Wing Ⅰ Episode 1 ଓ 翼――それは出逢い、覚醒(めざ)める〝もの〟

W Ⅰ-Ep1−Feather 1 ଓ 巡り逢い 〜fateful encounter〜

W Ⅰ-Ep1−Feather 1 ―The first part ―


    ଓ


 ――心地よい風が吹いている。

 繁々と育つ草花に囲まれた深緑の丘に、男女が肩を寄せ合い、立っていた。ふたりは湖へと沈みゆく夕日を見つめている。

 ふと、純白のドレスに身を包んだ女性の髪が風になびいた。彼女の髪は陽の光に照らされると金色に輝いてみえた。髪をしばらく抑えた後、彼女は隣の騎士の格好をした男性に何かを尋ねているようだった。

 何を話しているのかは聞き取れない。ただ、彼女が何かを憂いているのだけはその表情から分かった。ちらりと背中を気にして、男性にまた何かを問い掛けている。

「――……私の――――」

 今度は少しだけ聞き取れたが、肝心な部分が風の音でかき消されてしまった。そして、だんだん光景が薄れて――――。


    ଓ


「――待って!」

 少女は目を覚ました。……どうやら、夢を見ていたらしい。なぜかは分からないが、女性が言い掛けた言葉の続きがとても重要、だったような気がしていた。それにしても、印象に残る夢だった。

 しばらく少女は惚けていたが、すっかり日が昇ったのを見て、慌てて支度を始めるのだった。



 あれから、十二年後。

 少女――エリンシェはすっかり成長していた。赤子の時からの美しさも健在で、更に女性としての美しさも加わり、少し大人びていた。薄黄の髪は肩まで伸ばされて、開かれた瞳はとても澄んだ水色をしていて、見ていると吸い込まれそうなくらいだった。そして、相変わらず、彼女は聖なる気をまとっていて、やはり天使のようだった。

 そんな彼女は、その日、魔法を学ぶために「学舎まなびや」へ出発することになっていた。テレスファイラでは十二歳を過ぎると、昔、王国時代に使われていた城へと招かれ、そこで集団生活を送り、魔法を学ぶことが決まっていた。人々はそこを学舎と呼んでいた。

 テレスファイラには守護神がいる。そして、大賢者はその守護神によって、選ばれている。そのため、大賢者はテレスファイラに住まう人々が平和に暮らすため、秩序を守る存在でもあった。

 旧王国時代の少し後、初代大賢者とされる王国の血縁者が、人々には魔法の力が備わっていたが一部の者しか使えないことを知り、等しく魔法が学べるように城を学舎へと改築した。そして、魔法をいくつかの分野に分け、それぞれ専門の者達が授業を行えるよう、数名を選出した。のちに、その者達は賢者と呼ばれるようになった。そしてまた、賢者の中でも特別とされる、魔法の中でも重要とされる分野を専門としており、教育以外のことでも相談役や補佐にもなれる六人の賢者は、上級賢者と呼ばれるようになったのだ。

 守護神が大賢者を選び、大賢者が賢者達を選ぶ。この制度は現在でも続いていたのだった。



 エリンシェは身支度を済ませ、白いシャツと黒のジャケット、スカート――学舎の制服に着替えた。そして、最後に胸元に赤いリボンを着けた。

 着替えが終わると、エリンシェは供給された杖を手に取り、曲線を描いている持ち手側に同じく赤のリボンを取り付ける。――呼ばれる年毎に、杖や制服に目印を付けることが決まっており、その年はリボンを着けることが決まっていた。

 荷物を持ち、準備が終わると、エリンシェは自室を出て、リビングへと向かった。

「おはよう!」

『おはよう、エリンシェ』

 そして、そこにいた両親に元気よく挨拶をすると、すぐさま朝食を食べ始める。

「エリン、もうすぐミリアが迎えに来るそうよ」

 そんなエリンシェに、母であるフェリアが話し掛けた。あの日、レイナが付けたエリンという愛称はすっかり定着して、そう呼ばれることでエリンシェは周りから親しまれるようになっていた。

 エリンシェが朝食を終えたすぐ後、玄関から扉を叩く音が聞こえた。フェリアが迎えに行くと、リビングに駆け足で、同じ制服を身に着け、胸元には黄色のリボンを着けた、耳元まで伸ばされた黒髪に黒い瞳の少女――ミリアが入って来た。

「エリン!」

 ミリアはレイナの娘だった。二人は幼い頃からの親友だった。きっかけはフェリアとレイナの仲が良いことからだったが、それ以上に幼なじみや姉妹のようにエリンシェとミリアは仲良くしていた。

 エリンシェを見るなり、ミリアが彼女に抱き付いた。エリンシェもそれに応え、笑顔で抱擁を返す。

「準備できた?」「うん」

 少ししてからようやく離れたミリアがそう尋ねる。エリンシェは荷物と杖を示すと、すぐさまうなずいた。

「それじゃ、行こうか」

「お父さん、お母さん。 行って来るね!」

「行ってらっしゃい」「気を付けてね、頑張るのよ」

 エリンシェはミリアと共に玄関へ向かうと、見送りに来たフェリアと父タルナスを振り返り、笑顔で手を振った。そして、テレスファイラの中心部にある学舎へと向かうのだった。



 半時間後。エリンシェとミリアは城の正門前にいた。

 とても越えられそうにない石垣の中には、白いレンガ作りの城と、その脇には城と繋がっている塔が建っていた。周りにはそれを取り囲むように庭園と、外で魔法を学ぶための野外施設も建てられていた。城の奥には小さな森が広がっているのが見えた。

 二人は石垣の中に入り、まっすぐ城へと向かった。城に入ると、玄関の広間があり、そこに机と椅子を設置して二人よりも年上の生徒が待機しているのが、最初に目に入った。

「やあ、新入りの生徒だね? ここでは寮の部屋割りをしているんだ。 だけど……どうだい?」

「今年は皆早かったからね。 もういっぱいになって、なんていうか……相部屋しか残ってないみたい」

 そんなやり取りを聞いて、エリンシェとミリアは年上の生徒が見ている寮の表を覗き込んだ。寮は二人一部屋になっていて、それぞれ個別に別れていたが、残っていた寮は確かに、二つ分の部屋が壁一枚で繋がっていて、おまけに、その壁に扉まで付いていて行き来ができるようになっている。

「大丈夫、大丈夫、扉には鍵が掛けられるようになってるから。 えーっと、来てないのは……男の子二人みたいだね。 ――あ、ちょうど来たみたい」

 年上の生徒の一人が名簿を広げていると、玄関に二人の少年が現れた。一人は制服の胸元に緑のリボンをネクタイ状に着けた、緑色の瞳に黒髪のメガネを掛けた少年、もう一人は青いリボンを胸元で同じくネクタイのように結んでいる、栗色の髪と青色の瞳の少年だった。

「こんにちは」

 メガネの少年が優しく微笑んで、挨拶をする。エリンシェは軽く会釈をして彼を見つめた。

「やあ、今ちょうど寮の話をしていたところなんだ。 相部屋になりそうでね……」

 そう言って、年上の生徒が二人の少年に説明をし始める。その間も、エリンシェはメガネの少年を見つめ続けた。

 彼が近くにいると、エリンシェはなぜか不思議な気持ちになっていた。ふと、頭の中に繫がれた小さなふたつの手がみえた気がして、はっと息を呑む。それが見えなくなると、今度は何だか懐かしい気持ちになってどきまぎしていた。

 説明を聞いていたメガネの少年が視線に気付いたのか、ふとエリンシェの方へ顔を向けると彼女に微笑みかけた。どきりとしながら、エリンシェも彼に小さく笑い返した。何だか、頬が熱くなっているような気がしていた。

 相部屋になるのが男の子と聞いて、エリンシェは少々不安に思っていたが、少年二人を見て、何とかやっていけそうな気持ちがした。とりあえず、お隣さん、ということになるので、ミリアと示し合わせ自己紹介をすることにした。

「初めまして、エリンシェ・ルイングです」「あたし、ミリア・フェンドル」

「よろしくお願いします。 僕はジェイト・ユーティス、こっちはカルド・ソルディス」

 二人の自己紹介に応じたのはメガネの少年――ジェイトだった。もう一人の少年――カルドは会釈をすると手を出し、エリンシェとミリアに握手を求めた。

 少し怖いと思いながら、エリンシェはカルドの手を取る。すると、カルドが思っていたより優しい手付きで彼女の手を握り少し振ると、短く「よろしく」と挨拶をした。何だか少し微笑ましく思えて、エリンシェはくすっと笑った後、「よろしくね」と返した。

 今度はジェイトと握手をする番だった。エリンシェはどきどきしながら、「よろしくね」と言って彼の手を取る。すると、今度は小さなふたつの手がはっきりとみえ、それが消えると胸の中にあたたかい風が吹いたような気がした。彼の手を握っていると、エリンシェはなぜか安心するような気持ちになっていた。それに、彼の手は先程吹いた風と同じようにあたたかく、とても優しかった。……彼の手を離したくない、彼女はそう思えていた。

 ジェイトの方も、最初は握手をきちんと交わしていたが、やがて動きが止まる。そして、エリンシェとジェイトの手は繫がれたままになり、ふたりはお互いをじっと見つめていた。

「……どうした、ジェイト?」

「あっごめん。 僕、何やってるんだろ……」

 不思議に思ったカルドに声を掛けられ、ジェイトが慌てて手を離す。ジェイトも名残惜しそうにしていて、顔を赤らめている――エリンシェはそんな気がした。

「挨拶と自己紹介が済んだね。 さあ、寮へ案内しよう。 荷物を整理して、午後からの式に備えるんだ」

 年上の生徒の一人がそう言って、四人を手招きした。その後に続きながら、やはり色々気になって、カルドと先を歩くジェイトの背中を、エリンシェは見つめ続けるのだった。

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