第35話 町外れの教会にて

あれから一週間。学校の屋上でみんなの黒歴史ノートを見せっこして、輝空たちと駅前に行ったあの日からだ。学校から帰ったあたしは鞄をテーブルに置き、さっさと着替えを済ませると、制服をそのへんに放り投げ、冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、一気に飲み干した。


「ふーっ」

「ねーちゃん、今日はバイト?」

「いや、今日は友達と約束があってさ。町外れの廃墟に集合だってさ」


ソファで携帯ゲーム機を操作しながら話しかけてきた中学生の弟が、どんぐりみたいなまん丸い目をさらに丸くしながら返事する。


「は!? あそこって有名な心霊スポットだろ? 化け物が出るとか、煙を漂わせたおっさんの幽霊が出るとか! ヤベェって!」

「いやそれがさ、あたしの友達の知り合いが、そこで教会をやってるんだって」

「ええーマジで? あんなトコに人住んでんの?」


怪訝な表情。まっ、あたしもヴァイオラから聞いてなきゃ、とても信じらんないけどさ。


「んじゃ、夜ご飯までには帰るから」

「おー」


なにげに3kmくらいあるから、自転車で行くか。予報じゃ降らないらしいけど、空はどんより、生憎の天気。あたしはキャップの帽子を被り、MTBのサドルに跨って、ヴァイオラ達と待ち合わせている地点へと向かった。


***


「……ここ、だよな……」


少し大きめの洋館。その建物は噂で聞くより余程きれいで、きちんとリフォームもされているようだった。端っこの方に焼け焦げたような所があって、過去に火事でもあったのかもしれない。


「ナッツ!」


輝空の声だ。見ると、洋館の入り口付近に、輝空、鈴、遥戸、そしてヴァイオラの姿がふたつ――……


「――てか、ヴァイオラ2人いるじゃん! 黄色いパーカーの方が本物で、セーラー服着てるほうが……バロック?」

「よくワカッたな。褒めてやる。ほれ、飴ちゃんをやろう」

「あはは、ありがと」


飴をもらった。って、なんだこりゃ。元の姿のほう――、悪魔姿のバロックのお顔が描かれた、金太郎飴……? 袋を開け、一つつまんで口に放り込むと、あの、あれだ。東京駅とかにある、有名な金太郎飴のお店に近い味がした。


「……美味い」


あたしがころころと舌先で飴を転がしていると、ヴァイオラが洋館の入り口にあるインターホンを押した。ピンポーンと、年代物の音が鳴る。田舎のおばあちゃんちにでも行かないと聞けないような音。ガチャリ、と黒い木のドアが開き、白髪の男性が姿を現した。


「……いらっしゃい、ヴァイオラ君」


銀縁メガネをかけ、歳は60代前後といったところか。弟が言っていた「おっさんの幽霊」とは、この人のことかもしれない。温和そうな雰囲気で、とてもじゃないが幽霊には見えないが。


「こんにちは、神父様。こちらが話しをしていた、わたしの友人たちです。ポニテの子が佐棚 輝空さん、ツインテの子が音広 鈴さん、ショートの子が猿方 那須さん、頭良さそうな男子が露舞 遥戸くん……」

「――で、ヴァイオラ君と同じ顔のもうひとりが……」

「よーおっさん! オレ様だぜ!」


神父サマは一瞬だけ神妙な表情を浮かべた。がすぐに戻り、にこやかにドアを開くと、中へ入るように促した。


「私はモディウス。ここで神父をやっている。ヴァイオラ君から大まかには話を聞いている。一先ず、礼拝堂の方で待っていてくれ」

「失礼しまーす」

「鈴、こういうトコ来るの初めて~。輝空は来たことある?」

「わ、私も初めて……。緊張するなぁ……」

「――しかし……、何か妙だな……」


遥戸ハルトが口元を手で押さえながら礼拝堂の内部を見回し、ブツブツつぶやいている。


「――そうか。ここにはあるべきものが無い。いちおう宗教画らしきものはあるけれど、十字架、偶像……、そういった、信仰に必要なものが。言われなければ、教会とは気付かないんじゃないか……?」

「そういえば、何教なんだろうね? ヴァイオラ、知ってる?」

「ええと――」


ヴァイオラが答えようとしたとき、神父サマがお盆に人数分の紅茶を載せて現れた。一つだけコーヒーみたいだ。それを運んできて、礼拝堂の前の方に設置されたテーブルへと置いた。そういえば、このテーブルもなんだか、変な感じだ。うまく言えないけど、教会っぽくないっていうか……。


「ありがとうございます、神父様」

「ヴァイオラ君はコーヒーで良いかね。友達は好みが判らないので、ヴァイオラ君にもらった紅茶を淹れさせてもらった」


どうも、頂きます~、と口々に返事するあたし達。スミレの香りがする紅茶だ。神父サマはコーヒーを口に運ぶヴァイオラに声をかける。


「――フム。この教会が何のために在るか、は話しておらんのかな?」

「まあ、そりゃ言わないですよ。こう見えて口は固い方ですから。というわけで、神父様から説明お願いします」


歳がかなり離れているのに、まるで旧友と話すみたいに喋るヴァイオラ。一体、どういう関係性なんだ? この2人……


「――私の仕事は、悪魔祓いだ。立場上こういう格好をしているが、特定の信仰があるわけではない。よって、この建物も、便宜上存在しているだけ、というわけだ」

「……成程、納得がいきました」と、遥戸。


「悪魔祓い……! あ、あれ!? でも、ヴァイオラとバロックって、悪魔なんですよね……!? だ、大丈夫なの!?」と、輝空。

「確かに。本当だったら敵同士のハズだよね。でも、友達っぽいっていうか……」


行儀悪く足を組んで、カップをずずーっとすするバロックが答える。


「あー、このおっさんも『願いの悪魔』の『宿主』だったからな。前回の、な」


……。


「え」

「ええーっ!?」

「し、し、神父サマなのに……!? 悪魔の『宿主』!?」


驚くあたしたちを尻目に、ヴァイオラは笑いながら話す。


「しかも、わたしと三回も本気で戦ったんだよねー」

「あんときゃヴァイオラがギリ勝ったけどよ、メチャクチャ強えーからな、このおっさん。オメーら、敵じゃなくて良かったーっ! て思うだろーぜ」

「フフ……」


ゆっくりと、神父サマの方を見る。さっきまでと変わらない微笑みを静かに湛えているが、よく見るとなんか目が笑ってないというか、ヴァイオラみたいに瞳がぼんやりと光ってるような感じがする。怖……。


「……ヴァイオラ君には借りがあるのでね。今日は『願い』の実験をすると聞いた。ここにはちょうどよい部屋があるので、君たちの自由に使って構わないよ」

「わ、わかりました……」

「その部屋の名は、『秘密の小部屋』という。あの扉から入室したまえ。私はこの建物にいるので、何かあったら声を掛けてくれ」

「ありがとうございます」


ヴァイオラはコーヒー飲み干すと、音も立てず丁寧にテーブルへと置き、すっと席を立った。


「じゃ、みんな、行こっか」


バロックが雑にガチャッとテーブルへカップを置いて、ヴァイオラについていく。同じ顔してるのに、態度が違うってだけで、完全に別人にしか見えない……。


「あ、あれ!?」と、輝空が素っ頓狂な声をあげる。

「このドア、裏側がない……!?」


本当だ……! まるで、アレだ。みたいに、扉単体で存在していて、壁にくっついてない。でも、ヴァイオラがその扉をカチャリ……と開くと、向こう側には白い床と星空の瞬く、向こう側が見えないくらいに広い空間が存在していた。


「さ、どうぞ」


……あたしたちは、恐る恐る、ヴァイオラとバロックの2人にくっついて、その『秘密の小部屋』へと足を踏み入れた……。


***


「オマエたち、正式に『宿主』になる前に、一つ言っておく」


バロックが腰に両手を当てて仁王立ちしながら、偉そうに言った。


「なになに~?」

「ま、まさか、魂を取るとか、そういう……」

「ちっげーよ、バカ。『願いの悪魔』はそーゆーチンケな商売はしねーんだ。逆だ、逆。フツーは『何でも願いが叶う』なら、真っ先に願う『願い』があんだろ。少年、オメーわかっか?」


バロックが遥戸に質問する。


「……『不老不死』かな? 錬金術の時代から現代に至るまで、権力者たちは、人知れずその研究に莫大な資金をつぎ込んでいるっていうし、ね……」


ヴァイオラが「おぉ~」と声をあげ、バロックがニヤリと笑う。


「正解だ。やるじゃねーか。まー要するにだ。みんな同じ『願い』になっちまったらつまんねーだろ? だから『願い』を叶えた時点で、オメーらは『不老不死』扱いになる。飽きたら途中解約しても構わねーぜ」

「ふ……、不老……不死!?」

「で、でも、でも、病気とかになったら……」

「……あ~、言い直すわ。『健康で不老不死なうえ、怪我しても傷まず、秒で治る』ってこった。仮にどんなチート能力者に消滅させられたとしても、健康な状態で無限にリスポーンするぜ。他にもなんか心配なことあっか?」

「……!」


あたしたちは言葉が出ない。……と、ヴァイオラがそこに一言添えた。


「今の所、一つだけ例外があって、他の『宿主』の『願い』が、みんなを傷つけようとするものだった場合に限って、痛みや、ダメージを受けることがあるんだ」

「――だな。で、それを防ぐ手段っつーのが、『願いのエネルギー』を操る技術。『アストリオン』だ」


ヴァイオラが左の手のひらを上に向けると、エメラルドグリーンの光が球状になってふわふわと漂った。これは……そう、この間屋上で、委員長がヘンになったとき、ヴァイオラが使った技と同じ光だ。


「バロックに、みんなの『願い』を叶えるアイテムを作ってもらったんだ。それを身に着けた時点で、3人はわたしの『宿主』となり、『不老不死』になって、『アストリオン』を操れるようになる。唯一のリスクは、他の『宿主』から狙われる可能性が生まれること。他にも、想定外の何かが起こるかもしれない――」


と、そのとき、鈴が。


「その話は聞いたからOKかな~。何かあったら対応よろしくね~」


輝空は……。


「私は、覚悟してる。悪いやつが来たら、私、戦う……! そのために『願い』を叶えるんだから……!」


不老不死、か。そんな事も可能なのか……。よくある話だと、永遠性のある『願い』は却下、みたいなのが多い。あとは、無限に『願い』を増やし続ける事だとか。でも、バロックもヴァイオラも、そんなことは眼中にないらしい。……そんな、特権のような力、あたしなんかが受け取ってもいいんだろうか……。


「……あたしは、正直、今、迷ってる。本当に、あたしでいいのか……、もっと、使うべき人が、『願い』を叶えるべき人がいるんじゃ……」


ヴァイオラが小さく首を横にふる。


「そう考えることが出来る人だから、ナッツは今、ここにいるんだと思う。ナッツに託した、わたしを信じて」

「……!」

「ま、小難しく考えず、とりま使ってみてくれや。コレはオメー専用だかんな」


バロックが、銀色のスーツケースを押し付けてきた。それを開くと、腕に巻くアイテム……、あたしが想像していた、『プラグデバイス』と、それに装填する『異世界プラグ』が3本、そこに収まっていた。手に取ると、金属の冷たい質感とともに、少し重い腕時計、くらいの重量、実在感がある。――あたしは、ギュッと胸にそれを抱えて、抱きしめた。


「……わかった」

「あ~~~~~、ナッツだけずるーい。鈴にもちょうだいよ~!」

「もう、鈴ったら……」


と言いつつ、輝空もふくれっ面でこちらを見ている。


「ったくよ、仕方ねーヤツらだぜ。ほれ。ポニテにはコイツだ。いわゆる魔法のステッキと――、あと、コイツはサービスだ。やるよ」

「なにこれ? スマホ?」


輝空は目を輝かせながら、バロックから受け取ったステッキとスマホを眺めている。


「オメーは『アクマージ』っつう敵を倒さないと、能力ゲットできねーだろ? けど、勝手に敵を町中に沸かす訳にもいかねーだろ。で、オレ様は考えた。そのスマホに入ってる『アクマレーダー』で、すでに現実世界で悪さをしている、悪魔だの何だのを探すといいぜ。ソイツらを倒したら、ソイツらがオメーの使い魔になり、能力となる。あとは実戦でチュートリアルすっからよ」

「うーん、よくわかんないけど、正義の味方っぽい……! 了解!」


続いて、バロックは鈴にアイテムを渡した。


「オメーにはコイツだ。このメガ・ブレスを身に着け、『機械』をタッチしながら、『新造悪魔生成メガル・ジェネレイト』と宣言することで、その機械に擬似的な魂を宿し、『メガル』を生み出すことができる。『メガル』を生み出せるのは【人間大のサイズ】、使用できるのは【一度に一体まで】で、『メガル』は『悪魔使い』が使う『使い魔』同様に扱う事ができる。『機械』を一台用意しといたんで、あとで、実際に試してみてくれや」

「オッケ~」


最後に、遥戸。……遥戸? 遥戸は『願わない』って言ってたハズだけど……


「で、少年。オメーにも実は一つ、サプライズがある」

「僕に?」


ヴァイオラが、遥戸に自分のスマホを渡す。誰かと通話状態になっているみたいだ。


「――! ……はい、はい、……わかりました。……それでは」


プッ、と通話を切る遥戸。一体誰と話していたんだろ。


「他のヤツらにはまだ内緒な。NDA的なのがあっからよ」

「わかった」

「いや、鈴には全然わかんないんだけど!」

「オメーらにもいずれ話すからよ」

「ふーん、まあいいけど。それで、あたしたちはこれからどうすればいい?」


と、あたしはバロックに聞いてみた。


「そんなのは決まってんだろ。さっきから言ってるように、でチュートリアルだ。イマドキの若ぇーのは、最初にガッツリチュートリアルしたほうがお気に召す、だろ?」

「(わたしは全部ぶっつけ本番だったけどね……)」

「でも……実戦、って、今から戦うの!? 一体、誰と……?」


あたしはキョロキョロと『秘密の小部屋』を見回した。チュートリアル用のマネキン、なんてあるはずもないし。


「クックック……、オレ様が相手してやっからよ。光栄に思えよ」


バロックが、ヴァイオラの顔でとびっきり悪い顔をしながら、ニヤニヤと笑っている。……やっぱりやめようかな?



***


「お願いしますっ!」


最初は輝空の番だ。


「よーし……。って、どうすれば変身できるの? コレ?」

「まずオマエの場合は『アクマレーダー』で雑魚悪魔を探して、その『ステキステッキ』に封印する必要がある。つうわけで、コイツを用意した――」


セーラー服姿のバロックが、いつのまにか取り出した小瓶の蓋に指をかける。ぽん! と蓋が勝手に空いて、中から一体のモンスター? が飛び出した。


「ニ……、ニャッ!?」

「きゃっ! ……えっと、三つ目の……くろねこちゃん?」


この世のものではない生物……といっても、委員長のハムスター、バロック、あと一応ヴァイオラを見ているので、ちょっとびっくりしたけど、結構冷静。輝空もそんなには驚いてないみたいだ。


「ま、そんなとこだ。コイツはオレ様がそのへんで捕まえたノラ悪魔だが……、子供を驚かす程度の、可愛い悪戯をするくれーのヤツなんで、安心していいぜ。その『ステキステッキ』の先端を向け、こう叫ぶんだ。『アクマージ、封印!』……ってな」

「(その設定は残ってるんだ……)」

「よーし、いくよ! ノラちゃん!」


輝空がステッキを三つ目猫に向けて叫ぶ。


「『アクマージ、封印』っ!」


すると輝空の全身がバラ色の光に包まれ、半透明の花びらが舞い散るように光が弾け飛び、三つ目猫に向かって飛んでいき、ボール状になって捕縛した。


「ニャーッ……!」


バラ色の粒子がシュパン! とステッキの内部に吸い込まれ、三つ目猫の姿が消えた。たぶん、これで封印完了、ということなんだろう。


「よし!」

「上出来だ。そんじゃ次に、ステッキに浮かんでいる『名前』を確認しな」

「あ、あれ? 見たこと無い文字だけど、読める……。『ミッツ=メイ』?」

「さっきのノラ悪魔の名前だ。さ、出してみな」


輝空がゴクリ、とつばを飲み込む。


「でてきて、『ミッツ=メイ』!」


再びステッキがバラ色に輝き、先端から光の玉がパシュッっと放たれると、先程の三つ目猫……。じゃなくて、三つ目で猫耳の……女の子!? なんだろ、大正時代っぽい、ロングスカートのドレスを着てる。雰囲気だけみると、小学生くらい。お尻からしっぽが生えている。


「いった~……。乱暴なんだから……。おかげで変化が解けちゃったじゃないの」

「とま、こんなカンジだぜ。大抵何かに変化してっけど、本来の姿に戻る」

「ほぇ~……」


輝空が呆然としているなか、そのミッツ=メイがものすごい形相で怒りながら、バロックに詰め寄った。


「ちょ、ちょっとアンタ……! 『願いの悪魔』だかなんだか知らないけど、メイをこんなニンゲンの練習台にするなんて、ひどいじゃない!」

「お、おう……、わりーわりー。ま、よかったら、コイツの使い魔になってやってくくんねーかな? その代わりと言っちゃ何だが、オレ様の権限でオメーを、上級悪魔にランクアップさせてやるからよ。ほれ」

「……!」


バロックが指差した瞬間、ミッツ=メイがボッと虹色の光に包まれた。前に、ヴァイオラが言ってた『デヴィリオン』というやつだと思う。『願いの悪魔』だけが使える、高純度な『願いのエネルギー』……だったかな。


「今からオメーは『願いの悪魔・補佐官』だ。コイツの使い魔でいる限り、『デヴィリオン』が使用できる。ま、悪いハナシじゃあねぇだろ?」

「え、ほ、ほんとに……?」


ミッツ=メイが手のひらの上に光を集中させると、大きな赤い宝石のルースが出現した……! 一体何カラットあるんだろう……、真っ赤なルビーのようだ。


「うわぁ……、えへへ……」

「メイちゃん、私と一緒に戦ってくれる?」

「……し、仕方ないなぁ……。よ、よろしく……」


メイは感情を隠せないタイプみたい。しっぽがぴーんと立って、先端がぷるぷると震えている。猫がめちゃくちゃ喜んでいるときの仕草だ……。


「次に変身だ。使い魔を出している状態でこう叫べ。『魔星装纏スター・ドレスト』!」

「……わかった……!」


輝空がステッキを構え、叫ぶ。


「『魔星装纏スター・ドレスト』っ!」

「にゃにゃっ!?」


するとミッツ=メイの身体がバラ色の光に変わっていき、光の粒子となって輝空の身体の周囲に漂うと、今度は輝空の身体が輝きだして、全身のラインが顕になった。アニメでよく見る、魔法少女の変身シークエンスのようにして、赤いドレス状のアーマーが装着されていく……。そう、子供の頃の輝空が描いた、あのノートに描かれたイラストのように……!(顔だけ、フルフェイスメットになってるけど)


「これが……! 私の……! 変身!」

「ちょっと! メイも勝手に巻き込まれてるんだけど!?」

「ってなカンジで、使い魔をアーマー化して装着するんだ。ステッキがそのまま武器として使えるが、徒手空拳の方が強いかもしんねーな」


カンカン、と輝空が顔を叩く。


「あれ、顔は出ないの?」

「あー、オレ様の経験上、正体は隠しといたほうがいいと思ってな。まず間違いなく悪い奴らに私生活荒らされちまうからな」

「そっかー、じゃ仕方ないね」

「固有の能力は、今装着している使い魔によって変化するが、どんな能力なのかは、あとでオメーラで確認してくれ」

「はーい。メイちゃん、帰ったら色々試してみよっ!」

「わかったわ」


大きなリボン付きの、フルフェイスヘルメットをかぶった魔法少女……。魔法少女っていうよりは、特撮ヒーローものに出てくる、ヒロインが変身した姿、と言ったほうがしっくりくる、かもしれない。ま実際、アニメじゃなくて、目の前で友達が変身してるせいもあるかな。


「そんじゃ、次はオメーだ。ツインテ!」

「鈴の番だ~。待ってました~」

「使ってもらう『機械』は、コイツだ」


眼の前の空間にノイズが走り、ぐにゃりと空間が歪んで、一体の機械?が現れた。古いマスコットキャラクターのような形をしている。


「えっと……これは……、ロボット……?」

「あー。よく観光地にあるだろ? 音声案内するヤツ」

「壊れてんじゃん。大丈夫なの、コレ?」

「色々考えたんだが、機械は基本的に誰かの所有物だろ? だから勝手に『メガル』化すんのもどーかなぁ、と思ってな。だったら、ぶっ壊れてれば問題ね―だろ。それに……」


バロックがぺしぺし、とロボットの頭を叩く。


「付喪神、って知ってっか? オマエラも経験したように、生物には『願いのエネルギー』が備わっているのだが、機械にそれが乗り移ることがあるんだな。そんで、まるで生き物のように、意識のような『何か』が芽生える……」

「つまり、そういうコを探して、『メガル』化するってコト?」


バロックがうんうん、とうなずきながら、ぺらぺらと喋りだす。


「そーゆーコト。『メガ・ブレス』にもレーダー機能付けといたんで、周囲に使えそうなブッ壊れた機械があれば、オメーの網膜に直接表示される、っつう仕様だ。具体的に説明すると、『メガ・ブレス』に内蔵されたナノマシン群体がオメーの体内に注入され、血流を利用して全身に行き渡り、眼球内の光受容体に直接信号を送ることで――」

「鈴、よくわかんないから、とりあえず試してみるね~。『新造悪魔生成メガル・ジェネレイト』」


鈴の身体が、レモン色の輝きにうっすら包まれて……、タッチした手のひらから、ロボットへとそれが伝わっていく。さっきバロックが言ってた、擬似的な魂を注入する、というやつだろうか。ブン、という音がして、ロボットが再起動した。パリパリ、チリチリと放電するような音が聞こえる。


「……おはようごザイマス、ご主人様」

「おっは~」

「うわ、動いた! 鈴のは、レモン色の光なんだね」

「……あー、それが『アストリオン』だ。アイテムを装着した段階で発現するぜ。赤系統は『破壊』で、黄系統は『現象』を起こしやすい、っつーことが判ってる。ツインテ、オメーの『アストリオン』は『電気』みてーだな」

「ふ~ん」

「……えぇ~、鈴、反応薄っすー。『電気』っていったら、主人公が使う力っていうのが定番じゃん。あたしが欲しいくらいなんだけどー」


と、あたしがつぶやくと、バロックはニヤリと笑ってあたしを見る。


「オーケー。じゃ、次はオメーだ。さっき渡した『プラグデバイス』を装着しな」

「わ、わかったよ!」


スーツケースから、鈍い銀色の光を反射する、縦長のデバイス。少し重みがあり、固く滑らかで、ひんやりとした金属の手触り。二本のバンドを左手首に通すと、自動的にスッと丁度よい締め付け具合になり、軽く振っても微動だにせず、重さを全然感じなくなった。


「手動でカバーを開け、『異世界プラグ』を一本だけ挿せ」

「よし、じゃあコレだ!」


あたしは腰に装着したホルダーから、『フューチャー/テック』のプラグを取り出す。これは近未来の世界と、超科学の力を宿したプラグ。側面にスイッチらしきものが付いていたので、目の前に掲げて、そいつを押す。――思った通り、軽快なEDMとともに、ラップ調の合成音声が流れ出した。


「『サイファイ! ゼンカイ! カガヤクミライ! フューチャー/テック!』」


そうそう、これこれ……。バロック、ワカッてる……。そうなんだよな。変身アイテムはこういうギミックがあってこそ。あたしは思わず感動してしまい、目をつぶって数秒間、余韻に浸ってしまった。


「……次に、『武装装纏アーム・ドレスト』と宣言すると、アーマーが装着される。別に『変身!』でも構わねーけど」

「おーし……」


やはり『変身』といえば、変身ポーズは欠かせない。あたしはこっそり練習していた、自分専用の変身ポーズを取る。ババッ!と 左半身はんみに構え、左腕をまっすぐ伸ばし、右手は指を伸ばした状態で左肩の上に、その状態で宣言する。


「『武装装纏アーム・ドレスト』ッ!」


と同時に、左手を引きながら、右手で『プラグデバイス』のカバーを閉じる。これで、『異世界プラグ』の装填が完了して、変身シークエンスに入るんだ。

――そして、輝空と同じように、でも違う色の――『藍青』色の粒子が、あたしを覆い尽くし、次の瞬間、全身がボディースーツに包まれた。ガシン、ガシン、とアーマーが装着される感覚があり、同時に視界が戻ってきた。


「おぉ……」


自分の右手を見ると、指と甲に装甲板が付いたガントレットを嵌めている。右腕側には、ネオンブルーのラインが入ったシンプルな肘当て、腕当て、肩当てが。左腕側はシンプルで白っぽい未来的なスーツ形状になっていて、ネオンブルーのラインが細かく入っている。なるほど。右半身はアーマーで、左半身がスーツなんだ。フェイスガードも右半分だけあって、世界観を表す装飾となっており、左半分は仮面のようだ。


「よし。特殊能力はプラグの性能に依存するが、能力を使いたいとき、特別な操作は必要ない。感覚的にできるはずだ。やってみな」

「『フューチャー』の世界……」


あたしがそれを思い描くと、目の前に青く輝くワイヤーフレームが浮かび上がって、縦長の楕円形をした白い板が構築された。中央のエネルギーコアからシュバッと青いラインが表面に走り、空中にふわりと浮かぶ。ホバーボードだ。


「あー、近未来といったらソレかい。例のバイクかと思ったわ」

「ははっ、あたし、免許持ってないしねー……」


と、鈴がそこに割り込んできた。


「ねぇねぇ。鈴もヘンシン、してみたいんだけど」

「おー、いいぜ。そーくると思って、『メガ・ブレス』にギミック仕込んであっからよ。『新魔装纏メガル・ドレスト』だ。『メガル』を出している状態で……」

「わかった~。『新魔装纏メガル・ドレスト』!」


バシバシッ! と火花が散って、ロボットがレモン色の光に変換されていき――、鈴の周辺にアーマーの部品として再構築された次の瞬間、カシィン……と装着された。全身が銀色のスーツに包まれ、ツインテールがそのまま角のようなデザインになり、悪魔使いというよりは、金属でできた悪魔のロボット兵士、といった印象を受ける。


「――って、オマエ、オレ様の説明くらい聞き終わってからヘンシンしろよな……。ま、基本的には輝空と同じように、『装纏ドレスト』した『メガル』によって、固有の能力が変化する。今のオマエは特に能力がない、いわゆるってヤツだな。その分『アストリオン』の消費は少ねーから、ソイツを起点にヘンシンするといいぜ」

「はーい」


ふう、とバロックは一息つくと、腰に手を当てて仁王立ちした。


「これでオマエラ三人とも、ヘンシン完了したってわけだ。っつーわけで、今から実践練習に入るとするぜ。ククク、覚悟しろよ……」

「うへぇ、お手柔らかに……」

「じゃ、行くぜ――」


バロックが懐からゴソゴソと赤い宝石を取り出し、ヴァイオラと同じ細くしなやかな指で、それを目の前に掲げた。


「『紅蓮悪魔装纏ヴァーミリオン・デヴィル・ドレスト』」


ヴァイオラ姿のバロックからまぶしい赤い光の輝きが放たれて、あたしは思わず目をつぶった。スーツを着ているのに、真夏の太陽に照らされたみたいに、肌がちりちりする。


「フゥ――……」


光が落ち着いていく……と同時に生温い風が頬をかすめ、全身を赤黒い甲冑――、羽のような形のチェインメイルと、鷲の爪のような肩アーマーに包まれたバロックが、そこに立っていた。猛禽類のクチバシみたいなヘルメットのガード部分が開いて、本来のバロックに似た眼がそこから覗き、日本刀のような剣を背負った背中へ、真っ赤なマントがバサッと翻って……! 明らかにヤバい雰囲気が漂っている。


「コレが、オレ様の最強フォームだ。オマエらの技はダメージ通らないから、思いっきしやっていいぜ。三人まとめて掛かってきな」

「よーし、行くぞ!」


ヴァイオラがあたしたち三人に向かって、声を掛ける。


「みんな、頑張れー!」


その屈託のない笑顔に、あたしは少しだけ、……見とれてしまった。




to be continued...

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