Side ████ 【邂逅 〜unknown〜】


 ――欲しいモノは「何だって」手に入れてきた。欲しいと願えば、「どんな手段」を使ってでも、手に入れる。「必ず」だ。


 暗闇が、辺りを包む。……その中から、とても強い【気配・・】を感じる。

「だ……誰だ!」

 少し怯みながら、少年は誰何すいかの声を上げた。

 すると、彼の目の前に、くつくつと不気味な笑い声を上げながら、【】が姿をあらわした。

【あぁ……良いねえ、素晴らしい欲望だ。 ニンゲンにしておくにはもったいないくらいだよ】

 彼の問い掛けには答えず、不気味な笑い声を上げたまま、【闇】は姿を変化させていく。やがて、ヒトのカタチをとった【闇】は愉快そうに、彼にとある提案を持ちかけるのだった。

【――ねぇ、キミ、ボクと取り引きしないか?】


    █


「ヴィルド坊ちゃん、着きましたよ」

「……ん」

 召使いに呼び掛けられ、彼――ヴィルドは無気力に返事をする。ため息をつくと仕方なく、ヴィルドは学舎へと足を向けた。両親から頼まれているのだろう、彼を送り届けた召使いはほっとしたような顔をしながら、後ろを歩いている。……どうしても、学舎には行かないといけないらしい。

 ヴィルドの生まれたバルクスの家は裕福だった。少なくとも召使いがたくさんいるくらいには。そんな家に生まれたヴィルドは小さい頃から、何でも欲しいものを手に入れていた。

 「力」が欲しいと願えば、魔法を教えることができる家庭教師を与えられた。学ぶことは嫌いではないヴィルドはすでに、基礎はもちろん、応用の魔法も使いこなすことができる。わざわざこんなところに来る必要はないと、ヴィルドは心底思っていた。

 ……つまらない。至極つまらない。どうせ、学舎に行って、魔法以外のことを学んでほしいという両親の差し金だろう。集団生活を送るなんてまっぴらだ。――ましてや、友情などというモノは不要ないらないのだ。

 そんなことを考えながら、ヴィルドは後ろを振り返る。召使いがまだくっついて来ていた。目が合うと、弱々しく微笑んで一礼をした。……どうやら、学舎にきちんと着くまでは離れるつもりはないらしい。気が進まなかったが、ヴィルドは学舎へと足を踏み入れた。

「坊ちゃん、私は帰りますが、頼みますからきちんと式に出て下さいね。 そうじゃないと、今日がお会いした最後の日……なんてことになりかねないんですからね」

 学舎に着く直前に、召使いが口酸っぱくそう言い残して、やっとヴィルドから離れた。義理立てる必要もない……が、長く仕えている召使いだったような気がするので、ヴィルドは仕方なく言うことを聞いてやることにした。


 式の間中、ヴィルドは心ここにあらずだった。

 寮室は離れた場所にあるところをあえて選び、他の生徒からできるだけ距離を取ったが、それでも気に入らなかった。おまけに、授業では組分けなんて面倒なものもある。……どうやって抜け出そうか。

 ヴィルドには「居場所」と呼べる場所が一つあった。それは両親から与えられた「屋敷」だった。そこに、欲しいと願って手に入れたモノ・・仕舞って・・・・いる。そこに行けば、ヴィルドは心が満たされていた。式が終わったら、「屋敷」へ急ごう。

「……見たか、あの?」「あぁ、すごいよな」

 ふと、周りの男生徒が何かを噂している声が、ヴィルドの耳に入った。聞くと、とても「キレイ・・・」な女生徒がいるというものだった。……くだらない。ヴィルドはすぐにそう思ったが、何か心ひかれるものがある――ような気がした。

 ……暇潰しくらいにはなるかもしれない。そう考え、式が終わると、ヴィルドは人混みに紛れ、噂の女生徒を探す。ふと、三人で固まって話し込んでいる女生徒達が目に入り、そちらに視線を向けた。


 ――衝撃、だった。


 その内の一人が噂の女生徒だと、すぐに気付いた。確かに〝彼女〟は「キレイ・・・」だった。……いや、そんな一言では片付けられない。ただ、ただ、〝彼女〟は美しかった。その内側には何か、秘めた〝もの〟を感じる。

 ――欲しい……欲シイ! 思わず、ヴィルドは生唾を飲み込みながら、〝彼女〟を凝視していた。すると、〝彼女〟に感付かれてしまった。慌てて、ヴィルドはその場を離れ、「屋敷」へと向かった。

 「屋敷」にたどり着き、しばらくそこで佇んでいても、ヴィルドは気持ちを抑えることができなかった。

 ――手に入れたい、〝彼女〟を。何としても。だが、今まで「人」なんて望んだことがない。……いや、それでも、だ。今までずっと欲しいモノは手に入れて来た。だから、必ず、手に入れる。


 次の日、ヴィルドは〝彼女〟を尾行することにした。

 〝彼女〟の名はエリンシェ・ルイング。同じ組分けではなかったが、周りが口にするのを聞きつけ、名前だけは知ることができた。〝彼女〟の側にはいつも誰かがいて、容易には近付けなかった。

 ――だが、唐突にその瞬間が訪れた。〝彼女〟が偶然、独りになったのだ。

 〝彼女〟を追い掛け、逃げ切られる前に、ヴィルドは〝彼女〟の前に踊り出た。そして、怯えた表情をしている〝彼女〟をじっと見つめた。

 いざ〝彼女〟を目の前にすると、本当に、〝彼女〟は美しかった。……こんな美しいモノは今まで見たことがない。

「やあ、君がエリンシェ・ルイングだね? ボクはヴィルド・バルクス。 以後よろしくね」

 もっと〝彼女〟に近付きたい。そう思って、ヴィルドは口を開き、〝彼女〟の方へ足を進める。すると、〝彼女〟は恐怖に満ちた表情になって、後ずさりをした。

 そそられる・・・・・、実に愉快だ。ヴィルドはにやりと笑みを浮かべ、もっと〝彼女〟に近付いた。……あと少し。手を伸ばせば触れられそうになった瞬間、誰かが〝彼女〟との間に割って入った。

 それは、何てことのないメガネの地味な少年だった。少年は〝彼女〟をかばうようにして立ち、少し怯えながらも果敢にヴィルドをにらみ付けている。

「何だ、お前は?」

 この少年が〝彼女〟の周りにいるのを見たことがない。……一体何者だ、コイツは? ――何より「邪魔・・」だ。ヴィルドは顔をしかめながら、問い掛ける。

 少年は答えることなく、どこか少し困った様子でヴィルドをにらみ続けた。――と、その時、授業の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。それと同時に、少年が〝彼女〟の手を握ると、ヴィルドの脇をすり抜け、逃げ出した。

 取り残されたヴィルドは舌打ちをした。……屈辱だ、まさか邪魔をされるとは。強い憤りを感じながら、ヴィルドはその場を後にした。


 それからというものの、ヴィルドは邪魔をした少年について、徹底的に調べ上げた。

 名前はジェイト・ユーティス。〝彼女〟の寮室の隣人で、現在いまのところは〝彼女〟と何の関係もない、ただの知り合い……といったところだ。なぜ、あの時、しゃしゃり出て来たのかだけは分からなかった。

 時々悟られないように、ヴィルドは〝彼女〟を尾行したが、少年――ヤツ・・が側にいることはあまりなかった。――にも関わらず、ヤツがいる限り、〝彼女〟を手に入れることは到底敵わない、という気がしていた。まずはヤツを排除・・しなければならない。

 もっと、もっと【】が欲しい。ヴィルドは【闇】の魔法を自力で学び、特訓を重ねた。だが、それでも足りない。……あんな屈辱はもう二度と味わいたくない。

 そんなある日のこと。ヴィルドは「何か」気になって、導かれるように外へ出た。そして、雲行きの怪しい空を見上げ、とんでもないモノを目にした。


 ――雷に撃たれた〝彼女〟が、眩しいほどの〝光〟に包まれたかと思うと、その背中に〝羽〟を生やした姿だった。


 あまりの美しさ、神々しさに、ヴィルドは心を一瞬で奪われてしまった。またもや生唾を飲み込みながら、「屋敷」へ走る。

 ……欲シイ、どうしても欲シイ! 喉から手が出るほど、〝彼女〟が欲シイ! ヴィルドはそう思わずにはいられなかったが、あまりに次元が違いすぎる気がした。ああ、もっと【】があれば……。

 ――その時だった、【闇】が「屋敷」を訪れたのは。


    █


【――ねぇ、キミ、ボクと取り引きしないか?】

「……取り、引き?」

 ヴィルドが繰り返すと、【闇】はふっと姿を消し、彼の顔前にまた姿をあらわした。思わず驚いて息を呑んだヴィルドを見て、おかしそうに【闇】が笑う。

【キミ、欲しい〝モノ〟があるんだろう? ボクにはぜーんぶお見通しだ。 だけど、「力」がなくて手に入れられそうにない、しかも邪魔な存在もいる。 そこで、だ。 ボクと取り引きしてくれたら、キミが望む〝モノ〟を全部手に入れられるようにしてあげよう。 ――どう? 悪い話じゃないと思うんだけど】

 願ってもない提案だった。……だが、そう簡単な話ではないはずだ。ヴィルドは【闇】を睨みながら、声を上げる。

「な……何が望みだ!」

【簡単なコトだよ。 ボクが欲しいのはキミの。 キミのカラダ・・・があれば、「時機」が来るまで「力」を温存できて、とても助かるんだよ。 だから、ね? カラダ・・・一つあれば、ボクが「力」を使って、キミが欲しい〝彼女〟の〝心〟を手に入れられるんだよ? 大丈夫、ボクは必ず約束を守るから。 ……さあ、どうする?】

 ヴィルドに迫りながら、【闇】はその姿をはっきりとあらわした。灰色の髪、血のような深紅の瞳の男だ。大きな漆黒の翼を持つ【闇】は、存外整った顔で、口を歪めて愉快そうに笑っていた。

【あぁ……そうか。 まだ名前を言ってなかったね。 ボクの名前はゼルグ、ヴィルド――キミの願いを叶える邪神カミサマだよ】

 思い出したかのように、唐突に【闇】が名乗り、高笑いする。教えてもいないのに、名前を口にされ、思わずヴィルドは戦慄する。だが――――。


 ――欲しいモノは「何だって」手に入れてきた。欲しいと願えば、「どんな手段」を使ってでも、手に入れる。「必ず」だ。


 ……たとえ、「ソレ・・」がどんなに未知の「」であっても、だ。ヴィルドは頬に伝った冷や汗を拭いながら、答えを口にするのだった。

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