W Ⅰ-Ep1−Feather 4 ଓ 語り 〜attracted talk〜
「こんにちは」
ある日のこと。エリンシェはガイセルの元を訪れていた。
ジェイトと初めて会話を交わした日から少し経っていたが、それ以来、エリンシェはジェイトと話をしていなかった。
カルドとは薬学の授業を毎回一緒に受けることになり、ミリアほどではないが、それなりに仲良くはなっている。……が、ジェイトとは、上手く仲を深められていなかった。
理由は分からないが、ジェイトが予知学の授業以来、エリンシェの顔を見る度、何か、言いたげにしているが言い出せず、どこか思い詰めている――そんな様子だった。
ジェイトのそんな様子を見て、エリンシェの方も積極的にはなれていなかったのだ。少し前進しただけでも――今はそれだけでも良いと、エリンシェは考えるようにしていた。なので、とりあえずはいつも通りに過ごしている。
その日も、合間を見つけて、エリンシェは「いつも」のように、ガイセルの研究室を訪れていたのだ。
少し前までは授業の補講しか教わっていなかったが、エリンシェは、ここのところでは時間を見つけると、時々ガイセルの元に、話を聞きに行くようにしていた。
授業の補講では物足りず、ガイセルが追求していることを教えてほしいと、エリンシェは頼み込んだ。すると、彼は少しだけ、それについて話すことを承諾し、近いうちに話をすることを約束したのだった。
「やあ、いらっしゃい」
エリンシェが研究室に入ると、ガイセルは優しい微笑みを浮かべ、客人用に置いてある席に座るよう勧めた。机にはお茶と茶菓子が並んでいた。
いつも通り、エリンシェはその席に座ると、ガイセルが目の前に来るのを待って、茶菓子を少しつまんだ。その間も早く話を聞きたいと、思わずにはいられなかった。思い切って、エリンシェはガイセルに声を掛ける。
「ねぇ、せんせい。 今日は何か、神々の話をしてくれる?」
「うーん、そうだねえ……」
そんな相づちを打ちながら、ガイセルがエリンシェの前に座った。何かを考えているのか、少し困った表情で唸っている。エリンシェは辛抱強く、ガイセルが話し出すのを待った。
「あ、そうだ。 前にした賢者制度の話は覚えてる?」
ふと、ガイセルが唸りながらもそんなことを尋ねる。すぐさま、エリンシェは答えてみせた。
「もちろん。 旧王国時代の血縁者――王子だった人が、元々テレスの人々には魔法の力があったのに、一部しか伝わっていないことをよく思っていなかったんだよね。 それを変えようと、テレスの人々が魔法を学べるようにその人が立ち上がった時、守護神が降り立ち、力を貸した。 そして、その人が賢者にあたる人達を選んで、学舎をつくり上げた。 そして、その人が亡くなる少し前、守護神が彼の意思を継ぐ者を選んだ。 後に、王子だった人は初代大賢者、その意思を継いだ人が二代目大賢者とされ、二代目以降は守護神が大賢者を選ぶという制度が出来上がった。 守護神が大賢者を選び、大賢者を賢者を選ぶようになった――それが現在の賢者制度。 初代大賢者が王子だったことや、その意思を継ぐという名残りから、大賢者はずっと『ファイラ』を名乗ってるんだよね」
エリンシェが答え終わると、ガイセルはやっと唸るのを止めた。そして、少しの間複雑そうな表情で黙り込んだ後、ぽつぽつと語り始めたのだった。
「その通り。 ……今から話すのは、賢者制度が出来上がった頃の話。 神々に対する存在である邪神と、テレスファイラの守護神が起こした、とある事件の話だ――――」
ଓ
――邪神、それは邪悪に染まった神達。生まれながら悪に染まっているモノもいれば、堕ちてしまったモノもいた。邪神の【力】の強さはそれぞれで異なっているという。そして、強い【力】を持つ邪神の中には、天界や世界をも支配しようと企むモノがいた。
テレスファイラも、邪神に襲われたことにより、旧王国が滅びてしまう原因になったと言われている。――が、しかし、文献は少ししか残っていないため、詳しいことは分かっていなかった。
ともあれ、テレスファイラに降り立った守護神は、とても〝力〟の強い女神だった。その恩恵もあり、何代かは無事に大賢者が選ばれ、テレスファイラに平和がしばらくもたらされた。
しかし突如、強大な【力】を持つ邪神が現れたのだ。その邪神はあろうことか、神々の〝力〟を増幅するための武器――〝聖武器〟を創造する神を襲ったという。
その創造神は最高峰の技術を持っていたため、天界を統べる最高位の神・
次に狙われたのは、豊かな地テレスファイラと〝力〟をもつその守護神だった。テレスファイラを足がかりに天界を支配するつもりだったのだろうか、それとも、守護神の持つ〝力〟を利用しようとしたのだろうか。理由ははっきりと分かっていないが、邪神はテレスファイラの守護神を襲った。
熾烈を極めた戦いに、守護神はテレスファイラの地が脅かされるのではないかという不安を抱いた。決着もつきそうになかったため、守護神は彼女自身と邪神を封印するよう、大神に願った。
そして、その願いを受け入れた大神が、戦いの場に降り立ち、偉大な〝力〟をもって、守護神と邪神を珠に封じ込めた。今でも、その封印の珠は石碑に納められ、どこかの森の奥深くに眠っているという。
封印により、戦いは幕を閉じた。テレスファイラに平和が戻ったが、未だ、新しい守護神の座は空席のままだった。
ଓ
「――そういう訳で、今は代理の神と大賢者であるグレイム様が力を合わせて、このテレスの地を守っているんだ」
ガイセルの語りを聞き終えたエリンシェは、思わず身を固くしていた。……邪神。理由は分からないが、その言葉を聞くだけで恐怖に飲み込まれそうになる。
「その邪神が戻って来ることはないの?」
ふと気になって、恐る恐るエリンシェは尋ねる。そう、邪神は倒された訳ではなく、「封印」をされただけなのだ。もしかすると、封印から解放され、またテレスファイラを襲うということもあるかもしれないと、エリンシェは懸念した。
「恐らくは……ね。 封印されながらも、テレスの守護神がその邪神を抑えているようだし、何より、封印を施したのは大神様だからね、そう簡単に封印は解けない
ひとまず、邪神が戻る可能性は低いということか。ガイセルのそんな答えを聞いても、エリンシェの不安は消えることがなかった。なぜだろう、何か、胸につかえるものがある。
「……ねぇ、せんせい。 せんせいは神様に逢ったこと、あるの?」
考えてもその答えが見つかりそうになかったので、仕方なく話題を変え、エリンシェはそんなことを尋ねる。
「――あるよ」
そう答えながら、ガイセルは微笑み、優しい表情でどこか遠くを見つめる。彼のその表情は何かを懐かしんでいるようにも思えた。
ガイセルの初めて見せるそんな
「とは言っても、厳密には本物じゃないんだけどね。 僕が何度か逢ったのはテレスの守護神。 さっき代理の神がテレスを守ってるって言ったけど、大賢者を選ぶ時や儀式の時だけ、テレスの守護神が仮の姿であらわれるんだよ。 一度目は小さい時、偶然、その姿を見かけたんだ。 あまりに神々しくて神秘的な姿が忘れられなくて、僕は世界学を研究するようになったんだ。 二度目は儀式の時、グレイム様が僕を賢者に選んだ後だ」
そんな優しい表情を浮かべたまま、ガイセルがいきいきとそう語る。彼のその姿はまるで――――。ふとあり得ない憶測を思い付いて、エリンシェは笑いをこぼした。
「せんせい、変なの。 何か、恋してるみたいじゃない」
エリンシェの言葉を聞いて、ガイセルは少しの間黙っていたが、表情を変え、意味ありげな微笑を浮かべながら、ぽつりと言った。
「――まさか」
否定――しているが、何か引っ掛かる。ガイセルの反応にエリンシェが思わず、戸惑っていると、今度はガイセルの方が笑いをこぼした。
「そう言う君は? どうして、神々の世界に興味を持ったんだい?」
続けて、ガイセルがそんなことを問う。エリンシェは少し目を閉じて考えた後、口を開いた。
「自分でも、よく、分からないんですけど。 初めて、授業を受けた時、思ったんです。 何だか、懐かしいなって。 旧王国時代の歴史や神々は特に。 その後、せんせいに色んな話を教わるようになって、その度、だんだん他人事じゃないような気がして――」
時には「それ」をまるで自分の過去のように思うことさえあった。エリンシェは世界学の授業やガイセルの話を聞く度、そんな懐かしい気持ちがますます強くなっていった。
「――だから、今は『それ』が何なのか、知りたい」
……たとえ、「それ」がどんな真実であったとしても。その〝答え〟を知りたいと、エリンシェは心の底から、強く思っていた。
そんなエリンシェの言葉を聞いて、ガイセルはしばらく何かを考え、黙り込んだ。そして、少し経って、何かを決心したかのように一つうなずくと、エリンシェに優しく微笑んでみせた。
「……なるほど。 どうしても、知りたいんだね? そういうことなら、できるだけ協力するよ」
「ありがとう、せんせい。 ……また、来てもいい?」
ガイセルの言葉を嬉しく思いながら、エリンシェはそう尋ねる。すると、ガイセルが優しく微笑んだまま、すぐさま「いつでも」と答えた。
その答えに満足して、エリンシェは立ち上がり、部屋を後にしようとした。そして、扉の近くまで進むと、ガイセルを振り返り、一礼して言った。
「せんせい、今日はありがとうございました。 また色々教えて下さいね。 それじゃ、失礼しました」
その時――――。
――――リィン。
部屋を出て行くエリンシェを追い掛けるように、鈴の音が鳴り響いた。
その場に残っていたガイセルだけがその鈴の音に気が付き、複雑な表情を浮かべるのだった。
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