W Ⅰ-Ep1−Feather 7 ―The second part ―

 

    ଓ


 ――時は少しさかのぼって。

 エリンシェが目を覚ました日の夜のこと。ジェイトは「あるもの」を取りに寮室へ向かっていた。

 あの時――突如生えた〝羽〟が消え、地上に降りて来たエリンシェを受け止めながら、ジェイトは後悔にさいなまれていた。……水晶玉で視たことを、誰かに伝えていれば――実際に起こり得ることなのだと認識してさえいれば、エリンシェは苦しまずに済んでいたかもしれない。彼女をガイセルに保護してもらう間もずっと、ジェイトはそう思わずにはいられなかった。

 気休めかもしれないが、何か、エリンシェの気持ちが楽になれるようにできれば……。そう考えて、ジェイトは「あるもの」を用意していたのだ。

 それはエリンシェに渡そうと思っていたプレゼントだった。元はと言うと、彼女の誕生日を近々迎えるため、その時に渡そうと考え、用意していたものだったが、ジェイトは心変わりしていた。エリンシェが目を覚ましたら、すぐに「それ」を渡そうと決心したのだ。――今度は、決して後悔しないためにも。

 寮室に着くと、ジェイトはしまっていたプレゼントの箱を取り出し、またガイセルの研究室へ戻ろうときびすを返そうとする。――が、突如寮室の扉が開かれ、カルドが顔を出したので、ジェイトは足を止めた。

 ジェイトに目配せをしたカルドは、一緒にいたミリアに声を掛けた後、彼女を送り届けると再び寮室に戻って来た。

「エリン、目、覚ましたぞ」

 そして、中に入るなり、カルドはそう話したが、すぐに出て行こうとするジェイトを制止するように、扉の前から離れなかった。

「だけど、今日はもう遅いからって帰されたんだ」

 それを聞いて、ジェイトは落胆して、ため息を漏らした。……本当はすぐに、エリンシェの元へ駆けつけたいくらいだったが、今のところは諦めるしかなさそうだ。

「ありがとう。 仕方ないから明日朝一番に行って来るよ」

 自分にも言い聞かせるように、カルドにそう話して、ジェイトは床に就く準備を始める。けれど、始終そわそわして、いざ横になっても寝れそうになかった。結局、ほとんど一睡いっすいもせず、ジェイトは翌朝、再びガイセルの研究室を訪れるのだった。



 朝早くに研究室を訪れたのにも関わらず、ガイセルは快くジェイトを迎え入れた。それどころか、心なしかどこか嬉しそうな様子のガイセルを、ジェイトは不思議に思いながら、彼に連れられ、研究室の奥に進んだ。

「エリン、君にお客さんだよ」

 ガイセルに声を掛けられ、エリンシェが顔を上げた。ジェイトに気が付くと、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。思わずジェイトは胸が高鳴るのを感じつつ、元気そうな彼女の様子にほっと息をついた。

「やあ、気分はどう?」

 尋ねながら、ジェイトはエリンシェがいるベッドの側に椅子を置いて、腰掛けた。それと同時に、懐にしまってあるプレゼントを再度確認した。

「もう大分良くなったよ、ありがとう」

 エリンシェの答えを聞いて、ジェイトも安心して、彼女に微笑みかけた。……あんなに顔が見たいと思っていたのに、言葉が上手く出て来ない。しばらくふたりの間に沈黙が降りてしまい、ジェイトは煮え切らない気持ちになる。

「ねぇ、あの時、名前を呼んでくれたの、ジェイトくんだよね? ……また助けられちゃったね、本当にありがとう」

 ふと、エリンシェがそんなことを口にする。あの時とは、彼女の名前を思い切り叫んだ時のことだろう。……まさか、彼女に声が届いていたとは。驚いたのと同時に、ジェイトは胸が締め付けられそうになる。お礼なんて――。

「……違うんだ。 実は僕、君に謝らないといけないことがあるんだ。 君と一緒だった予知学の授業で、視たんだよ。 ――水晶玉で君がああなってしまうのを……。 だけど、本当に起こるのか分からなかったし、信じてもらえないって思ったんだ。 それに、君を不安にさせたくないって……。 そんな言い訳をたくさんして、ずっと言えなかったんだ! 僕がちゃんと話していれば、君は苦しまずに済んだかもしれないのに! ごめん、本当にごめん!」

 気が付くと、ジェイトはそう口走っていた。言い切ってしまってから、エリンシェの顔をうかがうと、彼女は驚いた表情をして、何かを考えている様子だった。

 怒られて――嫌われて……しまうのだろうか。ジェイトの中にそんな不安が一瞬よぎったが、返って来たエリンシェの反応は意外なものだった。

「……だけど、ちゃんと私を助けてくれたでしょ? ――だから、もういいの。 それに、私がジェイトくんの立場だったら、同じことになってたと思うもん」

 そう話して、エリンシェはまた笑顔を浮かべて、もう一度「――ありがとう」と口にした。呆気にとられながら、ジェイトは首を横に振った。

「えっと……だ、だけど、急に名前で呼んでなれなれしかったよね、ごめん。 と、とにかく、君が無事で良かったよ」

 慌てふためいて、自分でも何を言っているのか分からないまま、ジェイトはそんなことを口走る。そんな彼の様子を見ても、特に気にする素振りを見せず、エリンシェは何も言わず、微笑んでいた。

「あ、あのさ。 君に渡したいものがあるんだ。 本当は誕生日に渡そうと思ってたんだけど、お守り代わりにでもなればいいと思って……」

 エリンシェに見つめられ、緊張していたが、ジェイトはいよいよそう切り出して、懐から「それ」を取り出し、彼女に差し出した。彼女は首を傾げながら「それ」を受け取った。

「開けてもいい?」

 ジェイトがうなずいてみせると、エリンシェは丁寧に箱の包みを開け、中から「あるもの」を取り出した。――それは、銀色の鎖に、球体に羽が生えた金色の飾りが付いたペンダントだった。偶然・・、店でそのペンダントを見た時、ジェイトはそれになぜかとても強く、心ひかれたのだ。

 嬉しそうに笑うと、エリンシェはすぐさま、ペンダントを身に着けた。……気のせいだろうか、首飾りは彼女の胸元でより一層、その輝きを増していた。

「とっても似合うよ」

 ジェイトが素直にそう感想を述べると、エリンシェはまた嬉しそうに笑顔をこぼした。そんな彼女の様子に、ジェイトも嬉しく思ったと同時に、だんだん恥ずかしくなって、思わず俯いていた。

「すごく嬉しい。 私、大切にするね。 ありがとう、ジェイト・・・・

 ……無意識なのか、それとも、わざとなのか。エリンシェが名前で呼んで、そう話したのを聞き逃さず、はっと息を呑んで、思わずジェイトは顔を上げた。彼女の方は何てことない表情かおをして、ジェイトを見つめている。

「いや、いいんだ。 僕の方こそ、色々とありがとう、エリンシェ・・・・・

 その表情かおを見ていると、名前で呼んでも良い――エリンシェがそう言っている気がして、ジェイトも彼女の名前を口にする。すると、彼女は嬉しそうな表情で、首を横に振ってみせたのだった。


    ଓ


 それから、しばらく他愛もない話をした後、ジェイトはガイセルの研究室を後にした。彼がいなくなった後、エリンシェはもらったペンダントをじっと見つめた。

 ……とても不思議なペンダントだった。身に着けただけで「力」が湧いて来て、胸がほっとするような……エリンシェはそんな気がしていた。飾りを握り締めながら、エリンシェは少し物思いに耽る。

 あの時のことを、水晶玉で視たと話していたジェイトの告白を聞いて、エリンシェは納得することがあった。思い返すと、どこか思い詰めているジェイトの様子を見たことがあった。……とても後悔していたに違いない。けれど、ジェイトはエリンシェを助け、お守りという名目でペンダントを彼女に贈ったのだ。

 ジェイトのそんな気持ちがとても嬉しく思え、エリンシェは一歩踏み出すことにした。――思い切って、彼が口走っていた「急に名前で呼んでなれなれしい」という言葉を覆す意味でも、彼を名前だけで呼んでみることにしたのだ。

 反対に、名前で呼んで良いというように、エリンシェはそれとなく態度で示していた。ジェイトもその意思を汲んで、愛称ではなく、名前でエリンシェのことを呼んでくれた。……エリンシェはそれがとても嬉しかった。

 少し縮まった気がする距離がもっと近くなるよう、これからはもっと、ジェイトに積極的に話し掛けてみよう。エリンシェはそう決心していると、アリィーシュの気配を感じ取った。

〝お話終わった?〟

 そんなことを尋ねながら、アリィーシュが姿を現した。……気を遣ってくれていたのか。エリンシェはそう思いながら、「うん、ありがとう」とうなずいた。

〝――ん? エリン、何かあった?〟

 ふと、アリィーシュが首を傾げ、問い掛けながら、エリンシェをまじまじと見つめ始める。そんなアリィーシュに、エリンシェはもらったペンダントを指し示す。

「『何か』っていうほど、変わったことは特にないよ。 ただ、友達にこれをもらっただけだよ」

 それを聞いて、アリィーシュが今度は首飾りをじっと見つめる。そして、なぜか先程より首を傾げながら、唸り始めた。

〝うーん……なんだろう? 誰か――知ってる「」を感じるような……。 分からないけど、何か引っ掛かるのよね〟

「お守り代わりにもらったの。 大切な友達からもらったんだけど……」

〝大丈夫、悪い「」じゃないから、それは安心して。 むしろ、良いくらいだと思う。 だけど、どうしても思い出せない、うーん……〟

 まだ悩んでいるアリィーシュをよそに、エリンシェはペンダントを元に戻した。アリィーシュが気にするほど、不思議なペンダントのようだが、エリンシェは深く気にしないことにした。それでも、ずっと大切にしようと、エリンシェは決心を深めたのだった。

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