第12話 黄金の蔦が散る時

「ぐっ……」

「ジョゼが! バロック、どうしよう……! 『第3の願い』で何とかする!?」


ジョゼがフライピッグの攻撃を受け、胸が黒い『アストリオン』の触手に貫かれている。ジョゼは『黄金のアストリオン』で中和しているが、徐々に侵食されていく。わたしはバロックを見た。物凄い勢いで思考しているみたいだ。


「……いや、『第3の願い』で何とかするには圧倒的に時間が足りねぇ。ヤツの『願い』を解除するにも時間がかかるし、何とかするアイディアを捻り出すのも難しい。やってる間にジョゼが喰われちまう!」

「そんなこと言ったって!」


わたしに出来ることは少ない、けれど『翠緑のアストリオン』で自分を再生し続ければ……!


「よし、イチかバチかだ。『第2の願い』で突っ込むぞ、ヴァイオラ」

「『第2の願い・悪魔装纏デヴィル・ドレスト』!!」


バロックが鎧化し、わたしに装着される。アーマー内部を高純度の『アストリオン』で満たし、悪魔を破壊! ベルゼを瞬時に回復! と強く願いを籠める。


「うおあ――――ッ!!! 『星紋撃勁アストラ・レイド』ッ!!!」

「喰らえッ!!!」


次の瞬間! わたしとバロックの合拳がベルゼの腹部にめり込んでいた。亜光速の衝撃が叩き込まれ、願い通り『アストリオン』の一撃による悪魔体の破壊、ベルゼの身体への回復が同時に行われる。そのまま左右の拳で殴り続ける!


「その子の身体から離れろぉぉぉぉぉぉ!!」

「グギャアッ! な、なん……だ……と……!? そんなバカな!」

「とっとと吹っ飛べクソ野郎がッ!」


しかし! どうしてもフライピッグを引き剥がせない……! なんて強力な『願い』なんだ……!『飢え』に根ざした『願い』と、フライピッグの暴食な性質の方向性が一致してしまい、怒りで繋がったジョゼとウォルコーンのように、完全に融合してしまっている……! それでもわたし達はひたすら殴り続ける。


「くっ……そ!」

「ギ、ギヒヒヒ…… ボクがさっきなんで『バカな』って言ったと思う?」

「うるせえ! さっさと消えろ!」

「グヒヒ……それは……」


ブワッ、と、『漆黒のアストリオン』が広がり、わたし達を包み込む。


「なんて『バカな』事するんだこいつら、ってことさァ――――!!!」

「(ヤベッ、喰われる)」

「うおおおおおおおお!!!」


わたしは『翠緑のアストリオン』を全開にし、『漆黒のアストリオン』を防ぐ。再生と消滅の『アストリオン』がぶつかり、ぶつかった場所が弾けてわたしの身体を貫く。


「対消滅でエネルギーが放出されて空間が破裂してやがる」

「こ、んなの……!」


でも、ダメだ。身体のダメージの回復と、『漆黒のアストリオン』の防御が追いつかない。ベルゼが悪魔と融合しているとはいえ、あまりにも強すぎる『願い』……。そのとき。背後からベルゼの声が響き渡った。


「『星幽監獄葬プリジオネ・アストラーレ』ッ!!!」


バシュッ! と音が弾け、わたし達を包んでいた『漆黒のアストリオン』が消し飛んだ。ジョゼが『第1の願い』で狙い撃ちし、消滅させてくれた。ジョゼを貫いていた触手も消えている。けれど腹部には穴が空き、血が滴っている。息が荒い。対悪魔の『アストリオン』後遺症が残り、回復がほとんど出来ていないんだ。わたしは直ぐに後退して治療を試みる。


「ジョゼ! ひどい怪我……! 今治すから!」

「こんなの……かすり傷だよ……」

「喋んな! ここは一旦退くべきだ。オレたちが消滅したら、フライピッグだけじゃねー。ベアス、ライグリフの野郎と戦えるヤツが居なくなっちまう」


バロックが撤退を提案する。が、ベルゼに取り憑いたフライピッグが、少女の口角をありえない角度にまでニヤァ……と上げ、卑しい目つきでこちらを睨め上げながら、勝ち誇った顔で喋りだした。


「あーあー。その怪我じゃあもう戦えないよねぇェェェ。ベアス? ライグリフ? そうかアイツらも『王の儀式』に参加してるんだ。ライグリフかぁ……」


少女の顔が『漆黒のアストリオン』に包まれ、表情がまったく見えなくなった。そして黒く光る目だけがこちらの方を睨みつける。けれど、こちらを見ているようで見ていない……。何かを思い出しているようだ。


「ライグリフ、ライグリフ……、あの鷲爺ィ、事あるごとにボクをバカにしやがって……。誰が……喰うだけしか能がない無能……だと……!?」


これは。この感じ、見たことがある。『漆黒のアストリオン』がどんどん増幅、凝縮していく……。もう、わたしの『アストリオン』では確実に防げない程に……。


「クソッ! ボクが無能だって!? フザけやがって! 見下しやがってッ! 全員ブッ殺してやるッッ! お望み通り何もカも飲み込んでやるぞ―――――――ッ!」


暴走、そして……『漆黒のアストリオン』がベルゼを包んでいく……。


「なんてこと……」

「あれがアイツの『星紋装纏アストラ・ドレスト』か……」

「あ……あ……」


全身の力が抜けていく。圧倒的な 【 死 】 の予感。どうしようもない、何も出来ない。逃げることすら叶わない。そんな実感だけがわたしの『アストリオン』を満たしていく。これが【敗北】する、ということ。闇が固まり、巨大な複眼を持つヘルムが形成され、黒い翅を持つ暗黒鎧がベルゼの身体を包み込む。もはや全力を尽くしても尚、崩せない壁。わたしは膝をつき、『第2の願い』は解除された。バロックも頭を垂れる。


「そんな」

「ここまでか……」

「ゲホッ、いや、まだだよ」


なけなしの治癒でジョゼがなんとか立ち上がった。でも、この状況を打破できる方法なんて一体、存在するんだろうか……。暗闇が辺りを侵食していき、岩山が崩れ、遺跡も幾つか壊れている。


「まァだ何やろうってんだよァァァ! 鬱陶しいんだよ! この雑魚どもがァ!」

「ハン、が。臭ぇ息吐いてないでさっさとかかって来な」

「ジョゼ!? そんな挑発なんてしたら、あいつが……!」


バシッ! 強い衝撃とともに、バロックとわたしが後方に吹き飛ばされた。と、同時に、ジョゼの身体を再び『黒い触手』が貫く。何本も何本も……。ジョゼは再び喀血……、まるでスローモーションのようにその光景がゆっくりと感じられる。


「アンタなんかにこの子らをやらせる訳にはいかねーんだよ」


ジョゼは『黄金のアストリオン』を燃え滾らせ、『星紋装纏アストラ・ドレスト』を瞬時に纏って『黒い触手』を握りしめた。そしてそのまま思い切り引っ張り、ベルゼの身体ごとフライピッグを引き寄せ、灼熱の業火に包まれたまま、あいつを抱きしめた。


「ギャアアアアアアアアア!!!」

「……今度は私の番だ。この子を救ってやらないと……ね」

「オイ、オマエ何をする気だ。やめろ……!」


ジョゼの全身に『黄金のアストリオン』が集中し、更に輝きを増して……。


「コイツだけ連れて行くよ。一緒に旅行が出来て楽しかった」

「やだ、やだよ……」


ジョゼは『黄金の蔦』を全身から放出し、『黒い触手』の一本一本と融合していく。


「『星幽監獄葬プリジオネ・アストラーレ』」


バロックが超立方体テセラクトと呼んでいたものが二人を包み込み、ジョゼの身体と、『黄金のアストリオン』と、ベルゼの黒い闇が、細かい粒子となって、霧散していく……。


「嫌だ! 待って! 嫌だぁぁぁ!!!」


わたしは夢中で走って手を握ろうとしたけれど、『黄金の蔦』を一本、掴むことが出来ただけで、引っ張り出すことが出来なかった。そのまま、ジョゼの身体は消えてしまった。頭が真っ白で、手の震えが止まらない。わたしはその場にへたり込んで、数秒経ってからようやく、頬をぼろぼろと大粒の涙が伝った。


「ううっ、う……動物園……行くって……、約束したのに……」

「……バカ野郎が……」


バロックは一言だけ呟いたっきり、何も言わなかった。とっくにぽろぽろと涙をこぼしているのに、それを堪らえようとしているから。




「……」


ひとしきり涙を出し切ったのか、わたしは心がなくなったような気持ちになり、呆然としていた。バロックも似たような感じだ。


「……」


周りはフライピッグとジョゼの激闘により、まるで隕石でも落ちたかのような惨状。岩が溶け、岩山が一つ崩壊している。被害は遠くのコテージやホテルの方にまで出ているらしく、救急車やパトカーのサイレンが聞こえてくる。その音で少しだけ、正気が戻ってきた。……そうだ。大変な事を忘れている。動かなければ。急げ。急げ!


「バロック! !」


そうだ。ジョゼが生命を賭してまで救おうとした、あの子を助けなければ。バロックもわたしの声でハッとし、辺りをキョロキョロと見回す。


「いた! あそこに倒れてるぞ!」


20メートルくらい先の瓦礫に埋もれている。わたしは痛む身体に『アストリオン』を満たし、回復しながら駆け寄った。ベルゼは無理やり悪魔を引き剥がされたため、全身がボロボロになっているが、息はしていた。


「良かった。間に合った。わたしが治すから」

「……ああ、頼むぜ」


『翠緑のアストリオン』で治療を試みる。ベルゼの全身の痛みはスウッと治っていった。……と、何か異物感がある。そうだ。そういえばこの子はフライピッグと融合する前、あいつの肉を食べていた。融合しきっていない肉が残っているようだ。少し荒療治だけど、わたしは手を透過させ、お腹の中にあった肉をギュッと掴むと、恐る恐る外に取り出した。わたしが『アストリオン』で一欠片も残らず出てこい! ……と願いながら思いっきり握ったせいか、それは、結晶のようになっていた。


「よっ……と……。取り出せた」

「フライピッグの残滓か。うーむ……。ヤツの意識は感じないが……ん? ヴァイオラ、オマエ左手に何持ってるんだ?」

「え」


それは、ジョゼが消える瞬間に掴んだ『黄金の蔦』の一部だった。その形のまま、結晶化して残っていた。『消えないで欲しい』という願いが、このような結果を齎した……のかもしれない。


「これは……」

「ジョゼ」


微かに熱を感じる。わたしは思わず口走った。


「消えてない」


遠くからサイレンの音が近付いてくる。と、ベルゼがその音を聞いて目を覚ました。


「あ……。あの、おねえちゃんは……?」

「……記憶が残ってるのか。アイツはオマエの中に居た悪いヤツを取って、遠い所に行っちまったよ」

?」


きっと会えるよ、と言おうとして、胸がぐっと詰まってしまった。口が勝手にへの字に曲がり、全部流れたと思っていた涙がポロポロとこぼれ落ちてしまう。心が痛い。


「うっ、ぐぅ……っ…」

「ヴァイオラ……」

「『』……あったかくて、やさしい……」


ベルゼの周囲に黒い光が薄っすらと輝いた。先程まで周囲を破壊し尽くしていた、あの黒い光の輝き。ただ、フライピッグが主導権を握っていたときのような、暴食的な圧は感じられない。


「……え」


かと思うと、ベルゼの身体は少しずつ薄くなっていき、遂には消えてなくなってしまった。


「ウッソだろ。フライピッグは完全に居なくなった筈なのに」

「『願い』が発動……したの?」

「正確には何番目の『願い』かは判らねーが……、間違いない。うーん……」


バロックは何やら考え込んでいる。腕を組み、頭を思いっきり捻りながら。そしてその体勢のまま、仮説を話しだした。


「もしかすると、『食べる』という行為によって、『融合』ではなく、フライピッグの方があの娘に『吸収』されたのかもしれねー……。結果として、あの娘がどうなったかっつーと、『悪魔化』したんじゃないだろうか。だから、自分で残りの『願い』を発動した」

「……」


残りの願い、か……。


「わたしの『第3の願い』で、ジョゼを復活させることは出来ないのかな」

「山積みの難題を一つ一つ片付けて膨大な時間を掛けさえすれば可能かもしれねー、――が、そうしてる間に『全人類を滅ぼす願い』だの、悪魔テロリストだのが大暴れして、先に人類が滅びちまうだろーよ。だけでは対処できねーだろ。あとその場合、ベルゼはどうなるのか……」

「じゃあ、短時間でその全部をうまく片付けつつ、ジョゼとベルゼを復活させたい」

「無茶言うなよ……。そんなにうまくいく方法なんてあるわきゃねーだろ」

「だよね……」


やっぱり一番のネックは、難しい『願い』を叶えるまでには、時間がかかる、という制約。お金が欲しい、物が欲しい。多少の差はあれど。そういった、あくまでも人間の社会の中で叶うレベルの『願い』なら一瞬で成立するだろう。でも、対『悪魔の願い』、対『悪魔』、対『宿主』となった場合、『アストリオン』をして直接のやり取りをするしかなさそうだ。……ジョゼがやったみたいに。


「おっ、来たぜ」


けたたましいサイレンを鳴らし、パトカーが到着する。なにが爆発したのか解らない爆心地で普段着のまま体育座りをして泣いている外国人の女子がいたら、現地の警察は一体何を思うのだろうか。顔をモザイクにするとまた妙な事が起こりそうなので、すっぴんでいいや、と特に変装することはやめた。


「おい! あそこに人がいるぞ!」「救急車回せ!」

「大丈夫か、何があったんだ」「要救助者確保」「外傷なし」


あれよあれよという間にわたしは毛布でくるまれ、屈強な数人の男性に連れられて救急車に乗せられ、女の人に簡単な問診を受けた。女の人の手の甲には『59』という痣がある。わたしはジョゼが遺した蔦の結晶と、ベルゼから取り出した黒い石を手の中で転がしながら、適当な受け答えをして、そのまま車でどこかへと運び出されていった。


「あれ、わたし今何語で話してるんだろ」

「アラビア語だろ。行き先はアル・アインの病院か、警察のどっちかだろうな。逃げないなら検査されまくるだろうから、覚悟しとけよな」

「どうでもいいよ……、好きにして」


手のひらの上の結晶を『翠緑のアストリオン』で包む。これが見つかると面倒な事になりそうな予感。どうしようか一瞬考えて、一つの案を試してみることにした。


「『収納』」


二つの結晶が消え、跡形もなくなった。体内ではない、どこかに二つの結晶が仕舞われたという実感がある。


「ハァ……。オマエ、それ悪魔がよくやるヤツだぞ……。ほれ、オレ様が最初にナイフ出したときと同じだ」

「バロックも仕舞っておこうかな」

「やめろ、っつーか流石にそれはムリだ。が足りね―……。いや、ちょっと待てよ、コイツは高次宇宙に接続されてるし、『アストリオン』の総量も……」


またいつものようにブツブツと一人の世界に入り込んでしまったので、放って置くことにした。……ああ、バロックが周りの人に気にされてないのは、わたしが『アストリオン』でそうしているからだよ。


「こうして車に揺られていると、ジョゼのホテルに向かった時のことを思い出す」

「……そうだな」


実際のところ、ジョゼがアルルの街を修復&怪我した人を治しに行った日から、わたし達が特訓していた間に帰ってくるまでの間。数日間しか経過していない。さっき、女の人の手の甲が『59』だったから、6日か……。


「残る『宿主』は、オマエを含めて5人。ヴァイオラ、銀色(シグ)、『数字』(ベアスの宿主)、テロ野郎(ルシフェン)、そして神父(モディウス)だ。銀色と神父はとりあえずイイとして、『数字』とテロ野郎をどう倒すか、だなあ」

「……」


わたしはまだ、ジョゼのことがショックでそこまで頭が回らない。さすがは悪魔だな……と思ったけれど、言葉にして出すことはやめた。バロックを傷つけそうな気がしたから。


「バロックってさ、どんどん人間っぽくなってってない?」

「……人のこと言えねーだろ、オマエだって……」


そこまで言いかけて、バロックは口をつぐんだ。ほら、やっぱりね。前のバロックだったら、「オマエだって半分悪魔みてーなモンじゃねーか! ギャハハ!」……とか言うに決まってるし。こうしている間にも、わたしの考えを読んでない。きっと怖くなったんだと思う。心の声を聞くのが。バロックは救急隊員の人から貰ったペットボトルの水を飲んでいる。


「バロックってさ、好きな子とかいるの?」

「ブ――――――ッ! いきなり何言い出すんだよ! バカ!」

「ちょっと汚いでしょ! ああっ隊員さんにも掛かっちゃって……ごめんなさい」

「い、いえ、大丈夫ですよ……。元気なようで何より……」


わたしは……


「……ジョゼが、好き」

「あー……、オレ様もだよ。ま、オレ様は、恋愛とかじゃねーけどな」

「…そうだね」


心にぽっかりと空いた空洞に結晶が二つ。一つは金色、一つは真っ黒。ほんの少しだけ寂しい気持ちは紛れる。でも、真っ黒い方はだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。……と、救急車がゆっくりと停止したのが伝わってくる。


「ああ、着いたみてーだな」

「問診では体に異常は診られませんでしたが、あの規模の災害が発生した場所ですから、病院で精密検査をします。担架に乗りますか?」

「あ、大丈夫です。歩いて行きます」

「わかりました。では……」


降り立った目の前の病院は5階建ての白いビルディングに、青い文字で英語表記の病院名が踊っている。ジェベル・ハフィートから5、6キロメートルほどだろうか。緊急外来から通されると、後ろから追加で救急車が到着して、怪我人が担架で運ばれていった。ガラスで腕を切ったらしく、ハサミで切られた服には腕から血が流れた跡があった。


診察が一通り済んだ頃には夕方になっていた。もちろん、薄っすらと光る眼だとか、『アストリオン』や『宿主』であることの証拠らしきものは全部隠した。けれど、逆に「あまりにも無事すぎる」のは不自然かなと思ったので、首がちょっと痛いです、とだけ一応申告してみた。


「念の為、一日だけ入院していってください。身分証はありますか?」

「あ、はい」


わたしは身分証を見せる。いつも通っている学校の学生証だ。それを『アストリオン』で包み、、という願いを籠めた。余計な細工をする必要もない。


「……ありがとうございます。申し訳有りません、海外ビザとなりますので、医療費は退院時100%自己負担となります。お帰りの際に必要書類をお渡ししますので、ご帰国されましたら、お使いの保険会社までご連絡ください」

「わかりました」


病室に案内されながら、バロックが話しかけてくる。


「カネ払わなくてもいいように調整出来なかったのか?」

「いや、それはダメだよ。きちんと対価は支払わないとね」

「つっても、カネ自体は『アストリオン』で何とかするんだろ?」

「流石にそのままは出さないけどね。宝石か何か作って、換金しようかなと……」

「はー、ワケわかんねーけど、オマエがいいならそれでいっか」


病室はプライベートルームだった。普通のお部屋で大丈夫だったんだけど、まいっか。一人になりたい気分ではあるし。


「うわ、専用のシャワールームがある。冷蔵庫も」

「スゲー、ホテルじゃん。テレビつけてみっか」


――ジェベル・ハフィートで発生した大規模災害について、政府は隕石の落下が原因との見解を示しており――……――生存者は病院に収容され――……


「オマエの事言ってるぞ。よくニュースになるな」

「一緒にシャワー浴びる?」

「えっ、……ああ、……おう……」

「おいで」


『アストリオン』を普段使いするとお風呂に入る必要がなくなったり、面倒なあれやこれや調整することができてしまって、ついそのまま過ごしてしまいがちになる。砂埃の付いた服を脱ぎ、一応きちんと畳んでからシャワールームに入る。


「はぁー。やっぱりちゃんと浴びた方がいいな。髪ばさばさになっちゃったし。ほら、バロックも洗ってあげる。ボディーソープでいいのかな。目、瞑ってて」

「おぉ……これは……イイな……おぉん……」

「あはは、変な声出さないでよ」

「だって仕方ねーだろ……おっふぅん」

「ちょ、ちょっと……、くく、な、なにそれ……」


身体を拭くたびに変な声を出すバロックが完全にツボに入ってしまい、笑いを堪えながらバロックをしばらく洗う。シャワーで流してやりタオルで拭いたら、買ったばかりのぬいぐるみみたいにピカピカになった。上機嫌でその辺りをふよふよと飛び回っている。わたしも自分の泡を洗い流し、タオルで身体を拭いて、素っ裸にそのまま備え付けの病院着を着、ベッドにごろりと寝転がった。じっと自分の手を見詰める。


「仕舞ったはいいけれど、どうやって出せばいいんだろう」

「あー、アレか。出したいものを思い浮かべて、出ろ! と願えばオッケーだぜ」


ジョゼが遺した『黄金の蔦』の『アストリオン結晶』。形を思い浮かべ、出てきて、と願う。すると、音もなくフッと黄金の透き通った石が出現した。


「出た」


石を軽く握ると、やはりジョゼの熱が伝わってくる。超空間に飛ばされたとしても、ジョゼは消滅せず、存在しているのではないか……。そんな気がする。ベルゼも。ベルゼ……。そういえばベルゼは……。


「あっ!!!」


わたしは突然ある事を思い出し、バッと上半身だけ起き上がる。その勢いで浮遊していたバロックの後頭部に思いっきり頭をぶつけてしまった。


「いってぇえええ! な、何だ!? どうした!? 敵か!?」

「違う違う! すっかり忘れてた! 何で気付かなかったんだろう。ベルゼの『願い』。ほら、ジョゼに一度、『星幽監獄葬プリなんとか』を決められた時……」


バロックも気付いたみたい。


「あっ! そうか! アイツ一回、んだった!」

「それでその後、フライピッグが離れたあと。『ジョゼに会いに行く願い』を発動したんだ。これって……」

「そうだ。二人揃って帰還できる可能性がある……!」


ああ。可能性が見えただけでも全然違う。


「ただ、これはあくまでも希望的観測だ。ジョゼが力尽きていたら、ベルゼが超空間に耐えられなければ、フライピッグが単独でも結局ジョゼに勝っちまったら……、不安材料はたくさんある」

「うん。直ぐに戻らないということは、つまり」

「戻れない、ってことだ。何かしらトラブッてるのは確実で、最悪は消滅してるかもしれない。だけどよ……!」


バロックは悪魔だから、軽々しく発せない言葉。だから代わりにわたしが言う。


「信じてる。ジョゼならきっと……!」

「そうだよ。アイツが消えるはずない」


やることは見えた。『3つ目の願い』を使って、ジョゼとベルゼ(と、ついでにフライピッグ)がこちらに戻るための道筋を作ること。かつ、その『願い』が、他の『宿主』への抑止力となること。この二つの条件を満たす『願い』を編み出さないといけない。


「……ま、オマエが考えていることは、覗かなくてもワカる。無理難題だが、希望が見えただけマシだ。やるだけやってみよーぜ。時間は少ない。今から作戦会議だ」

「オッケー」


こうして、わたしたち二人の作戦会議が始まった。



to be continued...


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