第33話 三等分の願い主

高層とかじゃない、普通のマンション。入り口に設置されているインターホンの鍵穴に家の鍵を挿し、右に90度ひねる。と、自動ドアがウィーンと開いて、入館できる仕組み。うちのメールボックスを確認すると、チラシやDMがいくつか入っていた。


(スーパーのチラシ、ピザ屋さん……。それと……)


一枚の封筒には、佐棚 輝空きあ。私の名前が印字されている。小学生の時にやってた、通信講座のお知らせだ。


夕暮れの校門でヴァイオラ達と別れて、私たちはそれぞれ家路についた。春の気配と冬の残滓が混ざり合い、わずかに冬が優勢といったところ。ヴァイオラみたいにタイツを履いた方がお腹が冷えないんだろうけど、黒い普通のスクールソックスが私にはなんだか似合っているような気がして。


「ただいま」


四階でエレベーターから降り、端っこの角部屋に家の鍵を挿し込む。カタン、と音がして、扉が開いた。パチッとスイッチを押したら、LEDの光によって、白い壁と天井の部屋の中が照らし出される。先ほどまでの慌ただしさが嘘のように、静けさが漂っている。大型量販店で揃えてもらったシンプルな家具に囲まれた一人暮らし。パイン材の天板とパイプで作られた机に、ノートPCと卓上ライトだけ置いてある。


「はぁ~あ」


鞄と封筒を机に置き、車輪と背もたれのついた椅子に腰掛け、両手で頬杖しながらため息をついた。スマホの画面には今日のメンバーで構成されたグループが作成されていて、さっそく、トークルームに招待されていた。


 *すず

   グループ作った


 *ナッツ

   はや


 *ヴァイオラ

   すずちゃんありがとー! じゃ、待ってるからー


遥戸くんは返答なし。ま、既読ついてるから見てるんだろーな。下校した後、一旦家に帰って、着替えてからヴァイオラの家に集合することになったんだ。「了解!」というスタンプを送信しながら私は、今朝のヴァイオラが話していたことを思い出す。


「何でも『願い』が叶うとしたら、何を願う?」


何でも『願い』を叶えてくれる、『願いの悪魔』。まさか自分が『願い』を叶えてもらう立場になるとは。ヴァイオラの家に集まることになった理由。それは、私たち四人のうち、もし本当に叶えたい『願い』を持っている人がいるのなら、ヴァイオラが叶えてくれることになったからだ。それが嘘じゃない事は、夕暮れに染まったヴァイオラの目を見た瞬間にわかった。


「……私の『願い』……か」


私の場合。願いというよりは、『夢』。誰にも話したことがない、私だけの秘密。それをみんなの前で口に出すだなんて。そのこと考えると、恥ずかしくて手に汗が滲み、どきどきと心臓が高鳴り、居ても立っても居られない気持ちになる。机に突っ伏して思わず唸る。


「ううう~~~……」


他のみんなはどうなんだろ。

……と、こんな事をしている場合じゃなかった。早く行かなきゃ。みんなを待たせちゃうな。机から立ち上がり、ばたばたと制服から普段着に着替える。そのへんで買ったワイドパンツに白いトレーナー、黒いMA-1とベージュのキャップ。帽子の後ろ側から、ポニーテールの尻尾が生える。ショルダーバッグを斜めがけにして、スマホをしまう。そして玄関で、つま先が白い、黒地のハイカットスニーカーを履いた。何の変哲もない、普通の女子高生のできあがり。


「……いってきまーす」




――O町の入り組んだ住宅地の一角に紛れ込んだ、赤い屋根の一軒家。2階建てで出窓がひとつあり、そこがヴァイオラのお部屋だ。休校になる前に一回だけ来たことがあって、すみれのハーブティーを淹れてもらったんだった。ヴァイオラは、かわいい見た目に似合わず、1対1で戦う系のゲームが好きみたいで、なんだか意外だった。


 *きあ

   ついたよ


 *ヴァイオラ

   鍵あいてる いま家の人いないから、そのまま入っていいよ!

   二階ね!


取っ手を掴み、軽く力を入れると、音もなくドアは開いた。他の三人はまだ来てないみたい。スニーカーを脱いでヴァイオラのローファーの隣に並べ、すごい小声で「おじゃましま~す……」と言いながら、北欧の家具が並んだリビングを抜け、二階への階段をトントン、とのぼる。二階の廊下の奥の部屋が、ヴァイオラの部屋だ。


「ヴァイオラ、来たよ~……」

「おう」


いた。椅子に腰掛けたヴァイオラは赤いリボンのついた、黒い制服姿だった。あれ。着替えてから集まるっていう話しだったはずなのに。しかも、足なんか組んで、普段のイメージと全然ちがう。あとなんか、表情が、こう……。いつもみたいにニコニコしてなくて、しかめっ面してる。


「やっと来たか。あと三人来るんだよな。ま、そのへんに座っててくれ」

「う、うん……」


なんか喋り方がヘンだな……。と思いながら私はカーペットのひかれた床に正座した。ヴァイオラをちらっとみると、机の上にあるハムスターのカゴを睨みつけながら、何か考え事をしているみたい。


「あ! 輝空きあ! いらっしゃい! トイレ行ってた!」


急に開けっ放しのドアの方から、ヴァイオラの声がした。そこには、黄色いパーカーにデニムのハーフパンツ、黒いタイツを履いた、普段着のヴァイオラの姿が。

私は机の方を二度見する。そちらには、制服姿のヴァイオラがいる。

もう一度、ドアの方を見る。やっぱり、普段着のヴァイオラがいる。


(え!? 双子!? ドッキリ!?)


それとも、悪魔だから、分身なんてお手の物、だったりするのだろうか。私が驚いた顔のまま2人を交互に繰り返し見ていると、普段着のヴァイオラが口を開いた。


「あ、ごめんごめん! 本物のわたしはこっち。そっちは相棒のバロック」

「ああ、そっか。オレ様はバロックってんだ。よろしくな。ヴァイオラと同じで、『願いの悪魔』だぜ。オレ様の方が先輩だけどよ」


なんだ、別人か……。よく見ると、制服のヴァイオラの方は頭髪が一本、ぴょこんと立っている。あと瞳孔が真っ黒で輝きがない感じだ。本物のヴァイオラは灰色がかった緑色の瞳。もっともそれ以前に、本物は表情が優しいのですぐに判別はできた。


「よ、よろしく……。私は輝空きあ。でもバロックは、どうしてヴァイオラの姿なの?」

「人間の姿の方が何かと動きやすいしなー。ま、細かい事は気にすんな!」

「バロックについて、詳しいことはみんなが来てから話すよ。……おっと、噂をすればなんとやら、かな」


ヴァイオラがスマホを確認すると同時に、私のにも通知が来た。他の三人が同時に到着したらしい。ヴァイオラが私の時と同様に、LIMEに返信を返す。制服姿のヴァイオラ……もとい、バロックは机で悪態をつきながら、ふわ~ぁ、と大きなあくび。口の中はキバだらけだったり……ということはなく、虫歯一つない、綺麗な歯が並んでいた。


「おいーっす」

「こんにちは~! ヴァイオラ! 入るよ~!」

「失礼します」


ナッツ、鈴、遥戸くんの声が順番に聞こえる。その声に私はなんとなく、青、黄色、グレー、の色を感じた。その三人の足音が廊下を通り、階段を上がって、この部屋へと近づいてくる。ヴァイオラは立ったまま室外に顔をひょいと出し、こっちこっちと手を振っている。


「入ってよ」

「おじゃましまー……」


部屋に入るなり三人が硬直した。私と同じく、ヴァイオラが二人いることに戸惑っているのだ。


「……」


ショートカットのナッツは、スキニーなデニムにトレンチコートを羽織り、知らない人が見たら男の子と勘違いしそうな雰囲気(実際、女子ウケがすごい)。鈴はピンクブロンドのツインテに、ドクロマークつきの黒いぶかぶかフーディから細い足が生え、パステルカラーの柄物タイツという怪しげないでたち、遥戸くんはアッシュブラウンのマウンテンパーカーに襟付きの白いシャツ、ゆったり目の黒デニムという、清潔感ある佇まい。


――と、私が三人の私服を眺めながら数秒が経過し、ナッツが人差し指を2人のヴァイオラの間で行ったり来たりさせながら、とうとう口火を切った。


「なんでヴァイオラが2人いるんだ!?」

「輝空!? これってどういう……!?」

「……双子……?」


ナッツと鈴が驚いている中、遥戸くんは顎に手を当てて真っ当な推理を口にしている。どう考えても絶対に当たらないけど。


「あー、とりあえずテキトーにその辺に座ってくれ」


制服を着た方のヴァイオラ(バロック)が、さっきの私と同じように、三人に対して座るように促した。悪戯っぽい顔でにこにこ笑っていたヴァイオラに向かってバロックが顎でクイクイ、と合図を送る。ヴァイオラははいはい、と頷いて、私たち四人に詳しいことを説明しはじめた。


「――わたしは元々、普通の人間だったんだ。ある日、そこの『願いの悪魔』――、バロックに出会って、わたしは『3つの願い』を叶えてもらった。悪魔の『宿主』になった、ってわけ。そしたら、厄介なことに巻き込まれちゃって」

「オマエら、去年の秋から、全世界に奇病が流行ったの、覚えてるか? 手の甲にヘンな『痣』が浮かび上がってただろ?」


私たち四人は顔を見合わせた。ナッツが返事をする。


「そりゃまあ、学校も休みになったし、覚えてるよ。な、鈴」

「でも、それがどうしたの? なんか関係あるの?」


ヴァイオラが肩をすくめて、やれやれ、といったポーズを取る。


「実はあれ、わたし以外のとある『宿主』が『全人類を滅ぼす』って願ってたんだ」

「オマエら、

「え……」


わたしはびっくりしすぎて声がでない。

鈴が質問する。


「で、でも! みんな治ったし、なんともなかったよ……」

「ヴァイオラがソイツを倒したんだよ。結果として、『全人類を滅ぼす』っていう『願い』は消えてなくなった。ただし、その代償として、力を持ちすぎたコイツは、人間であることを放棄せざるを得なくなり、悪魔になっちまった、……ってワケだ」


……嘘。そんなことって……ある?


「……ま、人間か悪魔か、なんて小さいことだよ。わたしはわたし!」


ヴァイオラは、いつものヴァイオラだ。

とてもじゃないけど、そんな事があったなんて、すぐには信じられない……。

でも、実際、さっき見たヴァイオラは、確かに……。

頭が追いつかない。


「すごいな、君は……。 ありがとう、というべきか……」


遥戸くんが言葉少なに感謝を述べた。続けて遥戸くんは意見を挟む。


「しかし、とすると、『願いの悪魔』は他にも複数存在して、必ずしも良い『願い』をするわけではない、ということになる?」

「ほー。オマエ、なかなか賢いじゃねーか」

「そうなんだ。『願いの悪魔』は全部で7体。しかも、どんな悪魔で、誰が『宿主』なのか、解らないんだ」


ヴァイオラがうんうん、と頷きながら返答する。そうか……、全人類を滅ぼすような、悪魔のような『願い』を叶える人がいたなら、自分の『願い』を叶えている場合じゃないのかも。私たちが思っていたような、何でも『願い』が叶う! ラッキー! みたいな、単純な話じゃない。


「そう。オマエの考えている通り。ヤバい『願い』をしようとする『宿主』は必ずいるし、ソイツを止めるヤツだっているさ。『宿主』同士はごく自然に争い合う宿命にある。オレたちもそうだった。戦うつもりはないのに、ずっと誰かと戦っていた。それで結局、ヴァイオラが勝ち残り、『王』になった」


バロックがニヤリと笑いながら、私の考えている事に返事をした。考えていることが伝わっているんだ……! 見た目はヴァイオラそっくりなのに、このコも本当に悪魔なんだ……。ヴァイオラがバロックに続けて話す。


「それが『王の試練』っていうんだって。最後に勝ち残った『宿主』の『願いの悪魔』は次の神様になり、王となった『宿主』は、どんな望みでも叶えられる……!」


鈴が首を傾げながらヴァイオラに聞く。


「でも、ヴァイオラは『王』じゃなくて、悪魔になっちゃったんでしょ?」

「そうなんだよ! だから、わたしが勝ったのは無効です、って言われてさ! ふざけんなって思ったよ! マジでさー! 腹立つなぁ。しかも、『願いの悪魔』の役目まで押し付けられて……」

「……とにかく、『宿主』になるリスクは高いってわけだ」


遥戸くんがヴァイオラの愚痴を聞きつつ答えた。でも、遥戸くんの言う通りだ。それと、一つ気になったことがある。


「じゃあ、ヴァイオラはどうして、『王の試練』……だっけ? それを続けたの?」


その質問にヴァイオラはゆっくり目を閉じて、静かに微笑んだ。


「もちろん、正義の味方……って柄じゃないよ。『宿主』のなかに、大事な人たちがいたんだ。でも、わたしを助けるために、……死んじゃったんだ。

どうしても、生き返らせたかった」

「……!」

「オレたちは復活を試みたんだけど、ソイツらも今のヴァイオラと同じように悪魔化しちまってて、通常の『悪魔の願い』では、蘇らせることができなかった」

「……だから、『王の試練』に勝とうとした……ってことか」


ナッツの問いに、バロックは天を仰ぎながら、吐き出すように返事をした。


「ま、そーゆーこった、な……」

「……」


私は鈴、ナッツの顔を見る。2人とも決意した表情で、うん、と頷いた。さっきと同じように、ナッツが最初に口を開いた。


「わかった。あたし、『願い』を叶えたい。ヴァイオラのこと好きだし、助けたい」

「鈴も同意。でも、鈴は元々、お願いしようと思ってたから。どっちみち同じだし」

「……私も。だって、世界を救ってくれたんだよね。だったら、私だって……!

ヴァイオラを救いたい!」


ヴァイオラは嬉しそうな、少し憂いがあるような、複雑な笑みを浮かべていた。


「ま、いいんじゃねーの。な? ヴァイオラ」

「そうだね。わかった。ただし、もし危険が及んだら、わたしが介入する。その場合は『王の試練』の資格を失うけど、みんなの『願い』は消えないから……」

「でもよ、オマエラ3人いるけど、誰が『宿主』になるんだ? あと、小僧。オマエはどーすんだ? オマエも『宿主』に立候補か?」

「いや、僕は辞退する」


え――っ、と私たち3人は一斉に遥戸くんの方を見た。鈴が素っ頓狂に声をあげる。


「ハルト、この流れで断るの!? 嘘でしょ!?」

「僕は特に『願い』を持ってない。強いて言えば、みんなの『願い』が叶ったとき、観察させてもらえると嬉しいかな……」

「……は!? そういう趣味!?」

「いや、あくまで学術的に興味があるだけ。君たちに恋愛感情はないよ」

「……うわっ、腹立つ~! ま、そーゆードライな感じ、嫌いじゃないけど……」

「フーン。オマエ、面白いヤツだな。――ヴァイオラ、ちょっと耳かせ」


鈴が遥戸くんに苦情を申し立てているなか、バロックがヴァイオラにゴニョゴニョと何かを耳打ちしてる。な? と問いかけるバロックに、ヴァイオラがうんうん、と頷いた。なんだろう?


「じゃ遥戸には、わたしからあとで一つさせてもらうとして――」

「まずはオマエらの『願い』を聞こう。ヴァイオラは『悪魔数3』の『願いの悪魔』だ。『3つの願い』を叶えることができる。――さあ、オマエらの『願い』を言ってみな!」

「ってバロック、それはわたしのセリフでしょ! ただし、世界を滅ぼすとか、ネガティブなのは無しね!」


はいはいはーい! と目を輝かせながら手を真っ先に上げたのは、やっぱりナッツ。いつもはリーダータイプではなくて、どちらかというと控え目な性格だから、なんだか意外な一面がみえた気がした。そんなナッツの『願い』とは。



「あたし……、『』!」



ブッ、とバロックが吹き出した。ひどーい、そんな反応しなくてもいいのに。ヴァイオラは「おおー」と小さく呟きながら、顎に手を当てて、真面目な顔で頷いていた。2人とも同じ顔してるのに、真逆のリアクションしてる。


「……オマエ、マジか。多分、そんな『願い』した奴、いねーぞ……」

「だって、ヒーローになれば、みんなを助けられるじゃん!」

「うんうん、なるほど……。いいと思う! ナッツ、他に『願い』はある?」

「いや、ないよ!」

「うーん、『1つ』か……。それじゃあ、詳しいことは、またあとで聞くね」


ナッツの願いは『変身ヒーロー』。らしいといえばらしいけど、でも、なんでそんな『願い』なんだろう。……、と思ったけど、自分も人のことは言えなかった。ナッツの『願い』を聞いたあとだから、私の『願い』を口に出すのも、難しくはないだろう。きっと。……たぶん。


「――鈴と輝空は? どんな『願い』を叶えたいの?」

「す、鈴、お先にどうぞ」

「鈴はね……、『願い』を言う前に、ひとつ、聞きたいことがあるの。委員長が何か、ヘンな生き物を持ってたでしょ? あれ何?」


バロックが鈴の質問に答える。


「この妙なハムスターの正体か。コイツはいたって普通のハムスターだ。だが――【誰か】が何らかの方法で、みてーだな。そうだろ、ヴァイオラ」

「うん。それで、委員長はそのコと一部『融合』して、力を得ていた。そういう人を、『悪魔使い』っていうんだ。委員長はその【誰か】に、その力を植え付けられていたっぽいね」


委員長が『悪魔使い』にさせられていた……? 目の前にヴァイオラがいなければ、にわかには信じられない話。一体、誰が、何の目的で、そんなことを……? 学校の再開前に起きていた、高校生連続失踪事件といい、この町で何が起こっているんだろう……?


「よ~し」


鈴が左右に伸びた髪を揺らめかせながら声を上げ、私の思考を中断させた。大きな瞳に長い睫毛をぱちくりさせて、華奢な身体で腕組みしながら、『願い』を声にした。


「鈴、『使』になる。それが『願い』!」


「……は?」

「だって、委員長がヘンになってたのは、別に悪魔のせいじゃなくて、【誰か】に操られていたからだよね。鈴も委員長みたいに、悪魔のお友達が欲しい~!」


……え。『悪魔使い』って。鈴、本気……?

予想の斜め上をいく『願い』に、バロックの頭の上にはてなマークが浮かんでいるのが見える(気がする)。鈴の顔は真剣そのもので、嘘や冗談を言っているのではないらしい。本気で『悪魔使い』になりたい、と『願う』つもりだ。ヴァイオラは真面目な顔でうんうん、と頷いている。


「なるほど、悪くないと思う。わたしの最初の『願い』も、バロックと友達になることだったから。『変身ヒーロー』に、『悪魔使い』、か……」

「よし、じゃあ最後はオマエだな。オマエ、何を願う――?」


私の番だ。思わず両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。心臓がばっくんばっくん言ってる。どうして2人はさらっと『願い』を口に出来るんだろう。特にナッツ!

などと考えていたら、ヴァイオラが私の方に振り向いた。


「……輝空。今朝の質問の答え、聞いてもいいかな?」


き、き、き、来た―――!

ど、どうしよ……、言えない……。


「わた、私は、その……。ま、ま……」

「吐いちまえよ、スッキリするぜ。ククク……」

「こらバロック! 自首しようとしてる犯人じゃないんだから」


バロックが私に向かってパチリとウインクした。よし……

わ、私は……。



 「『』になりたいっ!!!!!」



突然大声を上げたものだから、ヴァイオラも、鈴も、ナッツも、バロックも、遥戸くんも、びっくりした顔でこっちを見ている。――そのまま、数秒間の静寂が流れた。ああ、言ってしまった。恥ずかしい恥ずかしい……。身体が熱い。


「お、おう……。ま、コイツが『変身ヒーロー』なんて先に言うからよ。そんなに恥ずかしがらなくても、似たようなモンだよ」

「そうだよ、輝空! な、鈴! お前もそう思うだろ!」

「2人とも、子供っぽ~い」

「ぐ……」

「わ、悪かったなぁ……。いいでしょ、どんな『願い』を持っててもさ……」


クスクス、とヴァイオラが笑う。


「オッケー、3人の『願い』は分かった。3人とも一つずつ、か……」


ヴァイオラが腕組みして、少し考えてから、ピン!と何か思いついたような顔をして、私達に提案してきた。


「こういうのはどうかな。わたしが叶えることの出来る『願い』は3つ。だから、――3人、1つずつ! 『願い』を叶えるよ!」

「ええっ!?」


その提案に一番驚いたのはバロック。ヴァイオラと同じ形の口を限界まで歪ませて、ウッソだろ! というセリフを顔で表現している。


「そんなんアリかよ!」

「だって『生物1人にしか願いを叶えてはいけない』なんてルール、なかったよ」

「お、おおう……。確かに……。うーん。ちょっと確認してみるか……」


バロックが目を瞑り、何やらブツブツとつぶやいている。と、目をパッと開いて、ヴァイオラに向かって話しだした。


「イイってよ。言われてみりゃあ前回、似たようなことしてるヤツも居たしなあ」

「そうそう。複数人で『願い』をシェアするのがアリなら、コレもアリって事だね。――じゃあ、3人とも、あとで個別に、詳しく『願い』を聞きに行くね。今夜10時頃、こっそりお部屋に行ってもいい? 悪魔パワーでテレポートするから!」

「げ、そんなことできんの……? 何でもありじゃん。……いいよ、わかった」

「鈴もオッケ~だよ!」


ナッツと鈴の2人が承諾したので、私も頷いた。


「わかった、待ってるね。ヴァイオラ」


***


輝空、ナッツ、鈴、遥戸の4人がお家に帰って、静かになった菫咲家の二階には、バロックとわたしの2人が残された。


「これでよーやく、オマエの『宿主』が決まったワケか。アイツらのは、いわゆる『変身願望』ってヤツだな。メンドクセーことにならなきゃいいが」

「素性も知らない人に危ない『願い』をさせるより、よっぽど安心できるよ。そのハムスターの件もあるし、ね」


わたしは机の上にあるカゴに入ったハムスターをちらっと見る。わたしと同じ顔をした、制服姿のバロックは机に上半身を突っ伏しながら、ハムスターちゃんに凄みを効かせる。


「オメーの本当のご主人サマは誰だ? 何が目的でヴァイオラを狙った?」

「きゅうん!」

「チッ……、すっとぼけやがって……。ヴァイオラ、こいつ食っちまっていいか?」

「あー、わかった。いいよ」


わたしが笑顔でバロックにOKマークを出す。バロックがニヤァと悪魔らしい笑みを浮かべ、籠に顔を近づけていく。と、みるみるうちにハムスターちゃんの顔色が変わり、怯えた様子で籠の隅に震えながら張り付いた。


「……、す、すんませんでした――ッ! 食べないで下さい――ッ!」

「やっぱりオメー、使い魔だな?」

「で、でも、オイラ、何も覚えてないんです! そっちのヒトに何かで撃たれて、目が覚めたっていうか……」

「もしかするとオマエ、元々自我は無かったのかな。ヴァイオラの『アストリオン』で攻撃されて、意識が芽生えたのか……」


バロックが腕組みをして少し考え、なにか思いついたらしい。めちゃくちゃ悪い顔をしている。


「よし! じゃあオマエ、その委員長ってヤツの所に戻れ。なにか情報を得たら、オレ様に伝えろ。念じるだけでいい。よーするに、スパイってヤツだ」


おぉ、流石はバロック……。悪知恵に関してだけは、勝てる気がしない。いい考え、かもしれない。ハムスターちゃんは、可哀想なくらいドン引きしてるけども。


「え、ええぇ……。ヴァイオラさんを狙う輩ってことは、悪い奴なわけでしょ?」

「……でも、敵の正体が掴めない事には、また何か良くないことが起こってしまうかもしれない。確かに危険な任務だけど、もし協力してくれたら、そうだなあ……。出来る範囲で、『小さな願い』を叶えてあげるよ。何回でもね!」


と、いいながら、わたしは手のひらの上に『アストリオン』の光を集中させ、ぽん! という音とともに、ハムスター用の最高級プレミアムフードを出現させた。『アストリオン』は『願いの悪魔』の『宿主』が持てる能力の一つで、万能の『悪魔の願い』には満たない程度の、『小さな願い』を何でも自由に叶えることができる力だ。それを使った。


「こ、こ、これはァ―――――――――ッ!? 海外セレブハムスターの間で話題の、あの幻の……」

「いや、そのくだり要らんから。じゃ契約成立ってことで。ヨロシクな」

「アイアイサー! なんでもやります! オイラに任せてください!」


こうして、わたしたちに新しい仲間ができた。名前はハム之介のすけというらしい。わたしが攻撃して消滅させた『使い魔』の力を『アストリオン』で復元してやり、ついでにわたしの本体と紐付けることで、通話したり、こちらの手元に瞬間移動できる仕様にしてあげた。我ながら何でもアリすぎて笑っちゃう。


「さて、午後10時になる前に、ご飯の支度でもしようかな」

「今日はハンバーグがいい!」

「……はいはい、了解」


バロックはわたしと同じ顔で、満面の笑みを浮かべている。かわいいな。あとでいっぱい可愛がってあげよっと。でもその前に、今夜みんなの話を聞かないとな。あの3人なら、安心して『願い』を託すことができる。


ピンポーン。


と。宅配便かなにかかな……。「はーい」と言いながら、わたしは階段を駆け下りて、リビングの先にある玄関のドアを開ける。ガチャリ。


「こ、こんばんは……」

「!?」


入り口に立っていたのは、緊張した面持ちの委員長だった。



to be continued...

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