいてみせると、エリンシェは目を閉じる。すると、少し遠慮がちに、ジェイトがそっと唇を重ねた。あまりに一瞬の出来事で、エリンシェはすぐに目を開けると、ジェイトが恥ずかしそうにうつむいているのが目に入った。エリンシェは〝彼〟の手を少し引くと背伸びして、今度は〝彼女〟から口付けをした。

 しばらく経って、ようやく離れると、ふたりはお互いに抱き合った。

 ジェイトの胸に抱かれながら、エリンシェは幸福しあわせな気持ちで満たされ、また涙をこぼすのだった。

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