♯ 4-2

 そして、「事件」が起こった。――〝彼女〟が〝力〟にめざめ、その背に〝羽〟が生えたのだ。

 〝彼女〟は自分自身では〝力〟を制御できず、危機にひんした。――が、そんな〝彼女〟を、アリィーシュと〝彼〟が救ったのだ。

 いつの頃からか、ガイセルは人の「役割・・」というものがわかる・・・ようになっていた。授業で〝彼〟の存在はもちろん知っていたが、「事件」の時に、ガイセルははっきりと〝彼〟の「役割」を悟ったのだ。それ以降、ガイセルは〝彼〟のことも見守るようになった。


 一方、アリィーシュが封印から戻ったのは「事件」の少し後だった。

〝……「悟られて」しまったわ。 「覚醒」が近い以上、もう止められないの。 すぐ、私もいく。 それまで、あの子をお願い〟

 アリィーシュはそれだけ言い残して、「事件」がおさまった後気絶してしまった〝彼女〟を、ガイセルに託した。

 すぐにガイセルは了承し、〝彼女〟を研究室へと運び、グレイムに頼み込んで一時的に結界を強くすることで〝彼女〟を保護した。――じきに、アリィーシュが戻り、〝彼女〟と話し合う機会が必要になると感じたからだった。

 そして、案の定、アリィーシュは〝彼女〟と話し合うことになった。予言や奥底に眠る〝力〟のことを知り、〝彼女〟は初め戸惑っていたが、やがて自身の〝力〟と向き合い、戦うことを決心したようだった。

 戻って来たアリィーシュは、ガイセルと「こころ」が通じ合った時とは少し様子が違っていた。以前と同じく、ガイセルに「こころ」を預けているものの、〝彼女〟のことを守り抜こうと固く心に誓っているようだった。それだけでなく、アリィーシュが〝彼女〟に深い愛情を抱いていることが、ガイセルにはよくわかった・・・・。――だから、アリィーシュは「こころ」の全てを預けられないと話したのだと、ガイセルはすぐに悟ったのだった。


 そうだとわかると、ガイセルはより〝彼女〟の力になりたいと思うようになった。もちろん、アリィーシュのこともあったが、少年時代とどこか重なるところや、様々なことを教えていくうちに〝彼女〟の魅力のような不思議な〝もの・・〟にだんだんひかれていくようになった。……アリィーシュが肩入れするのも無理はないと思うようになった。

 もちろん、心ひかれるとは言っても、アリィーシュの「それ・・」とは違っていた。そのため、〝彼女〟が少しずつ、ガイセルに好意を寄せ始めていると知った時は正直、焦りを感じた。

 第一、〝彼女〟には〝彼〟がいる。――〝彼女〟を守り抜けるのは〝彼〟だけだと、ガイセルにはわかっていたのだ。

 アリィーシュに話したように、自分は「しがない・・・・賢者」でしかないと、ガイセルは自身のことをそう思っていた。きっと、知識ぐらいしか――陰で見守り、支えることしか〝彼女〟の役に立てないのだ。

 ――だからガイセルは、あえて〝彼女〟の好意を受けいれず、「できることは全力でやる」と誓いを立てたのだ。

 その時、ガイセルは同時に、アリィーシュが愛している〝彼女〟を慈しみ、最後まで陰ながら守り抜こうと誓ったのだった。



 ある日突然、アリィーシュがそんなガイセルの元を訪れた。――その理由は「とあること」を彼に依頼するためらしかった。

〝――ガイセル、あなた、あのに「力になれることは全力でやる」って誓いを立てたんだってね〟

 不意に、アリィーシュがそんなことを切り出した時、ガイセルは血の気が引いて、思わず吹き出した。……あの時、〝彼女〟の側に、アリィーシュはいなかったはずだ。もちろん、〝彼女〟が話したということもないだろう。

「……どこでそれを聞き付けたのやら」

〝あら。 私、あののことは大体、よく知っているのよ〟

 ガイセルが肩をすくめながらそう言うと、アリィーシュはいたずらっぽく微笑みながら、すぐにそう答えた。……彼女にそれ以上答える気はないらしい。

 アリィーシュにそう言われて、ガイセルは少々複雑な気持ちを抱いた。アリィーシュとは「こころ」通じ合っていて、お互いに信頼していると理解しているものの、〝彼女〟のことを〝よく知っている〟と言われると、アリィーシュと〝彼女〟もかなり深い関係なのだと思わざるを得なかった。――要するに、ガイセルは〝彼女〟に対して、嫉妬のような感情を覚えたのだった。 


 それはさておき、アリィーシュは〝神格化〟というものについて調べるよう、ガイセルに依頼した。まるで雲をつかむような話な上に、第一〝彼女〟の意思を考えてもいなかった。ガイセルは「だけど、アリィ」と切り出して、反論した。

「〝彼女〟にも意思はある。 もし仮に、その〝神格化〟とやらの方法が見つかって、もし〝彼女〟が受けいれなかったらどうする?」

〝――……わかってる、私もそれは考えたもの。 「神格化」について調べることを、大神様は可能性のひとつを増やすためでもあるって話していたわ。 ……それに、ぞっとしたけど、私は「最悪の場合・・・・・」も考えた。 ――もし、私たちが「神格化」の方法を見つけられなくて、あのを失うことになってしまったら? ……はっきり言って、私はそっちの方がよっぽど怖い。 まだ可能性があるならそれを見つけて、あのを説得する方がずっとまし。 ――ガイセル、あなたもそうは思わない?〟

 ――それほどまでに、アリィーシュは〝彼女〟のことを大切に想っていたのだ。

 そんなアリィーシュに対して、ガイセルに返す余地はなかった。……それに、ガイセルにもわかる気がした。彼自身が思っているよりも、〝彼女〟はガイセルにとっても「特別」な存在でもあった。

 ――そうして、深くため息をついて、ガイセルはアリィーシュの依頼を承諾したのだった。


 用事を済ませると、すぐに立ち去ろうとするアリィーシュを、ガイセルは思わず引き止めた。

 ……ひょっとすると、先程ガイセルが抱いたのと同じように、アリィーシュも嫉妬のような感情を覚えたのかもしれない。ガイセルの場合は同じ女性同士でさして気にならなかったが、アリィーシュから見ると、異性とのやり取りなのだ。複雑に思えてもおかしくはなかった。

 そう思い当たると、ガイセルは何だかばつが悪く感じて、思わず尋ねずにはいられなかった。

「……アリィ? ひょっとして、君――」

 ――少し〝彼女〟に嫉妬している?

 その問い掛けに、アリィーシュはガイセルを振り返りながら、〝――まさか〟といたずらっぽく微笑んでみせた。

〝――ガイセル、私、あなたのこともよく知っているつもりよ〟

 それだけを言い残して、アリィーシュは研究室を後にしてしまった。

 ――彼女はガイセルに「その気・・・」がないことを、きちんと知っていたのだ。それに、〝よく知っている〟とアリィーシュから言われただけで、ガイセルは心躍ってしまう自分自身を、どこか浅ましく思うのだった。

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