W Ⅰ-Ep1−Feather 1 ―The second part ―


    ଓ


 ――どこかで、リンと鈴の音がした。

 水晶玉を見つめていた初老の男性がふと、顔を上げる。そんなはずはないと思い返し、すぐさま水晶玉に視線を戻す。……「彼女」は〝あれ〟以来、封印されているはずで、今はまだ帰って来られないはずだった。

 ふと、水晶玉を見つめていると、新入りの生徒であろうある〝少女〟の姿が浮かび上がった。とても美しい少女で、聖なる気をまとっている。その〝少女〟を見つめながら、あること――十二年前に聞いた誕生の知らせを思い出していた。

〝グレイム殿〟

 呼ばれて男性――グレイムが顔を上げると、白いひげを長く伸ばした金色の髪の男性がそこに突如あらわれた。彼はどこか神々しい佇まいをしていた。誕生の知らせを伝えた本人はまさに「彼」だった。

「ディオルト様」

 突然の訪問にも驚かず、グレイムは「彼」に頭を下げる。「彼」――ディオルトはうなずきながら、グレイムの見つめている水晶玉を覗き込んだ。

〝……すっかり大きくなられた。 「彼女」です――「彼女」こそ、十二年前あなたに誕生をお知らせした「例の予言」の少女なのです〟

「何か……私にできることはありますか?」

〝いえ、「あなた」はいつも通り、テレスを守っていただければ良いのです。 事情が事情で、私は「あなた」の力を借りなければ、ここを満足に守っていくことができないのですから〟

 息を呑んでそう尋ねたグレイムに、ディオルトはそう告げる。そして、水晶玉から目を離し、今度は窓の外を見つめてこう話した。

〝けれど、いずれ戦いは起きる。 こちらがたくわえていたように、【奴】も復活する機会をうかがっているに違いない。 もう随分と長い間待たせましたから、頃合いをみて、そろそろアリィーシュを解放しようと思います。 封印されていた身で「力」も弱くなっているかもしれませんが、「あなた」の力にもなれるでしょうし、「彼女」を守ることができるでしょうから〟

 ふと扉を叩く音が聞こえたかと思うと、メガネを掛け、栗色の髪を一つにまとめた若い男性が部屋に入って来た。グレイムが振り返ると、ディオルトの姿はすでに消えていた。顔色を変えず、グレイムは男性に「あぁ、ガイセル」と応えた。

「グレイム様、式の準備ができています。 ……何かみられていたのですか?」

 男性――ガイセルはグレイムの元へ歩み寄り、水晶玉を覗き込む。そこにうつし出されたものを見て小さく息を呑んだ。「それ」が何を意味するのか、彼は理解していたのだ。

「今、〝彼〟が来ていたところでね。 後で相談に乗ってくれないか? ついに『その時』が来たようだ。 ……君にも少し話していただろう? ぜひ、力を貸してほしい」

 そんなガイセルを、グレイムはかなり信頼していた。年は若いが知識があるガイセルは、グレイムにとって良き相談役の一人だったのだ。そんな彼に、グレイムはある程度の事情を話していた。

「はい、分かりました」

 すぐに答えたガイセルの返事を聞きながら、グレイムはふとあることを思い出して、こんなことを口をする。

「それと、アリィーシュも戻って来るそうだよ」

 グレイムのそんな言葉を聞いて、ガイセルがはっとしたように、一瞬動きを止める。グレイムは何も言わなかったが、彼の気持ちを知っていたのだ。――彼自身は隠し通しているつもりである、その奥底に眠る気持ちを。

「……そろそろ、行きましょう」

 誤魔化すかのようにそう言ったガイセルにうなずいてみせ、グレイムは微笑みながら、彼と共にその場を後にしたのだった。


    ଓ


 そして、その日の午後。新入りの生徒達が大広間に集められ、式が行われた。

 最初に、大賢者であるグレイム・ファイラから挨拶の言葉を送られた後、賢者達の紹介やこれから学ぶ魔法の分野――授業について説明が行われた。

 まず、授業の中には魔法の礎になると言われる呪文学、魔術学、基礎及び応用魔法学があった。その授業の指導にあたり、大賢者の相談役にも当たる四人の賢者達は、上級賢者にあたっていた。それに加え、難しいとされる治癒の魔法を扱う治癒学の賢者と、テレスファイラについて学ぶ世界学の賢者も、上級賢者として扱われていた。その六人の上級賢者達以外は一律に賢者と呼ばれていた。残りの授業には生物学、植物学、薬学、予知学、飛行学がある。それぞれの賢者の年齢は老若男女問わず様々だった。

 授業を行うにあたって、組分けもされた。エリンシェはミリア、ジェイト、カルドと同じ組になった。最後に、組毎に時間割の表が配られ、式は終了した。式が終わった次の日から早速、授業が行われるようだ。

 式が終わって、エリンシェはミリアと寮へ向かっていると、人混みの中で話し込んでいる二人の少女に遭遇した。

「メレナ・スヴェインさんね、なるほど」

 薄茶の長い髪を三つ編みにした少女が手帳に書き込みをしながら、黒髪の少女と色々話をしているようだった。

 エリンシェとミリアはそのやり取りを物珍しげに見つめていると、ふと三つ編みの少女と目が合った。「あ!」と声を上げながら、三つ編みの少女が二人の元へ駆け寄って来た。

「こんにちは! 初めまして、あたしレイティル・マランディオ! レイって呼んでね! もしかして……エリンシェ・ルイングさん?」

 その少女――レイティルが笑みを絶やさず、そう尋ねる。エリンシェは名前を知られていることに驚いたが、彼女の笑顔に悪気がないのをみて取ると、うなずいてみせた。

「どうして、私のことを?」

「噂になってるんだよ、すごく可愛いって。 あたし、情報屋目指してて、色々情報集めてるうちに名前だけ耳に入ったんだ。 えっと……隣のあなたはフェンドルさんね?」

 そう話したレイティルが、今度はミリアに話し掛ける。二人の話を傍らで聞いていたエリンシェだったが、ふと人混みの中から視線を感じて、顔を上げる。それは何か、まとわりつくような嫌な視線だった。

「エリン、どうしたの?」

 その視線の主を探っていたが、ミリアに声を掛けられ、エリンシェは我に返る。「なんでもない」と首を横に振って、笑ってみせた。

「ねぇねぇ、次は誕生日教えて。 今、ミリアと話してたとこなの」

「十月四日だよ」

 レイティルに話を振られて答えていると、いつの間にか先程の嫌な視線の主はどこかへ行ってしまったようだった。けれど、エリンシェはまた別の視線を感じた。今度のは何か驚いている様子で、また別の人物の視線のようだった。気にはなったが、害はなさそうだったので、話を続けた。

 明るい性格のレイティルと話をするのはとても楽しく、エリンシェとミリアはすぐに打ち解けた。どうやら、レイティルも同じ組だったようで、授業で落ち合う約束をした。

「あ、そろそろ行かなきゃ。 じゃあ、エリン、ミリア、またね」

『またね、レイ』

 そして、一通りのことをレイティルが聞き終えた頃には、お互いのことを名前や愛称で呼ぶようになっていた。

「レイって面白いね」「うん」

 そう話しながら、エリンシェとミリアはレイティルを見送る。そして、そのすぐ後、すっかり人気の少なくなったその場を離れるのだった。


 ――こうして、エリンシェの新しい生活が始まろうとしていたのだった。

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