第25話 友達だから

ジョゼとベルゼを一時的に『顕現』したことにより、ベアスの居る座標が判明した。


ベアス曰く。粉々に砕けた二人をベアスが修復した際、ベアスと二人の間にほんの少しだけ繋がりが生まれ、糸が繋がっているような状態になったらしい。わたしが二人を『星紋顕現アストラ・リベレーション』で復活させたとき、それを三神さんに調べてもらっていた。結果、ジョゼとベルゼの脳から、ある一点の方向に対して、『アストリオン』の糸が伸びていることが分かった。


「それだけ判ればあとは簡単。三角測量法さ」


同じ方向を指し示す、少し離れた二つの地点(つまり、ジョゼとベルゼの立ち位置)がある場合、指し示す方角に向かって地図上に2本の直線をずーっと引いていくと、ある一点で必ず交差する。そこがベアスの居場所、ってわけ。


「僕が思うに、ただ方角を指し示すだけではベアスの居場所は特定不可能なので、『情報を隠す願い』の縛りにギリギリ抵触しないのだろう。二人囚えていた、というのがミソだね。測量しろと言っているようなものだ。ベアスはよっぽど、自分のところに君を呼びたいらしい」


三神さんの指し示す場所。世界地図のある一点にマーカーが記された。アメリカ合衆国、カリフォルニア州の南端に位置する、量子コンピュータの研究施設。その施設の名は『フェルーゴ国立研究所』。砂漠州立公園から奥にずっと分け入った地区にある場所だ。


「ここにベアスがいる……!」

「けど、戦いにはならないのかもしれない。ベアスが、もし僕たちに自分の『宿主』を止めさせようとしているのならば」

「……」


シグの見解を黙って聞いているバロック。腕組みをして目を瞑り、うーん……、と低い唸り声をあげている。バトルが発生する可能性を考えているんだと思う。


「どんな理由があるにしても、わたしはベアスの『宿主』を倒すよ」

「『全人類を滅亡させる願い』か……」

「……それもあるけど……」


わたしはかぶりを振って答える。


「本音をいうと『王の儀式』に勝って、バロックを次の神様にしたいだけ。……わがままでごめん。でも、もう一度、ジョゼに逢いたい。もちろん、ベルゼにも。わたしは、自分のエゴで、ベアスの『宿主』を倒す。ただ、それだけ」

「……オレ様たちは、正義の味方じゃない。それで構わね―と思うぜ」

「僕と君たちの行動原理は違うが、ベアスを倒すことに異論はない」


わたしたちは互いに頷きあった。今回の作戦はこう。といっても、作戦というほどの事でもないのだけれど、戦力の分配としては、わたし(ヴァイオラ)、バロック、シグ、ヘッジフォッグが、フェルーゴ研究所に直接向かう。アストリッドと特殊部隊は、未知の敵を想定して、EINベースを守る。シンプルに以上。


「EINベースにはデルニエ・エンデの『アクイ』サンプルがある。シグの不在を狙った『悪魔使い』の残党に襲われる可能性は十二分にあるからね。その他にも、想定外の存在がいるかもしれない」


と、三神さんの言。


「ということで、シグ、ちょっとお借りしますね」

「僕をレンタカーみたいに言わないでくれ、ヴァイオラ……」

「――せっかくだから、少しドライブしながら行くか? 幸い、時間的余裕はある」

「いいぜ、ヘッジフォッグ。そーゆーのも大事かもしれねーな……」

「ドライブか……。わたし、ちょっと乗り物に酔うの」

「――ククク……私の機体や車両に乗ったら驚くぞ?」

「そっかぁ。楽しみにしてるね。ヘッジフォッグ」


(……ジョゼとベルゼを再び失い、バロックに支えられてなんとか立ち上がったとはいえ、意気消沈しているわたしを気遣ってくれている……。ありがとう、ヘッジフォッグ)




――と、そんな会話をかわしたのは昨日のこと。わたしたちはアメリカ合衆国へ向かうプライベートジェットに搭乗していた。乗っているメンバーは、わたし(ヴァイオラ)、バロック、シグ、そして三神さん、エリザベートさん、の5人。EINのメイン機能は、ヘッジフォッグの前『宿主』であるドクトルが司っているので、離れても特に問題ないのだとか。


今乗っているのはもちろんEIN所有の機体。操縦席に、操縦桿を握る人間はいない。コントロールしているのは、機体に同化したヘッジフォッグだ。搭乗した時点から高度5万フィートあたりを飛んでいる今までずっと、重力や機体の揺れ、気圧の変化をぜんぜん感じない。まるで高級ホテルで寛いでるみたいな安心感、ラグジュアリー感……。


窓の外に見えるのは、青い空と雲海だけ。景色は違うけれどいつだったか、東京の街中をバスに揺られ、こうして物憂げに街並みを眺めていたときを思い出した。……そう、ジョゼに逢いに行くときだった。


『星紋顕現』を行ってから1日が経過し、三神さん達の手に刻まれた『数字』は残り『5』になっていた。全世界のテレビ番組は総力を挙げて、このカウントダウンの正体は何なのか、議論を繰り返していた。数字は『66』から開始しているので、悪魔の数字を指摘しているオカルト論者もいたが、獣の数字は666でしょ、と一笑に付されていた。他にあったのは陰謀論、シンギュラリティ説、新型ウイルス説なんかがあった。どれもこれも、当たらずも遠からず、ってとこかな。


「エリザベートさん、報道規制とか敷いてるんですか?」

「いえ。逆に不要な情報を与えてしまい兼ねないので、静観する方針です」

「ヴァイオラ君がやったあの『モザイク』は笑っちゃったけどね。自分から都市伝説化して堂々と出歩くというのは、流石に盲点だった」

「あはは、あれは咄嗟に……。そういえば、地上波でわたしとバロックの映像、ぜんぜん流れなかったなぁ。ちょっと残念だなぁ。ね、バロック」

「まー、そんなもんさ。人の噂もセブンティ・ファイブ・デイズ、ってな」

「……2ヶ月しか経ってないけどね」



――フランクフルト空港~サンディエゴ国際空港、15時間経過――



「ああ……、よく寝た……。んーっ」

「ふごごーっ、ふごごーっ」


――そろそろ到着する。着陸後、EINの装甲車を一台、空港の出入り口に回しておくので、着陸後、乗り換えてほしい――


「バロック、そろそろ着くって。起きて起きて」

「お、おお……」

「わあ、綺麗な海岸線……。できれば、ただの観光で来たかったな……」

「次は、アイツらと一緒に来ようぜ」

「……そうだね!」


飛行機は、海岸線にほど近い街中の、まっすぐ伸びた一本の広い滑走路に着陸した。曰く、アメリカで一番便利な空港、曰く、アメリカで一番着陸が難しい空港、らしい。わたしもチラッと聞いたくらいで、詳しいわけではないんだけど。


タラップを降り、しばらくぶりに地面へと降り立ったわたし達は、金属探知機のゲートを潜り、ターミナルの中へと足を踏み入れた(シグは全身金属なので、アストリオンで誤魔化してたみたい)。白い壁に白いピカピカの床が広がり、シアン色の時刻表が目に鮮やか。窓の外に見える空港の建物の周囲にはソテツの樹がたくさん植えられていて、ちょっとだけ……いつか見た動物園のことを思い出した。


「ほー、ここ……。ウマそうな気配がするじゃねーか……」


第2ターミナルの方角をじっと見詰めているバロック。どうやら、食事できる場所があるらしい。シグはふう、とため息をつきながら肩をすくめる。まあ、今回は流石にね……。わたしも一応、苦言を呈した。


「バロック。あと5日で人類が滅びる瀬戸際だっていうのに、とりあえずご飯、っていうのも、ちょっとさ……。時間もないし……」

「ケッ。ヴァイオラ、アレ見てみろよ。それでも偉そうな口、叩けるか?」

「……ああっ!?」


あ、あ、あのマークは。そう、いつも行くあのコーヒーチェーン店のロゴマークだ! そ、そして……!


「げ、限定のマグカップが売ってる……! サンディエゴ……限定……ッ!」


ううっ、ほ、欲しいっ! でも……! あああああ……! くっそおおお。なんで今なんだよ……。タイミングが悪すぎる……。……チラ。と、シグを見る。相変わらずの仏頂面で、何を考えているのか判らない。うぬぬううう……。


「いいよ」

「え」

「行ってきなよ。思い残すことがないように、ね。ここから先は、何が起こるか判らない。仮に僕たちが敗北した時。ああ、マグカップを買っておけばよかったな、あそこでメシ食っとけばよかったな、なんて、格好がつかないだろ」

「シグぅ……」


やばい。少しときめいてしまった……。ああ、でも、わたしにはジョゼが……。


「オマエ、いいヤツだな。じゃ、ヴァイオラ、メシ食いに行こうぜ~」

「あ、う、うん、行く行く」

「シーフードは前に食ったからなー。やっぱアメリカ料理じゃね? ほれあの店結構繊細な盛り付けしてるぜ。あ、あのデザートの店も……」

「ちょっと、待ってよバロック! シグ! ……ありがと!」

「ああ」


そしてわたしは、マグカップをゲットした。お前は『アストリオン』で出せるだろ、って言われるかもしれないけど、違うんだよ……。現地で店員さんと話して、その場所の空気を吸って、そこにずっと在ったであろうテーブルと椅子に座って、淹れたてのコーヒーの香りを嗅ぎながら、戦利品をしげしげと眺めるのが、いいんだよね……。


「なあなあヴァイオラ。マグカップはいいから早くメシ行こうぜ。なっ」


バシッ、とわたしを叩くバロック。……ガシャン!


「あ」

「あ」



――空港のエントランスから外に出ると、ガラス張りの大きなレンタカーセンターの近くに、辺りのリゾート感にぜんぜん似つかわしくないEINの装甲車が一台、停まっていた。わたしにぶん殴られて出来た、大きなたんこぶが頭のてっぺんに膨らんでいるバロックが車を指差す。わたしは壊れたマグカップが入った紙袋を抱えて膨れっ面をしているところ。


「アレだな。よし、乗り込むぜ」

「はぁ~あ。流石に大勢の人の前で直すわけにもいかないし……、乗ったら『アストリオン』で修理しよっと……」

「やれやれ、やっぱり寄り道しないでまっすぐ行くべきだったかな」


シグは目頭を抑えながら独りごちた。これがマンガだったら、頭の上らへんに、黒いモジャモジャのエフェクトが出ているんだろうな。先に車の前で待っていた三神さんとエリザベートさんは、バロックのたんこぶと、わたしので、状況を概ね把握したらしく、苦笑いしていた。


わたし達は車に乗り込むと、目的地である『フェルーゴ国立研究所』へと出発した。真っ青な空には白い雲が浮かび、大勢のお客さんを乗せているであろう、大きな飛行機が頭上をかすめるように飛び去って、巻き上がった風がソテツの木々を揺らす。わたしは流れていくその光景を眺めながら、テイクアウトしてきたコーヒーを一口、口に含んだ。


「しかし三神所長。僕たちに同行せずとも、EINベースで指示を出していただければ良かったのでは? 危険な場所と分かっていながらわざわざ、何故……?」


シグが聞きたいことを尋ね、それが終わるのを待ってから、三神さんは回答した。


「それは簡単なことさ。ヴァイオラ君は未成年だからね。人間の年齢に当てはめればだけれど、シグもそうだ。責任者が同行するのは当然だよ」

「月面のシドニア・ベースに行ったときはアストリッドさんがいましたからね。彼女は23歳ですが、戦闘力だけでなく、監督能力も十二分に兼ね備えています。ちょっと怒りっぽいのが難点ですけど」

「あはは、でもアストリッドはそこが好き、かな。真っすぐで……」

「あー、アイツはツンデレだしなあ」

「……といった回答で、いいかな? シグ」

「わかりました、有難うございます」

「シグは、その真面目なところが好き」

「あー、オマエは不器用だしなあ。オレ様もそういう所がスキだわ」

「……」


バロックの本心だか冗談だか分からない軽口のあと、車内に古いカントリーミュージックが流れ始めた。曲名はわからないけれど、どこかで聴いたことがあるような、懐かしい感じがする。ヘッジフォッグの趣味だろうか。誰ともなく話をやめ、三神さんはスマホをいじり、エリザベートさんはタブレットで資料を再確認している。シグは眼を瞑ったまま微動だにしない。イメージトレーニングでもしているのかな。


車は太平洋を望むノース・ハーパー・ドライブを抜け、サンディエゴ航空宇宙科学館の前を通り、アクション映画でカーチェイスが起こりそうなハイウェイを、粛々と走っていく。わたしはドアに付いているボタンを押して窓を開け、ためしにアメリカの風に当たってみる。バサバサバサと髪が叩かれ、少し埃っぽい匂いがした。


「――ここから目標地点まで、およそ一時間ほどで到着する。道中と周囲の監視カメラをハッキングして確認してみたが、特に異常は見受けられない。目標地点は……。ん? これは……?」

「……どうした? ヘッジフォッグ……」


ヘッジフォッグが目標地点の『フェルーゴ国立研究所』で何か見付け、シグが聞き返した。そっか、シグが目を瞑っていたのは、ヘッジフォッグと一緒に、ネットに潜っていたのか。


「――奇妙だ。研究所内に人間の生命反応が認められない」

「全員、在宅ワークしてんじゃねーの? ホラ、なんか流行ってんだろ?」

「いや違う、バロック。これは――」


シグの言葉に、わたし達は耳を疑った。


「――恐竜がいる」

「……………………は? イヤイヤイヤイヤ。悪い冗談はやめろよな」

「僕は冗談は言わない。恐竜は大小さまざまだが、館内のあちこちにうろついている。ロボットなんかじゃない。生きている恐竜だ。それぞれの恐竜が棲息していた時代も入り混じっている」


車の中は静まり返った。数秒の間を置いて、バロックが質問する。わたしと三神さん、エリザベートさんも最初に思ったこと。聞かなきゃならないけど、できれば聞きたくないことを……。


「……じゃあ、研究所の人間は……?」

「連中の餌になっているようだ」

「……なんてことだ……」

「神様……」


わたしの心に、沸々と湧き上がるものを感じた。残る『宿主』は、あと2人。つまり、そのどちらかが、をやったことになる。心臓がどくどくという音を立てて、頭の方に熱い血を送り出してくる。ああ。怒ってるんだ、わたし。


「許せない……」


自分の瞳が真っ赤に染まっているのが分かる。は、確実に『悪意』がないと起こり得ないことだと思った。残る『宿主』は、あと2人。だから、可能性は二つある。そのどちらの可能性だとしても、最悪の想像しかできない。もし、ベアスの『宿主』がこの『願い』をしたのなら。そして、もう一人の『宿主』が、この『願い』をしたのならば……!


「絶対に、許せない……」


三神さんが、静かに分析して、言葉を紡ぐ。


「……ベアスが、ジョゼ君とベルゼ君を修復し、ヴァイオラ君に託したのは……、罠。『王の儀式』のためか……。他の『宿主』たちを倒し、最も勝利に近付いているヴァイオラ君を、万全にトラップを敷いた自陣に招き入れることで、漁夫の利を得る。恐らく最初から、そう仕組んでいたと考えるのが自然か。つまり、ベアスは『宿主』を掌握し、操っている……」


ぎりぎりぎり……、とわたしは歯ぎしりをする。あれは慈悲なんかじゃ、なかったんだ……。……だけど。そもそもジョゼとベルゼを失ったのは、彼女のせいじゃない。わたし達の甘さのせい。再会させてくれたのは、紛れもなく彼女なんだ……。あの時。感謝とともに流れた涙は、嘘じゃない。ほんのひとときとはいえ、確かに感じた温もり。わたしは彼女に救われた。……裏切られた怒りと、ベアスに対する想い。相容れずぶつかり合い、胸を焦がす。


「ヴァイオラ。いずれにしてもベアスは、この状況を看過していることになる。アイツはオレたちの心を利用し、踏みにじったのは間違いない。そしてもう一人、この状況を把握しているヤツがいる」

「分かってる。神父様だね」

「!」


そう。神父様はこのタイミングを狙ってくる。前がそうだった。ジョゼとベルゼを失って心が壊れそうになり、残された二つの石に縋ってバロックと2人、励ましあったあの時。一番弱った瞬間に神父様は現れた。間違いなく、ベアスに裏切られて弱るであろうタイミングを狙ってくる。……哀れな人。


「『恐竜』を喚び出したのがベアスなのか、神父様なのか。

そんなのはもう、どっちでもいい。……わたしは、2人とも、倒すよ。

倒して、全部を元通りにする。そして、全部の罪を、わたしが、背負う」


それ以上、みんなは何も話さなかった。




ハイウェイは心なしか交通量が少なく、トラックが目立つような感じがした。流行り病のせいで、外出を控えている人が多いのかも知れない。頬杖をついて窓の外を眺める。埃っぽい風ははたはたとわたしの前髪をなびかせ、遠い青い空にはまた、空港から飛び立った飛行機が何処かへと向かい、白い尾をたなびかせていた。


「……わたしは、ベアスも、神父様も、好きなんだ。だから。――大丈夫」

「そうだな。の間違いを正してやるのは、オレたちの役目さ」

「友達だから、ね。……許しはしないけど、ね」

「こわっ」



to be continued...

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