第11話 悪魔を食べる少女
ここは中東、UAE。石油とか観光でメッチャ儲かってる国だ。とはいえ、住民すべてが潤っているわけじゃねー。ま、どこの国でも似たようなモンかもしれねーが、儲かってるヤツは儲かり、貧しい者はとことん貧しい。最近は石油が段々と枯渇している事もあり、主な収入源は観光の比重が増えている。とはいえ、近年はウイルスのパンデミックで減収しているらしいがな。詳しくは知らねーけど。
さて、オレ様、ヴァイオラ、そしてジョゼの3名は、この地を根城にしている悪魔フライピッグのヤツがどうも宿主を見つけたらしく、しかも何やら怪しげな動きをしているということで、我々3名で様子を見に来たというワケだ。ヤツはオマーンとの国境ちかく、アル・アインの遺跡周辺を
「ま、あわよくばブッ倒しちまいたいトコだなー」
「もしかしたら『宿主』は良い人かもしれないじゃない? まずは話し合いだよ」
「相変わらずオマエは甘々ちゃんだなあ。ハイハイ、了解」
ヴァイオラはジョゼのときのように懐柔するつもりらしい。毎回そう上手く行くとは限らんと思うけどな―。だがま、特訓で『アストリオン』の量も質もアップしたし、新必殺技も開発できた。ジョゼも居るし、よほどの事が起こらない限りは多分、対応できるだろう。
「街は発展してるんだね」
「アル・アインはUAE第二の都市だからな。3000年前の遺跡があるぜ。ラクダレースやってたり、オアシスの公園には動物園とか、オマエの好きなコーヒー屋のチェーンもフツーにあるぞ」
「えっ、行きたい」
「そうね、まずは子豚ちゃんと『宿主』を見つけてからね」
ジョゼは目を細めながら周囲を探索し、デカいソテツの木が無数に立ち並び、丸石の石畳とベージュ色の煉瓦で出来た遺跡公園の中を歩いていく。観光客が多いので、異国の女二人で歩いていても、それほど目立たないようだ。
「すごーい、大きい木がいっぱい! オアシスマップだって」
「観光気分かよ!」
「……子豚ちゃんはもう少し南ね。目立たない所で少しテレポートしましょう」
「ちぇ、もう少し見たかったな……。動物園……」
「帰りに一緒に見に行きましょ!」
「オッケー! えへへ……楽しみ!」
ヴァイオラが名残惜しみつつ、『アストリオン』を使って瞬間移動を行った。到着した先は先程までのソテツに囲まれたオアシスとはうって変わって、見渡す限りの砂漠の切り立った岩山にクネクネとした道路が延々と続き、ホテルやドーム型のコテージがぽつぽつと点在している場所。ジェベル・ハフィートだ。砂埃で霞んでいるが、先程までいたアル・アインの街並みが一望でき、まさに絶景と言っていい。
「うわ、凄い! あのてっぺんのカフェも素敵だね」
「オマエなー、完全に目的忘れてるだろ……」
「そんなことないよ」
なるほど、ヴァイオラの手が微かに震えている。いくら体勢を整えてきたとはいえ、未知の悪魔と会うのだ。フツーの人間なら、恐怖を感じない方がおかしい。自ら楽しさを演出し、恐怖を薄めてたってワケだ。
「あっちだわ」
ジョゼが導く先にはオマーンとの国境付近。ジェベル・ハフィートのネクロポリス。石の煉瓦を積んだ墳墓が立ち並び、からっ風が吹き荒ぶたびに砂埃が舞い上がる。オレ様の口に砂が入りぺっぺと吐き出すが、ヴァイオラとジョゼは『アストリオン』でガードしていて涼しい顔をしてやがる。ずるい。
「あれ? あそこのお墓に誰か……」
「女の子だわ。こんな所でどうしたの? お母さんは?」
「あ……! 逃げた! ちょっと待って!」
ヴァイオラがこんなところで子供を一人見つけた。ここも観光客がぼちぼち居るので、その一人だろうか。と、思っているうちに、そいつはよたよたと走って逃げてしまった。奥にある岩山の影の方に向かって移動していく。ヴァイオラが直ぐに追いかけようとするが、ジョゼが険しい顔で制止した。
「ジョゼ……?」
「どうやらビンゴね。あの子の目……! 永遠に続く暗い闇のような輝き……!」
「おい、ウッソだろ。まさかあの子が……」
オレ様たちは固まって、その子供が行った先へと歩む。警戒しながらゆっくりと。岩山の影から『
「私が先に行くわ」
「……うん、気をつけて」
ジョゼが切り立った岩壁の向こうを覗く。すると……
ガツ! ガツ! ムシャリ! グチャ!
ゴクリ……
さっきの少女が、一心不乱に何かを食べているらしい。そして嚥下した。どうやら、何かの肉のようだ。その肉からは血とも何ともつかねー赤黒い体液が撒き散らされ、
少女の口や服が汚れまくっている。
「ちょ……! 何を食べてるの!?」
「うっ……」
ヴァイオラはその光景にかなりショックを受けている。口を手で抑え、青い顔をしている。理解が追いつかず、脳がフリーズしているのだ。
「おにく……、おいしいの……」
少女が口を開いた。こちらを振り向いた少女の髪はばさばさと砂埃に乱れ、何日も洗っていないかのように汚れており、着ている服は殆どボロ
「やあ、キミたちも悪魔だね!」
上の方から声がした。羽の生えた子豚みてーな悪魔……! フライピッグだ!
「こんなところまで来るなんて、ご苦労さまだね。ボクとこのコ、ベルゼを消しに来たんだろ? ギッヒヒ、二人がかりか。えげつないね。『王の儀式』のためには手段を選ばないってことだね。感心だね!」
ヴァイオラは震えながらも、ぐっと拳を握りしめて、静かに声を絞り出す。
「そうじゃない。私はヴァイオラ。『王の儀式』には興味ないし、出来ることなら戦いたくない。……けれど、フライピッグ。あなたはこの子に、一体何をさせているの……?」
「何を食べさせているんだ……?」
フライピッグがゲヒャヒャヒャ、と下卑た笑いを辺りに響かせる。
「『王の儀式』に興味がない!? 嘘だね! ならなんで、あの暴君ウォルコーンがドグネク族なんかの支配下に入ってるんだい? 戦いで負けるわけないし、卑怯な手でも使ったんだろ? ブププ……」
「そ、それは成り行きで、仕方なく……!」
「ダメだヴァイオラ、会話できる相手じゃね―」
「あああぁぁぁあ!!!! おなかがすいた! もっと! もっとほしい!!!!」
少女が叫ぶ。フライピッグの目がにんまりと歪む。そして……、フライピッグがどこからともなく包丁を取り出し、ズバッ! と自分の身体の一部、腹のあたりを切り裂いた……! 赤黒い体液が滴り落ちる。そして肉片を手に取り……。 何だ!? 何をしているんだコイツは、狂ったのか……? ……まさか。おい、まさかだろ。
「ワカったよ、ほら! おたべ!」
フライピッグが自らの肉片を少女に投げつけた。喉の辺りに張り付いたそれを引っ剥がし、イッちまった目をしながらまた食い始める……! ベルゼと呼ばれた少女は、悪魔の肉を食わされていたのだ……!
「フライピッグ……! アンタ一体何をしてるんだ。その子をどうする気なの?」
「あっれェ~~? 分からない? 理解不能? 脳ミソ足りないんじゃない?」
オレ様はイラッとしたが、この腐れクソ豚野郎に一瞬で回答をぶつけなければいけない。場に飲まれたが最後、ジョゼは怒り狂い、ヴァイオラは恐怖に打ち負けるだろう。だから、努めて冷静に状況を分析した。
「『宿主』に肉を喰わせる……、『アストリオン』発現の条件を満たすためか?」
フライピッグは口から赤黒い涎を吐きながら満面の笑みを浮かべた。
「ピンポンピンポーン! 半分正解!」
「……いや、残り半分も
「そうか……! 私と同じ事を……!」
フラピッグは田舎のマスコットキャラみてーな面を醜悪に拗じり散らかしながら舌なめずりをし、答える。今すぐ顔面パンチしてやりてーわ。
「おぉ、意外と賢いじゃん。でもちょっと違うんだな! 折角だから解説してあげるよ。冥土の土産ってやつ! 一回やってみたかったんだ! ブププ」
「……教えてフライピッグ。この子は何を願ったの……?」
ヴァイオラが、ストレートかつ単刀直入に聞く。
「見ての通りさ! 『第1の願い』は『食べたい時に、食べ物が出ること』。第2の願い』は、『好きなだけ食べること』! ベルゼはとってもかわいそうなんだ。ずっとお腹が減ってて、食べるものがなくて。だから、優しい優しいボクが、この美味しい美味しいボクの身体を千切って、プレゼントしてあげてるのさ!」
「『願い』を曲解してるのね。悪魔が使う古典的な手だわ。『宿主』の願いを自分に都合の良いように解釈し、意のままに操って悦に浸る。そしてフライピッグの『魅了』は、味覚ね……!」
「コイツは『宿主』を乗っ取る気だ、内側からな」
とんだクソ下衆野郎だった。まさか願いの悪魔に、こんな誇りの無いヤツがいたとは……。『宿主』をなかなか見つけなかったのは、厳選していたからだ。一番困窮していて、一番つけ込みやすいニンゲンを……!
「許さない」
ヴァイオラがキレた。手の震えがピタリと止まり、瞳に翠緑の炎が灯っている。コイツ、フライピッグのヤツを完全に
「こんな小さな子を……、そんな目に遭わせるなんて……!」
「ヒヒッヒ―! おーこわ! でももう遅いんだよー! もうボクの身体はほとんど食べさせちゃったからね! あと一口さ!」
そう言って、フライピッグはベルゼの口の中に一瞬で滑り込んでいった。刹那。
「……ッ!」
ベルゼの全身が『漆黒のアストリオン』に包み込まれ、周囲を飲み込み始めた! 岩山が削れ、砂埃、砂利、岩、触れたもの全てが消滅していく……!
「クッソヤベエ! 距離を取れヴァイオラ! この『アストリオン』、何でも喰らいつくす! 絶対ぇ触んじゃねーぞ!!!」
クソ、特訓が一切役に立たね―! ヴァイオラが接近単打を学んだのが、完全に裏目だ。手のうちようが全く無い。『漆黒のアストリオン』はどんどん周りを蝕み、闇が辺りを包み込んで、消失させていく。フライピッグの狙いは至極単純明快、ベルゼを暴走させ、『王の儀式』もクソもない、この地上全てを蝕み尽くし、人類ごと『宿主』全員を消し去ってしまうことだ。ベアスの『数字』と、どちらが早いかは判らんが。
「私に任せて」
ジョゼが歩み出た。ジョゼは『黄金の蔦』を素早く放ち、『漆黒のアストリオン』をズバッ! ズバッ! と切り裂いて行く。が、同時に『蔦』も消滅する。切り裂かれた『漆黒のアストリオン』は一瞬停滞するが、すぐに元に戻ってまた周囲を侵食し始める。消耗するのはジョゼだけ。完全にジリ貧だ。
「駄目だ、ジョゼの『アストリオン』だけが飲み込まれてしまう」
「クソッ、なんかイイ手はねーか……」
しかし、思い浮かばない。仮に『第3の願い』を使うとしても、既にフライピッグが融合してしまっているので、ベルゼの『第1・第2の願い』を解除する意味がまったく無い。さらに、融合してしまった悪魔を引き剥がすのは間違いなく「非常に高難易度の願い」だ。つまり、叶うまでに果てしない時間を使ってしまう。同じ融合体であるジョゼが『願い』を使えればワンチャン解除の可能性はあったのだが、ジョゼは既に『願い』を使い切っている。
「ぐ……」
「こうなったら『
「ダメだやめろ。オマエが実証しただろ。『アストリオン』は悪魔に通じる。アレがオレ様のアーマーを貫通しないという保証は無い」
「くっ……」
「ホラホラホラぁ~~、許さないんでしょ、ボクのこと! キャハハハハアハハハハハハハハハハハハッハハハハハ!! 殺したいんでしょ!? ギヒ! やってみろよ!! なあ!! はやくさあ~~~!!!!」
フライピッグの野郎がベルゼの口から臭い息と悪党のセリフを吐き出す。ヴァイオラは怒りのあまり下唇を噛み締め、血が滴っている……。
「……ヴァイオラ、ごめん。あの子ごと消すしか、無い」
「……!!!」
そうだな。ワカッてた。それしかない。けど、あまりにもだろ。ヴァイオラの身体が震えだした。涙が一滴こぼれる。そうこうしている間にも、ベルゼを中心に闇が岩山を、遺跡を飲み込んでいく。コテージや観光客を消滅させるのも時間の問題だ。もはや一刻の猶予もない。そんなことはワカッてんだよ!!!
「アンタでも泣くのね、バロック」
「……うるせーよ」
「どーしようっての!? このボクを消すだって? どうやって!?」
「二人とも、下がってて」
ジョゼは無言で『
「『
対象を超空間に転送し悪魔もろとも消滅させる、無慈悲な『第1の願い』。父を殺し、ウォルコーンを嘲笑った者たちを、灼熱の怒りとともに消し去った、ジョゼの必殺の一撃。今回はノーヒントだ。究極の初見殺し。
「な、なんだ!? この四角いの……」
「お、オイ! ちょっと待て! こんなの反則――」
そして、ゲス野郎の台詞が言い終わる間もなく、哀れな少女はこの世から消滅した。ジョゼは『第2の願い』を解除し、周囲の灼熱はすうっと霧散していく。いつの間にか砂埃も晴れ、ジェベル・ハフィートの岩山は、まるで最初から何者も存在しなかったかのように、静まり返っていた……。
「こんなの……、こんなのって……」
「ヴァイオラ……」
ヴァイオラは膝から崩れ落ち、うずくまって涙をこぼす。小さな背中が嗚咽を押し殺し、震えている。オレ様も、どんな声をかけていいのかわからない。
オレ自身、まさか『願いの悪魔』が、こんな手段を選ばない……
「……帰ろうか」
ジョゼは一言だけ、優しく呟いた。ヴァイオラはうずくまったまま、力なく頷く。何が特訓の成果だ……。ヴァイオラの心の傷は深い。大丈夫だろう、なんて軽い気持ちで本番に赴いて、このザマだ。シミュレーションが足りなかった。思慮が足りなかった。知恵も経験も、覚悟も決意も、何もかもが足りなかった……。この受け入れ難い現実に打ちのめされる。……しかし、オレ達はベアスの『全人類を滅ぼす願い』を食い止めなければならない。だから、立って、帰らなければならない。
「……立てるか、ヴァイオラ」
「ありがと、大丈夫」
ピシッ。
厭な音がひびく。
ビシッ、ビシッ……。
「……何だ?」
「空間に、ひびが……!」
「……まさか……」
ビシッ! バリッ!!
音が強まり、空間に入ったヒビから真っ黒い色の光が滲み出してくる……!
「オイオイオイ……、まさかだろ。これは……『漆黒』の……!」
バリィィン!!!
「どこに帰ろうって言うんだい!?」
真っ黒に染まった眼球から黒い涙を流しながら、ベルゼに憑いたフライピッグが『漆黒のアストリオン』を撒き散らしながら空間をブチ破って現れた。クソが!!!!
「テメー! どうやって!?」
「忘れたのかい? 『願い』だよ、『ね・が・い』! ベルゼはまだ『2つ』しか『悪魔の願い』を叶えてなかったからね! 『第3の願い』で叶えたのさ! 『ここから出たい』! ってね! ギヒヒヒヒヒヒヒヒ!!! ボクたち融合してたから出れちゃった!! じゃ、バイバーイ!」
フライピッグは『漆黒のアストリオン』をベルゼに纏わせ、宙に浮き、まるで無数の触手のように『アストリオン』を伸ばして漂わせている。その様子にオレ様の危険信号がフルMAXで警鐘を鳴らす。
「来る! ヴァイオラ!」
「危ないッ!!!」
どん、とジョゼがヴァイオラを突き飛ばす。
「キャッ!」
ヴァイオラがジョゼに振り向く。オレ様も同時にジョゼを見る。ジョゼは―――
信じられない、といった顔で、自分の胸元を見ている。
「グッ……ハ……」
「キャハハハハハハハハハ~~! ウォルコーン、ゲームオーバ~~!」
――――フライピッグが伸ばした黒い触手が、ジョゼの胸を貫いていた。
to be continued...
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