W Ⅰ-Ep1−Feather 5 ―The second part ―


    ଓ


 ――稲光が、強く走る。

 その光景に、ジェイトは顔を上げる。窓の外を見ると、いつかみたような黒雲に覆われている。

 女生徒達の飛行学実践が終わるのを待って、カルドと寮室で待機していたジェイトだったが、そんな空模様を見て、不安に駆られていた。

 ……嫌な予感がする。胸にしまい込んでいた、水晶玉で視た光景が浮かんでくる。

「ジェイト、どうした?」

 カルドに声を掛けられるが、答えられず、ジェイトはうつむいた。

 ――と、その時だった。乱暴に、寮室の扉が開け放たれる。そこには慌ただしい様子のミリアが、息を切らしながら立っていた。

「お願い、助けて!」

 事情を聞くより先に、体が先に動いていた。人混みをかき分け、ジェイトは野外施設へと駆け出したのだった。


 外に出て空を見上げると、そこには水晶玉で視た光景がそのまま広がっていた。

 ――〝羽〟を生やした〝彼女〟が苦しそうな顔を浮かべ、宙に浮かんでいる。

 勢いよく飛び出したが、どうすればよいのかわからず、ジェイトはできるだけ〝彼女〟の近くへ向かう。すると、そこには先客――ガイセルがいて、〝彼女〟の愛称を呼び続けていた。

 ガイセルと目が合うと、なぜか悔しい気持ちがこみ上げて来たが、何とかそれを抑え、ジェイトは「先生」と声を掛ける。

「……詳しいことは後だ。 〝彼女〟は〝力〟を抑えられないでいるんだ。 今、僕達にできるのは〝彼女〟が〝力〟に呑み込まれしまわないよう、呼び掛け続けることだけなんだ。 エリン――エリンシェ!」

 そう話した後、すぐさま〝彼女〟の名前を呼んだガイセルにまた悔しい気持ちを抱いたが、ジェイトはすぐに打ち消し、空を見上げる。

 苦しそうな〝彼女〟を見て、ジェイトは後悔する。……まさか水晶玉で視たことが本当に起こってしまうとは。誰にも言えなかった自分を叱責しながら、一刻も早く〝彼女〟を助けようと呼び掛ける。

「エ……、エリン!」

 ジェイトはそう呼び掛け、その後も続けて、ガイセルと交互に〝彼女〟に声を掛ける。……が、しかし、〝彼女〟に何の反応もなかった。

「……いるんだろ、〝アリィ〟いるんだろう! お願いだ、力を貸してくれ!」

 ついには頭を抱え始めた〝彼女〟を見て、焦ったように〝誰か〟を呼んだ。そして、ジェイトを振り返り、勢いよく肩を掴んで懇願するように言った。

「ユーティス君、頼む! 私じゃ駄目なんだ、きちんと呼んでくれないか!」

 遅れて、その意味――〝彼女〟の「名前」を呼ぶということを理解して、ジェイトは思わずためらってしまう。

「お願いだ! きっと、誰かの――〝君〟の力が必要なんだ!」

 ジェイトはまだためらっていたが、先程の後悔を思い出す。この先もう後悔しないよう、勇気を振り絞って、思い切り〝彼女〟の「名前」を叫んだ。

「エリンシェ――――!!」


――――リィン。


 それと同時に、辺りに鈴の音が響き渡ったのだった。


    ଓ


 いつの間にか、エリンシェは暗闇の中を彷徨っていた。……遠くで自分を呼ぶ誰かの声がきこえた気がして、エリンシェは顔を上げる。

 見ると、すぐそこに、全てを呑み込みそうな【闇】が広がっていた。思わず、エリンシェは身をすくめる。その時、彼女は自分の背中に〝羽〟が生えていることに気が付いた。――それも、とてつもなく大きな〝羽〟が。

 自分自身では動かせそうにないその〝羽〟を気にしながら、エリンシェは先程まで意識が朦朧もうろうとしていたのを思い出す。恐らく、この暗闇は「狭間」なのだろう。此処に長くいては、いけない。そう考え、脱出できる方法を探すが、何も見つからず途方に暮れる。あるのは、背中に生えた〝羽〟――大きな〝力〟だけ。

〝大丈夫、あなたならできるわ〟

 まさかと考えると、どこからか、鈴のように凛とした、優しい女性の声がきこえた。〝力〟を制御できる――そういわれて、エリンシェは〝羽〟を見つめたが、やはり不安を覚えた。……けれど、今頼れるのはその声だけしかない。

〝エリンシェ――――!!〟

 今度ははっきりと、誰かの呼ぶ〝声〟がきこえた。なぜか懐かしさを覚えるその〝声〟は、エリンシェの心を落ち着かせた。その〝声〟の方向に顔を向けると、ふとそちらに小さな〝光〟がみえた。思わず、エリンシェは手を伸ばす。

〝掴んで〟

 後押しするかのように、先ほどの女性の声がささやく。うなずいて、エリンシェは一層手を伸ばす。すると、〝光〟もまるで何かに導かれるかのように、彼女の手に近付きながらその輝きを増した。……もう少し。無意識のうちに、エリンシェはその背の〝力〟を使って、〝光〟へと少しずつ向かっていた。

 やがて、目の前の距離まで近付くと、エリンシェは包み込むように、〝光〟を胸の中にそっと抱いた。その瞬間、〝光〟がますます輝きを増し、何かを示すかのように、真上へ伸びた。

 ふと、エリンシェは背中を振り返る。あれほど大きく感じた〝力〟が、いつの間にか自分の一部だと思えるようになっていた。今ならきっと、自分の意思で制御できる。そう確信して、エリンシェは〝光〟の方向へ視線を向けた。

〝ね? 大丈夫。 もうあなたはとべるわ〟

 ――そうだ、私はとべる。エリンシェはその場からとび立ち、まっすぐに〝光〟の方向へと〝羽〟を羽ばたかせるのだった。


    ଓ


 ふと、白い閃光が走った。かと思うと、宙に浮いていたエリンシェがゆっくりと下降し始めた。その背中の〝羽〟は彼女を守るかのように、小さく羽ばたいていた。

 すぐさま、ジェイトがエリンシェを受け止めようと走り出した。ガイセルも後を追おうとしたが、耳元で鈴の音がきこえ、その場で立ち止まる。

〝……「悟られて」しまったわ。 「覚醒」が近い以上、もう止められないの。 すぐ、私もいく。 それまで、あの子をお願い〟

 その〝言葉〟にうなずくと、ガイセルはジェイトの方に視線を向ける。見ると、無事にジェイトがエリンシェを受け止め、その場に腕に抱いていた。エリンシェは意識を失っているようで、〝羽〟もいつの間にか消えていた。

「ユーティス君、彼女を安全なところへ運ぼう」

 そう声を掛けながら、ガイセルはふたりの元へと急ぐのだった。


    █


 所変わって、とある森。

 石碑にはめられていた珠の内の一つが消え失せ、ぼんやりとその前に〝人影〟があらわれた。

 〝人影〟――銀色に輝く長い髪を持つ、美しい〝女性〟は石碑を一瞬振り返ると、空を見上げてそのまま姿を消した。

 森は鎮まり返っていたが、突如、ざわざわと木霊が辺りに響き渡った。――まるで、【何か・・】に怯えているかのように。

 突然、石碑が激しく揺れ始め、珠が一つ、音を立てて、砕け散った。すると、今度は、ヒトの形をした【】が石碑の前に姿をあらわした。

 くつくつと不気味な笑い声を上げると、【】はどこかへと消え去ったのだった。

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