第24話 いっときの夢

ジョゼとアストリッド。二人の果し合いは、ヴァイオラが壊した実験デッキを使うことになった。どうせまた破壊されるだろう、という理由からだ。


「いくよ」

「こっちもだ。いくぜ! レッドラム!」


ジョゼの周囲に『黄金の蔦』がバシバシバシ!! と絡まっていき、ズアッ、と『黄金のアストリオン』が燃え盛る。願いの悪魔ウォルコーンの意匠を顕現し、一角狼と茨に彩られた金色のアーマーが、彼女の身体を包み込んでいく。


「『星紋装纏アストラ・ドレスト』!」

「『悪魔融合デヴィル・フュージョン』ッ!」


そしてアストリッドの使い魔レッドラムが巨大な複眼を持つ兜状に変形し、ガシン!と彼女の頭部を覆い尽くすと同時に、鮮烈な赤の『アクイ』によって全身がヘキサゴンの紋様と流線型の美しい『猩々緋衣スカーレット・ガーメント』で外装される。


「ヴァイオラがダチを生き返らせてくれたから恨みはねー。けど……、てめーは一発ブン殴らねーと気がすまねェんだよォッ!」

「……」


片や、『悪魔使いディアボリスタ』に父親を殺され、復讐に我を失ってシチリアの『悪魔使いディアボリスタ』達を全滅させた、願いの悪魔ウォルコーンの『宿主』。


片や、暴走したウォルコーンの『宿主』の暴走によって友人を亡くし、『宿主』全員を目の敵にしていた『悪魔使いディアボリスタ』。


「――――――――――ッ!」


怒りでも憎しみでもない、複雑な感情に彩られたアストリッドの『アクイ』は瞬時に二人の間合いを詰め去り、構えもせず棒立ち状態のジョゼへ、振りかぶった右拳で、全力の野生の獣のように、極めてシンプルに、顔面を横から、ただただ思いっきり、殴りつけた……!


ゴッ! ドッガッシャア―――――――――――ッッッ! 


分厚い金属の作られたシェルターでもあるこの壁面がまるで粘土の壁にトラックで突っ込んだかのようにひしゃげ、ジョゼの衝突によって床材は瓦礫の山と化し、壁面には直径10メートル近いクレーターが作り出されていた。ノーガードで喰らったあの一撃は、いかに願いの悪魔と融合した『宿主』であっても、軽いダメージではないだろう。彼女の周囲にはもうもうと埃が舞っている。

ガラガラガラ……、瓦礫を押しのけて、ゆっくりと立ち上がるジョゼ。


「気は……済んだ?」


それまで『迷い』に彩られていたアストリッドの『アクイ』が、ジョゼの火焔で加熱されたかのごとく、ボッと朱色に染まっていく。


「済むわけ……、ねえだろッ! バッカ野郎が――――――――――ッッ!!」


バシュッ! と再び瓦礫のど真ん中目掛けて突っ込むアストリッド! ――だが、今度の一撃はスッと回避された。『苛立ち』がアストリッドの攻撃を加速させ、左右の拳からの連撃、からの飛び後ろ回し蹴りのコンビネーションを放った。しかし、その攻撃のどれもが空を切る。痺れを切らし、アストリッドが叫ぶ。


「何で反撃しねーんだよッ!」


叫びながら飛び掛かり、右ストレートで顔面を狙う……!

その時だった。


メシァ……


「これでおあいこ、ね」


スローモーションのように、二人の周りの瓦礫がゆっくりと宙を舞う。ライトクロスカウンターが、アストリッドの顔面に突き刺さっていたのだ。ジョゼは『黄金のアストリオン』を燃え滾らせながらも、沈着冷静にこの一瞬を狙っていたのだ。


「ガハッ」


ドシャッ、と膝から崩れ落ちるアストリッド……。許容量を超えるダメージが入って、レッドラムとの『悪魔融合デヴィル・フュージョン』が解除された。レッドラムは気絶し、アストリッドの隣にぽたりと落ちた。周囲の埃をパッパッ、と払いながら、三神所長とエリザベートが恐る恐る、アストリッドに近付いていく。


「ゴホッ、ゴホッ、大丈夫? アストリッド……」

「強えぇ……。ゼハァ……、ゼハァ……」

「よく言うわ。『願いの悪魔』を真正面から殴り飛ばすなんてね」


そのまま正座のような格好でへたり込むアストリッド。エリザベートはアストリッドを背中越しに介抱している。ジョゼは『星紋纏装アストラ・ドレスト』を解除しないまま、アストリッドを見下ろしている。


「……ま、理解ってはいたんだけど……さ。あたしだって。肉親を殺されたなら。側に『願いの悪魔』がもし、いたなら。あたしだって。同じ事をしたと思う。そんな非道をするような組織に入っていた、あたしのダチの方が、悪いんだよ。暴走したってんなら……、あんたにとっても、不慮の事故のようなものだし……」

「……」

「でも……、『悪魔使いディアボリスタ』が……、全員悪いヤツだとは思わないでくれよな……。あたしのダチも、他に居場所がなかっただけなんだ……。あたしだって……。シグや……、ヴァイオラがいなかったら……」


俯向きながら、アストリッドがとぎれとぎれに語った。珍しく感情を吐露する彼女の両膝に、ポタ、ポタ、と数滴、雫が落ちた。ジョゼは、静かにうなずいた。


「ヴァイオラが信頼しているなら、私も信頼する。よろしく、アストリッド」

「……」


グッ、と手を繋いで、アストリッドを立たせるジョゼ。立ち上がり、離した手をじっと見詰めるアストリッド。踵を返し、ジョゼは、ほぼ全壊してしまった実験デッキを立ち去っていった。


僕はちら、と三神所長を見やる……、彼は頭を抱えている。恐らく彼の脳内では、この設備を修理するための工数や費用について考えていることだろう。例の『数字』のタイムリミットも迫っている事だし、僕の『アストリオン』を修復に回せる時間的余裕もあまりない。頭痛の種が増えてしまったな。……そういえば、ジョゼの『アストリオン』は修復が得意だったはずだ。一応、聞くだけ聞いてみるか。


――僕は、ジョゼの後を追って、室外に出る。ジョゼはまだ『星紋装纏アストラ・ドレスト』を解かないままだ。


「ジョゼ」

「……シグ、か。――あの娘、いい子よね。優しくて、真っすぐで、迷いがあって」


ピタッ、ピタッ……

ジョゼの足元に血が滴っている。握りしめた手が、小刻みに震えている。


「大丈夫か?」

「怪我はすぐ治る。でも――。私は……ダメだ。いくらヴァイオラの友達でも……。無残に殺された父の顔を思い出してしまう……。あの外悪魔の顔を見ると、八つ裂きにしたくなってしまう……」

「ジョゼ……」

「私は……自分を救ってくれたヴァイオラのためなら、この身が消滅してもいいと思ってた。でも今は――、失われた時間の隔たりが苦しい」

「……彼女は、君が居ない間、ずっと寂しさを耐えていたよ。彼女には君が必要だ」

「……」


ジョゼは、結局『星紋装纏アストラ・ドレスト』を解かないまま、その場を立ち去っていった。床に垂れた血の雫は時間が立つにつれ、粒子となって、宙に溶けてなくなった。まるで、最初から誰もそこにいなかったかのように……


「心の有り様というものは――。僕には難しいよ。ヘッジフォッグ」

「――朴念仁のオマエにしては、良い回答だったとは思う」


そこに、バロックがドアを開けて出てきた。白い楕円球の頭部を左右に振りながら、周囲の様子を確認しているようだ。


「あれ? ジョゼは?」

「……多分だけど、ヴァイオラのところじゃないかな。方角的に」

「そっか、サンクス! ……あー。う~ん。そうだな……」

「?」


バロックは少し考え事をしてから、僕に一言、釘を刺した。


「オイ、アイツらのことはそっとしておけ。今、絶対に行くなよ。わかったな」

「あ、ああ……。分かった」

「絶対だぞ! んじゃベルゼ、この基地の探検しようぜ!」

「おおー」

「ちょっと待てー! ボクも連れて行け! だブ!」


……行ってしまった。ジョゼが向かったのとは反対方向、レクリエーションルームがある方向に、ベルゼとフライピッグを連れていった。よく分からないが、バロックは彼女のバディだ。従っておくとしよう。


「――あの行動が正解だ、シグ。解るか?」

「ううむ……」


何故、今ヴァイオラの所に行ってはいけないのだろうか。僕は悩んだ。悪魔と戦うための作戦を立てるより、人の心は――、難しい。



***


ヴァイオラの顔を見に行こう、と思った。


あの娘――、アストリッドに殴られて――。心が痛かった。あの『アクイ』からは、葛藤が伝わってきた。悩み、苦しんだ時間の蓄積、あっけなく問題が解決した喪失感。友人が蘇った喜びと、それより大きい戸惑い。倫理観との軋轢。ヴァイオラやシグとの共闘で生まれた友情、信頼。過去に折り合いを付け、私を許す気持ち。それらが混ざりあい、揺らいでいた。


一方、私は――。目覚めたら、知らない場所に居て――、血まみれのヴァイオラを救護室に運んだあと、あの娘の下悪魔を見た瞬間、かっと頭に血が昇ってしまった。彼女が手合わせを口にした時、これ幸い、と思った。『悪魔使いディアボリスタ』を、痛い目に合わせてやれる、と……。あぁ……。何て嫌なんだ。そんな事を考える自分自身が心底、嫌になって、自分を戒めるために一発、無抵抗で殴らせた。それで終われば良かった、なのに。思わず手が出てしまった。


救護室。


スーッと、ドアが開いた。私はようやく、『星紋纏装アストラ・ドレスト』を解いた。酷い、醜い顔をしていて、誰にも見られたくなかった。


「ヴァイオラ」


ヴァイオラは静かに寝息を立てていた。長い睫毛、艷やかなブルネットの髪、白くてすべすべの肌。この施設に不似合いなセーラーの学生服を着て、襟元には赤いリボンを付けている。――あれ? ……ゴメンね、と呟きながら柔らかい唇を少しめくると、犬歯が少し以前より尖っているみたいだった。少し兆候はあったけれど、悪魔化が進行しているようだ。


「……」


私は、頬杖をついてヴァイオラの寝顔を見ていた。

自分でもなぜか、わからないけれど、涙がぽつり、とこぼれた。



***


(ここは……)


ぼんやりとする頭で白い天井をしばらく眺めていると、身体中にふわふわほわほわの感触がのしかかって来て、自分がベッドに寝ていることがわかった。


(あれ、何で寝てるんだっけ……)


ふと、足元の方に重みを感じる。誰かがそこに居るようだ。ズキッ! いててて……。身体中がバッキバキだ。突然思い立って、筋トレをいっぱいやった次の日みたいな感じというか。むぐぐ……、身体を起こしてみる。……あれ? この頭は……


「ジョゼ……」


……が、寝ている。看病? してくれてたのかな。


「……?」


泣いた跡……。目の周りが腫れてる。何かあったんだろうか……。『黄金の蔦』で出来た角が生えてて、ウェービーなロングヘアがベッドの上に広がっている。わたしはバロックを可愛がるような感じで、ジョゼの頭を抱えて頬ずりをした。ふわあぁ! サラッサラだぁー。すっごいいい匂いする……。角の先は尖ってて、普通に痛い。耳たぶにピアスの穴がいくつか空いてて、小さい銀色のが一つだけ付いてる。てゆーか頭、重っ。角が生えてるからかな。肩凝らないのかな。胸も大きいし……。


「首筋にほくろみっけ。耳に息吹きかけちゃうよ。フーッ、フーッ……。脇こちょこちょこちょこちょ……。……ぷにぷにぷに……」


ダメだ。ぜんぜん起きる気配がない。よほど疲れてるのかな?


「滋養強壮、栄養補給に、『翠緑のアストリオン』……」


ん? これは……。頭に傷がある。アストリッドの『アクイ』で殴られたダメージっぽい。ああ、そっか。で喧嘩したのかな……。とりあえず怪我は治しておこっと。――それにしても、ジョゼが泣くなんて。ジョゼのおでこに額をくっつけてみる。……感じる。心がとても弱っている。そのせいで、目覚めるのを拒否してるんだ。


「ジョゼなら……、いいよね? 入るよ……」


わたしの意識を『アストリオン』に移して、ジョゼの精神へと潜航ダイブする。シグと一緒にデジタル世界へ潜り込んだときの応用技。――でも、以前のジョゼの雰囲気とかなり違っていて、自信満々な『黄金』の輝きはなく、心が沈みきってしまっている。


(外的要因もかなり大きいな――、超空間に投げ出されたとき、身体だけでなく、心もズタズタに引き裂かれたんだ。ベアスに修復されたとはいえ、彼女ベアスは悪魔。人間の心まではカバーできないんだろう……。まず、これを治さないと……)


可能な限り、『アストリオン』で内部を治療していく。少しずつ、輝きが取り戻されていった。復活の際にわたしの『アストリオン』を触媒にしているので、かなり親和性は高いはずだからね。十分くらい、治療を続けた頃だろうか。精神のスフィア内で、体育座りのポーズで顔を突っ伏している、あのひとを発見。


「おーい! ジョゼー!」

「――え!? ヴァイオラ!? これは夢……?」

「へへ、来ちゃった!」


体育座りしているジョゼの所に突っ込んでそのまま抱きつく。あぁ。バッドロックの棲家での時間を合わせると、何ヶ月ぶりだろうか……。頭がびりびりと痺れて、お腹のあたりがムズムズする。やっぱりわたしは……。ジョゼをギュッと抱きしめ、そっと、耳元で囁く。


「ジョゼ。ずっと一緒にいてね」

「ヴァイオラ……。ありがとう……」


そこで急速に、ジョゼの意識が覚醒した。うわわわわわっわわわ!!! とわたしは精神の外へすっ飛ばされ、現実世界に押し戻された。スパーン! とハリセンで顔面を叩かれたみたいな感じになって、身体中の痺れを感じる。ビリビリビリビリ……。目が開いているのに、無数の星がちかちかと瞬いて何も見えない。うぅ……。


だんだんと視界が戻ってくると、ベッドに腰掛けたジョゼが、わたしをギュッと抱きしめていた。あったかい……。もうそれ以上言葉はいらなかった。わたしはジョゼを抱きしめ返すと、互いに体重を預けて、しばらくそのままでいた。


***


あーあー。オレ様って優しいよな。もうそろそろいいかなぁ。ジョゼがヴァイオラに甘えに行って、死ぬほど頭ナデナデしてもらった頃だろ。流石に、ちっとは立ち直ってるんじゃないかなあ。


「よーし、者共! そろそろヴァイオラの見舞いにいくぜー!」

「おー!」

「ププー!」


ベルゼは施設のあっちこっちで貰った菓子を、山のように抱えている。どうも『アストリオン』を引っ込めているときのベルゼは、『食べ物を出す』という『第1の願い』が影響してるのか、道行く人がニコニコしながら飴やら何やら差し出してくるのだ。ついでに子豚ちゃんもおこぼれに預かり、ご満悦のようだ。


「こらこら! スナック菓子の粉をこぼさないんだよ! あ、見えてきたぜ。あそこが救護室だ。……ほら、オマエら……」


オレ様が振り返ると、に、大量の菓子が浮かんでいた。


「……」


ドサッ、ドサドサドサ……


保持力が失われ、位置エネルギーに満ちた菓子が遠慮なく床に落ち、辺り一面にぶち撒けられた。ああ、さっきまで……、アイツらがいた辺りだ。つい一分前までの賑やかさは建造物に吸い込まれ、無言のオレ様と静けさ、床一面の菓子だけが残された。


「タイムリミットか……」


救護室の自動扉をくぐると、ヴァイオラはすでに目覚めていて、ベッドの上で上半身を起こしていた。ベッドの廊下側には、さっきまで誰かが座っていたような跡が残されていた。それ以外には、匂いも、湿度も、気配も、なにもかもが消え失せていた。


「ヴァイオラ……。泣くな」

「う……、う……。バロック……。辛いよ……。辛い……」


オレ様はぽっかりと空いたヴァイオラの前の空間に収まると、正面から手を回して、背中をぽんぽんと叩いてやった。


――ジョゼとベルゼの復活、それはあくまでも一時的なものに過ぎなかった。身体が千切れ飛びそうになるほどの、大量の『翠緑のアストリオン』を消費してようやく、一時間かそこらしかニ人を『顕現』できなかった(それは、ベアスも指摘していたらしい)。


そして。ヴァイオラの『アストリオン』量は、1/3になってしまった。いくらベアスの位置を探るためとは言え、ハッキリ言って致命的なダメージだ。だから、この技は何度も繰り返し出来るもんじゃねー。もしやるなら。それは最後の決戦のときだ。最後の『宿主』とは、必ず戦うことになるだろう。それまで、我慢だ。


「オレ様が神サマになったら……、アイツらを復活させる。約束する」



ヴァイオラは、オレ様を強く抱きしめながら、弱々しく頷いた。



to be continued...

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