第36話 トレーニング~潜入ミッション
「えいっ! やぁッ!」
「ほい、ほいっと」
魔法少女となった輝空の二連撃を、バロックが最小の動作で事も無げにかわす。と、背後から拳を振りかぶって、武装騎士のナッツが突っ込んできた。
「喰らえッ!」
「甘いな……、っと」
パシッ、と手のひらでナッツのパンチ攻撃を受け止める。と思ったら、ワイヤーが編み込まれた光るムチがバロックを縛り付けた。
「どうだッ!」
「おー、『フューチャー/テック』の近未来武装か。なかなか悪くない……」
「鈴もいるよ」
ガァン! と鋭く思い金属音が響き、巨大になったメガルの腕が、バロックの顔面にクリーンヒットした。
「……ちょっとは効いた?」
初めてのレイドバトルとは思えないほど連携の取れた三人。ナッツ一旦バロックから距離を取る。バロックは首をコキコキと鳴らしたり、ぐるぐる肩を回したりしている。
「おお、ノーダメかと思ったけど、1ダメくらいは入ったと思うぜ」
「ハァ!? 冗談でしょ!?」
「そう思うか?」
とつぶやくや否や、バロックは三人の目の前に一瞬で移動して、ボディーブローを一発ずつ、三人にお見舞いした。もちろん、本気で打つと何百メートルも吹き飛んじゃうから、卵が壊れないように、そっと弾く程度の威力で……。
「っ……」
「嘘……」
「マジ…か……」
3人はその場にうずくまり、『
「ま、こんなトコかな。オレ様が手合わせしたことで、一気にレベル50くらいまでは上がったと思うから、その辺の雑魚にはまあ、そうそう負けね―だろ」
「バロックやわたしは『デヴィリオン』の塊だから、手合わせするだけでかなり能力の成長に影響するんだ。必要になったらまた……」
3人はぐったりしたまま首を横に降った。
「し、しばらくは……、大丈夫……」
「少し……自主練してから……かな……」
「鈴、死ぬかも」
わたしは飲みかけのコーヒーカップをテーブルに置き、三人の前に歩み寄った。今度はわたしが『アストリオン』について教える番だ。
「おつかれ様。不老不死とはいえ、『デヴィリオン』による『願いの悪魔』からの干渉や、『アストリオン』による『宿主』からの攻撃は今みたいにダメージを受けちゃうから、気をつけてね」
「……ってことは、……どうすればいい?」
ナッツは床に座ったままわたしを見上げてそう言った。端正な顔立ちに汗が光り、呼吸を荒げている。
「ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて。……そしたら、両手でバレーボールを持つみたいなポーズをしてみて」
3人はそれに従う。
「その中に、今自分が欲しい物をイメージしてみて」
わたしがそう言うと、3人の両手の中から、ナッツからは藍青色の光が、輝空は薔薇色の、そして鈴からは檸檬色の光が、それぞれボール状となって輝き出して……。スポーツドリンク、微糖ストレートティー、レモンティーのペットボトルが出現し、それぞれの手元に収まった。
「わお」
「うわぁぁあああ!! な、なんか出たぁあああぁぁぁあ!?」
「おー……、これが『願い』のエネルギー、『アストリオン』か……。冷たっ」
「鈴の、微妙~にぬるい気がする」
「私も。思いっきり常温」
「ちょっと貸して」
ナッツが輝空と鈴のペットボトルを受け取り、目を閉じる。ふうっと、ナッツの『アストリオン』が冷気を帯び、周囲に薄っすらと霜が降り始めた。
「冷たくなれ……、冷たくなれ……」
「わ、すごい」
「ハハーン。ツインテがでんきタイプ、ショートがこおりタイプって事だな。な? ヴァイオラ」
「『アストリオン』は基本、何でも出来るんだけど、使う人によって得意な分野が違うんだ。でも青色系って、情報を扱うのが得意なはずだけど……」
「ああ。それなら多分、あたし、科学が好きだから、かも?」
「ナッツ、そっち系のテスト、いっつも点いいもんね~」
「武装騎士の設定考える時に色々読んだから……かなぁ。そういうのって、ちゃんとしたいじゃん? そしたら、なんか好きになっちゃって。ハハ……」
3人は程よく冷えたペットボトルを飲み干し、ハァ……、と一息ついた。わたしは3人にもう一つ、レクチャーを行った。
「『アストリオン』は、『小さな願い』を叶える力だから、具体的なアイテムを出さなくても、効果だけ発揮することも出来るんだ。だから実は、もっと単純に、『身体を回復したい』……って願えば、元気になれるよ」
3人は、自分の手を覆うそれぞれのカラーを持った『アストリオン』を見つめ、わたしの言ったとおりに願った。すると全身が仄かに発光し、さっきまで息も絶え絶えだった3人はすっと立ち上がった。
「おっ、ホントだ! すげー!」
「あれっ、昨日包丁で切ったキズも消えちゃった」
「あと、鈴、さっきからちょっと気になってたんだけど……」
鈴が下腹の辺りをさすりながら、少し小声でつぶやく。
「……生理痛が消えてる……」
「あー、ソレはさっきアイテムを受け取って、『宿主』になった瞬間からだと思うぜ。オメーらは『健康で不老不死』になったんだが、各種臓器の調整もその項目に含まれるんで、正確には『一瞬で生理が終わる』という状態になってんだわ」
バロックの解説を聞いて驚く輝空と、へぇーと軽く頷く鈴。一方、ナッツはすこし項垂れながら、独りごちた。
「あー……、それは一番助かるかもしれない……。あたし結構重くて、悩んでたからさ……。……なんであたし……、あ、いや、なんでもない……」
「実際、『願い』が叶うなら、生理なくなればなーって思うコ、多いよね。きっと」
……ナッツは何というか、難しい表情をしている。鈴がナッツを気遣うように相槌を打つ。鈴ってとぼけた感じだけど、本当は優しい子なんだろうな。
「けど、子作りは出来るから、安心してセックスしていいぜ」
「セッ……」
バロックの一言で、輝空の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。相変わらずデリカシーがないというか……。まあでも、大切なことではあるけど。
「あたしはいいかなぁ。男に興味ないし……」
「鈴も予定な~し」
「……」
輝空がチラッと遥戸くんを見た。
おや。
なるほど。
そういうことね。
けれど肝心の遥戸くんは、椅子に座って、涼しい顔でやり取りを見ている。結構センシティブな話題してるのに微動だにしないし、年齢の割に達観しすぎてるような。恥ずかしがるような素振りすらない。だからこそ、幼馴染とは言え、女の子のグループとつるんでるのかもしれないけど……。なんだろう、この感じ……?
……ま、いっか。
「――ただ、『宿主』の状態のまま子供を授かると、子供に『アストリオン』の力が受け継がれる可能性があるから、それだけ覚えておいてね」
「は~い」
「成程……。あ、もしかして、超能力者ってそういう……」
「あー、そういうケースもあるかもな。絶大な力を発揮した聖者とか偉人とか王とかの中には『宿主』だったヤツもいるらしーぜ(ま、『宿主』以外にも、色んな能力者はいるけど、な)」
「そうなんだ……。フラグじゃないといいけど」
さて。
「『願い(
「私は大丈夫!」
「鈴もオッケ~」
「あとは各自、テキトーにやっていいぜ。アクマージ集め、メガル集め……」
そこでナッツが挙手。
「はい先生。あたしは? バロックにアイテムを配られるのを待つだけ? 自分から『異世界』のアイテムを探すことって出来るの?」
「できるぜ。正確にはアイテムじゃなく、『異世界』から紛れ込んでる闖入者を、だな。ソイツを探して、この『ブランクプラグ』に閉じ込めてくれ」
と、バロックはナッツに、ステッカーが貼られていない空のプラグを数本、渡す。
「うわー! さすが! ワカッてるなー! そうそう! これこれ!」
「まー、詳しく説明せんでも大体判る、だろ? オマエが身に着けている『プラグデバイス』の横についてるボタンを押すと『異世界探知機』になるから、ソレを使って闖入者――『異世界生物』探しをしてくれ」
「じゃあ基本的な流れは、輝空、鈴と同じか。……了解! ありがと、バロック!」
「ウム、良きに計らえ」
フンス、と胸を張って得意がるバロック(かわいい)。
……その時、ガチャリと扉が開いて、神父様が様子を見に来た。
「そろそろ終わったかね?」
「はい、今日はお部屋を貸していただいてありがとうございました」
「ヴァイオラ君のお役に立てれば光栄だが。さて、君たち3人の『アストリオン』は記憶したので、君たち専用の『
『開け、秘密の小部屋』と唱えれば、いついかなる時、どんな場所、どのような状態であっても、ここに戻ってくることができる。自由に使ってくれたまえ」
え。それは聞いてなかった。でも確かに、拠点があると、今後の活動がスムーズになる。学校の屋上とか、町外れの教会とか、都度集まるのは大変だし。
「めっっっっっっっっちゃ便利じゃないですか! ありがとうございます!!!!」
「私物置いてもいいですか?」
「構わんよ」
「やった~。鈴も色々持ってこよっと」
秘密基地が出来た3人は上機嫌。ま、そういう場所があると、童心に帰っちゃうよね。……わたしもあとで、こっそり使わせてもらおっと。
「――ただ、『アストリオン』が使える事が必要最低条件なので、遥戸君の『
「承知しました」
「もし迷った場合は、『入り口に戻る』と唱えれば、戻ることが出来る。無限に続く場所ではあるが、ここを棲家にしている悪魔が造った建造物が点在しているから、それを使っても良いだろう。中にある物品も、何か使えるものがあるのならば、持ち出して構わない。私は詳しく知らないが、古代の書物や武器、道具などがあるようだ」
「へー、ココを探検するだけでも面白そう」
「『アストリオン』で『
「なんかゲームみたい」
「尚、この空間は外界と遮断されていて、時間が経過しない。修行にはうってつけだろう」
「あれ、ほんとだ。時計が止まってる」
「このオッサンはかつて、メッチャ強力な『願い』を叶えようとして、ココに数百年籠もってた事もあるからなー」
「すうひゃくねん……」
「オマエらも試しに百年くらい、籠もってみるか?」
「……」
そういえば、とわたしも思った。前回の『王の試練』からまだ、半年も経っていないはずなのに、遥か昔の出来事みたいだ。なんだかもう、懐かしさを感じる……。
「――さて、そろそろ帰ろっかな。みんなはどうする?」
「あたしは一旦帰ろうかな。弟に晩ごはん作らなきゃなんないし」
「鈴も。門限あるから」
「そっかぁ。私は一人暮らしだし……、早速『アクマレーダー』を見ながらあちこち仲間探ししてみる!」
「フーン、いいんじゃねーかな。オレ様はそうだなあ……、基本ココで待機してっから、なんかあったら『
……。
「……えっ、わたし一人で帰るの……?」
「い、いや、ヴァイオラ、コッチには半分置いてくだけだ。半分はオマエんちに戻るよ」
「うーん……、ならいっか。抱き枕がいないと眠れないからさ……。じゃ、みんな、出ようか」
「(抱き枕……?)」
バロックが悪魔態(ぬいぐるみっぽい方)と人間態(わたしっぽい方)の2つに分離して、悪魔態の方が『秘密の小部屋』に残ることになって、人間態の方はわたしと一緒に外へ出た。みんなは口々に神父様への挨拶を交わすと、わたしたちの後を追って、教会の玄関をくぐる。
「じゃ、また学校で、ね!」
「じゃ、じゃあね、ヴァイオラ。今日はありがとう(……抱き枕……)」
「ばいば~い」
夕日が指す町外れの雑木林の林道を、新米『宿主』3人+遥戸くんが帰っていった。さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、春風にそよぐ葉擦れだけがさざめいていた。……と、その時、バロックの髪の毛が一本ピコーンと、まるでアンテナみたいにそそり立った。
「むっ」
「どうしたの? バロック?」
「ハム之介から連絡だ。なになに……。フムフム……。ほほう……」
ハム之介とは、【何者か】に操られてわたしを暗殺しに来た、委員長が飼っている使い魔だ。デコピンで返り討ちにしたら洗脳が解けて、それ以来、わたしのために委員長のもとで、スパイ活動をしてくれている。
「――委員長を操っていた【何者か】について、何かわかったの?」
「ああ。ハム之介が学校でイインチョを尾行していたところ、オマエのクラスの担任、
「教頭先生のお部屋に……? 先生と……?」
全国的にも珍しい教頭室を持つ、うちの学校の教頭先生。
「教頭の名前は確か――、
「わたしたちの『アストリオン』や『デヴィリオン』で情報が探知できないから、だね。つまり、『願いの悪魔』か『宿主』が、『何らかの手段』で情報を遮断しているってことになる」
「そーゆーこった」
『アストリオン』は『願い』のエネルギー。つまり、望みさえすれば『遠隔視』を行うことができる。……にも関わらず、学校の教頭室は暗幕が降りたかのように、中を覗き見ることができない。なので、かなり怪しいってわけ(勿論、普段は人のお部屋を勝手に覗いたりはしないからね!)。
「――【何者か】がオマエを狙ったのも、何か狙いがあるんだろう。まさか、7体もの悪魔を従える『王』を、本気で消せるとは思ってないだろーし、な」
「でも――、委員長からは明確に殺意を感じた。一体誰が、何の目的で、わたしを殺そうとしているんだろう――? たしかに、『願いの悪魔』を倒せば、その『宿主』も力を失うとは思う、けど……」
「そもそも論だが、コッチの世界でオマエが『悪魔数3』の『願いの悪魔』であることを知っているヤツは、ほぼいないハズだかんな……」
「うーん……」
わたしが腕を組んで頭をひねっていると、バロックが何か思いついたらしく、頭の上に電球を光らせながら、ギヒヒ……と笑った。
「――なんか悪いこと思いついた顔してる」
「おう、正解だ。いいか、耳かせ」
ごにょごにょごにょ……。
…………。
なるほど……、相変わらず悪知恵だけは、バロックには敵わないな。
「つーわけで、行ってみよーぜ」
***
教頭室を遠くに眺める廊下の曲がり角には、潜入捜査官・ハム之助が待機していた。
「2人が教頭室に入って、5分ほど経過しましたッ! バロック様!」
「監視ごくろう、ハム之介」
「はッ!」
『デヴィリオン』で
そう。あれこれ考えても仕方ないから、さっさと敵地に乗り込んでしまおう、という算段だ。手順はこう。
①教頭室から、先生と委員長が出てくるのを待つ
②教頭室から離れたら、2人を拉致する(危害は加えない)
③わたしとバロックが2人に化けて、何食わぬ顔で教頭室に戻る
以上。わたしたちは『願いの悪魔』なので、いくら『宿主』が相手だったとしても、正体がバレることはない。ただし、こちらから手を出すことは、『王の試練』のルール上、できない。『願いの悪魔』が『宿主』を攻撃した瞬間、わたしは『願いの悪魔』でなくなってしまう。それは避けたい(先生と委員長は『宿主』ではないので、セーフ)。
「お、出てきたぜ。ハム之介、ヤベー事になるかもしんねーから、オマエはイインチョの家に帰って、待機しとけ」
「了解でありますッ!」
スタコラサッサと古めかしい擬音を撒き散らしながら、ハム之介が退散していった。ガラリと教頭室の扉が開き、先生と委員長の2人が退室した。わたしたちはこっそり後をつける。――教頭室から30mほど離れて、2階に向かう階段の踊り場で――
「……!? ……! ……っ……」
「(ちょっと大人しくしていてね、委員長)」
わたしは、委員長の口を後ろから抑え込み、『魔眼』の力で昏睡状態にさせた。バロックも先生を……、なぜかわざわざ、クロロホルムのような薬品で眠らせている。
「よし、うまく行ったぜ。ゲヘヘへ……」
「わたしたち、完全に悪党のムーブだよね、これ……」
と言いつつ、わたしは『秘密の小部屋』の扉を開いて、その中にある一角に2人をそっと寝かせた。一応念の為、寝かせた周囲を結界で囲って、誰にも破れないように、と。……普通に犯罪だな、これ……。
「さ、行くぜ」
バロックがパチン、と指を鳴らすと、わたしは委員長に、バロックは先生の姿へと変化した。
「うおぉ……、胸が重い……。オマエとは大違いだな……」
「うーん、わたしは自分くらいのサイズで丁度いいから、別に……」
「ま、それもそーだな。オレ様も、オマエの姿のときのほうが軽くていいや。無駄口叩いてないでさっさと行こうぜ」
「ちょっと! バロックが言い出しっぺでしょ……、もう……」
教頭室の前に立つ。うむむ、と目を凝らしてみても、相変わらず中は透視できない。
コンコン、とドアを叩いて、ガラッと開ける。中には――
「おや……? どうしましたか、汀先生……。それに灯里さんも?」
教頭先生だ。先生に化けたバロックの方から(バーコードハゲだ!)という思考が伝わってくる。ああもう、顔がにやついてるから、教頭先生が訝しげな顔になっちゃってるし……。わたしは上唇を噛んで、バロックの悪口で笑っちゃうのを必死で耐えてる。
「――まだ、なにか不明な点でもあるのかしら? ミズ・フルレイ……」
教頭先生の(背もたれがついた、無駄にゴージャスな)椅子に、誰かが座っている。窓側を向いてるので顔は見えないが、若い女性の声だ。……なんだろう、聞いたことがあるような、ないような……。
「ヴァイオラ・スミレサキが生み出す『宿主』を始末してくれたら、お礼にあなたを『世界の支配者』にしてあげる。――そう言いました……よね?」
と言いながら、椅子がこちらに向き直り――、見たことのある顔が現れた……!
「(コ、コイツは……!)」
緑色の上質な生地に、赤い刺繍――プント・アンティーコ。イタリア、シチリア島の伝統的な刺繍の柄。わたしはその幾何学模様に見覚えがあった。ヨーロッパを牛耳っていた『
「(ゼルテ・エンデ……!)」
……そうだ。あの時。わたしがこの手で殺した、あの男の、……娘。
to be continued...
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