W Ⅰ-Ep1−Feather 10 ଓ 決意 〜determination〜

「――だめ!!」

 エリンシェが叫んだと同時に、まばゆい〝光〟が辺りを包み込んだ。放たれた【力】は〝光〟によって打ち消され、霧散した。

 何が起こったのか起こらず、エリンシェは戸惑う。……〝光〟が彼女の極近くから発せられたのには違いなかったが、彼女自身が〝力〟を使った、という自覚はなかった。

【下がってな、ヴィルド。 今の〝力〟見ただろう? 〝彼女〟はキミが相手できるようなシロモノ・・・・じゃない。 ――ボクが出る】

 唯一、どこからか聞こえた【声】だけは、〝光〟がエリンシェの〝力〟によるものだと確信していた。それを聞いて、ヴィルドは悔しそうにうめくと、闇の中に消えた。

 その隙に、エリンシェは、不可解そうにしているが、その場から離れようとしないジェイトの腕を掴んで、彼を引き寄せた。

「お願い、逃げて。 今ならきっとアリィが手伝ってくれる」

 エリンシェが懇願するも、ジェイトは「嫌だ」と首を横に振り、応じようとしない。それどころか、腕を掴んでいたエリンシェの手を強く握って、決して離そうとしなかった。

「……ジェイト、お願いだから。 あなたを巻き込みたくない」

 エリンシェも引かなかった。頭を垂れ、もう一度懇願したが、やはりジェイトが応じようとしない。そうこうしているうちに、エリンシェは背筋がぞくりと凍るのを感じた。

 闇の中から、灰色の髪、血のような深紅の瞳の男の姿をした【モノ】があらわれた。【彼】は整った顔を愉快そうに歪めて笑いながら、漆黒の翼を広げ、エリンシェ達の元へ飛び立とうとした。

「お取り込み中悪いけど、ボクが出たからには一匹ひとり残らず逃さないよ」

 そう話して、【彼】はどこからか巨大な【鎌】を出現させ、大きく振り上げた。すると、その軌跡が衝撃波に変わり、一直線にエリンシェ達の方へと向かって来た。それと同時に、【彼】が地面を蹴って、飛び上がった。


 ――リィン。

 エリンシェ達の目の前に、先程動き出していたアリィーシュが、複数の鈴が先端に付いた〝ステッキ〟を手に、姿を現した。

「アリィ!」

 アリィーシュは、バリアを張って衝撃波を打ち消すと、飛んで来る【彼】に〝ステッキ〟を真っ直ぐに向けた。【彼】がすぐ目の前まで来ると、アリィーシュは羽を広げ、軽く飛び上がった。まるで舞うかのような軽い足取りで〝ステッキ〟を振り、鈴の音を鳴らし〝力〟を発すると、その〝力〟で【鎌】を跳ねのけた。

「……あぁ、守護神おもりもいるわけか」

 後ろに飛び退きながら、【彼】が面倒そうに呟いた。もう一度大きく【鎌】を振り上げる。そして、続いて口を開きながら、連続して【鎌】を振り下ろす。

「だけど、キミと遊んでる暇はないんだよねぇ」

 アリィーシュも対抗して飛び上がり、続けざまに向かって来る【鎌】の筋一つ一つを、先程と同じく舞うように身体を回転させながら跳ねのけた。

 しばらくして、双方が後ろに飛び退いた。アリィーシュは少し息を切らしていたが、【彼】の方は涼しげな顔をしていた。アリィーシュが息つく暇もなく、先に【彼】の方が動いた。――かと思うと、その姿は一瞬にして消えていた。

 反応が遅れ、アリィーシュは振り下ろされた【鎌】を跳ねのけることができず、〝ステッキ〟で受け止めた。今にも落とされそうな刃を、アリィーシュは唸りながら〝力〟を〝ステッキ〟に送り、食い止める。

「正直言って……ちょっとなまった・・・・んじゃない? 『あの時』と比べると、全然物足りないよ。 だけど、そうだよね。 ボクを封印しておくのに必死で、〝力〟もろくに貯めれてなかったんだろうし。 それに、邪神ボク達とは違って、生身カラダを手に入れる方法はないに等しいんだよね、神々キミ達は」

 柄に力を込めながら、【彼】がアリィーシュをあざ笑う。アリィーシュは【彼】をにらみ付けると、〝力〟を振り絞って飛び上がり、【鎌】を跳ねのけた。

〝この外道!〟

 アリィーシュの罵倒もあざ笑って流し、【彼】が再度大きく【鎌】を振りかぶると、「……さて」と呟いた。

「そろそろ終わりにしようか。 実体もないのに、ボクに刃向かうのも疲れただろ? ――少し眠ってていいよ!」

 そして、地面を強く蹴り、【鎌】を思い切り振り下ろした。今までと比べものにならないほど強い衝撃波が、真っ直ぐにアリィーシュの方へ向かっていく。

 〝ステッキ〟を振り、バリアを張って、アリィーシュは直撃を免れたが、あまりの衝撃に後ろへ投げ出され、床に転がったまま動かなくなった。

 【鎌】を手にしたまま、【彼】がゆっくりとエリンシェ達の方へと振り返る。


 ――それは、恐ろしく冷たいだった。

 戦慄したエリンシェは、その場から動けなくなった。

「それじゃあ、改めて、と。 はじめまして、ボクは邪神、ゼルグ。 カラダの持ち主ヴィルドがキミのこと欲しいって言ってるんだ。 ――まぁ、そういうことだから、よろしく」

 突拍子もなく、【彼】――ゼルグがそう話して、ゆっくりと近付いて来る。

 我に返り、エリンシェはアリィーシュを気にした。どうやら、かろうじて意識は手放していないようだが、しばらくは身動きが取れない様子だ。……どうする。

 気が付けば、ジェイトがかばうように、少し前へ出ていた。先程の戦いを見ていると、力の差は歴然だった。エリンシェは彼を引き寄せ、首を横に振ってみせると、今度は自分が前に出た。……だが、どうする?

 ゼルグが一歩一歩近付く度、エリンシェの脳裏にいくつかの出来事がよぎった。


 ――最初は、アリィーシュが言ってくれたこと。

 初めて逢った時も、世界学の授業で不安になった時も、アリィーシュはエリンシェのことを守ると言い切っていた。現にゼルグと戦い、エリンシェを守ろうとした。その結果、アリィーシュはキズついてしまった。……彼女は戦わなくて良いと話していたが、果たして本当にそうだろうか。

 ――次に、誕生日に丘で過ごした時のこと。

 あの時、平和で幸福な日々を守りたいと、心の底から感じた。……そのためにはどうするべきか。

 ――そして、ジェイトのこと。

 ジェイトは自らの危険を顧みず、ここに来てくれた。そして、どんなに相手が強大であろうとエリンシェを守ろうとしてくれた。そんな彼を巻き込むわけにはいかない。……ならば、どうするべきか。

 ――いま、ここで、覚悟を決めなければいけない。


 すうっと息を吸い込んで、エリンシェは背中に意識を集中した。少しすると、背中から〝羽〟が広がった。自力で〝羽〟を広げられたことにほっとする。

 〝羽〟を見つめながら、エリンシェは少しの間、物思いに耽る。……いま、ここには〝羽〟――大きな〝力〟がある。アリィーシュはまだ動けない。つまり、戦えるのはエリンシェだけ。――あとは、決心して、前に進むだけ。

「アリィ、……アリィ。 お願い、聞いて。 私、いま、決めた。 この〝力〟を、平和で幸福しあわせな日々を守るために、皆を守るために使うことにする。 ――私、戦うよ」

 そんな決意を口にしたエリンシェだったが、やはり恐怖を感じずにはいられなかった。実力の差が激しく、勝機はほとんど見えていないのだ。気が付くと、エリンシェは震える手をジェイトにそっと差し出していた。

 何も言わず、ジェイトがエリンシェの手を強く握った。彼の手の温もりを感じているだけで、心が落ち着いた。あの時――【闇】の中で彼が名前を呼んでくれた時と同じように、〝光〟がみえる気がした。

「……ありがとう、ジェイト」

 エリンシェはアリィーシュを振り返った。先程の決意に応えるかのように、アリィーシュがぴくりと身動きをする。……ある程度、時間を稼ぐことができれば、彼女が力を貸してくれる。エリンシェはそう確信して、ゼルグの方へ向き直る。

 見ると、ゼルグは可笑しそうな表情を浮かべながら、すぐそこまで近付いていた。少しすると、ゼルグは足を止め、【鎌】を握り直し、高く振り上げた。

 ついに、ゼルグが襲いかかろうと飛び上がった、その瞬間とき――――。


 ――エリンシェの首元が輝き始め、〝光〟が彼女を包み込んだのだった。

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