Wing Ⅰ Ep1−Feather 6 ଓ 〝女神〟 〜〝guardian deity〟〜

W Ⅰ-Ep1−Feather 6 ―The first part ―


 ――リィンと鈴の音が聞こえる。


 それにつられるように、エリンシェは意識を取り戻し、目を開ける。見えたのは知らない天井だった。……ここはどこだろう。

「エリンシェ! 良かった、気が付いた」

 辺りを見回すとすぐに、側にいたらしいミリアの姿が目に入った。その後ろには、安堵した様子で、エリンシェの顔色を窺っているカルドの姿も見えた。

「私……?」

 呟きながら、エリンシェは飛行学での一件を思い返す。〝羽〟はすっかり消えてしまっているが、エリンシェは自分の中に強い〝力〟が確かにあるのを感じ取った。何か……制限が掛けられているようで、自分ではどうにもできなさそうだと判断し、エリンシェは一旦〝力〟のことは留め置くことにする。

「ここはコンディー先生の研究室だよ。 先生が『ここなら安全だから』って、研究室の奥の仮眠用ベッドに連れて来てくれたの。 エリンシェ、今までずっと眠ってたんだよ。 ねぇ、具合が悪いところとかない?」

「うん、大丈夫、ありがとう」

 そう言いながらエリンシェが身体を起こすなり、ミリアが抱きつき、「……良かったぁ」と小さく呟いた。エリンシェもミリアに抱擁を返しながら、彼女の温もりに安堵を覚えた。

「あ、そうだ。 先生呼んで来るから待ってて」

 しばらく経ってから離れると、ミリアが立ち上がり、研究室のどこかに姿を消す。残されたエリンシェは少しの間物思いに耽った。

 思い浮かんだのは【闇】での出来事。あの時、エリンシェの名前を呼んだ声。今考えてみると、あの声は〝彼〟のものだったと、エリンシェは思い至った。……また、助けられたようだ。今度はすぐにお礼を言いたい。エリンシェはそう思ったが、この場に〝彼〟の姿は見当たらなかった。

「――ジェイトくんは?」

 心当たりがありそうなカルドに、エリンシェは口走るように尋ねていた。びくっと肩を震わせ、カルドが「あー……」と言葉を濁した。

「さっきまではいたんだけどな。 ちょっと今は外してるんだ。 エリン、元気になったみたいだから、呼んで……――」

 カルドがそう言い掛けた時、ミリアがガイセルを連れて戻った。カルドの様子に首を傾げつつも、エリンシェはガイセルの方に目を向けながら「せんせい」と呼び掛ける。

 その傍らで、エリンシェはまだ【闇】での出来事を思い返していた。考えていたのは、あの時エリンシェを助けた、鈴のような女性の〝声〟について、だ。何となくではあるが、それが〝誰〟だったのか、見当が付いていたのだ。

 もしかすると、ガイセルなら、その〝女性〟のことを知っているかもしれない。何となくそう感じて、エリンシェはガイセルに目配せをした。……二人きりで話をしたい。エリンシェはジェイトにも会いたいと思ったが、今は断念するしかないようだった。

 ガイセルがエリンシェの目配せに気が付き、小さくうなずく。両手をぽんと叩いて、ミリアとカルドのふたりに声を掛ける。

「さあ、ふたりとも。 今日はもう遅いし、お見舞いは明日ゆっくりとにしないか?」

 随分と長い間気を失っていたらしく、幸いにも夜も近いらしかった。そう言って促すガイセルに、ミリアが「でも……」と呟いている。カルドの方も戸惑った様子だ。

「私は大丈夫だから。 明日、ねっ?」

 エリンシェがそう微笑んでみせると、渋々といった様子で、ミリアが気の進まなそうなカルドを連れて、振り向きながら研究室を後にする。ガイセルも後に続いて、ふたりを見送った後、エリンシェの元へ戻って来た。

「ありがとう、せんせい」

 ガイセルが「いやいや」と首を横に振りながら、エリンシェの側に椅子を置いて、腰掛ける。間髪入れずに、エリンシェはガイセルに問い掛ける。

「ねぇ、せんせい、私『どう』なったの?」

「……君の中にはね、〝力〟が眠っていたんだよ。 その〝力〟が少し目覚めて、〝羽〟が生えたんだ」

 少し逡巡してから答えるガイセルに、エリンシェは違和感を覚える。

「……せんせい、知ってたの?」

「うん……ほんの少しね。 グレイム様がここを代理の神様と守っている関係で、君のことを少し知っていたんだ。 それで、僕にも相談があって、君のことをずっと見守って来たんだ。 黙っててごめん」

 ばつが悪そうに、ガイセルがそう打ち明けた。だが、すぐに、エリンシェに真剣な眼差しを向け、「だけど――」と続けて口を開いた。

「――君の力になりたいって思ってるのは本当だから」

 少し不服に思えたが、エリンシェはガイセルのその様子を見て、考え直す。今まで彼が色々なことを教えてもらったのは事実で、エリンシェに向き合う姿は誠実そのものだった。それに、これからも教えてもらわないといけないことはたくさんあるのだ。

 エリンシェは「――なら、いい」と首を横に振ってみせた。その答えにほっとした様子のガイセルに、エリンシェは間髪入れずに本題を切り出す。

「あのね、せんせい。 私ね、あの時、ある〝ひと〟に助けてもらったの。 鈴みたいな声の〝女性〟だったんだけど、ちょっと心当たりがあって……。 で、思ったんだけど、ひょっとしたらせんせいも〝その女性ひと〟知ってるんじゃないかなって」

「――恐らく」

 少し考える素振りを見せた後、そう言ってガイセルがうなずく。彼のその返答を聞いて、エリンシェは〝その女性〟の正体が誰なのかを確信した。それと同時に、戸惑いも覚える。……エリンシェが思っているよりもずっと、事は大きいようだった。

「わ、私……」

 どうしようもない不安に駆られ、エリンシェは思わずそうこぼす。……どうして、自分にはそんなに大きな〝力〟があるのだろう。……この先、どうしていけば――そんな大きな〝力〟とどう向き合っていけば良いのだろう。そんな疑問が浮かんで来る。

「――エリンシェ」

 深く考え込むのを制止するかのように、不意にガイセルが呼び掛ける。彼から名前を呼ばれることは滅多になかったため、思わず、エリンシェは顔を上げ、ガイセルを凝視する。

「よく聞くんだ。 さっきも言ったけど、僕は君の力になりたい――できることなら何だってしたいってそう思ってる。 ……分かるかい、エリン? 君は独りじゃないんだよ。 きっと、他にも〝仲間〟がいるはずだ。 だから、この先何があろうとも、絶対独りで抱え込まないんでほしいんだ」

 そう話して、ガイセルは優しく微笑みながら、エリンシェの手をそっと握った。彼の手の温もりを感じていると、エリンシェは少しだけ気持ちが落ち着いたのを感じた。

 〝仲間〟――そう聞いて、エリンシェは先程までいたミリアとカルドのことを思い浮かべた。ふたりとも、心の底からエリンシェのことを気に掛けてくれていた。そんなふたりなら、〝仲間〟と呼べる存在になるのかもしれない。

 そんなことを考えていたが、ふと、エリンシェはガイセルが思いの外、強く手を握っていることに気が付く。何だか、急に照れくさくなって、エリンシェは手を引っ込める。

「……ありがとう、せんせい」

 そして、そう言うと、エリンシェはガイセルに見られないように、うつむいた。意識したせいか、顔が熱くなるのを感じたせいだった。

「……〝アリィ〟、君も往生際が悪いね。 彼女、不安がってるよ。 いい加減、話をしたらどうなんだい?」

 その間に、ガイセルが〝誰か〟を呼んだ。彼の言葉に応えるように、どこかで鈴の音がリィンと小さく鳴り響いた。その音に、エリンシェは顔を上げた。――〝あの女性ひと〟だ。

「エリン、君を助けた〝女性〟は君が思ってる通りの〝人物〟で間違いないよ。 ……そう。 彼女はアリィーシュ、――テレスファイラの守護神その〝ひと〟だ」


――――リィン。


 鈴の音と共に、ふわりと〝女性〟が突如姿をあらわす。それは、蒼い瞳に銀色の長い髪をした、とても美しい〝女性〟――いや、〝女神〟だった。あまりの美しさに、エリンシェは〝女神〟に見惚れてしまう。……けれど、なぜか〝女神〟は今にも消えてしまいそうなほど、透けていた。

〝はじめまして、エリンシェ。 私はアリィーシュ、テレスファイラの守護神です〟

 ふと、〝女神〟――アリィーシュは、エリンシェの姿を認めると優しく微笑んで、改めて自己紹介をする。その〝声〟はやはり、【闇】の中で聞いた、鈴の音のように凛とした、優しいあの〝声〟と同じだった。

「あ、あの! あの時、あなたが私を助けて下さったんですよね? アリィーシュさん、本当にありがとうございました」

 エリンシェが必死になって礼を言うと、アリィーシュは彼女を慈しむような眼差しで見つめ、首を横に振った。

〝そんなにかしこまらないで。 お礼なんて良いのよ。 それと、私のことは気軽に「アリィ」って呼んでね。 ……ごめんなさいね、中々来られなくて〟

「エリン、彼女に君の思うことを聞いてごらん。 答えられることはきっと教えてくれるから」

 ガイセルの助言に、エリンシェははっとして、アリィーシュを見つめる。受け入れるように、アリィーシュがうなずいて、優しく微笑む。

〝エリンシェ、言ってみて〟

 思えば、まだ名乗っていないのに、アリィーシュは当然のように名前を口にしている。エリンシェはそのことに気が付き、思いを巡らせる。自分が世界学――神々のことに心ひかれること、大きな〝力〟をもっていること――。……アリィーシュは何か知っているのだろうか。思い切って、エリンシェは口を開いた。

「えっと、私のこともエリンって呼んで下さい。 それで、どうして私の名前を? ……アリィーシュさ――アリィは私のこと、何か知ってるんですか?」

〝あなたのことは、生まれた時から知ってるわ。 ――エリン、あなたはね、「とある予言」を受けて生まれたの〟

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