W Ⅰ-Ep1−Feather 3 ―The second part ―


     ଓ


 そのすぐ後のこと。ジェイトはカルドに、次の予知学の授業で会わせたい人物がいると言われ、一人席に着いていた。それが誰なのか検討が付いて、思わずどぎまぎしていた。

 少し前には意味ありげに笑みを浮かべ、ミリアが脇を通って行った。そして、当然のように、隣同士で座るミリアとカルドを見ながら、どうしてあんなに仲が良いのだろうと、ジェイトは疑問に思っていた。

 ――そして、授業が始まる少し前、ついに〝彼女〟がやって来た。

「こんにちは」

 少し顔を赤らめながら、微笑みながら言うエリンシェに、ジェイトはかろうじて会釈を返した。……情けないことに、それが精一杯だった。隣に座った彼女を横目で見つめながら、ジェイトは自分が緊張していることに初めて気が付いた。何だか、息が詰まりそうだ。

「あの、この間は助けてくれてありがとう」

 何とかして口を開こうと試みていると、エリンシェの方からそんなことを言われた。……あの時はとにかく、いてもたってもいられない気持ちになったのだ。未だに、ジェイト自身の中でもその理由は分からなかった。そんなことを考えながら、ジェイトは首を横に振る。

「いや、いいんだ」

「私ね、あなたが来てくれて何だか嬉しかったの。 だから、ずっとお礼を言おうと思ってたのに、遅くなってごめんね」

 もう一度首を横に振りながら、ジェイトは顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしく思えて、より一層口が開けなくなってしまった。

 そんな中、予知学の賢者が水晶玉を配り始める。前回までは理論を学んでいたが、今回からは実践を交えて授業が展開されるようだ。

「えっと、ユーティスくん。 一つ、聞いても良い?」「あ、うん」

 エリンシェの問いかけに、ジェイトはすぐにうなずく。彼女は「あのね」と照れくさそうに前置いて、ためらいがちにこう言った。

「ジェイト、……くんって呼んでいい?」

「いいよ、もちろん」

 答えると、エリンシェがとても嬉しそうに笑った。彼女の笑顔に思わず胸が高鳴るのを感じながら、ジェイトは思わず目を反らす。……こんなの反則だと思った。

「あ、あの、僕もエリンって……――」

 何とか気持ちを抑え、ジェイトは慌てて、そう尋ねる。だが、運悪く、目の前に水晶玉が置かれる。かろうじて、エリンシェが小さくうなずいたのが見えた。

「試しに、水晶玉の中を覗いてみて下さい。 初めてなのでそうそうないとは思いますが、もしも何か視えたら教えて下さい」

 更に賢者から指示が出され、話すのが難しくなった。……どうやら、呼ぶ機会を失ってしまったようだ。仕方なく、ジェイトは水晶玉を覗き込む。

 初めは賢者の言った通り何も視えなかったが、しばらく眺めていると何か視えて来る――ような気がした。思わず真剣になり、ジェイトは目を細めて、水晶玉を覗き込んだ。

 そうしていると、何か黒いものが水晶玉の中に視え始めた。ジェイトは少し考えて、それが黒雲だと気が付く。今にも雷を落としそうだと思いながら、その黒雲の下には何かあるのかどうか、探るようにしてまた覗き込む。続けていると、また新しいものが視え始める。今度は……人だ。金色の髪の若い女性が黒雲の下でうずくまっている。その女性が誰かに似ているような気がした。考えていると、だんだん顔がはっきりと視えるようになった。やがて、ジェイトはそれが誰なのかはっきりとわかって、息を呑んだ。

 ――その刹那。ジェイトが水晶玉で視ていたものが唐突に、早送りのように動き始める。黒雲から雷が放たれ、まっすぐにその女性へと落ちて行く。かと思うと、突然、〝彼女〟の身体から眩い光が発せられた。そして、雷もろとも光が消えると、その背中には真っ白な〝羽〟が生えていた。……まるで、〝天使〟のように。

 苦しそうな〝彼女〟の顔が一瞬視えたのを最後に、水晶玉は沈黙するかのように何もうつさなくなった。先程視たものが信じられず、ジェイトは戸惑いながら、隣に座る〝彼女〟を横目で見つめる。

 時折悩ましげに唸りながら、〝彼女〟は水晶玉を覗き込んでいた。そんな〝彼女〟をみて、ジェイトは確信する。〝あの女性〟は間違いなく、〝彼女〟――エリンシェだった。水晶玉で視えたものは本当に起こり得るのか、疑問に思った。

 すぐに、予知学の賢者に言おうとして、ジェイトは思いとどまる。あの視たものをどうやって説明すれば良いのか。果たして信じてもらえるだろうか。ましてや、「本人」が隣にいるのだ。事実になり得るかどうかは定かではないが、不吉であることは確かだった。そんなことを聞いてしまえば、不安にさせてしまうのではないか。

「……っ」

 そう考え、ジェイトは固く唇を結んだ。言っては、いけない。賢者が「初めてなのでそうそうない」と言っていたではないか、ひょっとしたら自分の気のせいかもしれない。自分に言い聞かせるようにそう思いながら、視たものを胸にしまい込んでも、ジェイトは嫌な予感を拭い切れずにいたのだった。


    ଓ


 一方。とある森の中にある石碑に、はめられた珠の一つが太陽の光を受け、一瞬光り輝いた。

 そして、その隣にある珠の一つが対抗するかのように、赤く染まり、小さく揺れた。やがて、その森の上に黒雲が立ちのぼる。


 ――「何か」が起ころうとしていたのだった。

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