第38話 懐かしい匂いがした
わたしは
「ブレンドと、抹茶フラペチーノのお客様~」
「おぉ、オレ様とアイツだぜ。ありがとよ」
「ごゆっくりどうぞ~」
さすがプロ、一卵性双生児のようなわたし達にも、バロックの言葉遣いにも全然動じない。バロックはトレーに注文した品を載せると、窓際の席に陣取った。そして、雑に質問を投げかけてくる。
「で、どーよ? ヴァイオラ。アイツラのなかで誰が一番強えーかな?」
「……『アストリオン』のタイプが違うから一概には言えないけど、輝空の『薔薇色』はパワー、鈴の『檸檬色』はトリッキー、ナッツの『藍青色』はテクニカル、ってとこかなあ。じゃんけんでいうグー・チョキ・パー、みたいな感じ」
「あー。確かになあ。三すくみっぽいわ」
「『願い』も似てるしね。……わたしのため(=ジョゼとベルゼ復活のため)に戦ってもらうのは、気が引けるけどさ」
とわたしが言うと、バロックはかぶりを振ってから抹茶フラペチーノを一口飲んで、一息ついてから答える。
「いいんじゃねーの? だってアイツラがそうしたいって言うんだからよ」
「まあ、ね……」
……と、モヤモヤしながら答えていると、なんだか窓ガラスの向こう側から視線を感じる。誰かが腕を組みながら仁王立ちして、わたし達を睨みつけているのだ。バロックもそれに気づく。
「……オイ、ヴァイオラ。なんか変なヤツがオレたちにガン飛ばしてっけど、知り合いか?」
そっと目線を上げると……。うわっ。目が合ってしまった。背が低めの男子で……、ええと……。一言で言うなら……、昭和からタイムスリップしてきたヤンキー……。当然、わたしの知り合いじゃない。この辺りの高校の制服じゃないし。
「短ランにボンタンに金髪リーゼントかよ? 今、令和だぜ? 気合入ってんな。ま、嫌いじゃね―けどよ」
――それに、この気配――。
「……あの人、『宿主』だよ」
「だな。正々堂々、喧嘩売りに来やがったっつうワケか。クックック、いい度胸じゃねーか」
その人が、アゴを小さくクイッと横に動かす。外に出ろ、という合図だ。
「よし、行くか」
バロックは口裂け女かってくらいに口角を上げて、牙まるだしの悪い笑みを浮かべた。こうなっちゃうと止められない。ああ、もう少しゆっくり、バロックとお話ししてたかったのにな……。わたしは、はぁ、とため息をついて、コーヒーの紙カップを持ちながら、席を立った。店内用のマグカップじゃなくて、一応テイクアウト用でお願いしておいたのが、不幸中の幸い、ってとこか。
「ありがとうございました~」
店を出ると、その人はわたし達に一瞥もくれず、駅と逆方向にすたすたと歩き始めた。この方角にはちょっと入り組んだ交差点があって、その先に神社がある。
「ケッ、ついて来いってか。今時、果し合いっつう時分でもあるまいに」
「とかいいつつ、楽しそうじゃない? バロック」
「図らずも管理者ポジになっちまったしな。たまには息抜きしねーと、な」
「もう、しょうがないなぁ……」
とかなんとか言ってるうちに、予想通り、その人は神社に入っていった。わたし達もそれに従う。砂利道をザッ、ザッ、と中程まで進み、その人はピタッと止まって、こちらに向き直った。よくみれば意外と端正な顔立ちで、アイドルグループにいても違和感ない(かもしれない)。
(……でも、ここ、結構外の道路から丸見えなんだけど、バトルなんか始まっちゃったら、目立って仕方ない。うーん……、どうしようかな……)
その人は、わたし達を見下すようにして、バロックが言うところのガンを飛ばしながら、ゆっくりと口を開いた。
「あんたが『願いの悪魔』、ヴァイオラか。俺の名前は
(イケボだぁ)とか(すっごい名字だなぁ)とか、(『悪魔数』バラしちゃうなんて馬鹿正直だなぁ)なんて思いながら、わたしは頷いた。
「テンメー、いい度胸してんなぁ。直接オレたちにツラ見せに来るとはよ! で、どうすんだ? ヤんのか? おぉ?」
「ちょっとバロック……。それじゃまるで、わたしがヤンキーみたいだし……」
「いや……」
その人、
「菫咲ヴァイオラ! あんたに惚れた! 俺と……、付き合ってくれ!!」
……。
…………。
……………………。
「……えっと、ごめんなさい、ちょっと、何言ってるかわからないんだけど……」
「あー、その、なんだ。……なんだって? 耳の調子が悪いのかな……」
「もっぺん言うぜ。俺の嫁さんになってくれ!!!!」
バロックが変な汗をかきながら、眉間にシワを寄せて返事する。
「……正気か?」
「ああ! 俺は
見た目に反してすっごい爽やかなオーラを放ってるなぁ……。この人……。
「……ハッ、まさか、すでに男が……?」
「いや、男子とは付き合ってないけど……」
「そりゃあ良かった!」
「え、ええと……」
わたしがなにか言おうとしたら、バッ、と手で制止された。
「ああ、ワカッてる。あんた、最強の『願いの悪魔』なんだろ。俺は強えーヤツが好きだ。だから、俺があんたと戦って、もし勝ったら、付き合ってくれねーか? それが俺の『願い』……だ!!」
「……。でも、わたしが他の『願いの悪魔』の『宿主』と戦ってしまうと、わたしの『宿主』が、『王の試練』に参加する権利を失ってしまう。それは、望んでない。だから、戦えない」
「へッ、それなら心配には及ばねー。オラッ! 出てこい! 俺の『悪魔』!」
その瞬間。懐かしい匂いがわたしの鼻腔をくすぐった。ジョゼ……? ジョゼの匂いがする。……いや、似ているけれど、ちょっと違う。
「紹介するぜ。『悪魔数2』の『願いの悪魔』。ドゥラコーンだ!」
「ドゥラコーン……だと!?」
その
「お初にお目にかかる。我が名はドゥラコーン。誇り高き悪魔ルコーン族の末裔にして、ウォルコーンの……兄だ」
「ウォルコーンの……!」
ウォルコーンは、かつてわたしの仲間だった『宿主』ジョゼと『願い』によって融合した、『願いの悪魔』の一人だ。その魂は黄金のクリスタルとなって、今、わたしの体内――、胸部にある。無意識にわたしは、その辺りを手で抑えた。
「私は――、菫咲ヴァイオラ、貴様を迎えに来た。その身に宿す魂は、我が愚妹・ウォルコーンのもの。貴様を――、我が一族の末席に迎えたい」
「な。ドゥラコーンと俺の『願い』は同じってワケだ。悪くねーだろ?」
「オイオイオイオイオイオイオイ! ちょっと待てよ!」
バロックがもの凄い形相でわたしの前に立つ。
「そんなの、オレ様が許すと思うか……?」
握りこぶしを震わせるバロックに、ドゥラコーンが言い放つ。
「その言葉、そのまま返そう。前回の『王の試練』で、バロック。貴様――に敗北したことが、結果的にウォルコーンの消滅に繋がった。――解るか? 貴様は、ウォルコーンの仇、というわけだ」
ドゥラコーンが、ゆっくりと人差し指をバロックに向ける。
「貴様は、殺す」
ぶちっ、と、わたしの頭で何かが切れる音がした。
「ちょっと。ウォルコーンのお兄さんだか何だか知らないけど――、バロックに何かしたら、わたしが許さないから……!」
「ケッ、舐めやがって。やれるもんならやってみやが――」
その刹那。
「!?」
目の前にいたバロックが消え、ドゥラコーンの気配がする方向に目を向けると、鈍色の茨でがんじがらめに縛られ、片手でドゥラコーンの巨躯に捉えられた――バロックの姿が……! 動きを感じ取ることすら出来なかった。
「――だが、
「……なん……ですって……?」
「我が『宿主』と戦い、勝利することが出来たなら、返してやろう」
ダメだ。怒りで頭が真っ白になって、なにも考えられない。――落ち着け。落ち着いて……。そう。落ち着いて、論理的に、理詰めで、冷静に――。
「――でも。さっきも言った通り、わたしが戦うと、わたしの『王の試練』の資格が失われる。そうなったら、わたし自身の『願い』である――、そう、ウォルコーンの復活が成就できなくなる。だから、わたしが彼と、戦うことは、できない」
チッチッ、と、ドゥラコーンが指を振った。
「案ずるな。我が『宿主』の『第1の願い』は――、『最強の女とサシで戦いたい』――、即ち、『菫咲ヴァイオラとタイマン勝負すること』であり、①『負けた方が、勝った方の言う事を聞くこと』、②『戦いに不利な条件は互いに全部無効』、という補足条件が付いている。『王の試練』のルールより、『願い』が優先されるため、貴様の心配は無用だ」
勝手に話を進めていくドゥラコーン。
「戦いに不利な条件は、互いに全部無効……? バロックを人質に取って、よくそんな事が言えるよね……」
「フッ。勝敗が決するまで、手を出さないことを約束しよう」
亜堂雷鳴レクが、ニヤリと笑う。
「改めて、アンタに試合を申し込む。負けたら綺麗さっぱり諦めるし、アンタのツレも無傷で返してやる。俺が勝ったら、交際してくれ」
「……」
まんまと術中に嵌ってしまった。まさかジョゼの――、ウォルコーンのお兄さんが出てくるとは思っていなかったから、油断してたな……。……ごめん、ジョゼ、ウォルコーン。ちょっとだけ、あなたたちの事、人質にさせてもらう。
「付き合うかどうかは別として、戦うのはいいよ。……但し――、勝敗に関わらず、バロックを少しでも傷つけたときは――、わたしの中にあるウォルコーンの魂――、『黄金のクリスタル』を、破壊する。これは、わたしが死ぬと同時に、消滅する。つまり――、どういう事か、わかるよね?」
境内の木々がさわさわと、春の風になびく。ややあって、ドゥラコーンが重々しく言葉を発した。
「……いいだろう。それでは、一週間後、この場所に、戦いの舞台へ繋がる『
「――それじゃあな」
……それだけ言い残すと、ドゥラコーンはふうっと夜の帳に消え、亜堂雷鳴レクはわたしの横を通り過ぎて、駅前の雑踏に紛れて、いずこかへと去ってしまった。
――はあぁ。と、ため息をつくわたし。
「バロック、少しだけ待ってて」
以前のわたしなら激昂して追いかけたかもしれないけれど、怒りと相反する奇妙な感情がそれを制していた。ウォルコーンの一族と会えた事に対する、喜びの感情。それはもしかすると、わたしの中にあるウォルコーンの魂が、ドゥラコーンと共鳴していたのかもしれない。
それと、わたしが彼女を、死なせてしまったという事実に対する、いつまでも消えない悔恨、悲しみ……。それを、形は違えど、同じように抱える人が現れた。そのことになぜか、わたしは安堵していた。
「……あともう一つ。不幸中の幸いと言うか、なんというか……」
わたしは『秘密の小部屋』に繋がる『
「Zzz……」
「あぁ……、いたいた」
そこには、輝空・鈴・ナッツが『秘密の小部屋』に来た時に相手をするため、バロックの半身がお留守番をしていた。さすがにこんな状況までは、あの賢そうなドゥラコーンでも、読めないでしょうね。
「バロック2号! 起きて~!」
「ふごご……、むにゃ? んだァー、ヴァイオラか……。何だ……?」
「ごめん、1号が誘拐された」
「……おお……、ま、大丈夫だろ……。オレ様、眠い……」
ダメだ。寝ちゃった。うーん……、仕方ない……。みんなとのLIMEのグループに「2号、持ってくね」ってメッセージ送っといて、と……。にしても、バロックを半分取られたのは痛いな……。はぁ……。
「おや? ヴァイオラ君かね。こんな夜中に、どうしたのだ?」
『秘密の小部屋』の奥から、神父様が姿を現した。古文書のような本を数冊抱えているので、ゴーティオンの残した品々を集めていた所かな? ゴーティオンは前回の戦いの後、死に瀕した神父様の身体を復活させるために再融合して、そのまま出てこなくなってしまったんだ。それで、神父様は『秘密の小部屋』のあちこちに散らばったゴーティオンの記憶を、時間のある時に探している、っていうわけ。
――とりあえず、わたしはあらましを説明した。
「あ、ども。いやー、実は、かくかくしかじかで……」
「ふむ。ウォルコーンの兄か……。厄介な相手に付け込まれたものだ。しばらく安穏とした日々を送っていたせいで、
「はぁ……、そうですね……。面目ない……」
「とはいえ、
けど。さっき、バロックが攫われた瞬間。あの
「――もしかすると、負けるかもしれないです」
「君がか? 馬鹿な……」
「何か、わたしの知り得ない、悪魔の知恵があるような気がして……。そうだ、神父様が持っているその、ゴーティオンの本。貸してもらえませんか?」
「? ――それは構わないが。では、あとで君の
「助かります!」
「では、一旦失礼するよ。私はもう少し、散歩してくるとしようか……」
コツ、コツと白い床に革靴の音を響かせて、神父様は『秘密の小部屋』の闇に消えていった。わたしはバロック2号と数冊の本を抱きかかえ、『秘密の小部屋』の片隅にある、自分の
久しぶりに抱きしめたぬいぐるみバージョンのバロックは、人をダメにするクッションの千倍くらい心地よく、わたしの意識は、すうっと遠のいていった。
to be continued...
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