♯ 4-1


    ଓ


 ――「こころ」はともに在る。その言葉に偽りは一切なかった。


 微笑み合うだけで――それだけで、ふたりの「こころ」は通じ合った。


 しばらく経って、「彼女」――アリィーシュは名残惜しそうに去っていった。彼女がいなくなった空を、ガイセルはあの時と同じように、いつまでも眺めていた。

 少し経つと、だんだん冷静さを取り戻して、ガイセルは思わず、顔を赤らめた。……「こころ」はともにあるとそう口にしてしまったら、本当に「後戻り・・・」はもうできない。――それでも、ガイセルは自分の気持ちを伝えられずにはいられなかった。


 ガイセルが、アリィーシュが「こころ」を預けたと悟ったのは、彼女が改めて名乗りを上げた時だった。やはり彼女はテレスファイラの守護神だったと分かり、心が躍るのと同時に、もらったのは「アリィなまえ」だけではないと悟ったのは間違いではなかったと、ガイセルは感じたのだ。――アリィーシュは「こころ」をくれたのだと感づいたのだ。

 けれど、アリィーシュは自分の「立場・・」を気にして、ガイセルを引き離そうとすることも口にした。彼女自身、自分の中に芽生えた「気持ち」に戸惑っているようにも感じた。そんな彼女が「こころ」をくれたと分かると、ガイセルは自分の「気持ち」を伝えずにはいられなかった。

「僕はずっとあなただけを追い続けて来た。 世界学を研究して、あなたが何者かを知っても、逢いたいと、側にいたいと願わずにはいられなかった。 ――それは今でもずっと変わらない。 ずっと僕はあなたを待ち続ける。 あなたに『使命・・』があるというのなら、少しでもあなたの『力』になりたい。 ……だって、初めて逢った時から、僕はどうしようもなくあなたに『こころ』ひかれているんだから。 それに、あなたは僕に『こころ』をくれた、――そうでしょう?」

 彼女が――アリィーシュが、神であろうと、ガイセルにはもはや関係なかった。……もう、この「気持ち」は自分自身であろうと止められないのだ。たとえ、「その先」に「答え」が見つからなくてもだ。

〝そう、あの日、私はあなたに「こころ」を預けたの。 ……だけど、今は違う。 ――私もどうしようもなく、あなたに「こころ」ひかれているのよ、ガイセル〟

 少し戸惑いながらも、アリィーシュは彼女自身の「気持ち」とガイセルのことを受けいれ、そして、涙を流した。彼女のその涙を見た瞬間、ガイセルはより一層アリィーシュのことをおもった。……だから、ガイセルは、その場を去ろうとするアリィーシュを呼び止め、更に自分の「気持ち」を彼女に伝えたのだ。

「僕は人間で、あなたは女神――そもそも時間の流れも何もかも違う。 ……だけど、どこにいても、どれだけ離れていても『こころ』だけは別だ。 ――僕の『こころ』はあなたとともに在る。 それだけは忘れないで」

 ――そして、ガイセルはアリィーシュをじっと見つめて、「こころ」の底から微笑んだ。

〝私も、この「気持ち」を――「こころ」をあなたに改めて預けるわ。 ……だけど、今はその全て・・をあなたにあげられない。 でも、いつの日にかきっと、その全て・・があなたと存在できるいられる時が来るまで、あなたに預けた私の「こころ」を大切にしていて〟

 また涙を流しながら、アリィーシュはそんなガイセルに応えて、うなずいてみせると微笑み返して、そう話した。

 アリィーシュに「こころ」の全てを預けられないと言われ、ガイセルはほんの少し落胆した。……けれど、すぐに、それでも良いと思い返した。それに、彼女には「立場・・」がある。それを無視して、ガイセルに「こころ」の一部を預けてくれたのだ。――それだけでも十分だった。


 その後、ガイセルはアリィーシュとふたりで微笑み合った。それだけで、ふたりの「こころ」は通じ合うことができた。

 ――この先、どんなに逢えなくても、「こころ」はともに在る。そんな偽りのないおもいを、ガイセルは微笑みを通して、アリィーシュに伝えた。

 ……「後戻り・・・」はできないと分かっていても、ガイセルは決して後悔しなかった。――「こころ」はともに在るとそう誓うことが、彼なりに見つけた「答え・・」だったのだ。



 アリィーシュが〝「こころ」の全て・・を預けられない〟と話したその理由が分かったのは、彼女に逢えなくなってしばらく後のことだった。


 ガイセルは研究を続けながら、賢者としての役割もしっかりとこなしていた。きっかけはアリィーシュと逢うためだったが、単純に、ガイセルは世界学のことを心の底から好いていたのだ。

 授業を通して、ガイセルは学舎まなびやに通う生徒達に世界学のことを理解してもらおうと努めた。――が、生徒達はあまり世界学に興味がないようだった。それでも、ガイセルは一人でも理解できるよう、工夫するなどの努力を重ねた。

 また、世界学の賢者は上級賢者でもあるため、テレスファイラのことをよく理解しているガイセルは、大賢者であるグレイムから様々な相談を受けることになった。――そのうちに、ガイセルはとある「予言」と、「それ」にまつわる〝彼女〟の存在を知った。

 グレイムから、その存在を聞かされた瞬間、アリィーシュが守りたかったのは〝彼女〟なのだと悟った。――そして、それこそがアリィーシュの「使命・・」なのだと感じ取ったのだった。


 そして、また月日が流れ、いよいよ〝彼女〟が学舎に通う年になった。

 学舎に新しく入る生徒達が集められ、行なわれる式の前に、グレイムが見ていた水晶玉を通して、初めて〝彼女〟を見たガイセルだったが、その時にはまだ何の感情も抱かなかった。

 それよりも、グレイムから「アリィーシュが戻って来る」と告げられた衝撃の方が強かった。驚いたことに、グレイムが、ガイセルが奥底に隠しているはずの「感情」を見抜いていたので、ガイセルはそれにも動揺した。……やはり、グレイムはガイセルのことを全て・・見抜いているようだった。 


 〝彼女〟に対する思いが少し変化したのは、その年初めての世界学の授業の後のことだった。

 ガイセルの元を訪れた〝彼女〟は、世界学に興味があると告げ、特に、神々について興味があると話した。――その時にはまだ、〝彼女〟は自分自身に眠る〝力〟に気付いていなかったのだ。

 グレイムから色々と相談されていただけに、ガイセルは少々複雑な感情を抱いた。それが顔に出ていたのだろう、〝彼女〟は不思議そうに彼を見つめていた。

 ……なぜだろう。〝彼女〟に見つめられていると、ガイセルが学舎に通っていた時、当時の賢者に頼み込んで、研究室に教わったことを、ガイセルはふと思い出した。それに、〝彼女〟からはほのかにアリィーシュの〝気〟を感じた。――〝彼女〟の力になりたいと、そんな気持ちが少し芽生えたのだ。

 そして、ガイセルは〝彼女〟を研究室へと招き入れたのだった。それからというものの、〝彼女〟は時々、ガイセルの元に通うようになったのだ。

 時に、〝彼女〟はどこか鋭く、ガイセルの奥底に隠しているはずの「感情」を見抜きそうになったことすらあった。その時にはさすがに動揺したものだが、〝彼女〟に会う度、力になりたいという気持ちはだんだん強くなっていった。

 そんなある日、ガイセルの元を訪れた〝彼女〟の去り際に、「リィン」という鈴の音が鳴り響いた。――アリィーシュだ。すぐに気が付いて、ガイセルは動揺して、複雑な表情を浮かべた。

 ……それからというものの、ガイセルは、〝彼女〟により強くアリィーシュの〝気〟を感じるようになった。



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