Extra edition 1

「こころ」はともに 〜I will 〝be〟 with you〜

♯ 1


    ଓ



 ――初めは気まぐれだった。どうしようもなく、その眼差しにひかれ、思わず声を掛けてしまった。


 じっと、少年がこちらを見つめている。驚きと憧れが混じった、きらきらとした瞳だ。何か言いたげだったが、遠慮がちに手をもじもじさせている。

〝こんにちは〟

 少年に声を掛けながら、彼女――アリィーシュはここに来るまでの経緯を思い返す。大賢者を選び、儀式を終え、そろそろ戻ろうとしていたところだったが、ふと思い立って少し飛んでいると、学舎の近くでその少年を見つけたのだ。

 声を掛けると驚いたようにあたふたし、まるで声を掛けられたのは自分ではないと言わんばかりに、少年はアリィーシュから目を逸らし、うつむいた。だが、何を思ったか、少年は聞き取るのが難しいほど小さな声で、「……こんにちは」と返した。

 そんな少年の様子が可笑おかしくて、アリィーシュは思わず笑いをこぼす。笑っていると、少年が顔を上げ、またきらきらとした瞳でこちらをじっと見つめた。その瞳は海のように蒼く、見ていると吸い込まれそうだと、アリィーシュは思った。

〝あなたよ。 ――黒髪と眼鏡が素敵な「あなた」に話し掛けたの。 ねぇ、ここで何をしていたの?〟

 すぐには答えず、少年は答えて良いものか、しばらく悩んでいた。少し経ってから、ようやく、おどおどした様子を見せながら話し始める。

「……僕、『この世界・・・・』が好きなんだ。 おじいちゃんが歴史をたくさん教えてくれた。 僕も歴史が好きで、色々勉強した。 そうしたら、テレスは神々と関係深いって分かったんだ。 だけど、友達とか、周りの皆は『だけど、神様なんか誰も見たことない』って言うんだ。 ――だから、今日儀式があるって噂だったから、ここに来れば、本物の神様に逢えるかもって思って来たんだ」

 どうやら、少年はまだ学舎まなびやへ行く年齢ではないらしかった。けれど、彼によると、テレスファイラのことを――世界学を、独学で勉強しているようだった。少し話しただけだったが、アリィーシュは少年に伸びしろを感じた。もしかしたら、将来、賢者になるかもしれない。そう考えて、アリィーシュは少年としばし話してみることにした。

〝そう。 だけど、私にも色々あって・・・・・ね。 あなたはたまたま私に逢えただけなの。 ごめんね、そんな神様じゃ友達に信じてもらえないかも〟

 それを聞いて、少年はがっかりしたように「そっか……」とつぶやいた。けれど、すぐに、あのきらきらした瞳でアリィーシュをじっと見つめながら、口を開いた。

「――だけど、あなたはとても綺麗だから、てっきりテレスファイラの守護神かみ様かと思った。 僕、他の神様には逢ったことないけど、こんな綺麗な女神様、あなた以外にいないと思うから」

 先程とは打って変わって、妙に大人びた、はっきりとした口調で、少年がそう言い切った。それに加えて、まだあの瞳でじっと見つめられていたので、さすがにアリィーシュもたじろいだ。

〝……色々ある・・・・のよ〟

 いまの少年なら、簡単に答えるだけで何となくは伝わる気がして、アリィーシュは苦笑いしながらそう言った。案の定、納得したように、少年がひとりうなずいた。

「皆に分かってもらえなくてももう良いや。 だって、こんな素敵な神様に逢えたんだもん。 ――僕だけが、覚えておくことにする。 ……ねぇ。 もうすぐどこかに行っちゃうんでしょ? どうすれば、またあなたに逢える?」

 出逢った瞬間の気弱な様子はどこへやら、少年が何かを決意した様子でそう尋ねる。まだ見つめられていて、彼の瞳に吸い込まれそうになり、思わずアリィーシュは顔を赤らめる。

 少年の問いに、アリィーシュは唸りながら、少しの間考える。せっかくなので、彼の伸びしろを後回しできるような答えを口にした。

〝……そうね。 学舎へ行って卒業しても、あなたが好きな「その世界・・・・」についてずっと学び続けたら、また逢えるかもね〟

 そして、少年に優しく微笑みかけた。

 少年はアリィーシュの微笑みを見た瞬間、それまで以上に瞳ときらきらとさせた。少しの間、考える素振りを見せ、また何かを決意した様子で「分かった」とうなずいた。

「僕、絶対、あなたに逢えるよう、努力する。 ――だから、あなたも僕のことを忘れないでいて」

 そんな少年の真剣な眼差しに、アリィーシュは二つ返事で〝いいわよ〟と答える。……なぜか、どこか物足りなさそうな表情をしている少年に、アリィーシュは困惑する。しばし考えて、逢ったばかりなのに、どうしようもなく心がひかれる、その少年に、アリィーシュは「あるもの」を預けることした。

〝それじゃあ、今度逢えたら、その時は私のことを「アリィ」って呼んで良いわよ〟

 ――それは「こころ」だった。アリィーシュは、自分が信じようと決め、また、自分の「こころ」を預けようと決めた者にしか、「アリィ」と呼ぶことを許していなかった。いつもならそう簡単に「こころ」を預けないのだが、その時だけは、その少年になら預けても良いと強く感じて、呼び名を彼に教えたのだった。

「じゃあ、約束。 絶対にもう一度逢ってみせるから」

 そう言って、少年が満足そうに笑った。アリィーシュも釣られて、微笑んでうなずいた。そして、羽を広げて、宙に浮かぶと振り返って、別れを告げるのだった。

〝そろそろ行くわね。 それじゃあ、また〟

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