第27話 もう一人のわたし
ここまで神父様に先手、先手を取られてしまった。突然新しい情報が開示され続け、パニックに陥ったんだ。結果、シグが戦線離脱し、壊滅的なダメージを喰らった。
それは、神父様がこれまで味わってきた屈辱への、意趣返しでもあった。
最初は教会で、ジョゼから。未知の攻撃『魔眼』と『アストリオン』を喰らった神父様は、『第2の願い』を発動して撤退。そしてUAEでは、わたしとバロックから。分身攻撃からのコンビネーション、さらに『星紋顕現』で神父様は追い詰められた。
未知の情報を次々にぶつけられることで、神父様は煮え湯を飲まされたんだ。
――まさにそれと同じ事を、わたし達はまんまと喰らってしまった、ってわけ。
神父様が『第7の願い』を宣言しようとしている。これが正真正銘、神父様の『最後の願い』だ。これまでの神父様の『悪魔の願い』は、次の通り。
『第1の願い』……他の『宿主』の情報を知る能力。
『第2の願い』……隔離空間『秘密の小部屋』へ隠れる能力。
『第3の願い』……悪魔ゴーティオンとの融合。
『第4の願い』……悪魔を再構築する『
『第5の願い』……『第4の願い』で、地球上の全生物を再現する能力。
『第6の願い』……『第5の願い』を利用し、『太古の王』を喚び出す能力。
ほとんどが、ジョゼへの復讐と、わたしを倒すために編み出された『願い』だった。ここから導き出される『第7の願い』がなんなのか。わたしにはもう解った。
わたしは『ある技』を出すため、両手に『紅蓮のアストリオン』を集中して、飛んでいる蚊を叩き潰すときと同じ構えを取った。そして、神父様が口を開く。
――その瞬間を狙って……
「『第7の願い』……フフ、それは」
<< バンッ! >>
「ぐあっ!? な、何だ!? 何をした……!?」
「……」
わたしはただ思いっきり、猫だましを打っただけ。でも、ただの猫だましじゃない。『紅蓮のアストリオン』を柏手で弾けさせた。聴覚に直接ダメージを与える、音の炸裂弾だ。わたし自身は『翠緑のアストリオン』で中和してるけど、予想外の攻撃に神父様はよろめいた。
「『願い』は言わせない! 『
「な、何ッ……!」
『紅蓮のアストリオン』で破壊のエネルギーを纏ったわたしは、猫だましに怯んだ神父様に一瞬で近づき、思いっきり振りかぶってからの一撃で、神父様を護衛している『暗青の魔物』の一団を根こそぎ……ぶっ飛ばす!
ヒュバッ……、ドッゴオオオオオオオオォォォン!!!!!!
『第7の願い』が発動前かつ、『太古の王』がチャージ中の今なら『紅蓮星紋装纏』中のわたしの方が、攻撃、速度、防御、あらゆる面で勝っている。とはいえ、残る『アストリオン』は少ない。連撃で一気に畳み掛ける……!
「おりゃあああああぁぁぁぁ―――――――――ッ!」
「く、くそッ! 『悪魔装纏』……ッ」
「遅いッ! 『
一瞬の間隙を衝かれた神父様の腹部に、深々と必殺の一撃が突き刺さる。
「がッはあああッ!?」
「喰らえッ!! 『紅蓮のアストリオン』!!!!」
パンチを打ち込んだ瞬間、神父様に直接『紅蓮のアストリオン』を流し込む……!
バシバシバシバシ!!!!
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! あああああああああああああ!! あああががががが!!!!」
『紅蓮のアストリオン』は破壊のエネルギー。直撃すると、猛烈な『痛み』に襲われるのだ。ルシフェンから喰らった事のあるわたしだからわかる。これはもはや拷問以外の何者でもない。例えるなら、全身の穴という穴にデスソースを流し込まれて、毛穴という毛穴に針を刺されたような……。ううっ、思い出しただけで吐きそう。
「……でも、一発は一発。隕石のお返し、です!」
「あががが……」
神父様は白目を剥いて、膝をついた。これでしばらく、喋る元気は出ないだろう。なにせ、回復特化の『翠緑のアストリオン』を持つわたしですら、直撃に耐え続けた結果、髪が真っ白に灰化して、心臓が停まってしまったくらいだから……。もちろん、そこまでするつもりはないので、手加減はしてるけど。
「『悪魔の願い』最大の弱点。それは、願いの内容を口に出さないと、叶わない、ということ。単純だけど効果絶大。普通はそんな隙を衝くのは不可能ですけど、大技と大技の間、――あの瞬間なら、『アストリオン』の素早い攻撃で割り込むことが出来るんです」
ちなみに、宇宙とか水中とか、空気のない場所でも、「願いの内容を口に出す」という行為さえ出来れば『願い』が発動するのは、わたし自身が実証済み。その流れを断ち切るのが、『悪魔の願い』と『アストリオン』を使ったバトルのコツ。
「へへ。バトル経験の差が出たかな?」
「ぐ……、うぐぐ……」
休むことで『アストリオン』は回復する。本当は寝たいけど、わたしは一度寝たら10時間は起きないタイプだから、一瞬寝て回復! みたいな、器用なことは出来ない。『アストリオン』で目覚ましを掛けても絶対に起きない自信がある。――ということで、わたしは『アストリオン』で椅子を一つ、シンプルなスツールを作ってそこに腰掛けた。
「よいしょっと。はあ……、回復する……」
脂汗をだらだらと垂らし、ぜぇぜぇと荒い息をつきながら、恨めしそうにわたしをにらみつける神父様。
「あの、神父様、そんな目で見てますけど……、さっきわたしに酷いことしたじゃないですか! 隕石ですよ!? 隕石! 普通、女子高校生に使います!? そんな『願い』! わたしじゃなかったら確実に死んじゃってますよ!? 単なる岩ならまだいいですけど、あれじゃ『アストリオン』が使えないと防ぎようもないし!」
「ぐ……」
――でも、本当にそうだ。いくらジョゼに恨みがあるとは言え、少し異常なほどの執念。どうして、神父様はそこまでするんだろう。普通に考えたら、どんな『願い』でも叶うなら、少しくらい自分の幸せを願ってもおかしくない、はずなのに。
わたしの願いは、全部自分のため。『第1の願い』は、バロックと友達になりたかったから。『第2の願い』は、バロックを守りたかったから。『第3の願い』は、ジョゼとベルゼを取り戻したかったから。全部自分のためだ。
「……わたしは、神父様のこと、友達だと思ってます」
「うぐぐ……」
「最初に会った『宿主』だし……。あのとき。コーヒー淹れてくれて、嬉しかったんです。不安だったから。バロックを祓われるんじゃないかって。怖かった。でも、暖かく迎え入れてくれた。あれは……嘘だったんですか?」
「……」
「――神父様は、どうしてそこまで……、わたしや……、ジョゼを憎むのですか。……『第6』と『第7』の願いで、ゴーティオンを復活させる、という道も、あったのに……」
「ぐ、ぐぐ……」
「(……ま、今は聞いてもムダか。喋れないもんね……)」
『太古の王』を再度召喚するほどの余力は、流石にないだろう。『第7の願い』さえ発動させなければ、わたしたちの勝ち。だから……。
「……ごめんなさい、神父様。……本当は、こんな事はしたくない。だけど……」
『翠緑のアストリオン』を使って、ロープと猿ぐつわを作る。空中に浮いているそれらに向かって指をくるくる回すと、お歳暮でもらったハムみたいに、神父様はロープでぐるぐる巻きになった。
「むがががが! ぐぐぐ……」
「……」
ズドオオオオオン……。
離れた地点から、衝撃音が伝わってくる。バロックとライグリフが、『太古の王』と戦っているんだ。少し休んだら、わたしも向かうとしよう。……ん?
(なんだ、これ。緑色の液体……? ちょっと紫色に光っているような……)
***
パラパラパラ……。『秘密の小部屋』に敷かれた、大理石っぽい床が壊れて、飛び散った破片がその辺りに落ちる音が反響する。
「グハァーッ! グハァーッ! ゴアアアアアアアアアアッ!!!」
おでこに一本ヅノの生えた、ケッタイな姿のT-REX。ツノは虹色に光り輝いて、天使の輪っかみてーなのが取り巻いている。ただ『虹色のアストリオン』を纏って突っ込んできただけでもこの破壊力。一発でももらったらヤベーぜ。
「バロック、もう少し真面目にやらんか」
「うるっせーな! ヴァイオラの姿借りてるから動きにくいんだよ!」
「……まったく、あの娘と違ってガサツだな、お主は……」
「ケッ。悪かったな」
オレ様はストレージから『古びたナイフ』を取り出す。コイツはただのナイフじゃねー。オレ様の隠し玉の一つだ。ヴァイオラは、よく分からんモノを集める趣味があるが、実はオレ様もだ。人差し指と中指でナイフの刃を挟み持ち、『
「行けッ!」
パキン。
「……おい。あっさり尻尾で払われてしまったぞ。粉々だ」
「オ、オレ様のナイフが……。テ、テメー! 弁償しろよな!!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ヴァイオラの『
と同時に、回転したまま、遠心力を乗せた『
「シッ!」
ザキィィィン!!!!
「グギャアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「うるっせ―――!! いちいち声がでけえええ―――!!」
カウンター回転斬りで数メートル、ノックバックして、結構なダメージは入ったっぽいのだが、『虹色のアストリオン』で包まれた強靭な鱗に、斬り裂かれた様子はゼンゼンねー。とにかくメチャクチャ硬え。
「フム、支配下に置いた宿主の『アストリオン』が効果として現れておるな」
「えええええ……、こいつらの支配下って要するに……『食った』って事だよな……。ニンゲンと違って小難しい事は考えてねーだろーから、7体分の
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ギラリ! とヤツの『虹色のツノ』が光る。『悪魔の願い』を使う気だな。だが『虹色のアストリオン』の集中は少ない。最初に食らったヤツみてーなデカいのじゃなく、細かい隕石群も出せるってワケか。
ヒュヒュヒュヒュン! ドガガガガガガッ!!
「おっとっと。おりゃりゃりゃりゃ!」
スパパン! と向かってきた隕石を、『
「ソイツは通じねーぜ」
「だが、こちらの攻撃もあまり効いておらんぞ。どうするのだ?」
「……一つ、考えがある。聞いてくれるか?」
「よかろう」
8等身でイケてるアーマーを身に着けたオレ様は、パッ、と後方へ素早く移動し、距離をとった。ちょっとだけ作戦会議だ。
「ライグリフよ。ヤツの鱗を斬り裂くのはちと、骨だ。だが、あの場所ならどうだ? アレってさ、『願いの悪魔』が変化して、恐竜と一体化してるんだよな」
「そうだ。アレなら斬れるだろう」
「なら、狙いは一つ。問題は、どうやって動きを止めるか、だ」
「どうするのだ?」
「ちょっと耳を貸せ。ゴニョゴニョ……」
オレ様は一つ、悪知恵を思いついた。恐竜は神父のおっさんの一部だから、念の為、情報をアーマーの外に漏らさないよう隠蔽しながら、ライグリフへと共有する。
「……ふむ、良いだろう。発想の逆転、というやつだな」
「よし、いっちょやってやるぜ」
ドシン、ドシン、とヤツがこちらへ向かってくるのが伝わってくる。
「行くぜ、ライグリフ!」
***
あっちの方から音がする。この『秘密の小部屋』は周囲20mくらいは見渡せるんだけど、少し離れると途端に視界が悪くなる。自分の周りだけスポットライトが当たっているような、不思議な空間だ。カツンカツン、と足音が響く。一面に紙が散らばっていて、そのどれも、一心不乱に文字を書きなぐったのが見て取れる。
「(『
音が近づいてくる。音の伝わる速度は外と同じで、この空間内は地球上と同じ条件が整えられているみたいだ。自分の耳で確認するには、普通に走って近づくしかなかった。音より早く移動すると、どこから聞こえてるのか、よく判らなくなるからね。
「ガアアアアア……!」
ガキィン!
「いた……! 今、助けに……――!? バロック!?」
なんてことだ……! 鎧を着たわたしの姿のバロックが……。
『太古の王』の『虹色の角』に、お腹の辺りを刺されて……!
宙に持ち上げられている……!
「……ッ!」
『アストリオン』の攻撃は、悪魔にも通じてしまう。
いくらなんでも、あんな所を刺されてしまっては……!
ブンブンと振り回されて、このままだと……!
「ア、『
「ギャハハハ! なんて顔してんだよ。ヴァイオラ」
「!?」
角で刺されたまま、バロックはわたしを見て笑う。
「……えっ!? ……そ、そんなこと言ったって……!」
「狙い通りってこった。オレ様の勝ちだぜ!! 『
――――スパン。
一刀両断。『太古の王』の『虹色の角』は、根本の辺りで寸断された。
水入りの
ドサッ。
「ぐへっ」
「ちょ、ちょっとバロック! 大丈夫!?」
「ギヒヒヒ。オレ様のナイフを壊したブン、弁償してもらったぜ」
なにかブツブツ言いながら、『虹色の角』を抜き、『悪魔装纏』を解除するバロック。いつもの制服を来たわたしの姿へと――!?
「ええっ!? お腹のところが……空洞になってる……!?」
「そーゆーこと。だってよく考えてみろよ。オレ様、内蔵とかねーんだぜ?」
「……あっ。そっか……」
角を斬られた『太古の王』は、ぴたりと動きが止まってしまった。まるでアンテナを失った遠隔操縦のロボットみたいに。『虹色のアストリオン』が供給されないと動けないのかも。バロックはお腹の部分をシュッと元に戻し、完全にわたしと同じ見た目に戻った。――いや、よく見たら、目だけは元のバロックと同じで、白目と黒目が逆転してるけど。なんか変な感じ……。
「このツノ、元は『願いの悪魔』だったモンだ。今は単なる残骸だがな。だが――『
バロックはそう言うと、『虹色の角』を『
「あと、これ返すぜ。ライグリフの指輪だ」
「ありがと。ライグリフもね!」
「(フン、主の意思に従ったまでの事……。致し方なく、な……)」
「まったまたー。照れちゃって。ふふふ。……でも、『虹色の角』、残り半分はどうするの? こんなに大きいの持って帰れないし、置いてくのもちょっと……」
「あー、それは、その……、こーすんだよ」
バロックは残りの角も『
「オマエにやるよ」
そう言いながら、わたしの右手の小指に、小さな指輪をすうっと通した。虹色に輝く宝石がついた、指輪……。
「きれい……」
バロックはわたしと同じ顔で、そっぽを向きながら耳まで肌を真っ赤に染めている。小指につけるピンキーリングの意味は、「お守り」だっけ。薬指につけないあたり、バロックらしいというか。――そう思いながら、わたしは彼女を抱きしめていた。少ししっとりとしたバロックからは、いつの間にか、わたしと同じ匂いがしていた。
「……ヴァイオラ……」
「……ありがとう……」
ポン!
「……え」
「オ、オ、オ、オマエさ、そろそろ戻って欲しいなぁ~、って思ってただろ!」
「えぇ~……」
恥ずかしさが頂点に達したバロックは、元の二頭身のおまんじゅう頭に戻ってしまった。小指の指輪は星の光を反射して、宝物のようにキラキラと輝いていた。
「……わたしはもう少し、そのままでも良かったのに……」
「そ、そ、それよりさ! その指輪は『
「……分かった。バロックがそう言うなら、そうさせてもらうね」
シグの変化した『白銀のメダイユ』をカチン、と小指の指輪へくっつけると、『
「やれやれ、ようやくこの姿に戻れたか……」
「おかえり、シグ」
「ああ。君のお陰で助かった。ありがとう、バロック」
「え、ええっ!? そ、その……、ああ、別に構わねーよ……」
「そういえば、ヴァイオラ。モディウス神父についてだが……」
元の姿に戻ったシグが今後のことについて話そうとする。――神父様は拘留したまま、一旦、EINベースに預けるべきかな、とわたしは考えていた。いくら、わたしがこの施設の人達を黄泉帰らせたり、建物を修理したりできるとしても、恐竜を喚び出して大量殺戮した事実は、変えられないのだから……。それも、何の罪もない人たちを。わたしにそれを裁くことは――、出来ない。
「シグ、神父様は……」
その時、不意に、暗闇の中から、人が手を叩く音が聞こえてきた。
パチパチパチ……
「え、拍手……? 一体何処から……?」
おかしい。
この空間にはわたしたちしか、いないはず……?
神父様はわたしが拘束した。あの場所から動けるはずは……。『翠緑のアストリオン』を使用している場所は、遠く離れていても察知することができる。目を閉じ、神父様のいた場所を思い浮かべると――。
「……。神父様を拘束した『翠緑のアストリオン』が……破られている……?」
空間の暗がりから、一人の男がぬうっと、姿を現した。それは紛れもなく、神父様の姿だった。不敵な笑みを浮かべながら、わたし達に近づいてくる。
何かわからないけれど、何か、違和感がある。
「神父……様? 一体、どうやって……? 動けないはずなのに……?」
「クックック……。君のエネルギーは美味しく頂かせてもらったよ……。何も疑わない、無垢な少女の甘美な味……。実に甘ったるい……。反吐がでるね」
「……!?」
声が違う。
神父様じゃ……ない!? でも、『暗青のアストリオン』を身に纏っているし、見た目はそっくりそのまま同じ……。でも、なんだろう……。この薄気味の悪さは……。シグが目を見開いている。
「その声は……!」
「おやおや……。あの時の坊やか。あの時は世話になった。あの小娘は元気かね? 不用心なものだ。私の分身をあんな容器で押さえつけられるとでも?」
「貴様やはり……デルニエ・エンデ!」
その名前――、聞いた覚えがある……! 確か、月面のシドニア・ベースでルシフェンと戦った時。『
「――エンデか。貴様、なぜここにいる?」
「クックック……、ライグリフよ。まさかお前が敗れるとはな……。しかもそんな年端も行かぬ少女に。やはりあの時、プランを変更したのは正解だったようだ……」
「プラン、だと?」
「あの小娘……、アストリッドと言ったか。奴の『アクイ』は尋常でなかった。更に『宿主』がまだ2人もいる。残念ながら、我々は勝利できぬと悟ったのだ。事実、そうなっただろう? そこで、私は肉体を捨て、奴に取り憑くことで、生き延びるプランを選択した」
神父様に取り憑いたデルニエ・エンデは語る。わたしたちは、固唾を飲んでその言葉に聞き入っている。シグの顔色から、今まさに、最悪の事態が起こっていることが伝わってくる。エンデはそれを見て、フッフッフ……と失笑した。シグが疑問を問いかける。
「しかし、あの時。アストリッドは、取り憑かれた自分の左腕ごと、お前の『アクイ』を爆破したはずだ。一体、どうやって……」
「簡単なことだ。奴の右腕にも、ほんの一滴、誰にも気づかれない程度に、私の『アクイ』を垂らしておいたのさ。左腕はフェイク、というわけだ。お前達がEINに帰還するのを待って、『悪魔使い』ではない一般研究員に乗り移った。クックッ……。EINベースにある瓶の中身と合流し、ある程度自己培養したあと、今度はエージェントの女に取り憑いた。居心地は良かったが、あくまでも移動手段として、な」
「なんだと……!」
「ああ、こうやって謎を暴露するというのは、楽しいねえ。お前達の青い顔もな」
「……ッ」
エンデは厭らしい笑みを浮かべ、わたしを足元から顔の方まで、舐めるように睨めあげる。……わたしは人に対して嫌悪感を覚えたためしは記憶にない……けど、生まれて始めて、それを感じた。この人とは、絶対に分かり合えない。
「どこまで話したかな。ああ。それで、あの女の資料を覗き見、この研究所への突入計画を知った私は、少女の影へと潜み、この空間へと忍び込んだわけだ。私はペドフィリアではないのだが……、何しろ、人間がその子しか居なかったものでね。不本意ながら、な。許してくれたまえ。クックック……」
人間――。最近、バロックや色んな人から、悪魔みたいだ、悪魔に近づいた、と言われ続けて、それに慣れてしまったせいか……。こんな人から人間であることを認められてしまうと、何とも言えない、複雑な気持ちになる……。
「それで、目的を果たした、という訳か……」
「その通り。私は元より、下等な下悪魔などではなく『願いの悪魔』の『宿主』になることを望んでいた。しかし、奴らはこの私を選ぶことはなかった。挙げ句、私のすべてを焼き尽くし、奪い去ったのだ。ククク……。まあ、今となっては、そんなことすらどうでもいい。『アストリオン』か……。悪くない……」
「……神父様を……、返してください……」
この人は……、まるでゴミ捨て場に棄てられた人形を見るかのように、目を細めながら、わたしを見下している。
「君は先程まで、彼に散々な目に遭わされていたではないか。おかしな話だ。猿ぐつわまでして拘束していたのに、憎しみすら抱いていない。……マゾヒストかね?」
「……ッ……!」
「そういうことなら、いいだろう。望み通り私が痛めつけてさしあげよう。いずれにせよ、貴様らは全員、ここで始末するつもりだったからな……」
「なんだって……!?」
「そこの少女がこの神父を弱らせてくれたのは、実に好都合だった。万全の状態の彼を乗っ取ることは、流石に難しかったからな。極限まで弱った状態で、しかも拷問、拘束までしてくれるとは。クックック……、とろけるように甘ったるい……」
紫色の霧が神父様の体を包み込み、床に散らばった紙が吹き飛ばされていく……。すると、昏い双眸に、カッ、と『暗青のアストリオン』の輝きが灯る……。
「……『第7の願い』……」
わたしは目を閉じた。
こんなことになるなら、神父様に『第7の願い』を叶えさせてあげたほうが、まだ良かった。正々堂々と『願い』をぶつけ合っていれば……。また違う展開があったのかもしれない。……この人から、神父様を取り戻す方法は、あるのだろうか……。
「『太古の王と融合』」
カッ! ……目映い光が、動かなくなった『太古の王』から放たれ、同様に、デルニエ・エンデが光の粒子となって、2つが1つになっていく。力の源を叩き折ったとはいえ、『太古の王』が悪魔融合体であることには変わらないし、きっと、今までの中で最強の敵になるんだろう。
「グフフフフフフ………」
光がだんだんと収まっていき……、いかにも凶悪そうなシルエットが見え始める。身長15メートルくらいの巨躯に、紫色の『アクイ』と、『暗青のアストリオン』が混じり合って、黒い色の火花が散る。……でも、恐怖や、怒りという感情が沸かない。
ただただ、虚しい……。
……ああ……。
……わたしは、たぶん、この人を……、殺す。
わたしの周りに、仄暗い菫色の、揺れる液体が漂った。
to be continued...
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