第20話 秘策
一体何回、自己再生したんだろうか。宿主ルシフェンの持つ、複数の『第1の願い』が、わたしの身体を幾度となく消滅させる。でも、わたしの『翠緑のアストリオン』は、0.1秒にも満たない時間でわたしを元の姿へと修復した。破壊に特化した彼の『紅蓮のアストリオン』と、回復に特化したわたしの『翠緑のアストリオン』。赤と緑。なにもかもが真反対の攻防は、どちらが先に『アストリオン』を消耗しつくすかの戦いだった。
願いの悪魔ライグリフは悪魔数1。つまり、叶えることの出来る願いの数は、1つ。そのはずが、不死者である宿主の特性を利用して、千年ごとに開催される『王の儀式』に何度も同じ人間を指名することで、一人の『宿主』に『第1の願い』を複数、所持させる――、という裏技を使った。おそらく今回のタイミング――、神様が交代する好機が来る日を想定して、長らく準備をしてきたのだと思う。
「バロック、わたしそろそろキツいかも……!」
『アストリオン』の消費をセーブするため、わたしは『悪魔の願い』を発動させず、『翠緑のアストリオン』の治癒能力だけで立ち回っていた。ここに来る前に立てておいた作戦が上手くいくかどうか、ライグリフの手の内を測っていたためだ。しかし、想定以上の猛攻に、通常状態の『アストリオン』が底を尽きつつあった。
「――そうだな。ここまでにアイツが使った『第1の願い』は、『月への転移』『最強』『巨大化』『消える』『破壊する』『破壊する』『破壊する』『破壊する』『破壊する』『破壊する』……で、途中からループしてる。恐らく過去の『王の儀式』では、途中からマトモな『願い』が出来てねーんだ。ライグリフの手の内はほぼ見えた。情報収集、ほぼ完了だ! あとはシグが来るまで耐えろ!」
「わかった! じゃあ、行くよ!」
残った『翠緑のアストリオン』を全て集中! わたしの全身が翠緑色の光に包まれ、そこから発せられた光の筋がバロックへと繋がり、『
「『第2の願い』ッ! 『
そうわたしが叫ぶや否や。バロックがアーマーと化して、瞬時にわたしへ装着された。極限まで凝縮した悪魔の粒子は強固な障壁となり、その内部を『翠緑のアストリオン』が満たす。これで物理的な衝撃は無効化、攻撃的な『願い』をも遮断する。仮に突破されても、『翠緑のアストリオン』による回復が瞬時に働いて、消滅した身体すら、治癒してしまう。……こうなると最早、『アストリオン』そのものがわたし自身……、そう言っても構わない、かもしれない。バロックのアーマーは、それを漏らさないための『器』として、機能していた。
「フン、ようやく『悪魔の願い』を発動したか。死に戻りを繰り返すだけの『アストリオン』では物足りん所だったわ。さあ、ルシフェンよ! 『最後の願い』を言うのだ! ――そう。お前の永劫に続く苦しみ――、それは、『願い』を祈る『宿主』がいる限り、永遠に終わらない。さあ、『最後の願い』を言えッ!」
ライグリフが『宿主』ルシフェンに対して命令をする。本来、願いの悪魔は『宿主』の願いを叶える存在であるはず。これでは、どっちが『王の試練』を受けているのやら。自我を失っているらしいルシフェンは、その命令どおりに『願い』を口にした。
「『最後の願い』を――、再発動――、『
本当は一つしかないのに、たくさんある。一つしかないから、本当は最初も最後もない。なのに、最後がある。矛盾に塗れたその『願い』は意外にも、ただひたすらシンプルに、『武器を出す』――というだけのものだった。
「
「そうか、それなら相手がどんな『願い』をしたとしても、関係ない――!」
バロックが、ルシフェンの『最後の願い』を見抜いた直後。みるみるうちに、ルシフェンが猛烈な赤い光に包まれていく。その光は悪魔ライグリフに伝わり、ライグリフの身体を『紅蓮のアストリオン』で包み込み、収斂し、『
「わたし達の『第2の願い』と同じ!?」
赤い光と化したライグリフが宿主ルシフェンの手中に収まり、変化した姿を現した。光が収まり、湾曲した刀身が見えてくる。
「刀……!」
「ライグリフが刀になりやがった!」
和洋折衷、という言葉が真っ先に浮かぶその姿。手に握る部分『柄』の
ズ…………。
ルシフェンが刀をゆっくりと抜刀すると、日本刀を思わせる反った
「その通り。これは『願い』を斬る刀だ。つまり、お主の『願い』を防ぐその鎧と、真逆の存在と言えよう。さあ、どちらが勝つかな?」
(マズい……)
バロックの不安が伝わってくる。それもそのはず。向こうは願いが1つのみなので、確実に100%の願いがさらに、『王の儀式』を11周して、『最後の願い』に『アストリオン』を収斂させている。一方こちらの『
ヒュバッ!
不意打ちの一撃にバロックが反応し、ブリッジのような体型で回避した。わたしの背骨がグギグギ! と鳴り、息が一瞬ひゅっ、と止まる。幾ら『アストリオン』で瞬時に治療できるとはいえ、心臓に悪い。ホントやめてほしい。
「あっ、あぶね―――――ッ!」
「うげげ……、ちょっと! まだ考えてるんだから斬り掛かって来ないでよ!」
「どうも貴様らと戦っていると調子が狂う。我々を殺しに来たのではないのか?」
「へっ、どーかな。ヴァイオラ、
「オッケー」
サッと立ち上がったわたし達の左掌に『アストリオン』が球状に集まっていく。『願い』は縄文土器のように複雑な紋様が光る翡翠のスフィアとなり、わたしの中に潜む愛しい悪魔たちを支配するべく、『第3の願い』が発動する。
「『第3の願い・
チャキッと腰から六角形の『黄金のメダイユ』を取り出すと、『悪魔の設計図』の嵌め込み口へカチリ、と嵌め込む。ルシフェンとライグリフは、こちらの動きを警戒して様子を見ている。だけど、その選択は間違いだよ。
「何をするつもりだ……?」
「『
ズズズズ……と、『黄金の蔦』が『悪魔装纏』に絡まり、バロックの紡ぎ出したアーマーが姿を変化させていく。悪魔ウォルコーンとジョゼのシンボル、蔦と角の意匠が、スタイリッシュで可愛いバロックとわたしの鎧を、揺らめく炎のような力強い心の形へと変えた。
「ライグリフ! テメーの1つしかない『願い』は、どう足掻いても100%だ」
「わたし達は、『願い』に『願い』を掛けることができる。つまり」
「33.3333…かける33.3333…だ。算数は出来るか?」
「何だと……」
バキバキ! と『黄金の蔦』が右手に集い、ウォルコーンの角を象った大剣、黄金の星紋剣『
「『
バオッ!!!
ドン! と巨大な砂柱が舞い上がり、ボッ! と前方へ突入。およそ1111%の出力で、炎の剣と化した『黄金の蔦』を携えたわたし達は、ルシフェンへと亜光速で踊りかかった。しかし、ライグリフの傀儡と化し、最早自我など持ち合わせていないだろうルシフェンは、人間には不可能な反射速度で――。
ガキィィン!
と、その赤い宝石が嵌った刀で、わたし達の『
「へっ! やるじゃねーか!」
「『願い』と『願い』の掛け合わせとは……。だが結局、互いの『宿主』における『アストリオン』の削り合いになる。であれば、絶対量の多い私の駒が勝つ」
「それはどうかな?」
わたしの剣とルシフェンの剣、相反する『願い』同士が衝突してスパーク、辺りがバチバチと明滅する中到着したのは、『白銀のアストリオン』を纏った、『
ズバッ!
わたしの剣を防いでいるルシフェンに向かって、シグが『アストリオン』で出現させたロングソードで突きを繰り出す。すると、ルシフェンがわたしの剣を振り払った。
バキィン!!
互いの武器が少し欠け、宙にぱっと悪魔粒子の雪が降る。逃れたルシフェンはゆっくりと後方宙返りした。互いに身動きが取れないこの状態では、乱入してきたシグの攻撃を回避するのが難しい。そのため、迷うことなく退いたのだ。シグは剣を後方に投げ捨てると、剣は粒子となって空中にフッと消えた。
「おっせーよ!! シグ!」
「すまない。『
「何だと……?」
ライグリフがしわくちゃの顔をもっとしわしわにして驚嘆する。パチパチパチ。拍手まで飛び出した。ほぼ真空に近い月面上なのに音が聞こえるのは、大気で音が伝わっているのではなく、アストリオンや悪魔粒子の振動をわたしは感じ取っている、らしい。
「あの男を倒したというのか! ハッハッハッ! 愉快ッ! 愉悦ッ! よかろう! 褒美として、貴様たち二人で掛かってくるがいい! 私も本気を出そう」
「本気じゃなかったのかよ」
「ホッホッホッ……」
嗄れた笑い声が悪魔粒子を振動させて辺りに響き渡る。するとライグリフの化けた刀の柄、赤い宝石がキラリと怪しく煌めき、結晶状の枝が四方八方にバシバシと伸びて、じわじわとルシフェンの体表に根を張り、少しずつ融合していく。ルシフェンは苦しそうに喘ぎ、呻き声を上げる。ライグリフの高笑い。
「グゥゥゥオオオアアアアアア――――――――――――――――ッ」
「カッハハハハハハハハ!」
ルシフェンの体表は赤黒い、羽毛のような形状のチェーンメイルに包まれ、その一枚一枚が鋭い刃と化している。ライグリフの意匠である鷲の嘴が頭部を覆い尽くし、それがバカッと開くと内部に燃えたぎるような火焔の眼球が浮かび上がった。両肩部は鷲の爪を模した防具となり、『
「ヴァイオラと言ったか。お主の言うところの、『
シグがスッ、とわたしに手を差し伸べる。
「さあ、ヴァイオラ」
――
「――僕を使えッ!」
「よし。あの傲慢おじいちゃんに、一泡吹かせてあげる」
「よっしゃ! 行くぜ!」
「フフフ……、何やら奥の手があるようだな……。良いぞ。さあ、見せてみろ!」
わたしは『
「『
シグの身体が、『
「二人分の『願い』同士の掛け算。もう、計算するまでもないでしょ……?」
「うぬぬ……、小癪……! 小癪、小癪なッ!」
「あなたの負けだよ、ライグリフ」
「ク、ククク……、人間如きにこの私が敗れるなど有りえぬ……!」
ギャァアアアアッ! まるでマンドラゴラを引き抜いた際の叫び声のような、耳障りな音が響き渡り、『
「ぐあああああああああああああああああああ――――――――――ッッッ」
張り裂けんばかりに肉体が膨張するのを外部から強制的に押さえつけられ、無尽蔵に増加していくルシフェンの『紅蓮のアストリオン』。それを見ながら、わたしの内部で他の三人――バロック、シグ、ヘッジフォッグが言葉を交わす。
「ひでェことしやがるぜ……。あのアーマーの内部は、もうルシフェンの原型は留めていねーだろう。ただし、『宿主』が『宿主』足り得る部位、『
「逆に、狙いは定め易くなった。僕の剣で切り裂けば、『
「――そう、狙いはヤツの『
対ルシフェン用の、最後の技を繰り出す時が来た。わたしの中にシグの言葉が響く。
「『第3の願い』――、『
わたしの右手に、スラァァ……と、1mほどの光の刃が生成される。――と同時に、ルシフェンの身体から迸る様々な因果の筋が、光の航跡となって視覚化された。これから起こりうること、これまでに起こったこと。時系列に関係なく、原因と結果を斬り離す、という恐ろしい能力。これまではシグの最大出力を越える『願い』や『アストリオン』に対しては効かなかったが、わたしと一つになり、『
「ヴァイオラの戦闘記録を共有。ルシフェンの行動予測完了」
「来る!」
ボッ!!!
ほぼ光速の一撃がわたしの頬を掠め、アーマーを剥ぎ取った。と同時に、『翠玉のアストリオン』にて極限まで高められた『
ザシュッ……
音が一瞬遅れて伝わるその時、斬られた彼の鎧の内部が垣間見え、さきほど予想した通り、がらんどうの鎧の中には『紅蓮のアストリオン』が液体のように充満していて、すでに肉体は存在していなかった。寒い日の排水溝から湯気が立ち上るように、赤い霧が昏い穴からゆっくりと噴出していた。と思ったのも束の間、瞬時にアーマーが再生し、すっかり元通りになってしまう。彼らに通常の攻撃は通用しないだろう。
「無駄だ。『
「『
互いに接近した状態から、必殺剣の体勢へ。ルシフェンの持つ巨刀には『紅蓮のアストリオン』が、わたしの光刃には『翠玉のアストリオン』が集まり、キィィン! と高周波が悪魔粒子を通じてわたしの脳内に伝わってくる。チリチリと周囲の砂塵が弾けた。
――――今!
「『
「『
こちらの攻撃が届くより速い、凄まじい速度。目には留まらない速さで『紅蓮のアストリオン』が膨れ上がり、超巨大な刀を持った巨人の像となって頭上から断頭台が如く、振り下ろしの斬撃が振り下ろされる。しかし、シグの攻撃予測によって見切られたため、直撃は回避した。衝撃波で『アストリオン傷』のダメージを喰らいつつも、反撃でわたし達の攻撃が発動!
「うりゃあああああ―――――――――――――――ッ!!!」
「砕け散れ―――ッ!」
ブン、と一度だけ切り裂くモーションが見えたハズ。ルシフェンには。五千倍を超える密度に高められたわたし達の『願い』が、限りなく同時に千の斬撃を放ち、ルシフェンのアーマーを音もなく空間ごと木っ端微塵に斬り裂いた。それでも破壊できないライグリフ自身の刀身と赤い宝石。最強の悪魔という二つ名は伊達じゃない。けれど、『紅蓮のアストリオン』が薄れバラバラになったアーマーの中心部に、ドクン、ドクン、と脈打つ、ひときわ輝くものがあった。
「出たッ! ルシフェンの『心臓』だ。あれが『
「――悪魔が『宿主』の一部を、自分自身の身体と置き換える――。それが、『宿主』が不老不死となる秘密。よって、
シグが即座に解析し、ウォルコーンがわたしへの
「クク……、凄まじい、凄まじいぞ。だが『アストリオン』の量が絶対的に違いすぎるな。ルシフェンはまだ10度は今のように再生できるだろう。だが、お主ら二人を合わせても、この技を放つにはあと1度が限界、といったところだろう?」
「……」
なんでもお見通し、ってわけか。流石は最強の悪魔と呼ばれるだけはある。
「だが私は今のようにこの『心臓』を死守する。そして元通りにルシフェンを修復する。然るに一方。お主らは燃料切れというわけだ。さて、まだ何か打つ手があるというのかね?」
「ご丁寧に説明ありがとよ。だがなライグリフ。勝つのはオレ様たちだ。オマエは既に詰んでいる。チェックメイトだ!」
「ああ――っ! ちょっとバロック! それはわたしの決め台詞でしょ!」
「遺言は終わりかね? では、さらばだ」
大刀にヘンゲしたライグリフを携える鎧のルシフェンは、刀を大上段に構える。ライグリフの言う通り、正真正銘、これが最後の一撃。わたしたちの『アストリオン』残存量では、3撃目は放てない。
「『
再び、互いの必殺技が繰り出される。一度観たアニメの同じ場面を再生したみたいに、紅の巨人像が、血を滴らせたように真っ赤な『アストリオン』に包まれた巨大刀を、瞬時にわたし達の脳天へうち下ろす。だが、これも先程と同じく、シグの攻撃予測で回避した。衝撃波でもう一度ダメージを受ける。わたしは思わず片膝を付いた。けれど、これが最後のチャンス。輝く白刃の光が失われる前に、もう一度!
ブゥン――。
「うおおおおおお――――――――――――ッ!!! 『
わたしは、『翠玉のアストリオン』を光り輝く剣に篭め、千回振るい、巨人の大剣を受け流しつつ、ルシフェンのアーマーを滅多斬りにした。ルシフェンのアーマーは破壊され、もう一度『心臓』が露出した。
「ハァッ! ハァッ……! よし!」
「これで終わりだッ! ライグリフ!」
わたしが瀕死の状態にも関わらず、勝利宣言を行うバロック。ライグリフは巨刀の姿をカタカタと震わせて、その様子を失笑しながら一言漏らす。
「ク、ククック……、娘がその状態で、一体何が出来るというのだね……?」
「力を貸して……、ジョゼ、ベルゼ……!」
わたしは、両手に二つの『メダイユ』を握りしめる。ジョゼの力を宿した『黄金のメダイユ』と、ベルゼの力を宿した『漆黒のメダイユ』。二枚の『メダイユ』は『
「喰らえ! 『
シュバッ!!!
『漆黒の触手』と『黄金の蔦』が編み込まれた『アストリオン』のワイヤーがわたしの両手から伸び、ライグリフがアーマーを再生するより素早く、ルシフェンの『心臓』をガシっと掴んだ! これがわたし達の最後の秘策……!
「狙い……通り…‥!」
「あぶねー、マジでギリったぜ……」
正面からまともに『漆黒のアストリオン』をぶつけても、あのコンビには通用しない。だから何重にも、無理やり隙間をこじ開け、文字通り『心臓』を握った、というわけ。この状態になってしまえば、活かすも殺すもわたし次第……。
「何ッ!? アーマーの修復が出来ない……だとッ!? 『紅蓮のアストリオン』がく、喰われているのか!? バ、バカな……!」
再生を阻まれたライグリフが目に見えて焦る。自分自身である巨刀の姿のまま宙に浮き、振り回して『蔦』の切断を試みるが、『紅蓮のアストリオン』の供給が絶たれた『
「じゃあ……、ちょっと、お話ししましょうか」
「ヒィィ……」
to be continued...
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