第14話 星紋顕現

数百発に及ぶ拳戟けんげきの応酬から発生した衝撃で、ショッピングモールの一角が半壊し、カフェだったその場所はすっかり廃墟と化してしまった。周囲の客や店員は全て逃げ出し済みだ。心置きなく戦えるってモンだぜ。


「貴様らァ~~~~~~! よくも、よくもォォォォッ! 我が『悪魔の設計図デモンズ・プラン』を盗みおったなアアアアアアアアアア~~~~……!」


神父のおっさんが激昂し、急激に『暗青のアストリオン』を増幅させていく。『アストリオン』は感情の高ぶりでかなりパワーアップするのだ。


「だが……、それを手にした処で、貴様らに出来ることは高が知れている。精々、その弱い悪魔をさせる程度だろう。我が身体に同化し織り込まれた悪魔の力を駆動させるのとは、訳が違う。化かし合いも終わりだ。最早、視識みしったわ。いくら情報を隠そうが、あのようなふざけた手は、二度と通じん」

「ギャハハハ! 勿体ぶった話し方はドコ行ったんだよ、おっさん!」

「確かに、そうです。させるのが関の山、ですね。でも……」


ヴァイオラが悪魔のような笑みを浮かべ、掌の上にあるものを出現させる。


「神父様、コレを破壊こわしたいんですよね」

「そ、それは…………………ッッッ!!!! 憎っくき、あの女の…………!」


おっさんの怒りがどんどん増していき、『暗青のアストリオン』の密度が上昇、空間がぐにゃあ~~~……とネジ曲がっていく。異次元レベルの格闘技の達人同士が対峙した時に発生するアレと似たような感じだ。おっさんは頭部の『悪魔装纏デヴィル・ドレスト』を解除したまま、暗い眼球に青い炎を灯し怒りに打ち震えている。


「そう、ジョゼの遺した『アストリオン結晶』です」

「それをどうする……?」


黄金色の光と熱を仄かに放つその結晶を、ヴァイオラはモディウスに見せつける。そしてモディウスから複製した『第3の願い・悪魔の設計図デモンズ・プラン』を構える。その球体はディウスのそれとは異なる色の光、青と碧が混じった色の『アストリオン』を放っていた。


「こうするんです。『第2の願い・悪魔装纏デヴィル・ドレスト』を再発動。

そして……!」

「何をしようというのだ……!?」


装纏ドレストしたヴァイオラが叫ぶと共に、ジョゼの『結晶』が正六角形、直径きっかり5センチメートルの『メダイユ』に変化。元の『黄金の茨』が、盤面上にピクトグラムとしてデザインされた。身も蓋もない表現をしちまうと、変身ヒーローやマジカルな少女が使う変身用アイテムみてーな感じだ。そしてヴァイオラが『アストリオン』を集中すると、『悪魔の設計図デモンズ・プラン』の上部が展開し、それに対応するサイズの穴が開く。そこに、『黄金のメダイユ』をチャキッと嵌める。


「行くよ……! 『黄金・星紋顕現ゴールデン・アストラ・リヴェレーション』!!」


ヴァイオラが新技の名称を宣言――すると! 鎧化したオレ様の『悪魔の願いデヴィリオン』が、ジョゼ&ウォルコーンの性質へと変化していく。そして形状も変わり、ヴァイオラの制服とオレ様自身が基調だったデザインに、ジョゼの『黄金の茨』と、ウォルコーンを示す『角の悪魔』のデザインが加わる。最後に、ヴァイオラの瞳に宿る左右の『アストリオン』の光が、それぞれ『翠緑』と『黄金』の2色へ切り替わった。いわゆるオッドアイってヤツだ。


「くッ、そ、その姿はッ……!」

「ジョゼの『結晶』から、『悪魔の設計図デモンズ・プラン』でジョゼのデータを呼び出し、バロックの性質を変えたんです。それだけじゃない。こんなことも出来ます」


ヴァイオラの声にジョゼの声が重なり、一つになっている。そしてヴァイオラは、手で片目を隠し、『黄金』の瞳だけをギラリと光らせた。


「『魔眼』!」


モディウスにとってはまさに恐怖の象徴である、ジョゼの『魔眼』攻撃だ。ヴァイオラの『悪魔の設計図デモンズ・プラン』に従い、オレ様の悪魔パワーを眼力から発射してやるぜ。


「ギャアアアアア!!! やめろォ―――――――ッ!!! その眼で私を見るなァ――――――――――――――――――――――ッッ!!!」

「ククク……、そのザマじゃあ、もう先読みもクソもねーな」


ヴァイオラの右眼が金色に燃え盛り、右手に『黄金のアストリオン』を集中していく。合体技だ。


「『黄金・星紋撃勁ゴールデン・アストラ・レイド』!」


右手に灼熱の『黄金の茨』を纏い、亜光速で突っ込んだヴァイオラの無慈悲な一撃が『魔眼』に恐怖したモディウスの『悪魔装纏』をバッキバキに破壊して、数十メートルブッ飛ばした。ゴーティオンだった形は砕け散り、『暗青』の粒子となって消え去っていく。その様を見たヴァイオラから、感覚を共有しているオレ様の胸のあたりに、チクチクとした痛みが伝わってくる。


「……ごめん、ゴーティオン……」

「あああああああああッッ! この火焔はあの女のッッ!! よくもォォォォォ!! ヒィィ! 消えないッッ!!!!」


ヴァイオラの『3つの願い』が100%稼働した挙げ句、一部とはいえ、ジョゼとウォルコーンのパワーをしている必殺技だ。一方『7つの願い』のうち『4つ』しか叶えきっていないモディウスは、現状の願いを全て複合したとしてもフルパワーの約57%に留まる。多少『アストリオン』が鍛えられていようが、100%の『願い』を防ぐ手段は存在しない。


「……」


ヴァイオラはパチン、と指を鳴らして、モディウスの火焔を消した。


「ぐ、くそォォォ! 舐め腐りおってェェェ……」

「終わりです、神父様。――神父様なら、次に使う


そう言って、ヴァイオラは掌の上に『漆黒の石』を出現させる。


「はあああああああ~~ッ!! !!」

……!」


ヴァイオラが呟くと、『漆黒の石』は先程同様『漆黒のメダイユ』に変化。――ベルゼはジョゼに敗北している。そして、ジョゼはヴァイオラの支配下にある。つまり、ことになるのだ(ま、その前に敗北寸前にまで追い込まれはしたけど、喰われなかったんでギリセーフっつーことな)。モディウスはその様子を観察していた。すなわち、これから起こることが容易に想像できるだろう。ヴァイオラは『漆黒のメダイユ』を『悪魔の設計図デモンズ・プラン』にカチリと嵌める。


「『漆黒・星紋顕現ダークネス・アストラ・リヴェレーション』」


オレ様の『黄金形態ゴールデン・フォルム』が解除され、一旦デフォルトに戻る。続いて『漆黒形態ダークネス・フォルム』へ変化が行われる。フライピッグ要素として背中に漆黒の翅が生え、悪魔化したベルゼ要素として、ボロボロになった服の意匠がアーマー化する。一周回ってパリコレとかヴォーグに出てきそうな、イケてるコスだ。ニック・ナイトっぽさを感じる。最後にヴァイオラの右眼がして瞳の虹彩が赤黒い色に染まっていき、黒い涙が一筋流れる。


「う、嘘だ……ッ! そいつは超空間に飲まれて消滅した筈…………!」

!!!」


ゴオッ! ヴァイオラの周囲を暗黒のほらが包み込む。破壊された瓦礫がずぶずぶと飲み込まれ、徐々に神父のおっさんの足元へと迫っていく。おっさんは完全に心を折られて後ずさり、瓦礫に足を取られて尻餅をついた。ヴァイオラは一歩一歩、周りを削り取りながら、距離を詰めていく。


「あ……、あぁ……。あああぁぁ……、く、来るな……」

「……?」


ヴァイオラの声にベルゼの声が重なり、奇妙なステレオを響かせる。


「1つ。ジョゼとバロックに謝って」

「ふざ……けるなあ―――ッ! 何故私が謝らねばならないのだ!? まず殺されかけたのは私の方だぞ!? 気でも触れたのか!?」


ヴァイオラは顔色を変えず、見下したまま、2つ目のを伝える。


「……2つ。『悪魔の設計図デモンズ・プラン』でゴーティオンを解放して。今直ぐ」

「ぐううううぅぅ……、何故……、どうしてこんな事に!? 私はただ、その石を破壊さえ出来れば良かったのに……!」

残ー念ざーんねん、アンタはヴァイオラの踏みにじっちゃいけねー部分を、全力で踏んづけちまったんだ。たった一つ二つの地雷をピンポイントでな。諦めな」

「さあ、お願いします」


ヴァイオラがまた一歩、また一歩と近付いていく。だが――

――モディウスは諦めていなかった。瞳の奥に『暗青』の光が灯り、正気を取り戻すと、眼鏡のブリッジをくいと中指で持ち上げて、軽く握った右手に『暗青のアストリオン』を収束し、その形状が『鍵』へと変化した。


「……口惜しいが、勝機は失われたようだ。一旦退くとしよう」

「逃げる気か」

「……」

「『第2の願い』を再発動。開け『秘密の小部屋』よ」


モディウスが虚空に向かって鍵を差し込みガチャリとひねると、ドアが開くように空間が切り取られ、捻じ曲がった。モディウスはよろよろと立ち上がり、恨みがましい目つきでオレたちを睨み、


「……その石は必ず破壊する」


と一言だけ残してそのままドアを閉め、行ってしまった。完全に悪党のムーブだが、悪いかどうかで言うと正直ビミョーなところだ。……ヴァイオラは追いかける素振りも見せず、その一部始終を見ていた。




――そして、静けさだけが、後に残された。



「……」

「おっさんも、ゴーティオンも、被害者だからな……。けど、復讐に成功したら、今度はヴァイオラが被害者になるだけだ。そこに正しいも間違いもねーよ」

「そうだね……」


ヴァイオラは第2、第3の『願い』を解除し、2枚のメダイユを『収納』して、変身ヒロインから普通の女子高生に戻った。


「コーヒーでも飲もうかな」

「賛成~」


瓦礫だらけの廃屋と化したコーヒーチェーン店の一角に、ギリ壊れてないソファとカフェテーブルを拾ってきて、よっこらせと設置する。ヴァイオラは奇跡的に残っていたカフェカウンターの裏からマグカップを取り出し、コーヒーメーカーを『アストリオン』で動かして黒い液体を抽出させた。ベルゼの『アストリオン』みてーな黒い雫がドリップし、少しヒビの入ったマグカップに溜まっていく。


「お金、置いときますね」

「ハン、誰もいねーのに、律儀なこって」

「はいはい。砂糖とミルク入れる?」

「メッチャ入れるわ」


グアテマラ産のコーヒーの香りが漂う。少し埃っぽいけどま、いいか。


「…あーあ、どうしてこんな事に、か。ホントだよな~。ぶっちゃけ、お気楽にみんな願い叶えて、テキトーにやれば良いだけなのによ~。でもま、人間同士が争う理由も、ちょっとだけワカッたような気はするな。知らんけど」

「……はぁ。コーヒーが美味しい……」


コーヒーを口にしながらヴァイオラは『悪魔の設計図デモンズ・プラン』を起動した。ブゥン、というSFチックな機械音が軽く響く。なんで音が鳴るのかは良くわかんねーが、それを知るのはモディウスのおっさんだけなので、仕様ということにしとく。


「それじゃ、早速試してみるか」


ヴァイオラは『黄金』と『漆黒』、2枚のメダイユを出し『悪魔の設計図デモンズ・プラン』にジョゼの一枚を嵌める。次に眉間に手を当て眼を瞑り『アストリオン』で超空間の檻に閉じ込められている筈のジョゼと通信できないか、試みる。


「……ジョゼ、ジョゼ! 聞こえてたら返事して……ジョゼ、ジョゼ―っ! ジョゼ――――――――ッッッ!!!」

「うるせ――――!!! いきなり大声出すな!」

「だって、だって……」

「わかったわかった、オマエのジョゼ愛は分かったから」


ヴァイオラは『悪魔の設計図デモンズ・プラン』を振ってみたり、軽く叩いたり、メダイユを外して接続部分に息をフッと吹きかけたりしている。機械音痴の所作だが、最後のはなんか……、実家に古いゲーム機でもあったんだろうか。ちなみに端子が錆びるから息フッフーはやっちゃダメだぜ。そんで、続けてヴァイオラはベルゼにも問いかけてみたが、梨の礫だった。


「うう……。繋がらない……。うまく行くと思ったのに……。ベルゼなんか、『第4の願い』が『超空間からの脱出』なのに……」

「まー作戦会議のときも出た話題だけどよ、出れるならとっくに出てるはず、だろ? 本来なら、ベルゼがアッチに行ったあと、『第4の願い』で戻って来れるハズだからな。……やっぱさ、んだよ」

「せめて通話が出来ればなぁ……」


あっ。オレ様は気付いた。


「オイ、ヴァイオラ。おっさんとの遭遇&『悪魔の設計図デモンズ・プラン』ゲットの衝撃ですっかり忘れてたが――」


遠くからサイレンの音が聞こえてくる。


「そろそろ到着するぜ。解説してるヒマなかったけどさ」


ヴァイオラは一旦『悪魔の設計図デモンズ・プラン』を解除し、少し冷めたコーヒーを再び啜り始めた。ふとももを露わにして足を組んでいる。


「周りに誰も居ないと案外、お行儀が悪いんだな……」

「まーね」


昨日は一応、災害が発生した地点にいた要救助者という立場だったが、今日は完全にトラブルを起こした張本人だ。けど、開き直っているというよりは、また何か考えがあるようだ。頭の中を覗いてみてもいいんだが……、うーん、なんかスケベな事考えてると気まずいし、もしオレ様よりジョゼの方が比重重かったら腹立つから、やめといた。


「……どーせ、また良からぬ事でも考えてんだろ」

「べつに頭、覗いてもいいよ」

「ケッ。だーれが見るかよ」


そんなこんなしているうちに、サイレンが駐車場に到着した。機動隊が100名ほどバラバラとなだれ込んでくる。その中に、見慣れない装備を来た特殊部隊が10数名。逃げた客や店員の通報で、オレたちとおっさんがシバき合いしてた事が知れ渡っているっつーワケだ。しかもヴァイオラは、例の『モザイク』をかけているので、ネットやテレビで話題になった都市伝説が現れたことになり、殺気がビンビンと伝わってくる。


「動くな! ……ん? 何だ? 報告では施設で爆破が起きたと聞いたが……!?」

ぞ……?」


実はさっき、そんなこんなしている時に、ヴァイオラが周辺の破壊を『アストリオン』で巻き戻し、元通りの状態に戻していたのだ。ボッコボコだった床は整地されて綺麗にタイルが敷かれ、割れたガラスや食品が散乱していたカウンター周辺は、まるでさっき清掃が終わったばかりのように光り輝き、吹っ飛んだ植木や鉢植えなども全て定位置に帰ってきた。『星紋顕現アストラ・リヴェレーション』の影響で、修復作業についてのレベルが大幅にアップしたらしい。……ジョゼの得意分野だな。


「そんな馬鹿な。何百人という目撃者がいるのに、あれだけの通報が全て間違っているわけがない。」

「あれが……噂になっている都市伝説の……?」

「本当だ、カメラの画面には映らないぞ」

「未成年じゃないか。本当に『宿主』なのか……?」


警官や隊員たちにとって未知の現象が発生しており、どよどよというざわめきと困惑が伝わってくる。『宿主』という単語から察するに、治安維持部隊には既に『王の儀式』についての情報が回されているようだ。他の各国も同様に違いない。そもそも、『宿主』の一人は国営秘密組織で造られているくらいだからな。……そうか。ヴァイオラの企みがわかったぜ。


「なーるほどな。この中にがいる、っつーわけだな」

「前に私が騒ぎを起こしたアルルの遺跡に、二人の『宿主』が駆け付けたからね。だったら、


ざわざわとしていた隊員たちが、端の方から静かになっていく。静寂が近づいてくると、昔モーセのおっさんが『願い』で海をカチ割ったときみてーに、警官・隊員たちがザザッと左右に割れていった。


「噂をすればなんとやら、か」

「……どきどきする。ジョゼの話だと、悪い人ではないみたいだけど」


現れたのは、銀髪に銀の瞳、『白銀のアストリオン』を静かに纏ったくだんの、機械じかけの王子サマ。ご本人のご登場だ。悪魔ヘッジフォッグが協力の下、他の『宿主』を鎮圧するためにドイツの秘密組織で造られたという、生命と魂を持ったアンドロイドだ。ヴァイオラは座ったまま、頬杖をついて語りかける。


「はじめまして。わたしはヴァイオラ。あなたはシグ……だよね」

「――そうか。あの女悪魔……ジョゼと言ったか。彼女と知り合いなのか。そっちの小さい方が、君の悪魔というわけか」

「オレ様はドグネク族のバロックだ。よーく覚えとけ!」


オレ様は見得を切り、かっこいいポーズをキメた。


「……っつーかいい加減出てこいよ! ヘッジフォッグ!」


オレ様が呼びかけると、銀色王子の装甲に化けていたヘッジフォッグが渋々と元の姿に戻っていく。カキン、カキンと機械音を響かせながら、悪魔の姿へ。元々甲冑のようなデザインで、トゲトゲの太い針が腕輪やら肩やら背中やら頭やらありとあらゆるところに生えていて、歯を食いしばった犬っぽいメタル顔の首には、やっぱりトゲトゲの首輪が付いている。銀色王子から分離したヘッジフォッグは空中でくるっと一回転し、コードの束で出来た尻尾と、フレームロボのような後ろ足で三点立ちで着地した。


「バロックか……。その娘がオマエの宿主という訳か。強そうだな……」

「はじめまして、ヘッジフォッグ」

「コイツはゲーム脳だからな。佇まいとか雰囲気で割と相手の強さを察知するぜ」

「それにしても、お似合いの二人だね……。二人共かっこいいし……」


あっ、コイツまた……! 目がハートになってるぞ。って、もしかしてBL的な感じで見てるのか? 悪魔と機械なのに!? それとも、フツーに見た目が好みってこと!? うぬぬぬ、頭の中を覗きたい……。でも見たくない……。うぬぬぬ……。


「あぁ、見た目が好きってことだよ! 刺さりそうだから、ハグしたくはないけど」 

「お、おう……、わかった。オレ様が一番じゃないと許さねーぞ」

「はいはい」


ヘッジフォッグの野郎、久しぶりに会ったばっかなのに、ヤレヤレ……といった目でオレ様の事を見てやがる。


「……まさか、あのオマエが……? 『宿主』の尻に敷かれているのか……?」

「ちっげーよ!!! バーカバーカ! トゲトゲわんこ! 家でゲームしてろ!」

「ちょ、バロック……、語彙が小学生並み……」


銀色王子の目から警戒が解かれる。まあ、オレ様とヘッジフォッグが知り合いだし、悪魔自身から武装解除したっていうことは、危険性が薄いのは明白だからな……。奴らは歩いてオレたちの方へ近付いてくる。


「君は大丈夫そうだ。……かけてもいいかな」

「どうぞ」


カフェのテーブルを挟んで、オレたちとヘッジフォック組が向かい合って座る。ヘッジフォッグは流石に革製のソファには座れないので、銀色王子の後ろに腕を組んで立っている。よくプロゲーマーがスチールを撮影するときに取りがちなポーズだ。


「……?」


ヴァイオラが口を半開きにして銀色王子を見詰めている。心做しか頬や耳が紅潮しているようだ。オレ様はこれ以上考える前に、ヴァイオラの後頭部をスパ―――ン! とひっぱたいた。スリッパで叩いたかの如き清々しい音が、衆目の中、響き渡る。


「痛った――――――――い!!! いきなりなにすんのよ!?」

「オマエはなんでそう惚れっぽすぎんだよ!? 見境いなしか!? 年中お盛んのウサギさんかよ! ジョゼやオレ様とかゴーティオンの立場がねーだろ!?」

「だって二人共かっこ良すぎるんだもん! 仕方ないじゃない!!!」

「ハァ――――――――!? オマエは見た目が良ければ何でもいいんか!?」

「ま、まあまあ……」

「オマエたち、落ちつけ……」

「あ……」


痴態を晒したヴァイオラは身体中を真っ赤にして俯いてしまった。最早コントだ。


「……というワケだから、オレ様たちには敵意はない。元々は『王の儀式』にも興味はなかったんだが、成り行き上仕方なく、っつーとこだ」

「うん、それは良くわかったよ……。」

「……余談だが私の『魅了』は『平衡感覚』だ。見た目には一切関係ない」

「……」


ダメすぎて相手が諦めるという何ともな状態、だがこれが実は一つの交渉術だったりする。勿論ヴァイオラはド天然だけど、弱みもすべて曝け出し、議論をバリアフリーにすることが、スムーズな交渉の第一歩だったりすんだよな。実際、一番の難関である「敵意の解除」をいとも簡単に成し遂げた。これはヴァイオラの資質だと思う。


ま、それが合わないヤツも当然いるが。とりま、ヘッジフォッグは信用してOK。というような事を、ヴァイオラの心にこっそり伝えた。ヴァイオラは小さく頷いた。


「実は、二人に相談したいことがあるの」

「どんな?」

「これを見て」


ヴァイオラは『黄金のメダリオン』と、『漆黒のメダリオン』をテーブルに置いた。


「これは、わたし達と同じ『宿主』の、ジョゼ、ベルゼが遺したもの。二人は異次元空間の檻に閉じ込められて、出られなくなっている。わたしは、二人を助けたい。あなた達の研究所で、解析してもらう事って……出来ないかな」


ヴァイオラの提案を静かに聞く、銀色王子とヘッジフォッグ。うんうん、そうだよな。いちいち感情を爆発させて殴り合いするんじゃなくて、フラットに話し合いで決めたほうがスマートってもんだぜ。疲れねーしな……。


「なるほど……。僕らが悪魔ウォルコーンと共に、『悪魔の願い』についての研究をしている事も知っている、ってわけか」

「……フム……高純度の『アストリオン結晶』。微かにウォルコーンとフライピッグの信号を感じるな……。研究対象としても非常に興味がある」

「これは、わたしの生命と同じくらい大事なもの。でも、あなたたちになら、預けてもいい。それに、もう一つわたし達は、重要な情報を掴んでる」


ヴァイオラは近くにいる警官の手の甲にある『数字』を指差す。



銀色王子の顔色が変わる。


「ま、大体察しはついてるだろーが、確信は持てなかっただろ。協力するならあの『全人類カウントダウン』の正体を教えてやるよ。っつーか、それ聞いたら、オレたちが手を組まざるを得ないことが、イヤでも解るぜ。オレたちは、を阻止するために動いてたんだ」

「……どうするね? シグ。私はオマエの判断に従おう」

「……わかった」


銀色の瞳が決意に染まり、ゆっくりと頷く。


「協力しよう。ただし、一つだけ条件がある」

「うわあっ! ありがとう……! でも、条件って?」

「あ! でもスケベなことはダメだからな!!! ヴァイオラに手を出したらマジで殺す!」

「……」


シグはオレ様をスルーしてヘッジフォッグの方をちらと見、ヴァイオラに向き直る。


「一手、手合わせしてほしい。共に戦うだけの力があるか。確かめさせてほしい」

「…分かった。納得するまで付き合うよ」

「……オマエの『宿主』と、私の『手駒』。どちらが上か。ククク……」


オレ様は溜息をついた。


「――結局、殴り合いすんのかよ!!!」



to be continued...


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