W Ⅰ-Ep1−Feather 11 ଓ 〝覚醒〟 〜〝awakening〟~


    ଓ


 ――不覚、だった。

 長い間封印されていた身だったので、以前と比べると〝力〟が衰えている自覚はあった。――が、まさか、ここまでとは思わなかった。未だ身体が動かせない状況に、アリィーシュは口惜しく感じていた。

 ……けれど、【彼】――ゼルグがそれ以上に極悪でもあった。噂には聞いていたが、まさか「あの方法」を本当に使う邪神がいるとは思わなかった。そして、ゼルグに応じるヒトがいたことも驚愕だった。いま、この場を逃れても、さらに凶悪な策を講じてくるだろう。

 それに、あの【鎌】――アル・・が強制され、創造された【武器】だろう。さすが、最高峰の技術を持つ創造神がつくりあげただけのことはある。よほどの強迫をされたのだろう、一切手を抜いていないのがわかる。そんな代物を、強大な【力】を持つ邪神が使っているのだから、事態は深刻だ。

 アリィーシュはそんなことを考えながら、内心焦っていた。……早く、立ち上がらなければならない。いま、戦えるのはアリィーシュひとりだけなのだ。あのを――エリンシェを必ず守ると明言したのだ。その約束を違えることは断じて許されない。それに、エリンシェを助けようとした一人の少年もいる。ヒトを巻き込むわけにはいかない。

 そう思っているのに、身体は思うように動かない。何とか抵抗しようとすると、エリンシェのアリィーシュを呼ぶ声が聞こえ、彼女の声に耳を傾けた。

「――お願い、聞いて。 私、いま、決めた。 この〝力〟を、平和で幸福しあわせな日々を守るために、皆を守るために使うことにする。 ――私、戦うよ」

 そんな決意を、エリンシェが口にする。息を呑んで、エリンシェに応えようと、アリィーシュは必死にもがく。少しして、エリンシェがこちらに視線を向けているのがわかった。何とかあがいて、身体を少しだけ動かすことができた。

 少しずつ、ゼルグがエリンシェに近付いているのがわかる。エリンシェは戦う術を何ももっていない。急いで、動かなければならない。

 ふと、アリィーシュはガイセルのことを思い浮かべた。彼はエリンシェの異変に気付いていた。察しの良いガイセルなら、グレイムの元を訪ねてくれているだろう。そうすれば――――。

 そんなことを考えていると、突然、「何か」が輝き始めた。アリィーシュはどうにか身じろぎして、その方向を向いた。見ると、エリンシェが〝光〟に包まれている。

 思わず、アリィーシュは目を見開いた。――エリンシェを包んだ〝光〟が、彼女の〝力〟をどんどん増幅していたからだった。……そんなことができる〝もの〟は一つしかない。

 エリンシェの増幅した〝力〟はアリィーシュをも回復させた。そのおかげで、アリィーシュは身体が動かせるようになった。身を起こし、エリンシェを見つめる。

 〝光〟が消えると、エリンシェの目の前にペンダントが浮かんでいた。恐る恐るエリンシェが手を伸ばすと、ペンダントは身の丈ほどある〝杖〟に変化へんげした。その先端にはペンダントと同じ、金色の羽が生えた球体の飾りが少し大きさを変え、そのまま付いていた。

〝――「聖杖ケイン」〟

 ……どうりで知っているはずだ。初めてペンダントを見た時、「そう」だと分からなかったのは上手く細工がされていたからだったのだ。――エリンシェの目の前に現れたのは、〝聖杖ケイン〟と呼ばれる、神々の〝力〟を増幅させる〝聖武器〟の一つだった。しかも、最高峰の技術を持つ創造神、「アル」ことアルジェクトによりつくられたもののようだ。アリィーシュは無意識に、ペンダントからアルジェクトの〝気〟をほんのわずかだが感じ取っていたのだ。

 〝聖杖ケイン〟は創造が難しいとされていて、創造神の始祖が一つだけつくり上げて以降、創造されることはなかった――はずだった。まさかそれが、創造神の後継者であるアルジェクトによって創造されていたとは。しかも、それがヒトであるエリンシェの元に現れるとは――いや、それどころか、もしかすると〝聖杖ケイン〟が彼女を選んだのかもしれない。

「……へえ」

 アリィーシュが驚愕きょうがくしているように、ゼルグも関心して、興味深そうにエリンシェを凝視しながら足を止めていた。 その隙に、アリィーシュはエリンシェに呼び掛ける。

〝エリン、その「杖」を掴んで! そうすれば、戦える!〟

 我に返ったエリンシェが目の前の〝聖杖ケイン〟を両手で掴んだ。――その瞬間、エリンシェの〝力〟はあふれんばかりに強くなる。そして、〝羽〟を生やした彼女の姿はどこか神々しくうつり、誰もが見とれてしまいそうなほど美しかった。


 ――いま、〝彼女〟は〝覚醒〟へと一歩踏み出したのだ。


 ……いける。先程までは勝機を見い出せなかったが、一気に形勢逆転した。もはや、エリンシェの〝力〟の方がアリィーシュを凌いでいて、ほとんどアリィーシュの出る幕はないと言えた。だが、エリンシェが何とか〝聖杖ケイン〟を使えるよう、手助けをしなければならない。

 実を言うと、アリィーシュも自信がなかった。――なにせ、〝聖杖ケイン〟を使っているのは、たった「ひとり・・・」なのだから。それでも、アリィーシュは立ち上がるのだった。


    ଓ


 その〝杖〟を掴んでいると、エリンシェは勇気が湧いて来るような気がした。それに、彼女自身の中にある〝力〟が、増幅されていても、思い通りにできるようになったのがわかる。

 ペンダントを贈った本人であるジェイトはわけも分からず、呆気に取られている。いまなら彼を逃がせるかもしれないと、エリンシェは思い当たった。

「いやぁ……まさか、ただのニンゲンが〝聖杖ケイン〟を手にするとは思ってなかったなあ。 ――ボクも俄然キミに興味が湧いて来たよ」

 我に返ったゼルグがそんなことを話して、【鎌】を握り直している。……いくら、この〝杖〟――〝聖杖ケイン〟を手にしたからといって、〝聖杖ケイン〟の扱い方を知らない今、ゼルグと一線交えるのは得策ではないと、エリンシェは感じていた。では、どうすべきか。

〝エリン、無理はしなくて良い! 今、あなたがどうしたいかを「杖」に伝えれば、それだけできっと大丈夫だから。 あとは「聖杖ケイン」が何とかしてくれるわ!〟

 ふと、アリィーシュがそんな突拍子もないことを言い出した。そんな無茶なと思いつつ、エリンシェは先端の飾りを見上げる。……気のせいだろうか、飾りがきらりと輝いた気がした。

 でも、もし、本当なら――。エリンシェは目を閉じ、〝聖杖ケイン〟に願う。――ジェイトを逃したい、この空間から抜け出したい。〝聖杖ケイン〟を振り上げ、地面に向かって勢いよく下ろしながら、エリンシェは目を開く。

 すると、〝聖杖ケイン〟が輝き、エリンシェを中心にして、勢いよく風が外へ向かって吹き出した。――そのまま、風は闇をはらうかのように吹き飛ばした。辺りには元の景色が広がる。

「な……っ!?」

 驚いて、ゼルグが動きを止める。そんな彼を見たアリィーシュが、「何か」を確信した様子で不敵な笑みを浮かべていた。

〝もう大丈夫よ、エリン。 ――後はグレイムと「あの方・・・」が助けてくれるから〟

 アリィーシュがそう言い終えると同時に、ゼルグに向かって閃光が降り注ぐ。慌てて、ゼルグがそれを避け、舌打ちをした。

「――おのれ、邪神! 我が学舎の生徒に手を出しおったな! 今すぐ彼から離れろ!」

 いつの間にか、ゼルグの前に、大賢者・グレイムが姿を現していた。グレイムは怒りをあらわにして、ゼルグに杖を向けている。

 ふと、グレイムの側に〝気〟を感じ取って、エリンシェははっと息を呑んだ。――それもただの神の〝気〟ではない、とてつもなく強力な〝力〟を持つ神のものようだった。

「お断りだね、コレは彼も望んだことなんだから。 ……さて。 〝御上・・〟が相手じゃ分が悪い。 そろそろ、失礼することにするよ」

 それだけ言い残し、ゼルグが身を翻す。グレイムの「待て!」という制止の声もむなしく、ゼルグがどこかへと姿を消した。

「グレイム様!」『エリン!』

 ふと、学舎の方から駆け寄って来るガイセルと、ミリアとカルドのふたりの姿が見えた。エリンシェは振り返り、三人の方を見つめる。

 気が付くと、〝聖杖ケイン〟は元の姿であるペンダントに戻り、エリンシェの首元に何事もなかったかのようにかかっていた。

 三人はまず、エリンシェの前で足を止めた。ミリアが「もう……エリン!」とこぼしながら、エリンシェに抱きつく。

「大丈夫だったかい?」

 エリンシェがミリアを抱き返していると、ガイセルに声を掛けられる。すぐにエリンシェがうなずいてみせると、ガイセルも彼女にうなずき返して、グレイムの元へ向かった。

 エリンシェはガイセルを目で追う。

「間に合いましたか?」

「いや、逃げられた。 さすがに〝彼〟もあの邪神のやり方に驚いていたよ。 ……アリィ、彼を助けられる方法は?」

 グレイムの前に立ったガイセルは、彼とそんな会話を交わした。そこに、すっかり動けるようになったアリィーシュも加わる。

〝残念だけど、ゼルグは「彼も望んでいる」と話していたから難しいと思う。 グレイム、それに、ゼルグはどこかに潜伏してる――私、ずっと探れなかったもの。 【力】も前よりずっと強くなってる。 一体、これからどうなるのか……〟

 口惜しそうに話すアリィーシュに、グレイムが「……分かった」とだけ返し、ふと、エリンシェの方を振り返った。

 思わず、エリンシェは佇まいを正して、グレイムを見つめ返した。同じように、ジェイト、ミリア、カルドもエリンシェの横に並んで立ち、じっとグレイムを見つめた。

「さあ、皆。 ひとまずここを離れて、私のところへ行こう。 ……話はそれからだ」

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