W Ⅰ-Ep1−Feather 9 ଓ 対峙 〜confrontation〜

W Ⅰ-Ep1−Feather 9 ―The first part ―


 ――〝その日〟は突然、訪れた。


 どこか淀んだ空気に、エリンシェはふっと目を覚ました。身体を起こし、窓の外を見るとまだ夜明け前だった。すっかり目が冴えてしまい、ため息をつくとそのまま佇んだ。

「……アリィ」

 ミリアが寝入っているのを確認すると、エリンシェは小声でアリィーシュに語り掛けた。すると、アリィーシュが彼女の側に姿を現し、しばらく辺りを見渡した。

〝かなり「近い」と思う。 今日は宿らせてもらって、離れないでおくわ〟

 そう話し、アリィーシュが姿を消した。すぐに、彼女の〝気配〟を「中」に感じ取ったエリンシェだったが、それでも嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 またため息をついて、エリンシェは横になってみたが、不安が拭えないまま、一睡もできずに朝を迎えるのだった。


 ……しばらくしても、不安は消えなかった。

 エリンシェはその日、ミリアと行動を共にすることにしていた。午前中は何事もなく授業を終えたが、ふと、覚えのある視線がこちらを見ている気がした。

 あの、ずっとついてくる、まとわりつくような嫌な視線。……確か、ヴィルドという少年の視線だ。以前と同じように、エリンシェは彼が恐ろしく感じ、足がすくんでしまう。だが、それ以上に――――。

(……アリィ、前に私に近寄って来た男の子に尾けられてる。 だけど、あの時とはちょっと違う。 【何か・・いるのがわかる・・・・・・・

 心の中でアリィーシュに語り掛けながら、エリンシェは隣にいるミリアに悟られないよう、平静を装いながら何とか足を動かして、ヴィルドの視線から少しでも離れようとした。そのうちに、午後の授業がある教室へとたどり着いた。

 そう、エリンシェは、ヴィルドだけでなく、彼のすぐ近くに禍々しい【気配】を感じ取っていた。それも、その【何か】はとてもじゃないが、太刀打ちできそうにないほど強い【力】を持っているようだ。

〝……まさか、そんな恐ろしいことをするなんて。 道理でこちらが探れないはずね、あまりに想定外だもの。 残念だけど、接触は避けられないと思う〟

 どこか戸惑った様子で、アリィーシュがそう返した。彼女の言葉に呆然としながら、エリンシェはヴィルドの視線を探る。……少しは離れたようだが、まだ近くにはいるようだ。

 授業の始まりを告げる鐘が鳴り、教室にガイセルが入って来る。気が気でなく、エリンシェは、午後の授業が何だったかを覚えていなかったが、ガイセルの顔を見て、少しほっとするのを感じた。

 いつもなら集中して受ける世界学の授業だが、残念ながら、今回だけはそうもいかない。そう思って伏し目がちになっていたエリンシェだったが、ふと、ガイセルの視線を感じ、顔を上げた。……何か気付いたのだろうか、ガイセルはエリンシェをじっと見つめている。

 エリンシェは小さく首を横に振り、目配せをする。――構わないで。すると、ガイセルが一瞬戸惑った表情を見せたが、いつも通りに授業を進め始めた。

 ほっと息をついて、隣に座るミリアに悟られないよう、エリンシェは授業を受けるふりをした。けれど、内心、この後どうすべきかを思い悩んだ。

 接触は避けられないと、アリィーシュは話していた。エリンシェも何となくではあるが、この授業の後すぐに、「その瞬間とき」がやって来る気がしていた。……相手はこちらが独りになるのを待っている。逆を言えば、こちらが独りになれば、周りを巻き込むことはないということだ。ならば――――。

(……アリィ、私、誰かを巻き込みたくない。 だけど、〝力〟を持ってても、私にはまだ・・戦うことはできない。 今頼れるのはアリィしかいない。 だから、アリィ、お願い。 力を貸してくれる?)

 ――こちらから出迎えるしかない。それ以外の方法が思い浮かばず、エリンシェはアリィーシュに心の中でそう呼び掛けた。 するとすぐに、彼女から答えが返って来た。

〝もちろん。 それなら外に出て、迎え撃ちましょう。 ……だけど、学舎からあまり離れてないところにしてほしいの〟

 どうやら、アリィーシュもエリンシェと同じ考えだったらしい。それに、何かアリィーシュには考えがあるようだ。エリンシェは彼女の言う通り、行動することにした。

(分かった。 授業が終わったら、適当なところに出るようにする)

 アリィーシュにそう返しながら、エリンシェは、次々と不安や恐怖が襲いかかって来るのを感じていた。何とか心を落ち着かせようとしたが、近くにいて消えない【気配】に足がすくみそうだった。……どうしようもないくらい、怖かった。

〝大丈夫、絶対私が守るから〟

 それに気付いたアリィーシュがふと、強い調子でそんなことを語りかけた。少しは不安が消えたが、それでもまだエリンシェは恐怖を感じていたのだった。 


 ――気が付くと、授業が終わっていた。

 できるだけ気配を消し、エリンシェは立ち上がった。……世界学の授業の後なら、ガイセルの元を訪れることもあるので、ミリアに怪しまれることもないだろう。何気なく装い、エリンシェは誰とも目を合わせることなく、静かに教室を出た。

 廊下に出ると、すぐにヴィルドが近付いて来るのが分かった。その距離は先程よりも近い。すくみそうな足を何とか動かして、エリンシェは学舎の外に出る。

 丘へと続く森のほど近くまで足を進め、エリンシェは深呼吸をすると、思い切って振り返った。すると、その次の瞬間――――。


 ――【闇】が勢いよく、真正面から襲いかかった。


 エリンシェは声にならない叫びを上げ、思わず目を閉じた。……その【闇】には覚えがあった。飛行学の一件の時に襲いかかった、あの雷と同じ【モノ】だ。恐る恐る、目を開くと、そこには闇でできた空間が広がっていた。

「やあ、エリンシェ」

 どこからか、そんな声が聞こえて来る。エリンシェは辺りを探りながら、警戒を強めた。

「……ヴィルド」

「へぇ、覚えててくれたんだ、嬉しいなぁ。 ボク、君と話がしたかったんだよ。 だから、そう固くならずに、ね? ゆっくりしていきなよ・・・・・・・・・・、エリンシェ」

 愉快そうに話すヴィルドはまだ姿を現さない。そして、【気配】は彼のすぐ近くに在る。それに、闇でできたこの空間にあまり長くいてはいけないと、直感が告げている。

 【気配】が姿を現さないせいで、アリィーシュは動けずにいる。今のところ、存在するいることが分かっているのはヴィルド――ヒトだけなのだ。たとえ、闇でできた空間を作るという、ヒトではあり得ないことをしていても、アリィーシュはヒトに手出しすることをためらっているのだ。

 アリィーシュが迷っているのが分かり、エリンシェは焦りを感じた。また足がすくみそうになるのを必死でこらえながら、ヴィルドを探す。

「気安く呼ばないで!」

 せめて反発しようとエリンシェが上げた叫び声は、恐怖で震えてしまっていた。すると、ヴィルドがそれを愉しむように、くつくつと笑い始める。

 ……近付いて来る! エリンシェは恐怖を紛らわそうと首元に手を入れた。そして、ジェイトにもらったペンダントを握り締めながら、後ずさりをする。

 闇から、ヴィルドが少しずつ姿を現し始める。警戒して、彼から目を離さないようにしていたが、ふと闇がちらついたような気がして、エリンシェは弾かれたように顔を上げた。

「な……っ!」

 いつの間にか、完全に姿を現していたヴィルドが、割って入った突然の来訪者に驚き、後ろへ飛び退いた。けれど、その顔を見た瞬間、ヴィルドは怒りをあらわにした。

 ――まさか、とは思った。けれど、「あの時」と同じように、エリンシェの目の前に躍り出た〝彼〟が、かばうように背中を向けて、しっかりとそこに立っていた。

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