W Ⅰ-Episode 1 Epilogue ଓ 「芽生え」 〜〝the beginning〟〜
――そして、次の日。
「ジェイト!」
早速、エリンシェはカルドと授業に向かうジェイトを呼び止めた。彼は足を止めると、複雑そうな表情で振り返った。その表情を見ると、エリンシェはジェイトに会おうと決めた覚悟が、少し揺らいでしまい、思わず黙り込んでしまった。
ジェイトとふたり見つめあって、立ち止まっていると、その脇を通り抜け、ミリアが「カルド、ちょっと」と佇んでいたカルドに声を掛け、何やら小声で話し込みながら、ふたりを置いてカルドと一緒に足早に去ってしまう。その途中、ミリアは振り返って、エリンシェに目配せをする。――まるで、応援するかのように。
「あの……! 今まで避けてて、ごめんね、ジェイト! 何でもないから――ジェイトは何も悪くないから!」
そんなミリアに励まされ、エリンシェは思い切って、口早にそう話した。ジェイトはそれを聞いても、まだ複雑そうな表情を浮かべている。
「――だけど、今は理由を聞かないで! いつか……伝えられる時が来たら、『その時』は必ず伝えるから!」
ジェイトが口を開くより前に、エリンシェはまた口早に話しながら、内心思っていた。――本当に、「そんな日」が来るのだろうか、と。
「だから……っ、また一緒に、いてもいい?」
思いの丈を打ち明け、エリンシェは気が付くと、息を切らしていた。心臓が早鐘を打ち、胸が張り裂けそうだった。ジェイトの返事を待つ時間がとても長く感じた。
ジェイトは何やら考え込んだ後、「僕も……」とつぶやいて、エリンシェをじっと見つめる。
「――僕も、僕の方こそ、悪かった。 本当は君と話したいと思っていたのに、今日までずっとそのまま黙っててごめん。 ……だけど、君の気持ちを聞いて、僕も『同じ』なんだって思った。 ――いつか、君に伝えたいっておもうことがあるんだ。 だけど、今は聞かないでほしい。 『その日』が来るまで、僕も一緒に、居てほしいんだ」
そう言って、ジェイトは笑ってみせた。彼のそんな顔を見ると、エリンシェは思わず泣きそうになったが、ぐっと涙をこらえた。
「うん! ありがとう、ジェイト!」
代わりに、エリンシェもジェイトに微笑んでみせると、歩き始めた。彼女と肩を並べて、ジェイトも歩き出したのだった。
そして、ふたりはその日、それまでに開いていた距離を埋めるかのように、ずっと一緒に過ごしたのだった。
ଓ
――それから、時は流れて。
エリンシェはそれまで以上に、ジェイトと過ごすようになった。まるで、少しの間距離が開いていたのが嘘だったかのように親密な関係になっていた。――ミリアほどの仲ではないが、親友、と呼んでも良いくらいだった。
夜、ミリアと話して以来、あの「感情」が、「恋」や「好き」という感情かどうかを確かめるためにも、エリンシェはジェイトと過ごすことにしていた。時々、妙に意識してしまうこともあった。そんな時は、ジェイトと同じくらい仲良くしていたカルドや、そのことを知っているミリアと過ごすことにしていた。
……気のせいだろうか、ミリアとカルドのふたりは仲直りの日以来、合わせて行動しているように、エリンシェは感じていた。――まるで、エリンシェとジェイトのふたりを見守っているかのようだった。その甲斐あってか、エリンシェはジェイトと親密になれたのだった。
一緒に過ごして、エリンシェはやはりジェイトが側にいると、とても安心した気持ちになれることに気が付いた。そして、時に少しの間会えないこともあると、どうしようもなく、ジェイトに会いたいとエリンシェは感じていたのだった。……これが、ミリアが話していた「ずっと一緒にいたい」と思う気持ちなのだろうか?
そんなことを考えながら、エリンシェは残り少ない一年目の学舎での生活を、三人と平和に過ごしていたのだった。
――エリンシェの中で「確信」を得たのは、二年目を迎える前に与えられる休暇が迫った、その時だった。
学舎に通う者達は、一年間を終える時、その総まとめとして試験を受けることになっていた。エリンシェ達も危なげなく、試験を終えると、二年目に突入する前に数週間の休暇があるとの連絡があった。大半はその休暇を使って、家族の元へ帰ることが多いようで、エリンシェ達も休暇をどう過ごすか、話し合うことにした。
「――やっぱり、家族のところに帰る?」
ミリアが切り出すと、ジェイトとカルドがすぐさまうなずいた。エリンシェは少し考えて、「アリィ」と呼び掛けた。すると、アリィーシュがすぐさま姿を現した。
「ねぇ、アリィ。
〝もちろん。 一緒について行くから大丈夫よ〟
アリィーシュの了承を得たことにより、エリンシェ、ジェイト、ミリア、カルドの全員が休暇の間、家族の元へ帰ることに決まった。
「……それじゃ、しばらく会えなくなるな」
少し経って、カルドがふとそんなことを口にした。エリンシェは思わずはっと息を呑んで、うつむいた。――皆と会えないと思うと、とても寂しく感じたのだ。
「でも、ほら。 またすぐに会えるから」
そんなエリンシェを励ますかのように、ミリアがそう言ったが、エリンシェは切ない気持ちでいっぱいになっていて、まだ顔を上げられずにいたのだった。
――そうこうしているうちに、一年目の終わりの日がやって来た。
エリンシェは荷物を抱え、ジェイト、ミリア、カルドの三人と共に、学舎の外へと向かっていた。……三人との話し合い以来、エリンシェは未だ切ない気持ちを拭えないでいた。
歩きながら、エリンシェは物思いに耽る。……もちろん、ミリアとカルドに会えないのは寂しかった。ミリアに関してはいつでも会えるので心配していなかった。だが、それ以上に……――。
そこで、エリンシェはあることに気付いて、息を呑んで思わず立ち止まった。……ジェイトだ。――ジェイトと会えないと思うと、胸が締め付けられるほど、切ない気持ちでいっぱいになるのだ。学舎で生活をしているうちは数日あれば、会うことができた。けれど、休暇の間はしばらく会うことはできないのだ。そう考えると、離れたくない、と思わずにはいられなかった。
「エリンシェ、どうしたの?」
ふと、エリンシェがついてきていないことに気付いて、ジェイトが振り返る。エリンシェは思わずどきりとしながら、首を横に振りながら、慌てて三人の元へ駆け寄る。
「……ううん、なんでもない。 ねぇ、皆。 お休みの間、皆のところに遊びに行ってもいい?」
三人に追いつくとすぐに、エリンシェは気が付けばそんなことを尋ねていた。三人は二つ返事で『もちろん』と声を揃って答える。
四人で住所を教え合いながら、エリンシェは内心、また会えると約束したことに安堵していた。何気なく装いながら、エリンシェは「確信」していた。
――あぁ、きっとこの気持ちが「そう」だ。〝彼〟のことを考えると、こんなにも色々なおもいで胸があふれそうになる。気が付くと、〝彼〟のことばかり考えている。――私は、ジェイトが「好き」なんだ。
そう自覚してしまうと、エリンシェはジェイトの隣にいるだけで、胸が高鳴ってしまうのを感じていた。ガイセルの「心の底から伝えたいひとにだけ、その『気持ち』を伝えなさい」という言葉が頭をよぎる。――けれど、今はまだ、伝える時ではない。いつか仲直りの日に約束したように、伝えられる時が来たら、必ずこの「気持ち」を〝彼〟に伝えようと、エリンシェは決心した。
――だから、「その日」が来るまで、この「気持ち」を大切にしまっておこう。今はまだ、この「気持ち」をゆっくりと
エリンシェは芽生えた気持ちを胸に秘め、歩き続けるのだった。
――こうして、エリンシェの学舎生活は一年目を終えた。そして、まもなく、二年目へと続いていくのだった。
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