♯ 3
ଓ
――一目見ただけで、すぐに「彼」だと分かった。あの瞳は今でも変わらないままだった。
久しぶりに、アリィーシュは一時的に「
大賢者選びは時に、時間を伴うこともあったが、今回はすぐに、アリィーシュは新しい大賢者であるグレイムを見つけ出した。むしろ、グレイムの方が少し、賢者選びに時間を要していた。
グレイムを待っている間、ふと、アリィーシュは少年のことを思い出していた。……あれから、何年経っているのだろう。もうすっかり成長して、立派な青年になっているのだろうか。思い返すと、彼の名前すら聞いていない。彼は「忘れないでいて」と言っていたが、ひょっとするとアリィーシュのことを忘れてはいないだろうか。――「こころ」を預けたことを覚えていてくれるだろうか?
そんなことを考えながら、グレイムが少年――いや、「彼」を選んでくれないだろうかと、アリィーシュはどこかで期待していた。そもそも、「彼」がまだ世界学の研究を続けているとも限らないのに。
自分が期待していることに気が付いたアリィーシュは、思わず戸惑った。――自分は期待しているだけでなく、それどころか「彼」に逢いたいとすら願っている。……まさか、自分がひとりの人間に肩入れするとは、アリィーシュは思ってもみなかったのだった。
――そして、数日後、儀式が執り行われた。
守護神としての役目は、大賢者を任命する儀式を執り行なうこと、また、賢者達の任命式に立ち会うことだった。アリィーシュは、彼女を
儀式にはそれなりの〝力〟を要する。集中して、グレイムを大賢者として任命し終えた後、ふと、アリィーシュは胸が高鳴るのを感じた。はっと息を呑んで、並んでいる賢者達をじっと見つめる。
……いる。――「彼」があの中にいる! 何となくそう感じ取ったが、確信には至らなかった。確認するにはあまりにも、賢者達とは距離が離れ過ぎている。それに、「
儀式が終わると、その場にいた全員が解散になった。アリィーシュは「彼」を探したが、どこにも見当たらなかった。後のことはディオルトに任せて、アリィーシュは学舎の外へと出た。
「彼」を探して飛んでいると、ふと、とある場所がアリィーシュの頭に浮かんだ。……いるはずない。そう思いながら、その場所――「彼」と初めて逢った場所に向かった。
すると驚いたことに、アリィーシュは、「彼」がその場所に佇んでいるのを見つけた。少し距離は離れていたが、今度ははっきりと「彼」の顔を見ることができた。――間違いない、今も変わらない、海のように蒼い瞳を見てすぐに「そう」だと分かった。
〝こんにちは〟
アリィーシュは「彼」のすぐそばに降り立ち、初めて逢った時のように声を掛けた。するとすぐに、「彼」が息を呑んで、彼女を振り返った。
「あ、アリィ……」
震える声でそう口にした「彼」は、見る見るうちに顔を赤くする。そんな姿が少年だった時の姿と重なってみえ、それが
〝変わらないのね、あなたは〟
アリィーシュのつぶやきには応えず、「彼」は目を泳がせると、ぼそりと小さな声で口を開いた。
「……てっきり覚えていないのかと思ってた。 儀式の時、僕に気付いてなかったみたいだから」
〝あら。 儀式には「力」が少し必要だから、集中していただけよ。 それに、あなたが「いる」ことは分かっていたのよ〟
微笑みながら返したアリィーシュの答えに、「彼」は目を見開いた。一瞬彼女の顔を見たが、すぐに目を逸らした。そして、そのままうつむくと、一層顔を赤らめ「……良かった」とこぼした。
〝まさか、また逢えるなんてね。 あの時、あなたは少年だったのに、今じゃ賢者にもなって、立派に成長したのね。 ――本当に、逢いたかった〟
「彼」にそう話してしまってから、アリィーシュはしまったと、とっさに思った。……逢いたかった気持ちを伝える気はなかったのに、思わず口を滑らせてしまった。もう誤魔化すこともできないだろう。
アリィーシュの気持ちを聞いて、「彼」は一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。――が、それもほんの一瞬で、考える素振りを見せたかと思うと、意を決したように、アリィーシュの顔を見つめながら口を開いた。
「そういえば、まだ名前を言ってなかった。 僕はガイセル・コンディー。 ――あなたに逢うために、世界学を研究して来たしがない賢者です」
アリィーシュには、「彼」――ガイセルがそう話す姿が、彼がまだ少年だった時に「どうすればまたあなたに逢える?」と尋ねた姿と重なってみえた。
あの時と同じように、海のような瞳でガイセルに見つめられ、アリィーシュはまたもその瞳に吸い込まれそうになりながら、思わず顔を赤らめる。
〝……ガイセル。 だけど、あなたも世界学の賢者なら分かってるんでしょう? ――私が「
逢いたいと伝えておきながら、今度は突き放すようなことを話す自分に、アリィーシュは呆れ果てた。おまけに、ガイセルの名前を知り、口にするだけで、どうしようもなく胸が高鳴る自分に、アリィーシュは更に嫌気がさした。
「もちろん、長年の研究で、あなたのことはよく
迷いなく、ガイセルはアリィーシュの正体を言い当てた。その間もずっと、彼はアリィーシュから目を離そうとはしなかった。
〝そう、私はアリィーシュ、――テレスファイラの守護神よ〟
アリィーシュは苦笑いを浮かべると、うなずいてみせ、改めて名乗りを上げた。彼女の名前を聞いて、一瞬、ガイセルが少年の時のように、あのきらきらとした瞳を見せた。また、アリィーシュは彼とその少年時代を重ねながら、ガイセルに尋ねる。
〝だから私は、また
ガイセルはすぐさまうなずいてみせると、変わらずアリィーシュを見つめながら、彼の「答え」を口にした。
「僕はずっとあなただけを追い続けて来た。 世界学を研究して、あなたが何者かを知っても、逢いたいと、側にいたいと願わずにはいられなかった。 ――それは今でもずっと変わらない。 ずっと僕はあなたを待ち続ける。 あなたに『
……あぁ、ガイセルは何もかもを承知の上で「全て」を受け入れたのか。そう分かると、アリィーシュはどうしようもなく「こころ」が揺さぶられた。……この「気持ち」を認めてしまうと、もう「
〝そう、あの日、私はあなたに「こころ」を預けたの。 ……だけど、今は違う。 ――私もどうしようもなく、あなたに「こころ」ひかれているのよ、ガイセル〟
――それでも、アリィーシュは自分の気持ちをガイセルに伝えた。……きっと「
気が付けば、アリィーシュは涙を流していた。その涙が一体「何」を意味するのか、彼女は自分自身でも分かっていなかった。涙を流しながら、ふと、アリィーシュは学舎の方から〝
〝……もう行かなきゃ〟
アリィーシュは羽を広げ、飛び立とうとしたが、ガイセルに「アリィ!」と呼び止められた。
「僕は人間で、あなたは女神――そもそも時間の流れも何もかも違う。 ……だけど、どこにいても、どれだけ離れていても『こころ』だけは別だ。 ――僕の『こころ』はあなたとともに在る。 それだけは忘れないで」
そう話して、ガイセルはアリィーシュをじっと見つめながら微笑んだ。また、涙を流しながら、アリィーシュはうなずいて、微笑み返した。
〝私も、この「気持ち」を――「こころ」をあなたに改めて預けるわ。 ……だけど、今はその
それからしばらく、アリィーシュとガイセルのふたりは、時間が許す限り、お互いに微笑み合ったのだった。
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