第19話 悪魔使い vs. 悪魔使い

ヴァイオラと『宿主』ルシフェンの戦いが始まった。ズズン……、ドォォン……。重力の薄いこの天体に衝撃が伝わると共に、破壊された岩石と砂埃が舞う。僕たちの足元にパラパラと小石が落ちる。僕とアストリッドはそれを遠目に見ながら、前方へ立ち塞がる二人の『悪魔使いディアボリスタ』とこれから戦闘を行うのだ。僕は悪魔の『宿主』と相対したことはあるが、『悪魔使いディアボリスタ』との戦闘は残念ながら、想定されていない。


「……シグ。アンタは『悪魔使いディアボリスタ』と戦った経験は無いだろう。奴の能力次第では、相性が悪く苦戦するかもしれない。取り敢えず、そこで見ててくれ。ヤバい時は助けに入って欲しい」

「分かった。ヘッジフォッグ、臨戦態勢のまま待機だ」

「――承知した」


僕が一歩下がり、アストリッドが一歩前に歩み出る。と、敵側の『悪魔使いディアボリスタ』……デルニエ=エンデと、その娘ゼルテの二名のうち、ゼルテが同様に一歩前に歩み出た。どうやら、敵側もこちらと同じように、一対一での戦いを望んでいるらしい。恐らく、『宿主』との戦いを警戒しているのだろう。無論、僕も一方的な殺戮は望んでいない。可能であれば、この二人は生存状態で捕縛したい。であれば、アストリッドに託すのが最適解だ。


「私の組織は――」


男の『悪魔使いディアボリスタ』、デルニエ=エンデが語り始める。初老の男は黒の高級なスーツに奇妙な形状のスカーフ――、髑髏の透かしが入っている血のような赤のスカーフを首に巻き、刈り上げの頭髪は整髪料が丁寧に撫でつけられ、口髭をエンジェルコンチネンタル風に整えている。鋭い眼光はナイフの如く『宿主』である僕に突き刺さってくる。


「――『宿主』に壊滅させられた。悪魔研究家の娘にな。本来ならば、あの『願いの悪魔』は私の手中に収まり、世界を支配している筈だった。だが誤算だった。あの男が悪魔を隠し、娘に『宿主』の権利を譲渡するとはな……」

「だが、その『願いの悪魔』の手下になるなんて、落ちぶれたもんだな」


アストリッドが挑発する。しかし、デルニエ=エンデは一切動じることはなく、見下すように言い放つ。


「その類の安い言葉に逐一反応するほど暇ではない。貴様たちとの戦いも、私にとってはビジネスに過ぎん。ライグリフが『王の儀式』で勝利した暁に、ヤツは次世代の神となる。だがあの『宿主』ルシフェンは――、この世界を統治する器としては――見て分かる通り、壊れすぎている。即ち、王となる人間が他に必要になるのだ」

「フン。言い方を変えただけで、結局は、傀儡になることには違いないね」


エンデが目を細めてアストリッドを睨めつける。


「私にそこまでの大口を叩くとは大した女だ――、口は悪いが、顔立ちも美しい。殺してしまうのは勿体ないが、やむを得んだろう」

「ハッ。あたしは年下好みでね。アンタみてーな爺さんはお断りだよ」

「フッ……」


エンデの背後に居る奇妙な白黒模様の球体である下悪魔の周辺に、悪魔語で記された紋様が縦横無尽に走る。と、男の体躯が紫色のオーラに包まれた。『悪魔使いディアボリスタ』特有の能力、『アクイ』だ。性質は『アストリオン』に似るが、本質は大きく違う。『アストリオン』が人の『願い』を具象化するのに対し、『アクイ』は人の『悪意』を具象化する――、つまり下悪魔と契約した人間は、内に潜む悪意を具象化して意のままに操り、敵を攻撃できるようになるのだ。以前記憶した資料にそう記されていたのを思い出した。


「ゆけ、ゼルテよ」

「はい、お父様……」


エンデの光る緑色の『アクイ』が管状に伸び、ドス、ドス、とゼルテの背後に佇むウイルス状の悪魔へと接続され『アクイ』が増幅――、「あ、あ……」という呻き声と共にゼルテの身体がびくっ、びくっと大きく痙攣する。直後、ゼルテに増幅したエンデの『アクイ』が供給され、その細い体を包み込んだ。紫色のオーラは美しいドレス状に変化し、顔部分には顔を全て覆う、中世の騎士を思わせるような兜が装着され、全身を包み込む強堅なボディーアーマーとして具象化した。


シュバッ!


「おっと! 危ねッ!」


アストリッドは、不意打ちで突っ込んできたゼルテの突撃を間一髪で回避。ゼルテはそのまま突き進んで10メートルほど先に着地した。暗い夜の世界で、音もなく砂埃が浮かび上がり、ゆっくりと砂が舞い散った。


「なるほどね。アンタの『アクイ』は、他者へ力を供給して、意のままに操る能力。しかも実の娘にそれをやるか。エッグいことするね~」

「良い事を教えてやろう。娘は病気で余命僅かだったのだ。最早、彼女の意識はない。私の『アクイ』で延命しているに過ぎない。そう……。私が『宿主』になっていたのなら、話は変わっていたのだが、な。残念なことだ」


アストリッドは肩をすくめ、片手を腰に当てて、エンデと会話を続行した。EINアインの方針があり、あくまで戦闘は最終手段、対話が可能なところまでは対話を行い、ギリギリまで情報を収集するのが目的だ。


「――ハ、じゃあうちのヴァイオラに治療させればいいよ。アイツの『アストリオン』は治療が得意だ。戦う必要はない」

「クックック……。実に甘い。甘すぎて恍惚となってしまう程」

「は? 何言ってんの?」

ゼルテの情報は、お前達が戦いにくくする為、与えたに過ぎん。実際、あの子は非常に好ましい性格をしており、私が闇の稼業をしている事も知らない。福祉の仕事に従事する父から、無尽蔵の愛情を注がれていると勘違いしている、哀れな娘なのだ。そんな子を、手にかける事が出来るかね?」

「……」


黙って話を聞くアストリッドの怒気が少し漏れ出して、赤紫色の『アクイ』がゆらゆらと周囲の空間を揺らす。彼女はダムのような性格だ。ある一定水域まではどんな感情でも耐え、蓄積する事ができる。だが一点だけ悪い部分があり、溜め過ぎたとき、それは決壊し、眼前の敵を葬り去ってしまうのだ。過日、ヴァイオラが一旦彼女をリセットしてくれたお陰で、水位はほぼゼロの状態に戻った。かなり落ち着いている。落ち着いて、新しい怒りを溜めている。少し漏れてはいるけど。


「さあ、ゼルテよ。ヤツの首を私に差し出すがいい」

「はい、お父様……」


ヒュバッ!


ゼルテによる再度の突撃。剣状に変化した右手の甲で突き刺そうとする攻撃を、アストリッドは見切って躱す。『アクイ』で自らの感覚を強化し、反応速度を限界まで高めているのだ。シュバッ! ゼルテの右剣がもう一閃、空を切る。アストリッドが頭をスリッピングさせ、皮一枚で回避したのだ。


「シッ!」


と同時に、『アクイ』を極限まで硬め赤い結晶と化した拳で、ボディへの容赦ないカウンターが決まった。ボギボギボギ! という嫌な音が、僕の『アストリオン』で造られたアストリッドのスーツを通じ、振動として伝わってくる。


「―――――――ッ!」

「何ッ!?」


エンデが思わず驚愕の声を漏らす。打たれた箇所のスーツが砕け散り、美しいドレスはたったの一撃で無残な姿になった。破片が昏い宙にゆっくりと浮かび上がり、戦闘を彩る微細粒子パーティクルとなった。『アクイ』でスーツを破壊されたゼルテは声すら上げることも出来ず、カウンターの威力で斜め上へ吹き飛んでいった。重力が軽い事もあり、このままでは月の重力圏を脱出して宇宙を彷徨うか、再び月の重力に囚われ、月の衛星と化すか、どちらかだろう。


「彼女は僕に任せろ。アストリッド、君はエンデを頼む」

「りょーかい」


僕の『第3の願い』は、全ての『因果』を断ち切る剣。相手の力が如何様なものであったとしても、そのトリガーを断つことができる。これで奴の『アクイ』を断ち切り、彼女を救い出す。


「『第3の願い』! 『因果断裂カウザリティエト・アブシュナイデン!』」


吹き飛ぶ彼女の背後に『白銀のアストリオン』で瞬間移動した僕は、エンデから伸びている『アクイ』のケーブル、そして彼女を囚えているウイルス型の悪魔を、『第3の願い』で粉微塵に斬り裂いた。この悪魔はどうやら、エンデが造り出して寄生させたもののようだった(……尚、技名は元々存在しなかったが、その方がカッコイイから! という理由で、ヴァイオラに言わされている)。……ともかく、武装が解除され、重傷を負った彼女を僕はなるべく優しく受け止めた。触れただけで今にも折れそうな、華奢な身体。一輪だけ床に落ちたドライフラワーのよう。とても戦闘などに耐えうるはずもない。


「……とはいえ、あの父親がいなければ、この子は既に他界していたわけか……」


複雑な感情が湧き上がる。一言で解析するのは難しいが、胸のあたりがずきずきと痛む。また、ヴァイオラの事を考えている間は、その痛みが少しだけ和らぐ。そんな僕に対し、『第2の願い』でスーツ状に変化している僕の悪魔、ヘッジフォッグが語りかけてくる。


「……機械に宿った仮染めの魂であるオマエが心を痛めるとは。クックック、非常に興味深い……。なぜ胸が痛むのか? なぜ、あの娘の事を想うのか? そんな機能は存在しない筈だが。解析したいので、地球に戻ったら一寸チョットだけ分解させてくれ」

「却下だ」

一寸チョットだけだから」

「駄目」


僕は空中でゼルテを抱きかかえると、『白銀のアストリオン』を逆噴射し、空中で静止。そのまま弱い重力に任せて、アストリッドとエンデが対峙している後方へとゆっくり着地する。僕は『アストリオン』で即席の救護室をその場に構築し、ベッドにゼルテを寝かせると、事前に作成した回復薬のバッグを取り出し、点滴静脈注射を行った。ヴァイオラのように一瞬で回復させるのは不可能だが、これで『アクイ』の後遺症や、損傷した内蔵や骨の修復が行われるだろう。僕はアストリッドに頷きながら、アイコンタクトで伝える。彼女は一言だけ返事をした。


「……その子のこと、宜しく頼むよ」

「フ、駒を一つ失ったか。まあいい。女、次は貴様を頂くとしよう。貴様はただ駒にするだけではない。肉奴隷として愛でてやろう」

「…………はぁ!? ぬゥァんだァ~~~コイツ!? オエッ! キモッ! 死ね! 絶対殺す!」


アストリッドはピンク色と水色の総髪を振り乱し、本気で吐きそうな表情を浮かべている。『アクイ』が増大していくのが見て取れる。あの男と肉体関係を持つことがよほど厭らしい。大丈夫だとは思うけれど、一応、釘をさしておく事にする。


「殺すのはダメだ。生け捕りにしてくれ。そいつはいずれにしても一生、監獄だ」

「ああークソッ! 覚悟しろよダニめ! このゴミカス野郎! 女の敵!」


左手で顔を抑えるアストリッドの頭髪がざわざわと逆立ち、『アクイ』が立ち込める周囲の空間にピシ、ピシ……と亀裂が走る。それに従い、彼女の怒りと嫌悪が、魂の器を満たしていく。アストリッドの『悪魔使いディアボリスタ』としての特殊な能力、それは蓄積した感情によって、性能の違う『アクイ』を結晶として体外に放出し、それを武装することが出来る、というものだ。


「行くぞレッドラム!『悪魔融合デヴィル・フュージョン』ッ!」

「貴様は私のモノだ。下悪魔オーディールよ、『悪魔融合デヴィル・フュージョン』せよ」


アストリッドの背後に居た下悪魔レッドラムが彼女の頭部に覆いかぶさり、羽根の生えた真っ赤なサッカーボールのような見た目から、昆虫の複眼と大顎を思わせる頭部形状へと変化する。本人に言うと怒られるんだが、シオヤアブという肉食の虻をどことなく思わせる顔面だ。怒気で結晶化した『アクイ』はパキパキと全身を覆い尽くし、極度に高まった硬度を持つスーツ『猩々緋衣スカーレット・ガーメント』へと変化。女性的な流線型のボディラインが現れ、両手脚にヘキサゴンの柄を持つ流麗なガントレットとレガースが装着された。また、結晶化した嫌悪感は武器となり、2本の結晶斧『嫌悪の手斧ディスガスト・ハチェット』になった。


「融合完了。レッドラム、油断するなよ」

「がってん! アネゴ!」


デルニエ=エンデも同時に下悪魔オーディールと融合した。ヤツが持つ球状の悪魔が悲鳴を上げながら全身をすっぽりと包み込み、ギョッと収縮して白黒の複雑な紋様を持つ、筋肉質のボディスーツとなって、体躯が二周りも巨大化した。顔面が何箇所か縦に裂け、緑色の光る眼球がぎょろりと剥き出しになり、ギリリと歯を食いしばる凶悪な面が浮かび上がった。まさに怪人、といって差し支えない形相だ。左手で何かを握りつぶすような仕草をすると、緑色の液体がそこから滴り落ちた。ゼルテを操っていた『アクイ』だ。


「この液体に触れたモノは全て私に支配される」


バッ! とヤツが液体を振りまき、壊れた散水栓のようにビシャビシャと辺りに飛び散る。赤い陽炎のように体躯を翻したアストリッドは後方宙返りでそれを躱し、同時に『嫌悪の手斧ディスガスト・ハチェット』を放った。ギャルギャルギャル! と回転鋸のように猛回転しながら、怪人と化したデルニエ=エンデを襲う。あれには『アクイ』を断ち切る性能がある。バスバスバス、と切断された緑色の液体は霧散して消えた。手斧は回転しながらアストリッドの手元に戻る。


「ほう……」

「これでも喰らいなッ!」


着地した刹那、手斧を構えて前方へ目掛けて超低空で飛びかかるアストリッド。軽く音速は越えている速度だ。だがエンデは避けるでもなく、緑色の液体を前方へ集めてマッハの攻撃を防いだ。奴の『アクイ』は衝撃吸収の役目も果たすようだ。さらに液体は粘度を増し、手斧を掴んで離さない!


「『不自由の壁ムーロ・ディ・ディザージ』。この壁に触れた者は二度と離れることが出来ない。このまま貴様をジワジワと喰らい尽くしてやろう。フフ、フハハハハハハハハハハ!」


それを聞き、頭をポリポリと搔くアストリッド。


「チッ、仕方ない。本当に気が進まないが、その斧はプレゼントしてやる。……冥土の土産にでもしな!――『慈悲の爆弾メルシィ・ボム』」


バッ、と後方へ距離を取るアストリッド。着地と同時にパチン、と指を鳴らした。瞬間、手斧を形成している『アクイ』がブラックホールのように凝縮し――


ズガァァァァァン!!!!!


――大爆発を起こした。理由はともあれ、娘を生存させたエンデに対するが生み出した『アクイ』の効果だ。ただし、その効果がである理由は、僕にも良く分からない。苦しむ間もなく倒してやろう、という彼女なりの優しさなのだろうか……?


「ぎゃああぁァァァ~~~……」


遠目に取り巻いていた雑魚の『悪魔使いディアボリスタ』達が巻き込まれ、何十人も吹き飛ぶ。恐らくルシフェンに何かしらの影響を受けているのであろう『紅蓮のアストリオン』に包まれていなければ、奴らは全員爆死しているレベルだ。……いや、残っているのも数名いるらしい。ダメージは受けているが、それなりの実力者なのだろう。爆心地の砂埃がゆっくりと消えていき、エンデの姿がゆっくりと現れる……。


「ぐ、ぐぐ……。ガハッ」


結晶斧を掴んでいた『悪魔融合』の半身が吹き飛び、本体が露出している。無論、あの爆発が直撃した本体も重傷だ。左肩関節離断、離断箇所周辺の深達性Ⅱ度からⅢ度熱傷、左半身広範囲のⅡ度熱傷、砕け散った結晶斧による刺創21箇所、露出部位全域の裂挫創……。はっきり言って即死しなかったのが奇跡というレベルだ。放置しておけば数分で死に至るだろう。


「アストリッド! やり過ぎだ!! 僕が治療を……」

「チェッ、アイツが弱すぎるんだよ……」

「ゼヒューッ、ヒュー……、くは、くははは……」


急速に死へ近付いていくエンデが謎めいた嗤いを零す。アストリッドとレッドラムの『悪魔融合』は、ほぼ『宿主』レベルと言っていい。人間のレベルを圧倒的に越えてしまっている。そんな彼女らの攻撃でゼルテを失い、そして大半の『悪魔使い』が壊滅し、自らも死の淵に立たされている。奴にはまだ何かあるというのだろうか。


「……ゴボァ。女……、左手を見るがいい」

「何っ。……ハッ」


アストリッドの左手に、エンデの『アクイ』が僅かながら喰らいついていた。


「これから貴様の精神を犯し、乗っ取ってやる。貴様そのものとなり、その肉体を味わい尽くしてやる。ククククク、この感じ、貴様は処女だな。よかろう、ほんの少しだけ思考を残してやる。喜ぶがいい、貴様の嫌悪する醜悪な男共に、毎晩奉仕させてやろうではないか。いい薬を射ってやろう。自我を失うまで快楽に溺れ、狂い、痴態を晒すがいい。私はそれを見物し、まさに愉悦……ッ」


ハァ、と一息。彼女が溜息をつく。


「……で、そっちの体はもういいの? もうすぐ死んじゃうけど。意味なくない?」

「クククク…‥…。肉体など所詮、器にすぎん。私の肉体など、とうに抜け殻なのだ。この肉体は最初から死んでいるも同然。操り人形のように『アクイ』で動かしているだけなのだ。この『アクイ』の伝播そのもの、この『アクイ』自体が、既に私の存在、そのものなのだ――――――――ッッッ! ゲバハハハハアアア――――――――ッッッ」


その言葉を聞いて、アストリッドはニッコリと笑った。


「そっか」


次の瞬間――。一切躊躇せず、アストリッドは自らの左腕をスパッと斬り落とした。弱い重力に従って、ふわりと地面に落下し、すぁ……と白い砂埃が舞う。切断面からは鮮血が散って、まるでシャボン玉のように、赤い球体が緩やかに浮かんだ。アストリッドは試験管型のカプセルを取り出し、エンデの『アクイ』を採取。これで、、ということになる。そして彼女は切断した自らの左腕を爆破し、消滅させた。


「!? …………な!? ……………な、な、何だと!?!? 一体どういう……」

「じゃあな、クソ野郎。ちょっとだけ楽しかったよ」


本人が抜け殻と称した悪魔融合体の右半身に、もう一本の結晶斧が突き刺さっていた。次に起こることは容易に想像が付く。下悪魔オーディールが脱出を試みようとするが、結晶斧は空間を固定しており身動きが取れなくなっている。逃さない、というアストリッドの決意だ。感情をそのまま能力として出力する『アクイ』。彼女が味方で良かった。


「『慈悲の爆弾メルシィ・ボム』」


二度目の爆発。無音の空間に巨大な衝撃波がズズズズズ……と拡散し、小さなクレーターがもう一つ出来上がった。『アクイ』の欠片すら残さず、デルニエ=エンデは消滅したのだ。……いや、訂正しよう。エンデの『アクイ』は、アストリッドの持つカプセルにサンプリングされて、少しだけ残った。最後に余計なことを演説したせいで、怒りを通り越したアストリッドは『ゾーン』に突入してしまったのだ。こうなるともう、お手上げだ。


「う、うわあ――――――ッ!」

「殺される! 逃げろ……ッ!」


悪夢のような光景に『悪魔使い』達は散り散りに逃げ去り、視界から居なくなってしまった(――どうせ逃げ場は無いのだし、彼らを捕縛するのは後にしよう)。


「ふう」


カプセルを手にしたアストリッドは『悪魔融合』を解き、僕のスーツを着た状態に戻る。


「お疲れ様。切断した左腕を修復するよ」

「そうだなぁ……。あー、いや……、後でヴァイオラに頼むとする。アイツの方が治療は得意……なんだろ?」

「……君がそうしたいなら、それで構わない」


やれやれ。最初はあんなに反目していたというのに、すっかりヴァイオラの虜になってしまったようだな。……確かに、彼女の心と友人を、絶望と死から救ってくれた、彼女にとっての救世主なのだから。あまり詮索したくはないのだけど、スーツから好意と呼べる感情が伝わってくる。悪魔化しつつあるヴァイオラに、『魅了』の力が備わりつつあるのではないだろうか。今回、最強と呼ばれたデルニエ=エンデに圧倒的ワンサイドゲームを行えたのも、があったせい、かもしれない。


「これであたしの任務は完了だ。流石に少し疲れたから、休ませてもらう。あの子ゼルテはあたしが面倒みるから、シグ、あんたはヴァイオラを手伝ってやってくれ」

「シグさん、バロック様を宜しくお願いします」


レッドラムが深々と頭を垂れ、僕は頷いて一言だけ返す。


「わかった」


相変わらず遠くからは、ヴァイオラとルシフェンが交戦する音が伝わってくる。きっとこの地で千年ごとに行われてきたであろう、生き残った『宿主』同士の決戦。だが今回はまだ中盤戦、と言ったところだ。まだ残る『宿主』は5人も居るのだから。


「じゃ、行くよ。ヘッジフォッグ」


僕は『白銀のアストリオン』をジェット噴射し、にヴァイオラの下へと向かった。



to be continued...

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