第37話 みんなズタボロだったのさ

「あっ! 間違えました! 失礼しまーす!」


そう言って、或太灯里、古礼汀の二名は、どたばたと教頭室の扉から出ていった。――一体、何だったのだろうか……?


「……ゼルテさん。よろしいのですか? あの2人、何か様子がおかしいようでしたが……。まさか、菫咲ヴァイオラがあの2人に何か、術をかけたのか……?」

「だとすれば……、少し厄介ですね……。すみませんが教頭先生、扉を閉めてくださいますか」

「承知しました。――しかし、わが校にまさか『悪魔』が潜んでいるとは――……。俄には信じられませんでしたが、灯里君が果敢にも戦いを挑んだ際、菫咲ヴァイオラが見せたあの力、あの姿……。あれは確かに人間ではなかった……!」


この学校にいた『悪魔使い』の或太灯里が先走り、屋上で使い魔をけしかけたのは計算外だった。しかし、おかげで教頭先生に、彼女――菫咲ヴァイオラの本性の一端を見せることができたのは、ある種、僥倖といえるだろう。


彼女ヴァイオラは――、あの力で私の父を殺しました。父はその生涯を慈善事業に尽力しただけでなく、自らの手を汚し、悪魔『オーディール』と契約することで、重い病に罹り余命幾ばくもなかった私を、死の淵から救ってくれたのです……」

「お父様の功績は存じております。ですから、貴方のご忠言にも従ったわけで」

「そうですね……、これも、彼女ヴァイオラに悪行をこれ以上、行わせない為です。ですが、あの2人が使えないとなると、新しい手を打たねばなりません……」


私は教頭をちらと見やる。教頭は頷きながら答える。


「――それでは、を使いましょう。かの悪魔ヴァイオラが校内に手先を増やしているらしい、との報告を受けておりますので、に対応させます」

「わかりました。よろしくお願いします」

「失礼します」


教頭は、教頭室の扉で私に一礼すると、すうっと扉を閉め、去っていった。


「――そう。自分の『宿主』を見つけたのね――」


菫咲ヴァイオラ……。私の父、デルニエ・エンデを殺した少女。そして、前回の『王の試練』の勝者。元・『悪魔数3』の『願いの悪魔』バロックと共闘し、治癒に長けた『翠緑のアストリオン』と、悪魔の力『デヴィリオン』を使いこなす――という。


そこに、私の背後から、父に仕えていたという悪魔、オーディールの声が響く。


「(……貴様は選ばれた。貴様は成し遂げねばならない。貴様の『願い』を――)」

「――オーディール」


――父が本当は、マフィアの王だったことは知っている。千人の『悪魔使い』を従え、各地でテロを行い、反抗する者たちを殺戮していた。死んで当然の人間。けれど、たった一つだけ、どうしようもない事実が、私を縛り付ける。


。例え、その行為が愛ゆえではなかったとしても、他者の命を何百人殺めていたとしても、その事実――という事実を、捻じ曲げることは、できない。私の心の、たった一つの『救い』――。それを、彼女は、奪った――」

「……貴様の『願い』は、たった1つ――」

「『彼女の拠り所を、……奪う』」


父とともに一度は滅びた悪魔、オーディール。復活し、新たな『悪魔数1』の『願いの悪魔』となった。その力を得、私は悪魔の『宿主』になった。それはなぜか。恨みでも、復讐でもない。彼女ヴァイオラに、唯一の拠り所を失った私と、同じ気持ちになってもらいたい。そして、その姿を、見たい。――ただ、それだけのこと。


「……あの女ヴァイオラの、心の拠り所とは――、家族ではないのか?」

「違うわ、オーディール。私達は、彼女を知らなければいけない……。一体何が、彼女を『王』の座まで導いたのか。その『鍵』を、ね。それこそが、私の『奪うべきもの』――」


それを『奪う』ことで、彼女の絶望を眺めることで、『救い』を失った、からっぽの私が満たされるのだ。それを想っただけで、背筋にぞくぞくと愉悦が走り、胸が少し、高鳴った。ああ……、私は生きている。……そう思った。


「ククッ……、やはり貴様、エンデに似ているな……」

「……ありがとう、オーディール」



***


あああああああああああ――――――ッ! 糞ッ! 糞ッ! として、この学校の影の支配者として! 頑張ッてきたのに、女子生徒にセクハラしまくって、ハッピーに定年退職まであと数年だっつーのに、なんで俺が化け物なんぞと関わり合いを持たなきゃなんねーんだよチクショオオオッ! っつーかなんで、俺の学校にそんなのが在籍してんの!? 意味分かんねーよ糞が――ッ!


「グ、クッ……」


なァーにが「お願いします」だ、あの女――。知っているぞ。ヤツの父親が本当は何者だったのか。本物の悪魔なんかに近づくのも御免だが、逆らったら殺される……。……だ、だが、つまり、つまりだ! あの女も、裏世界の大物であることには変わらんのだ。ひとつふたつ、恩を売っておいて損はあるまい。


「ハァッ、ハァッ……」


糞ッ、のいる部屋、遠いんだよ! だがなら――、悪魔だかなんだか知らねーが、小娘の1人や2人、消すことくらい容易いだろう。なんてったって、こんな時のために要らねー賃金支払って、飼っといてやったんだからな! さァァァ―――!


「(最後に笑うのは俺だ――ッ! ヘ、ヘヘヘヘ……。ヒへへ――――ッ)」


***


「なんか変な笑い声が聞こえんなー……」


オレ様とヴァイオラは、一旦、学校の屋上に戻ってきた。オレ様は、元のヴァイオラの姿(セーラー服ver.)へと戻っていた。ヴァイオラも変化を解いて、いつものブレザーの姿になっていた。ヴァイオラは、ひどく落ちこんで、体育座りをしている。


「アイツ、……ゼルテ・エンデだった、な」

「……知ってる。わたしが――、この手で、あの人の父親を……」

「ま、仕方ねーって。あの時。あそこで、ヤツを止めてなけりゃ、今頃世界はヒデー事になってただろーし……。な?」

「……うん」


膝を抱え、顔をうずめて黄昏るヴァイオラ。オレ様、もう見てらんない。


「な、なぁ! とりま、駅前のカフェでも行こうぜ! フルーツミックスのなんとかペチーノが出たの……、今日からじゃなかったか!?」

「……うん」

「……」


オレ様はもう、どうしていいかわかんなくて、ヴァイオラを抱きしめた。


「……」

「わたし……、どうしたらいいんだろう……」

「……オレ様も、わかんねーよ」


ただ、よくない事態っつうことはワカる。ゼルテの纏っていた気配。あれは……『宿主』のものだ。そして、背後にいた悪魔のニオイ……ありゃあ、デルニエ・エンデのと同じニオイだった。つまり、あの悪魔……オーディールが『願いの悪魔』に格上げされ、ゼルテがその『宿主』になった……、というのは想像に難くない。で、ヴァイオラもそれをワカッている。んで、ヴァイオラを狙いに来ている、らしい。


「ヴァイオラ、ウチの『宿主』たち3人が狙われたら、どーする?」

「勿論、介入する。……けど、あの人ゼルテを傷つけるわけにも、いかない……」

「オマエは、優しすぎるんだよ……」


ブゥーン、ブゥーン……


「おっ? ヴァイオラ、噂をすればなんとやら、だぜ」


オレ様のスマホに、ポニテからメッセージの着信だ。


「ポニテ……、輝空キアのヤツが、オメーに話したいことがあるらしーぜ」

「なんだろう……?」

「とりま、『拠点』に来いってさ。『秘密の小部屋』な」


やれやれ、こんな方法でヴァイオラの力が封じられるとは、な……。こうなったら、あの3人に頑張ってらもうしか、ねーみてーだ。


***


輝空です。

あー、疲れた……。みんなと別れた後、町の中でアクマレーダーを使って悪魔を探してみたけど、全然見つからなかった……。レーダーで捜索できる範囲が意外と狭くて、行き当りばったりで探すのは限界がありそう。


で、私はを思いついた。


そのを相談しようと思って、バロック2号が留守番しているはずの『秘密の小部屋』に来てみたんだけど、バロック2号はすっかり爆睡しちゃってて、揺すっても声を掛けても全然起きやしない。――仕方なく、バロック1号の方にメッセージを送ってみた。たしかヴァイオラと一緒に居たはずだから。



 *キア  バロック! ヴァイオラと一緒に『拠点』に来れない?

      相談したいことがあるの!



「よし、と。――……あ、来た来た……」


メッセージを送って30秒も経たないうちに『扉』が出現して、バロックとヴァイオラが顔をだした。


「来てくれてありがとう!……あれ。なんか大丈夫? 顔色悪いけど……」

「ああ、うん! 大丈夫だよ。それで、話しって?」

「それがね、アクマレーダーを見ながら近所を歩いてみたんだけど、全然アクマが見つからなくてさー」

「あー、確かに……。犬猫探すよりエンカウント率は低いかもなあ」

「それでそれで、良いことを思いついたんだ!」


私はムムム……、と『薔薇のアストリオン』を集中させ、あるものを作り出そうとする。……こころなしか、ヴァイオラの表情が少し明るくなったようだ。へへ。


「じゃ~ん! どう!? この看板!」

「何々……、『超科学現象研究会』……?」

「略して『超研』! うちの学校って6人いれば部活が設立できるんだ。いわゆる『オカルト研究会』とか、『都市伝説研究会』的なノリでさ、学校中で不思議な体験をしたコを募集するの! 悪魔の情報も集まると思うんだけど、……どう思う? 」


ヴァイオラは心此処にあらず、って感じだけど、バロックは真剣に考えてくれている。


「……うん、いいんじゃねーか? 堂々と部活にしちまえば学校にも拠点が出来るワケだし、SNS使うよりもいいネタ拾えそうだ。ネットはガセネタばっかだからな」

「ただ、問題が2つあって……。わたし、鈴、ナッツ、遥戸、ヴァイオラ、で5人でしょ。1人足りないの。それに、顧問の先生をどうするか……」


と私が話していると、ヴァイオラが突然、何かを閃いたらしく、ピーンと指を立てて目をまん丸にした。


「輝空! ちょっと来て!」

「なになに? うわわっ!」


私の手を引っ張って『秘密の小部屋』のどこかへと走り出すヴァイオラ。後ろからバロックが「なんだ、なんだ?」と追いかけてくる。と、ヴァイオラが急停止して、私はその背中にむぎゅっとぶつかった。


「はい、これで解決!」

「って、ええ~~!?」


そこには比較的綺麗な小屋が一つあって、ヴァイオラが持ち込んだのであろうベッドやらテレビやらゲームやらが置いてあったんだけど、そのベッドに見覚えのある2人の人物が横たわって……


「委員長!? と、先生!??!?」

「うんそう。ちょっと色々あって、拉致してきちゃった」

「拉致」

「おーそっか。これで6人+顧問1人っつ―ワケだな。ギャハハ!」

「……」


だ、ダメだ、理解が追いつかない……。どうしてこんなことになってるのか……。


「……よくわかんないけど、委員長も先生も、何か様子がおかしいんじゃなかったっけ。大丈夫なの?」

「ま、とりあえず起こしてみろよ。どーせココじゃ、何にも出来やしね―」

「よし、じゃ、起こしてみるよ」


ヴァイオラが2人のおでこに、人差し指でちょん、と触れる。すると2人は意識が朦朧としながらもゆっくり目を開け、ハッと気がついて、混乱しつつ「なに? なに?」と二言三言漏らしながら、キョロキョロと辺りを見回した。


「委員長、起きた?」

「――ッ!? 菫咲…… さん……?」


……? こころなしか、委員長の目が潤んで、とろんとしているような……。


「実は、輝空たちと部活を設立しようと思うんだけど、委員長も一緒に、どう?」

「は……、はい……。 是非……、わたくしも……」


絶対おかしい。完全に目がハートになってるもん。


「……実は委員長、ある人物に精神を操られてたみたいで、わたしの『魔眼』でそれを吹き飛ばしたんだよね……。ちょっと、刺激が強かったのかも……」

「あー……、オマエの『魔眼』、強烈な『魅了』があっからな……。しばらくの間、トリコだな。オマエの言う事なら何でも聞いちまう状態だ」

「ちょ、ちょっと、ヴァイオラ! あんまりひどい事しちゃダメだよ!」

「うっ、ごめんなさい……」

「ダメ! 菫咲さんをいじめないで!」


委員長がヴァイオラを庇うようにして抱きつく。あの委員長が……。と、私がびっくりしていると、バロックが私に耳打ちしてきた。


「(でもよ、いくら虜になったとはいえ、こりゃ本心だぜ。多分、イインチョは元々マジで、ヴァイオラのことが好きだったんだ。そこを悪いヤツに付け入られたんだよ)」

「(ほ、ほええ……)」


女の子同士での恋愛って初めて見ちゃった……。うわー、変な汗が出てくる……。どきどき……。


「菫咲……さん?」


あっ。先生が正気にもどったみたい。


「ここは一体……。私は何を……?」

「……センセーも操られてたんだぜ。教頭室にいたヤツを覚えてっか?」

「教頭……? うっ、頭が痛い……。思い出せないわ……」

「ゼルテのヤツに記憶を操作されてるっぽいな。忠誠が解けたら、記憶が消されるように仕込んであったんだろう。『アストリオン』でな」

「そんな事もできるんだ……」


悪用しようとすれば、これほど恐ろしい力もない。どんな『願い』でも叶える力、『アストリオン』――。私は、自分の手をじっと見つめた。


「ええと……先生。ヴァイオラと、こちらのバロックの2人が、先生と委員長を助けてくれたんです。バロックは、ヴァイオラの姉妹のようなもので……」

「事情はわからないけれど……。左棚さんは嘘をつくような人じゃないわね。……迷惑を掛けてしまったみたいね。ありがとう、菫咲さん」

「いえいえ……、その代わりと言ったらアレですが……」


ヴァイオラが『超自然科学研究会』についての説明をする。


「――部活の顧問? それくらいなら……。わかりました。やりましょう」

「ありがとうございます!」

「委員長の『魅了』も解かないと……。委員長、わたしの眼、見てくれる?」

「はい……」


ヴァイオラが委員長の目を覗き込むと、徐々に瞳に光が戻っていって、それと同時に顔がだんだんと真顔になっていき、顔が紅潮して汗が吹き出した。


「……わ、わ、わ、わわわ、わたくしは、一体何を……!? あっ……」


ヴァイオラが両手を握っている事に気づいて、頭から湯気を吹き出し、再び失神する委員長……。


「オイオイ、どんだけオマエのこと好きなんだよ、コイツ……」

「アハハ……。でもわたし、悪魔だからなぁ……。委員長には悪いけど……、気持ちには答えられない、かもしれない……」

「ヴァイオラ……」


すごく寂しそうな目をするヴァイオラ、それを複雑な表情で見るバロック。転校してきたばかりの頃のヴァイオラも、寂しそうな雰囲気はあったけど、こんな、哀しい目はしてなかった。学校の帰り道に、手から花を咲かせるマジックとかして……。


「……あ、そうか。あのマジック、『アストリオン』、だったんだ……」

「え? どうかしたの? 輝空?」

「ん、なんでもない」


私は首を横に振った。ヴァイオラの心に、何も出来ない自分が――、苦しい。


「――そろそろ、帰ろうかな。宿題、やらなきゃだし」

「……わかった。じゃ、また、明日ね!」

「……うん。……ヴァイオラ。私……」

「?」

「……ずっと……友達だからね!」

「……へへ」

「……じゃ!」



私は『ドア』を出して、家路に着いた。辺りはすっかり夜も更けて、道端をとぼとぼと犬が一匹歩いている。


「……帰る、か……」


コンビニに寄って、肉まんでも買おう。そう思った時だった。


「?」


さっきの犬とすれ違うように、見覚えのある女子の姿がみえる。


「鈴……」


……顔が腫れてる。思いっきりビンタでもされたみたいな。


「やっほ~。輝空。アクマージ、見つかった?」

「鈴……」

「あ、この顔~? 門限破ったら家の人に叩かれちゃってさ~」

「……~~っ」


目が腫れてる。泣いたんだ。いつもマイペースな、あの鈴が……。


「……輝空、おうち、行っていい?」

「……肉まん、買ってこ。……コンビニ付き合って!」

「オッケ~」

「……あのさ、鈴」

「なに~?」

「うち、一人暮らしだからさ。その……住んじゃう? 一緒にさ」

「………………うん」

「よーし、決まり! 帰ったら宿題やっちゃおうぜ!」

「………………」


初めて見た。鈴がボロボロ涙流すの。

歩きながら、ギュッと肩を抱きしめた。



to be continued...

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