♯ 2−2

 それからというものの、ガイセルは「この世界・・・・」について学び続けることになった。学舎に入るまではありとあらゆる本を読み漁り、いくつかは暗記もしていた。

 そして、学舎に入るとすぐ「この世界・・・・」――世界学の賢者に頼み込んで、毎日のようにその研究を教わりに研究室へ通った。四年が経ち、更に三年で上級の過程が学べる進路の選択を迫られた時、ガイセルは迷いなく、学び続けることを決めた。学舎で計七年間学んで卒業する頃には、当時の世界学の賢者も彼の知識には脱帽していた。


 卒業してからも当然、ガイセルは世界学についての研究をやめなかった。そして、研究に没頭していたある日、「彼」がガイセルの元を訪れた。

「――〝君〟だ」

 ガイセルの顔を見るなり、「彼」がそうつぶやいた。少し考えて、ガイセルは「彼」が何者かをすぐに悟って、息を呑んだ。――ついに、「その時」が来たのだ。

「はじめまして。 私はグレイム――新しく大賢者に選ばれた者だ。 今、賢者達を探していてね。 いきなりで申し訳ないが、君に頼みたいことがあるんだ。 ――『世界学』の賢者を引き受けてはもらえないだろうか?」

 ――それが、ガイセルと「彼」――大賢者・グレイムとの出逢いだった。

「はい、うけたまわります」

 「その瞬間」を待ち望んでいたガイセルはすぐに二つ返事を返した。……いよいよだ。いよいよ「彼女」に逢えるのだ! そう思うと、ガイセルは胸がおどらずにはいられなかった。

 表情に出さないように努めていると、ふと、ガイセルは、じっと見つめるグレイムの視線に気が付いた。……思い返すと、初めて出逢った時から、グレイムはガイセルのことを全て・・見透かしているような気がした。

「名前は?」「ガイセル・コンディーです」

 何か言われるのかと身構えていたガイセルだったが、グレイムはただ名前を尋ねるだけだった。……それでも、グレイムはガイセルから目を離そうとしない。しばらく彼をじっと見つめた後、グレイムはうなずくと、微笑んでみせた。

「それじゃあ、ガイセル。 我らが学舎へ向かうとしよう」



 それから、ガイセルはグレイムと共に、学舎へと赴いた。――とは言っても、グレイムはまだ賢者探しの途中だったようで、学舎に着くやいなや、ガイセルを研究室へと案内し、またどこかへと旅立っていった。ガイセルはすぐに、今まで集めてきた書物を全て研究室に入れると、研究を再開した。

 その頃にはもう、「彼女」に何があったのか、ガイセルには分かっていた。……それでも、ガイセルは「彼女」に逢いたいと思っていた。――どうしようもなく、「彼女」のそばにいたいと願わずにはいられなかったのだった。


 数日後、ついに儀式が行われることになった。儀式ではまず、賢者達の前で大賢者の任命式が守護神により執り行われ、そして次に、大賢者により賢者達の任命式を行われることになっていた。

 その儀式でついに、ガイセルは「彼女」と再会した。その側には、とても神々しい〝気〟を放つ神――大神が控えていた。まさか、そんな偉大な神と逢えると思っていなかったガイセルは思わず研究者として興奮したが、儀式の間中ずっと、「彼女」だけを目で追っていた。

 ……けれど、「彼女」はガイセルの方を見向きもしなかった。やはり、時の流れが違うせいで、自分のことを忘れてしまったのだろうか。そんな不安が、ガイセルの頭によぎった。

 それと同時に、ガイセルは自分をあざ笑ってもいた。……自分はただ、本当はわかっていたはずなのに、わかっていないフリをしていただけなのだ。――「そこ・・」に足を踏み入れればどうなるのかを。それでも、ガイセルは「後戻り・・・」をしなかったのだ。


 儀式は滞りなく執り行われ、その場にいた全員が解散した。「彼女」は儀式が終わると、どこかへ去ってしまった。

 一つため息をついて、ガイセルは何となく、学舎の外に足を向けた。そして、気が付くと、「彼女」と初めて逢った場所へとたどり着いていた。……いるはずないのに。そう思いながら、ガイセルはその場に佇んだ。

〝こんにちは〟

 ふと、「あの時」と同じように、声が掛けられる。……そんなわけ、ない。息を呑みながら、ガイセルは反射的に振り返った。――そこには、「あの時」と何も変わらない「彼女」がいた。

「あ、アリィ……」

 そう呼び掛けた声は震えていて、ガイセルは自分でも情けなく思えた。恥ずかしくなって赤面していると、「彼女」は可笑おかしそうに笑っていたのだった。

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