W Ⅰ-Ep2−Feather 15 ଓ 反撃 〜counterattack〜

W Ⅰ-Ep2−Feather 15 ―The first part ―


    ଓ


「エリンシェに触るな!!」

(ジェイト……!!)

 その、聞き覚えのある勇ましい声に、エリンシェの心が踊った。本当はすぐにでもジェイトの元へ駆け付けたかったが、未だ「カラダ」は【命令・・】に従っていて、言うことをきかなかった。どうしようもなく、エリンシェは途方に暮れていた。

 だが、そんな〝彼女〟に好機が訪れた。――すぐ傍らにいた【】が動いたのである。ジェイトの声に振り返った【】は立ち上がりながら、どこからか【鎌】を取り出した。そして、一瞬でゼルグの姿に変化へんげすると、エリンシェの視界から姿を消した。

 その瞬間、「カラダ」がいくらか軽くなったような気がしたが、まだエリンシェの意思で動くことはできなかった。それでも、エリンシェはもがいて、何とかその場から逃れようとした。――が、「カラダ」はやはり動こうとしなかった。

 ふと、エリンシェの視界の隅に、走り抜けてくるジェイトの姿がちらとうつった。かと思うと、「エリンシェ!」と〝彼〟の呼び掛ける声が、すぐ近くに聞こえた。

(ジェイト、ジェイト!!)

 エリンシェは心の中で必死に呼び掛けたが、それを声にすることができなかった。応えたくても応えられず、エリンシェは虚空を見つめることしかできなかった。

 反応がないことに不安を覚えたのか、ジェイトは残っていた鎖を切り離した後、慌てたように、ベッドに上がって、エリンシェを抱き起こすと、脈や呼吸を確認し始める。

 そんなジェイトを抱き返すこともできず、エリンシェは思わず泣きたくなった。しかし、涙を流すことも敵わず、ますますエリンシェは途方に暮れた。

 けれど、そんな悲しみを〝彼〟の温もりが全てぬぐい去っていった。さらに、先程まで感じていた恐怖も消え、エリンシェの心は少しずつ安らいでいった。

(あぁ……ジェイトは私のところへ戻ってきてくれたんだ)

 ――ジェイトは無事に「記憶・・」を取り戻し、エリンシェを助けに来てくれたのだ。〝彼〟に抱かれながら、エリンシェは「それ」をひしひしと感じ取っていた。……何とかして、ジェイトに応えたい。そんな強い思いをバネに、エリンシェは再びもがきはじめる。

 ふと、遠くの方で、アリィーシュがジェイトに向かって助言をしているらしい声が聞こえた。どうやら、アリィーシュはゼルグと戦っているらしい。

 エリンシェは少し考えて、アリィーシュの思惑を察知した。――おそらく、彼女は、戦うことでゼルグの気をエリンシェからそらそうとしているのだろう。現に、ほんの少しずつではあるが、「カラダ」が軽くなって来ている。

「エリンシェ」

 ふと、アリィーシュの助言を聞き入れたジェイトが優しくエリンシェを抱き締めながら、もう一度〝彼女〟に呼び掛けると、小さな声で語り始めた。

「――お待たせ、エリンシェ、戻って来たよ。 ……ごめんよ、いくら【薬】のせいとはいえ、君のことを一瞬でも忘れて。 だけど、もう決して、僕は君のことを離さない。 どんな時でも君のそばにいる、そう誓うよ。 ……本当はこの『気持ち』全部、『』に伝えたい。 ――だから、今度は君が僕のところへ戻って来る番だよ、エリンシェ」

 ジェイトのそんなおもいに、エリンシェはなんとしても応えたいとそう強く感じた。多少軽くなってはいても、やはり「カラダ」はエリンシェの意思に従わず、ぴくりとも動こうとしなかった。それでも、エリンシェは意地で「カラダ」にいうことをきかせようとした。すると、わずかにではあるが身体を動かして、ジェイトに反応することができた。

 それに気付いたジェイトが息を呑んでいた傍らで、アリィーシュが畳み掛けるように、エリンシェに語り掛けた。

〝エリンシェ、動けないだけで「起きて・・・」るんでしょ! とりあえず、そろそろあなたの「力」を貸してくれない? ココに来ることはできたけれど、「帰り道」は確保できてないのよ! ――だから、とりあえず、あなたたちふたりの「力」で、この場を切り抜けてくれない?〟

 もちろん、アリィーシュはそのついでに、戦ってしっかりとゼルグの気をそらしてもいた。

 エリンシェは動けないながらも、彼女の話していたことを少し反芻はんすうし始める。一番引っ掛かったのは〝ふたりの「力」で、この場を切り抜けてくれない?〟というアリィーシュの言葉だった。一体、その真意は何だろうか。

 少し考えて、エリンシェは一つだけ、心当たりを思い付いた。――〝疾風の弓矢ゲイル〟だ。〝きっと役に立つから〟というアリィーシュの助言を受けて、名前を付けることになったのだ。……まさに、何か役に立つ・・・・ことがあるのかもしれない。

 それと同時に、エリンシェは聞き捨てられないことがあった。〝「帰り道」が確保できていない〟という問題だ。自ら身をていしてココまで来てくれたジェイトを、無事に帰さない訳にはいかない。何が何でも、この場を切り抜けなくてはいかない。

 ――そこで、〝彼女〟の心に火がついた。エリンシェは〝力〟を振り絞って、未だに言うことを聞こうとしない「カラダ」から、何とか腕を動かすことに成功した。

 すぐに、エリンシェはそのままジェイトに腕を回すと、少しの間そっと〝彼〟を抱き締め返した。そうしていると、ジェイトの温もりをより一層感じることができた。……必ず、自分は〝彼〟の元へ戻らなければならない。

(もう少し待ってて、ジェイト)

 ジェイトのおかげで、エリンシェは、〝力〟と勇気が湧いてくるのを感じていた。その〝力〟を奮い起こして、エリンシェは自分の意思で腕を動かし、首元のペンダントに手を伸ばす。

(お願い、来て)

 エリンシェがそう強く願うと、ペンダントは独りでに、〝聖杖ケイン〟に変化へんげして、〝彼女〟の右手におさまった。すぐに、エリンシェは〝聖杖ケイン〟を強く握り締める。

 その瞬間、エリンシェは全身に〝力〟がみなぎっていくのを感じた。もうひと押し、ゼルグがエリンシェから気をそらせれば、自由に動くことができそうだった。恐らく、〝疾風の弓矢ゲイル〟に「何か・・」をすれば、ジェイトとふたりでこの場を切り抜けられるのだろうと踏んで、エリンシェはそれに手を伸ばした。

〝――そうよ、エリン。 難しく考えることはないわ。 ただ「その名」を呼んで、「覚醒めざめ」を「聖杖ケイン」に願うだけ〟

 すると、今度はエリンシェにも聞こえるように、アリィーシュがそう話しているのが、〝彼女〟の耳に入った。やはりそうかと考えると、エリンシェは少しずつ気を集中させ始める。

 そのすぐ後、ゼルグが〝彼女〟から完全に気をそれたのを、エリンシェは感じた。……きっと、アリィーシュが上手くやってくれたのだろう。「カラダ」が【命令・・】から解放され、エリンシェは〝力〟がみなぎってくるのを感じた。――これで、自由に動くことができるだろう。

〝ジェイト君、「疾風の弓矢ゲイル」が本物だったらって考えたことはない? ――私達神々にはね、万物に「息吹・・」を与える能力ちからがあるの。 恐らく、その能力ちからがあのにもあるんじゃないかと思って、色々と助言をして来たの。 ――それに、エリンの「力」ならその能力ちからを上手く応用できるんじゃないかと思って、そのブレスレットに名前を付けてもらっていたのよ〟

 アリィーシュがジェイトにしている説明を耳にしながら、エリンシェはなるほどとひとり納得した。……「それ」がジェイトのためになるというのなら、何が何でもやり遂げてみせる。エリンシェはそう決意しながら、ぱっと顔を上げると〝彼〟から離れた。そして、ジェイトに笑ってみせると、〝聖杖ケイン〟を〝疾風の弓矢ゲイル〟に向け、意識を集中し始めた。

(お願い、〝聖杖ケイン〟、ジェイトに「力」を!)

「今、ここに命ずる! 覚醒せめざめよ、〝疾風の弓矢ゲイル〟!!」

 〝聖杖ケイン〟に強くそう願いながら、エリンシェは高らかに叫んだ。その次の瞬間、〝聖杖ケイン〟からまばゆい〝光〟が放たれ、〝疾風の弓矢ゲイル〟を包み込んだ。

 その〝光〟に共鳴するように、〝疾風の弓矢ゲイル〟も銀色の「光」を放った。そして、「光」はジェイトを導くと、強く輝き、銀に美しく輝く「弓矢」へと変化へんげした。

 エリンシェはその「弓矢」を見た瞬間、「それ」が〝疾風の弓矢ゲイル〟の真の姿なのだと悟った。

 〝疾風の弓矢ゲイル〟を創り上げ、覚醒させたのは自分だと思うと、エリンシェは驚きを隠せなかった。それだけ、自分の〝力〟と〝聖杖ケイン〟は強いのだと改めて実感した。……大神おおがみ・ディオルトのように、〝聖杖ケイン〟と絆を深めることができれば、もっと強くなれるかもしれない。そう考え、エリンシェはこの場から逃れられたら、そのためにはどうすればよいのか、アリィーシュに尋ねてみようと決心した。

 そんなことを考えながら、エリンシェは〝疾風の弓矢ゲイル〟をじっと見つめていた。……どこか、いつも優しく勇敢なジェイトと重なるところがある――不思議な「弓矢」だ。まさに、ジェイトに相応ふさわしい、新しい「力」だと言えるだろう。

「その『弓矢』が正真正銘の〝疾風の弓矢ゲイル〟。 ――新しいジェイトの『』だよ」

 エリンシェがそう語り掛けると、思い切ったように、ジェイトは〝疾風の弓矢ゲイル〟を掴み取った。そして、そのまま〝疾風の弓矢ゲイル〟を構えると、一発ゼルグに射抜いた。

 風を巻き起こしながら、一直線にゼルグの方へ向かっていった矢は見事【彼】に命中した。そして、矢が巻き起こした風は、体勢を整えようとしていたゼルグをあおり、後退させた。

「……やった」

 そうつぶやくと、ジェイトはもう一度〝疾風の弓矢ゲイル〟を構え、意識を集中させていた。

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