Extra edition 1
「こころ」はともに 〜I will 〝be〟 with you〜
♯ 1
ଓ
――初めは気まぐれだった。どうしようもなく、その眼差しにひかれ、思わず声を掛けてしまった。
じっと、少年がこちらを見つめている。驚きと憧れが混じった、きらきらとした瞳だ。何か言いたげだったが、遠慮がちに手をもじもじさせている。
〝こんにちは〟
少年に声を掛けながら、彼女――アリィーシュはここに来るまでの経緯を思い返す。大賢者を選び、儀式を終え、そろそろ戻ろうとしていたところだったが、ふと思い立って少し飛んでいると、学舎の近くでその少年を見つけたのだ。
声を掛けると驚いたようにあたふたし、まるで声を掛けられたのは自分ではないと言わんばかりに、少年はアリィーシュから目を逸らし、うつむいた。だが、何を思ったか、少年は聞き取るのが難しいほど小さな声で、「……こんにちは」と返した。
そんな少年の様子が
〝あなたよ。 ――黒髪と眼鏡が素敵な「あなた」に話し掛けたの。 ねぇ、ここで何をしていたの?〟
すぐには答えず、少年は答えて良いものか、しばらく悩んでいた。少し経ってから、ようやく、おどおどした様子を見せながら話し始める。
「……僕、『
どうやら、少年はまだ
〝そう。 だけど、私にも
それを聞いて、少年はがっかりしたように「そっか……」とつぶやいた。けれど、すぐに、あのきらきらした瞳でアリィーシュをじっと見つめながら、口を開いた。
「――だけど、あなたはとても綺麗だから、てっきりテレスファイラの
先程とは打って変わって、妙に大人びた、はっきりとした口調で、少年がそう言い切った。それに加えて、まだあの瞳でじっと見つめられていたので、さすがにアリィーシュもたじろいだ。
〝……
いまの少年なら、簡単に答えるだけで何となくは伝わる気がして、アリィーシュは苦笑いしながらそう言った。案の定、納得したように、少年がひとりうなずいた。
「皆に分かってもらえなくてももう良いや。 だって、こんな素敵な神様に逢えたんだもん。 ――僕だけが、覚えておくことにする。 ……ねぇ。 もうすぐどこかに行っちゃうんでしょ? どうすれば、またあなたに逢える?」
出逢った瞬間の気弱な様子はどこへやら、少年が何かを決意した様子でそう尋ねる。まだ見つめられていて、彼の瞳に吸い込まれそうになり、思わずアリィーシュは顔を赤らめる。
少年の問いに、アリィーシュは唸りながら、少しの間考える。せっかくなので、彼の伸びしろを後回しできるような答えを口にした。
〝……そうね。 学舎へ行って卒業しても、あなたが好きな「
そして、少年に優しく微笑みかけた。
少年はアリィーシュの微笑みを見た瞬間、それまで以上に瞳ときらきらとさせた。少しの間、考える素振りを見せ、また何かを決意した様子で「分かった」とうなずいた。
「僕、絶対、あなたに逢えるよう、努力する。 ――だから、あなたも僕のことを忘れないでいて」
そんな少年の真剣な眼差しに、アリィーシュは二つ返事で〝いいわよ〟と答える。……なぜか、どこか物足りなさそうな表情をしている少年に、アリィーシュは困惑する。しばし考えて、逢ったばかりなのに、どうしようもなく心がひかれる、その少年に、アリィーシュは「あるもの」を預けることした。
〝それじゃあ、今度逢えたら、その時は私のことを「アリィ」って呼んで良いわよ〟
――それは「こころ」だった。アリィーシュは、自分が信じようと決め、また、自分の「こころ」を預けようと決めた者にしか、「アリィ」と呼ぶことを許していなかった。いつもならそう簡単に「こころ」を預けないのだが、その時だけは、その少年になら預けても良いと強く感じて、呼び名を彼に教えたのだった。
「じゃあ、約束。 絶対にもう一度逢ってみせるから」
そう言って、少年が満足そうに笑った。アリィーシュも釣られて、微笑んでうなずいた。そして、羽を広げて、宙に浮かぶと振り返って、別れを告げるのだった。
〝そろそろ行くわね。 それじゃあ、また〟
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます