W Ⅰ-Ep1−Feather 14 ―The second part ―


    ଓ


 アリィーシュが向かったのはガイセルの元だった。研究室で本を読み漁っていたガイセルは、意外な訪問者に思わず動きを止める。

「……珍しいね、アリィ。 僕のところへ来るなんて」

 微笑みながら、アリィーシュはガイセルの正面に立つ。封印から戻ってから、時間は経っているが、今まで一度も彼の元を訪れたことはなかった。

 アリィーシュとガイセルの仲は、とあること・・・・・をきっかけに、親密なものになっていた。アリィーシュはガイセルのことを信頼しており、彼に「アリィ」と呼ぶのを許しているほどだった。

〝ねぇ、ガイセル。 「」のこと、どう思ってる?〟

 すぐに本題には入らず、アリィーシュは唐突にそんなことを尋ねる。ガイセルとの関係は、そんなことも気兼ねなく話せる仲だった。

 アリィーシュが誰のことを話しているのか、すぐに察して、ガイセルが「あぁ」と声を上げた。

「すごく不思議な子ではあるね。 ――だけど、僕にはすぐわかった・・・・

 当然、ガイセルが「役割」というものを理解できることも、アリィーシュは知っていた。彼の答えを聞いて、納得したようにうなずいた。

〝……やっぱりね。 私も「そう・・」なんじゃないかと思ってた。 「」はヒトなのに、内側に何だかすごい「力」を秘めているような気がしていたの。 そんな「」が側にいると、あのは強くなれるみたいね。 まだ、あの自体はそれに気付いてないみたいだけど〟

「こっそり、僕は〝〟のことも少し見守ってる。 アリィもそうしてみたら良いんじゃないかな。 それで――今日はどんな話を……?  君のことだから、何かあるんだろう?」

 アリィーシュが本題に入っていないのを見透かして、ガイセルの方から、そんなことを尋ねる。読み漁っていた本を片付け、彼女の方を見つめながら、ガイセルは話を聞く体勢に入っていた。

〝――ガイセル、あなた、あのに「力になれることは全力でやる」って誓いを立てたんだってね〟

 不意をつくように、アリィーシュはそんなことを切り出した。それを聞いたガイセルは思わず吹き出して、苦笑いを浮かべながら肩をすくめて言った。

「……どこでそれを聞き付けたのやら」

〝あら。 私、あののことは大体、よく知っているのよ〟

 そう話しながら、アリィーシュはいたずらっぽく、微笑んでみせた。彼女に答える気がないことを見て取り、それ以上追及することを諦めたガイセルが、「――それで?」と彼女に先を促した。

「誓いのことを引き合いに出すくらいだ、何か、僕に全力で・・・やってほしいことがあるんだろう?」

〝あなたに調べてほしいことがあるの〟

 先程とは一転して、アリィーシュは真剣な眼差しでそう話した。……これからガイセルに頼もうとしていることは、アリィーシュにとっても、未知の領域と言っても過言ではなかった。果たして、答えが見つかるかどうかも分からないほどだった。

「それは……僕で、わかるようなもの?」

 ガイセルの問い掛けに、アリィーシュは分からない、と首を横に振ってみせた。何を調べてほしいかはすぐに打ち明けず、アリィーシュは別のことを切り出した。

〝ねぇ、ガイセル。 大神おおがみ様が話し合いの場で、なぜテレスファイラを守っているのか、あの娘に聞かれた時、最後になんて言ってたか覚えてる?〟

「確か……『思うところがある・・・・・・・・』って言ってたね」

〝――あれはね、大神様が、いずれあのにテレスファイラの守護を任せたいと考えてる、っていう意味なの〟

 ためらいがちにアリィーシュがそう話すと、絶句して、ガイセルは「……まさか」とこぼした。

「だけど、〝彼女〟はただ〝力〟を持ってるだけの、普通のヒトだよ? なのに、どうして――」

〝――方法がないと、言い切れないからなの〟

 きっぱりと、アリィーシュはそう告げた。その瞬間、彼女の意味するところをすぐさま理解したガイセルが、頭を抱え込んで「……それ・・か」とつぶやいた。ゆっくりとうなずいて、アリィーシュは話を続けた。

〝あの話し合いの後、何度か大神様と話をしたの。 ――あのの「力」は強いけど、今のままでは到底ゼルグにはかなわない。 だけど、ゼルグと渡り合えるのもあのしかいない。 大神様はそう言っていたわ。 他に、こうも話していたわ。 ――自分が出れば「戦争」になる。 なんとしても、それだけは避けたい。 それに、自分でさえ、ゼルグの完全封印はできなかった。 少しでも可能性があるなら、あのに賭けてみたい、って。 ……その時に、大神様からこの話が持ち上がったの〟

 半信半疑の顔で、ガイセルがアリィーシュの話に聞き入っていた。……無理もなかった。アリィーシュ自身も、まるで雲をつかむような話だと感じたくらいだった。一呼吸置いて、アリィーシュはいよいよ本題に入った。

〝この方法は、大神様でも、実際に在るかどうかも知らないもので、もしかすると、ずっと大昔には在ったかもしれない、という程度のものなの。 ……時々、私も天界に行って調べることになってる。 世界学を研究しているあなたにも、こちらでも文献があるか、調べてほしいの。 ――「神格化」というものよ〟

 ガイセルは首をひねりながら、「……〝神格化〟」と小さく繰り返した。そして、しばらく何か考え込んだ後、ふと顔を上げ、「だけど、アリィ」と声を上げる。

「〝彼女〟にも意思はある。 もし仮に、その〝神格化〟とやらの方法が見つかって、もし〝彼女〟が受けいれなかったらどうする?」

〝――……わかってる、私もそれは考えたもの。 「神格化」について調べることを、大神様は可能性のひとつを増やすためでもあるって話していたわ。 ……それに、ぞっとしたけど、私は「最悪の場合・・・・・」も考えた。 ――もし、私たちが「神格化」の方法を見つけられなくて、あのを失うことになってしまったら? ……はっきり言って、私はそっちの方がよっぽど怖い。 まだ可能性があるならそれを見つけて、あのを説得する方がずっとまし。 ――ガイセル、あなたもそうは思わない?〟

 アリィーシュにとって、すでに〝彼女〟はかけがえのない存在だった。アリィーシュはうまれた時――いや、うまれる前から、〝彼女〟のことをしっていたといっても過言ではなかった。「その時」から守るべき存在だと思っていた。そして、初めて〝彼女〟に逢った時、守りたいという気持ちは更に強くなっていた。アリィーシュはそんな〝彼女〟に、友情や愛情のような強い感情を抱いているのだ。

 質問には答えず、ガイセルがため息をつく。――アリィーシュが彼のことをよく知っているように、ガイセルも彼女のことをよく知っているのだ。もう一度ため息を深くつきながら、ガイセルは「……わかったよ」とつぶやいた。

「やれるだけ全力でやってみよう。 少しでも何かあったら知らせるから、君も何か分かったら教えてくれ」

〝ありがとう。 じゃあ、そろそろ行くわね〟

 そう言って、立ち去ろうとしたアリィーシュに、ふとガイセルが思い付いたように、「あ、待って」と声を掛ける。……なぜか、彼はどこかばつが悪そうな表情かおを浮かべていた。

「……アリィ? ひょっとして、君――」

 ガイセルを振り返り、アリィーシュは〝――まさか〟といたずらっぽく微笑んでみせた。

〝――ガイセル、私、あなたのこともよく知っているつもりよ〟

 それだけ言い残し、アリィーシュは研究室を後にするのだった。



 エリンシェの元に戻ると、彼女はつまらなさそうに、まだジェイトのことを待っていた。

 アリィーシュはエリンシェの少し後ろに立ち、彼女と同じように、ジェイトの様子をうかがった。

 二人の賢者に囲まれ、杖を振り回していたジェイトはふと、賢者達に呼び掛けられ、立ち話を始める。見ると、彼の周りには、風の精霊達が飛び回っていて、居心地良さそうに遊んでいる。――なるほどと一人納得して、アリィーシュはうなずく。……それにしても、ヒトの側に精霊がいるとは珍しい。本当に不思議な子だと、アリィーシュは同時にそう感じた。

 話を終えたジェイトが賢者達に一礼して、「エリンシェ!」と声を掛ける。エリンシェは嬉しそうに立ち上がり、手を振っている。……彼が駆け出すと、精霊達も一緒に飛んでついて来た。

「あ、アリィーシュさん」

 エリンシェの元に駆け寄ったジェイトが、アリィーシュに気付き、声を掛ける。エリンシェも振り返り、「おかえり」と微笑む。……精霊達は彼の周りをまだ飛び回っている。

 不意に、アリィーシュはガイセルが「こっそり、僕は〝〟のことも少し見守ってる」と話していたのを思い出す。楽しそうな精霊達を見ていると、アリィーシュはふと強く思った。――ひょっとすると、この不思議な〝〟も「可能性」の一つかもしれない、と。

 アリィーシュがじっと見つめていると、不思議そうにジェイトが首を傾げる。……賭けてみようか、この子に。そんなことを思いながら、アリィーシュは口を開いた。

〝――アリィ、「アリィ」で良いわよ〟

 そう話すと、エリンシェがどこか嬉しそうな表情を浮かべた。彼女の傍らで、少し考える素振りを見せた後、間を置いて口を開いた。

「アリィ、さん」

 いざ呼んでみると、慣れないせいで照れくさくなったのか、ジェイトが少しはにかみながら微笑んだ。横にいたエリンシェも釣られて、微笑を浮かべた。そんなふたりの様子を見て、風の精霊達も楽しそうに笑い、踊るかのようにふたりの周りを飛び回り始める。

 ――このふたりを守っていかなければならない。つい、アリィーシュも釣られて微笑みながら、そんな決意を固くしたのだった。

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