W Ⅰ-Ep1−Feather 3 ଓ 予兆 〜ill omen〜

W Ⅰ-Ep1−Feather 3 ―The first part ―

 それから、何週間か経って。エリンシェは忙しいながらも、充実した学舎生活を送っていた。

 あの時――ガイセルの研究室に招かれた時以来、エリンシェは、世界学の授業を終えた後に彼の元を訪れ、その日の内容をより深く教わるようになっていた。そうしている内に、エリンシェはガイセルと親交を深め、彼のことを「せんせい」と親しく呼ぶようになった。そして、今はまだ、授業の補講だけしか教わることしかできないが、いつかはもっと詳しく教えてもらうことを約束していた。

 一方で、隣の二人――ジェイトとカルドとは式で初めて会った時以来、何の進展もなかった。……せっかくの隣同士だから、仲良くしたい。エリンシェはそう思っていたが、中々二人と話せずにいた。

 ミリアの方はというと、かなりカルドと仲良くなっているようで――――。

「ねぇ、エリン、次の薬学、カルドと座ってみたらどう? 薬学、苦手なんでしょ? あいつ・・・、得意みたいだから教えてくれるよ。 大丈夫、顔ちょっと怖いけど、意外と優しいから」

 ――そんな提案をエリンシェにした。親しげに「あいつ」呼ばわりしているところをみると、ミリアとカルドのふたりはとても気が合うらしい。エリンシェは羨ましく思えた。……そのくらい、彼――ジェイトと仲良くできれば良いのに。けれど、まだ、ヴィルドから助けてもらったお礼すら、言えていない。

「……早く仲良くできたら良いのにね。 そのためにも、ほら、まずはカルドと話してみたら? きっと力になってくれるよ」

 エリンシェの考えていることを読み取って、ミリアがそんな一言を呟いて、もう一度提案をした。エリンシェはうなずく。それを見たミリアも、うんうんと満足そうにうなずいてみせた後、「ところで」といたずらっぽく笑いながら話を切り出す。

「コンディー先生とはどうなってるの?」

「……なんで、そこにせんせいが出て来るの。 ただ色々教わってるだけだよ、関係ないでしょ」

 探りを入れるミリアに、エリンシェはそっぽを向いてみせながら、顔が少し熱くなるのを感じた。世界学のことを教えるガイセルの表情は、真剣そのものであり、どこか優しくもある。そんな彼に、一度くらいはひかれたこともあるが……。それがどうしたというのだろう。

「……ふ〜ん、なるほどね」

 いたずらっぽく笑うのを止めずに、ミリアがからかうようにそう呟く。……また考えていることを読まれているかもしれない。そう思って、エリンシェは誤魔化すかのように、口を開いたのだった。

「ほ、ほらっ。 もう行こう!」


 そして、次の薬学の時間。エリンシェはミリアの提案通り、カルドと座ることになった。

 カルドの表情が固く、エリンシェは思わず怯んで、最初は二人の間に沈黙が降りてしまった。けれど、このままではいけないと考え直して、エリンシェは思い切って声を掛ける。

「あ、あの、ソルディス君。 今日はよろしくね」

「カルドでいいよ。 俺もエリンって呼ばせてもらうから。 薬学、苦手なんだって? 助けてやるから、俺に任せとけ」

 そう言って、カルドが微笑んでみせる。その表情かおを見た瞬間、エリンシェはミリアの言った通りだと思った。カルドがエリンシェを見つめる表情は、相手を見守るかのように優しい。そして、どこか頼りがいがある気がした。

「ありがとう。 ソル……――違った、カルドって怖い人なのかと思った」

「よく言われる。 俺は普通の顔してるつもりなんだけどな」

 エリンシェが笑いをこぼすと、カルドも釣られて笑う。少しの間笑い合うと、合間をぬって、小声で他愛もない話をした。

 そうしている内に、授業が少し難しい部分に差し当たった。エリンシェが困っていると、すぐにカルドが分かりやすく説明をして助けに入った。カルドのおかげで、エリンシェは授業をいつもより理解することができていた。

「なぁ、エリンってあいつのこと、どう思ってる?」

 ふと、カルドがそんなことを尋ねた。彼の言う「あいつ」とはジェイトのことだ。エリンシェは前方に目をやる。そこには、ジェイトと座っているミリアがいる。二人が時々会話を交わすのを見て、エリンシェはまた羨ましく思った。

「……分かんない。 でも、仲良くしたいとは思ってるの。 私、彼に言いたいことがあって、話ができたら良いなって……。 ねぇ、そういうカルドはどういう関係なの?」

「俺とあいつか? ……そうだな、かなり深い関係だとは思うけど。 俺にとって、あいつは小さい頃からずっと一緒で、幼なじみでもあり兄弟のような存在でもある、親友ってとこかな。 エリンとミリアも大体そんな感じだろ」

 ジェイトのことを話すカルドは、それまでとは違った、穏やかで優しい表情かおをしていた。その表情を見て、カルドにとって、ジェイトがとても大切な存在だと、エリンシェはすぐに分かった。きっと、その逆も同じなのだろう。もちろん、エリンシェにとっても、同じくらい、ミリアが大切な存在だった。

「うん、そうだね。 私も小さい頃から、ミリアとはずっと一緒。 元々はお母さん達が親友同士なのがきっかけで、仲良くなったの。 今でも二人とも仲良しでね、いつもお母さん達見て、『私たちもずっと同じくらい親友でいようね』って約束してるんだ」

「いいな、それ。 ……なぁ」

 そんなことを話して、笑い合っていると、カルドがそう切り出す。エリンシェはすぐに首を傾げて、応えてみせる。

「次の授業でジェイトと話してみるか?」

「えっ、いいの?」

 思わず、エリンシェはカルドの提案に嬉しくなって、顔を赤らめた。そしてすぐに、ジェイトと話したいと思った。話すことができたら、あの時のお礼もできる。

「あぁ。 そうでもしないと、話すきっかけすらできないみたいだから、手伝ってやるよ。 まずは……ちょっとあいつら見てみろ」

 カルドに言われて、エリンシェはミリアとジェイトに注目する。ただ、会話を交わしているだけに見え、エリンシェはまた首を傾げた。

「普通に見えるだろうけど、あれはミリアがあいつを引っ張って成り立っているようなもんだ。 ミリアの性格は、エリンが一番良く知ってるはずだから、分かるだろ? ジェイトの方はな、昔から女ってものに慣れてないし、それに元々自分から話し掛けるような性格でもないんだ。 要するに、ミリアくらいじゃないと、ああはなれないってことだ」 

 確かに、ミリアは性別や年齢を問わず話し掛けられる上、誰とでも仲良くなれる性格だ。エリンシェはもう一度二人に注目すると、カルドの言った通り、ミリアの方から話し掛けているのが分かった。

「たぶん、あいつは恥ずかしがると思う。 エリンも中々話し掛けられないんだろ。 けど、それじゃ駄目なんだ。 ――どっちかが勇気を出さないと。 ……きっかけはいつだって作ってやれる、あとはお前ら次第だ。 できるか、エリン?」

「うん、私、やってみる!」

 カルドの言った「勇気」という言葉に、エリンシェは動かされていた。きちんと、あの時のお礼を言おう。ジェイトと少しでも距離が縮まるよう、できるだけのことはやってみよう。そう、決心したのだ。

「あいつのこと、よろしく頼むな」

 何に対してそう言ったかは分からないが、またあの穏やかで優しい表情かおを浮かべながら、カルドが呟くようにそう言った。その表情に、エリンシェはうなずかずにはいられなかった。

 そんなことを話している内に、授業が終了した。エリンシェはカルドに礼を言い、また次の機会に話せるように彼と約束をした。そして、彼女は次の授業に臨むのだった。

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