W Ⅰ-Ep2−Feather 14 ―The second part ―


 輪の中には暗闇が広がっていた。〝光〟がその暗闇の中を照らすように、一本の道をかたどっていた。

 アリィーシュは〝ステッキ〟を手にしたまま、迷いなく〝光〟の道を進んでいく。ジェイトも彼女から離れないように、固唾を呑みながら、しっかりと後に続く。

 少し進むと、ぼんやりと景色が見えた。暗く広い部屋の中に、天蓋付きのベッドがうっすら見える。そのベッドの上には誰かがいるようだ。その脇には二本の鎖が垂れ下がっている。

〝「聖光オレオール」!!〟

 不意に、アリィーシュが怒気をはらんだ声で、〝ステッキ〟を振ってそう唱えた。彼女の様子にはっとして、ジェイトは強風を巻き起こす魔法を唱える。

 部屋の中全体がまばゆい光で広がり、強風により天蓋があおられると、ベッドには、虚ろな表情を浮かべ、横たわるエリンシェと、〝彼女〟の上に四つん這いになっている【】の姿が見えた。

 鎖で手足を繋がれているのがエリンシェだと知り、ジェイトは怒りを覚え、風の勢いを更に強める。そして、【】がエリンシェから離れ、後ずさりをしたところにすかさず、鎌鼬かまいたちの魔法を唱え、〝彼女〟の鎖を断ち切った。

 アリィーシュがその景色の中に飛び込んでいくのを見て、ジェイトも叫びながら、前へ躍り出る。

「エリンシェに触るな!!」

 ジェイトの怒声に、【】が振り返った。その「」が、ヴィルドとゼルグの両方にも見えて、ジェイトはエリンシェの元へ走れるかどうか、判断に迷った。

 そんなジェイトの脇を、アリィーシュが迷いなく、羽を広げて一直線に【】の方へと向かって行った。【】もベッドから降りながら、どこかからか【鎌】を取り出すと、ゼルグの姿に一瞬で変化へんげした。そして、向かって来た彼女に素早く応戦する。

 ジェイトは打ち合っている二人の脇を駆け抜け、エリンシェの元へ急いだ。「エリンシェ!」と、ベッドに横たわったままの〝彼女〟に声を掛けても、無表情で虚ろな瞳のまま、微動だにしなかった。

 ひとまず、ジェイトは残っていた鎖を魔法で切り離すと、ベッドに上がり、エリンシェを抱き起こした。……脈も呼吸もある。思わず不安になって確認したジェイトだったが、どうすれば〝彼女〟の意識を取り戻せるのか、その方法が分からず狼狽うろたえた。

〝そのままエリンを抱き締めていて! それと、何か声を掛けてあげて!〟

 不意に、ゼルグと戦い続けているアリィーシュがそんな助言をする。半信半疑、ジェイトは言われた通り、エリンシェを優しくぎゅっと抱き締めながら、もう一度「エリンシェ」と呼び掛けると、小声で話し出した。

「――お待たせ、エリンシェ、戻って来たよ。 ……ごめんよ、いくら【薬】のせいとはいえ、君のことを一瞬でも忘れて。 だけど、もう決して、僕は君のことを離さない。 どんな時でも君のそばにいる、そう誓うよ。 ……本当はこの『気持ち』全部、『』に伝えたい。 ――だから、今度は君が僕のところへ戻って来る番だよ、エリンシェ」

 すると、〝彼〟のその言葉に、エリンシェがわずかにぴくりと反応した。ジェイトがはっと息を呑んでいると、アリィーシュが畳み掛けるかのように口を開いた。

〝エリンシェ、動けないだけで「起きて・・・」るんでしょ! とりあえず、そろそろあなたの「力」を貸してくれない? ココに来ることはできたけれど、「帰り道」は確保できてないのよ! ――だから、とりあえず、あなたたちふたりの「力」で、この場を切り抜けてくれない?〟

 そんな無茶なとジェイトが思っていると、垂れ下がっていたエリンシェの腕が唐突に動き始めた。

 〝彼女〟はそのままジェイトに腕を回し、〝彼〟を少しの間そっと抱き締め返した後、首元のペンダントを〝聖杖ケイン〟に変化へんげさせた。そして、右手で〝聖杖ケイン〟を強く握り締めると、左手を〝彼〟のブレスレット――〝疾風の弓矢ゲイル〟へと伸ばした。

〝――そうよ、エリン。 難しく考えることはないわ。 ただ「その名」を呼んで、「覚醒めざめ」を「聖杖ケイン」に願うだけ〟

 アリィーシュが、エリンシェを後押しするようにそう話しながら、〝ステッキ〟を大きく振りかぶると、〝力〟を放ってゼルグを後退させた。そして、ジェイトを振り返ると、不敵に笑ってみせた。

〝ジェイト君、「疾風の弓矢ゲイル」が本物だったらって考えたことはない? ――私達神々にはね、万物に「息吹・・」を与える能力ちからがあるの。 恐らく、その能力ちからがあのにもあるんじゃないかと思って、色々と助言をして来たの。 ――それに、エリンの「力」ならその能力ちからを上手く応用できるんじゃないかと思って、そのブレスレットに名前を付けてもらっていたのよ〟

 不意に、エリンシェが顔を上げ、ジェイトから離れた。その表情は、先程まで無表情で虚ろな瞳を浮かべていたのが嘘のように、溌剌はつらつとしていた。エリンシェはジェイトに向かって、自信たっぷりに笑ってみせると、〝聖杖ケイン〟を〝疾風の弓矢ゲイル〟に向け、意識を集中させ始めた。

〝見ててね、ジェイト君。 「力」のある者エリンシェが「名前」を付けることで、「万物〝疾風の弓矢〟」に「息吹覚醒め」を与える――「それ」をエリンがやり切ってみせるから。 そして、「それ」が必ずあなたの「」になるから〟

「今、ここに命ずる! 覚醒せめざめよ、〝疾風の弓矢ゲイル〟!!」

 アリィーシュがそう話し終えると同時に、エリンシェが高らかに叫んだ。その次の瞬間、〝聖杖ケイン〟からまばゆい〝光〟が放たれ、〝疾風の弓矢ゲイル〟を包み込んだ。

 〝疾風の弓矢ゲイル〟もまた、その〝光〟に共鳴するように、銀色の「光」を放った。「光」はひとりでに浮かび上がると、ジェイトを誘うように宙を舞った後、広い場所まで移動するとその場で静止した。

 導かれるようにして、ジェイトはその場所に向かうと、恐る恐る「光」に手を伸ばした。すると、「光」は〝彼〟を待っていたかのように、より一層強い輝きを放ち始めた。

 ジェイトの手が「光」の中まで届くと、ブレスレットから弓矢の飾りがすっと姿を消した。その次の瞬間、「光」がぱっと弾け、銀に美しく輝く「弓矢」が〝彼〟の目の前に現れ、宙に浮かんでいた。

「その『弓矢』が正真正銘の〝疾風の弓矢ゲイル〟。 ――新しいジェイトの『』だよ」

 ふと、エリンシェがジェイトに向かって、そんな言葉を掛けた。つい、その美しさに手を取ることを躊躇っていたジェイトだったが、〝彼女〟の言葉を受け、思い切って、それに向かって手を伸ばすと勢いよく「弓矢」――〝疾風の弓矢ゲイル〟を掴み取った。

 その瞬間、まるで〝彼〟を待っていたかのように、優しい風がジェイトを包み込んだ。……なぜだろう、ジェイトはその優しい風に、何か「既視感・・・」を覚えた。〝疾風の弓矢ゲイル〟も今初めて目にしたはずなのに。

「これが……〝疾風の弓矢ゲイル〟」

 ……不思議な「弓矢」だった。手にしているだけで、勇気と「力」が湧いてくる気がした。弓矢の扱い方を知らないジェイトだったが、不安は一切なかった。〝疾風の弓矢ゲイル〟が導いてくれているのだろうか、何となく「分かる・・・」のだ。

 声なき声に導かれるまま、ジェイトは〝疾風の弓矢ゲイル〟を構えた。そして、大きく息をつくと意識を集中させると、ゼルグに一発射抜いた。

 矢は風を巻き起こしながら、体勢を立て直そうとしていたゼルグに向かって一直線に向かっていった。【彼】に避ける隙も与えず、そのままごうっと音を立てて、ゼルグに命中した。――風にあおられ、再びゼルグは後退した。

「……やった」

 ジェイトはつぶやきながら、大きく肩で息をした。額の汗を拭い、〝彼〟はもう一度〝疾風の弓矢ゲイル〟を構えると、再び意識を集中させた。


 ――今ここに、ひとりの〝英雄〟が誕生したのである。


 〝彼〟の隣に、〝羽〟を広げたエリンシェが並んだ。〝彼女〟はゼルグをにらみ付けながら、〝聖杖〟を構えると〝彼〟に向かって言った。

「さあ、ジェイト。 ――反撃開始だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る