第7話 カフェに行こう!

日曜日の朝、青空。教会での、悪魔ウォルコーンとの灼熱バトルから数日経った。ヴァイオラは休みなので私服だ。ブカブカの黄色っぽいパーカーとストレッチ素材の黒いジーンズ、ハイカットのスニーカーという出で立ちだ。


「よし、行こっか」


オレ様とヴァイオラは、悪魔ウォルコーンと融合したイタリア女ジョゼに呼び出され、ヤツが泊まっているホテルへと朝イチで足を向けた。『翠緑のアストリオン』を使えば瞬間移動も出来るだろーが、ヴァイオラはいくばくかの小銭を支払って周回バスに乗り込んだ。頬杖をついて窓の外を物憂げに見詰めている。オレ様は鞄の中からそっと声をかけてやった。


「……なあ、『3つ目の願い』はどうすんだ? なんか考えてっか?」


ヴァイオラはこちらを見ることもなく、ぼそぼそと回答した。


「んーん。……他の『宿主』と戦わないで済む方法ってないのかな」

「そうだなー。他のヤツらの『願い』が全員なら、戦わなくて済むだろうな。逆に他の『宿主』が一人でも好戦的な『願い』をしたら、その時点で不可能だ。なぜなら、仮にオマエが『3つ目の願い』で平和的な願いをしても、向こうの『願い』で相殺されちまうからだ」

「……そうだよね」

「結局、この世界の仕組みと大して変わんねーってこったな」

「……」


外の景色は枯葉舞う秋空。東京の端っこにあるこの街の細い道をバスは走っていく。ヴァイオラは少し灰色がかった瞳で何も語らず、その景色を眺めていた。オレ様は肩をすくめ、一人で話を整理することにした。


「ゴーティオンと神父のおっさんはあれから姿を見せねー。『秘密の小部屋』に引き篭もっているらしいな。ジョゼの姉ちゃんの『願い』で片腕吹き飛ばされたから、ソレをなんとかしてんのかな。もちろん、神父のおっさんが『第2の願い』で復元することも可能だろうけど、流石にソイツはコスパが悪ィーか。片腕の再生をで出来る『願い』じゃないと、一回分無駄遣いだからな」

「そうだね……」

「(絶対話聞いてないな、コイツ)」


ポーン。つぎは、H町南入口……。気付けば広めの通りに入っていた。


「おっ、ここじゃね?」

「え、あ! 押さなきゃ!」


ヴァイオラが黒いボタンを押すと、「次、降ります」というアナウンスが流れ、青信号の交差点を一つ通過してからバスはゆっくり停車した。車通りは結構多く、大型のトラックが目立っていた。


「ありがとうございます」


ヴァイオラは会釈してたたっと軽快にステップを降りた。入れ替わりに、数名の並んでいた行列がバスに吸い込まれていった。アイツらはいったいどこに向かうんだろうか。せっかくの休日だから、有意義な時間を、ドブに捨てにでも行くのかな……。


眼前には送迎バスやらタクシーが停車するスペースがあり、真ん中にガラス張りの三角屋根のアトリウム、右サイドにはてっぺんに赤いランプが点滅している背の高いコンクリートのビル、左サイドには茶色っぽいの6階建てホテルがあった。


「思ったより立派な所だった。うわー緊張する。どこから入るのかな」

「左側のホテルの自動ドアだろ。アトリウムもあるから、初見は迷いそうだな」


ホテルの自動ドアを潜ると、風防室と更にもう一枚自動ドアがあり、シャンパンゴールドのカーペットと落ち着いた金の装飾がオレ様たちを迎えた。ヴァイオラは入り口に設置されたスプレーボトルで手を消毒し、あまり入ったことのない雰囲気におそるおそる歩を進める。


「へー、レストランもロビー近くにあるんだな。おっ、ケーキ屋がある。帰りに買ってこうぜ。オレ様はシュークリームがいい」

「はいはい。えっと……、そこのラウンジバーでジョゼが待ってるはずだけど」


ヴァイオラがきょろきょろしていると、ラウンジの方から、この間教会で聞いた、ハスキーでありつつ鈴が鳴るような声で「チャオ!」と聞こえてきた。ジョゼだ。ライダースーツではなく、白い開襟シャツに黒いスプライトのジャケットを羽織り、スキニーのパンツという、やや男性寄りのイタリアンスタイルの出で立ち。角は視えないようにしてあるようだ。


「いた!」


ヴァイオラは笑顔かつ小走りで駆け寄っていった。今の状況でマジの相談ができる、唯一の知人だからかな。いっぺん殴り合ったら友達ダチってヤツか……?


「ジョゼ」

「来てもらっちゃって悪かったね。何か頼む? バロックも出てきたら?」

「ああ……、お得意の『魔眼』で周りからはオレ様が見えなくなってるとかか?」

「ちがうちがう、アンタはどうせぬいぐるみにしか見えないって! アハハ!」

「……オマエなぁ~……」

「それもそっか。はい」


と、ヴァイオラはオレ様をすとんとソファに座らせた。一応これまで気遣って隠れていてやったのに、一瞬で努力が水泡と帰してしまった。さらに、マジで店員も客もオレ様を見ても、何のリアクションも起こさなかったのであった……。


「ほらね、大丈夫でしょ」

「最近のぬいぐるみは動いたり喋ったりもするし、ね」

「ハァ……まあいいか。気ィ遣うよりは……」


ジョゼの前には既にアイスコーヒーが設置されていたため、注文はヴァイオラのみが行う手筈だ。


「ええと、わたしはハーブティーでお願いします」

「オレ様はクリームソーダで……。あっ!」

「えっ……? ……あ、はい。それではご注文を繰り返します」


ついうっかり、流れでオレ様も注文してしまったが、ジョゼがチラリと眼を光らせて事なきを得た。ジョゼと融合した悪魔ウォルコーンの得意技『魔眼』だ。オレ様が『触り心地』で生物を虜にするのに対して、コイツは眼で生物を魅了し、意のままに操る事が出来るのだ。……というような事を、オレ様は悪魔テレパシー的なものでヴァイオラに伝えてやった。ジョゼはオレ様に向かって恩着せがましくウィンクをした。


「一つ貸しね」

「そっか……。だから『アストリオン』で防がなかった神父様は、ウォルコーンの『魔眼』が直撃して、あんなに怯えてしまったんだ……」

「……ってこったな。コイツが悪魔の時は本気出すと『魔眼』だけで生物の脳神経を焼き切っちまうからな。暴走状態だったから、逆に助かったところもある」

「えっ、焼き切っ……」

「おかげ様で今はもう大丈夫よ。神父様には悪いことしたわ」


雑談していると、ヴァイオラの前にハーブティーが置かれ、続いてオレ様の前にクリームソーダが献上された。ヴァイオラはバスに乗っていたときと同じように、頬杖を付いて、立ち上る湯気を眺めていた。


「戦わずに済む方法って、ないのかな……」

「少なくとも、私とはもう戦わなくて大丈夫よ。既にヴァイオラに敗北したから」

「そうなの?」

「ええ。一度でも敗北した『宿主』は、勝利した『宿主』の支配下となるの」


ヴァイオラがじとっとオレ様を睨む。そんなこと聞いてない! とでも言うつもりなんだろう。


「……オレ様は『願い』を叶えたらさっさと棄権するつもりだったからな。つまり、他の『宿主』が来たらオレ様がソイツをぶちのめして、で終了、ってこった。オマエにとっちゃ適当に『願い』は叶うし、余計なトラブルは無いし、でオールオッケーだろ」

「……まあ、そういうことなら……」

「ところが、誰かさんが『お友達になってぇ~』なんて願うもんだからよ。ま、オマエの気が済むまで付き合ってやるよ」

「えっらそうにー。けど……神父様も最初から戦うつもりは無かったし、会って、実際に話してみないことには何もわからないと思う」

「まァな。しかし……」


オレ様は敢えて、不躾に質問を投げかけてみた。


「ジョゼはなんでまた、あんな物騒ブッソーな『願い』を?」


ヴァイオラは一瞬息を詰まらせ、ごくりと唾を飲み込んだ。ぶっちゃけ、ヴァイオラが一番聞きたかったことだろう。ま、あんなブチ切れ方をして素っ飛んできたヤツが、マトモな状況でそんな『願い』をしたとはどうも、考えにくい。が、に真っ当な人間性を見せられてしまうと、きっと切羽詰った事情でもあったんだろうな、と考えるのが自然だが。


「そうね。ヴァイオラも気になるだろうから、話したげる。でも、ココだと流石に、ね。ヴァイオラの知り合いがたまたま通りがかったりでもしたら、怪しい勧誘にでも捕まってると思われかねないから。場所変えましょ」

「ギャハハハ! 違いねー!」

「……はぁ。でもどこに行く? わたし、まだあまりこの辺りに詳しくなくて……」


ジョゼはこの流れを予想していたのだろう、薄ら笑みを浮かべてうんうん、と頷いた。そして内ポケットからサッとブラックカードを取り出した。


「じゃ、お店は私に任せて頂戴。支払ってくるね。って事で」

「ケッ、随分安いお礼だな」

「ありがとう、ジョゼ」

「いえいえ~」


ホテルの裏側はガラス張りのアトリウムを抜けると30メートル四方くらいの小ぢんまりとした雑木林のある遊歩道があり、周りに人気が無いことを確認すると、ジョゼはヴァイオラの手を握った。


「……?」

「私の『アストリオン』で、に跳ぶわ。行きつけのカフェがあるの」

「ちょ、待て」

???」

「1万キロメートルもないから、問題ないでしょ」


ジョゼが『黄金のアストリオン』を集中させると、いつぞやヴァイオラが教会に瞬間移動したときみてーに周囲が暗転……ではなく、周囲の3D空間を保持したままちょこっと上の次元宇宙空間に移動し、三次元宇宙的な感覚では言語化し難い景色を数秒眺め……まあ具体的に言うと、光るメンガーのスポンジっぽいのが内側と外側をぐるぐるさせながらクラインの壷的な軌道ででっかくなったり消えたりしつつ……。


「……うぷっ」

「ギャー!! ヴァイオラが顔真っ青! こんな狭いとこで吐くんじゃねー!! 『翠緑のアストリオン』で三半規管とかその辺治せ!」

「あ、ご、ごめん! そうか、私らは大丈夫だけど、ヴァイオラは……」


ヴァイオラは半目状態でなんとか『翠緑の』を出し、なんとかアレまみれにはならずに済んだ。とはいえ人間がこんなトコ通っちまったら脳がバグっちまうからな。最悪の状態は回避したが、頭を抱えて「うう~……」と言いながらふらふらしている。


「私の目を見て!」

「オレ様の頭でも撫でとけ!」

「あっ、あっ……」

「おおい! 悪魔二体分の魅了はヤベーって! ぶっ壊れちまうぞ!」

「キャー!! ごめん! ヴァイオラ!」

「あはは、はは……」

「ジョゼは移動の計算続けとけ! オレ様が何とか調整する……」


そうこうしているうちに、ほぼ地球の裏側。地球時間に換算するとほんの一瞬で、白壁の四角い建物と、遠めに古い町並みが並ぶ、欧州イタリアはナポリの都に到着した。時差8時間なので当然真っ暗だが、丁度ハロウィーンの時期だったこともあり、若いイタリア人が仮装していたり、いくつかの店には明かりが点いている。そんな中、オレ様とジョゼは恐る恐る振り返り、ヴァイオラの様子を確認する。


「……」

「……」

「どうしたの? 二人とも」


何とか人格その他は回復させたが、瞳の色が完全に『翠緑』に変わっちまった。……どころか、虹彩がホログラムの五次元的なぐるぐる模様になっている。脳幹の分子構造が変化して一部、五次元宇宙にリンクしている。その影響で『アストリオン』の密度が数百倍になっており、一言で言うと、が爆誕してしまった。


「オマエ、な、なんともねーか?」

「何が?」


ヴァイオラはきょとんとしている。一先ずは、大事には至っていない様子だ。オレ様は柄にもなく、ほっと一安心した。


「はぁ……。バロックのお陰で助かったわ……。私は迷惑かけてばかりね……」

「よくわかんないけど、取り敢えず頭がすっごいスッキリした。ありがと。でも、今度から移動するときは、違う方法がいいかな!」

「お、おう、そうだな! 次回はオマエのテレポートで頼むぜ」

「オッケー」


完全にやらかしたジョゼは流石に気落ちして顔を手で覆っているが、おかまいなしにガタイのいい近所のおっさんが、イタリア語で陽気に話しかけてきた。ちなみにオレ様はヴァイオラの頭の上に寝そべる形で乗っかっている。仮装の一種と思われている可能性が高いだろう。


「ブォナセーラ! ジョゼ! 最近見なかったが元気かい? ほれ」

「グラツィエ、子供に配ってたお菓子ね。ありがと」

「お友達もどうぞ!」

「ありがとうございます! うわぁ、ドクロクッキーだ」


ヴァイオラに悪趣味なクッキーを手渡すと、おっさんはジョゼの肩を叩いて言った。


「親父さんのことは残念だったな、気を落とすなよ」

「ええ、大丈夫。

「ニュースで観たよ。誰がやったか知らないが、あの腐れギャングどもが燃えカスになっちまってよ。奴等にもとうとう天罰が下ったということだな。親父さんの魂も休まることだろうよ。ま、ゆっくりしていきな……」


おっさんはそう言うと、他の女の所にクッキーを持って行った。ヴァイオラは早速袋を開けて、ニコニコしながらクッキーを食べ始めた。美味そうに……。


「ほれ、アンタも食いたいって顔してんね」

「うるせー。モグモグ。けどよ、今のやり取りで何となくは理解したぜ。要するに、『願い』を使ってしたんだな。親父さんがギャングに消されたんだろ。だが、それにしたって、人間相手にあの『願い』はオーバーキルすぎねーか?」

「とりあえず、座って話そうか。あのお店だよ」


光る飾り付けで賑やかな夜の町外れ、ビーチを眺める古い通り、新しく出来たっぽいバルの隣に、煤けた煉瓦で出来たカフェが一軒。看板にはイタリア語で「賢者の水ラクア・ディ・サルビア」と描かれている。なんのこっちゃ。


「ブォナセーラ、おばちゃん。いつもの! と、ハーブティね」

「あいよ、ジョゼ。ちょうど焼いてたとこだよ」


オババが奥に引っ込むと、ものの1分やそこらで、焼きたてのマルゲリータと、自家製サングリア、そしてハーブティが登場した。さらに、ヴァイオラとは別皿で目の前に一切れのピッツァが置かれた。オレ様は目をぱちくりさせた。


「え!?」

「おチビさんもどうぞ」


ジョゼはフフーンと小首を傾げてみせる。続けてオババが説明する。


「この店には時たま来るでの、もな」

「ってワケ。実は、古い店にはこっそり悪魔が通っていたりするの。そのほとんどはバロックみたいな特別な役目の悪魔と違って、もっと、一般的なコたちだけどね」

「ごゆっくりどうぞ……」

「ありがとうございます! イタリアって色々凄いなあ……。あっ、美味しい!」


ヴァイオラはハーブティを一口飲んだあと、ピッツァをほおばり始めた。さっきまでヘロヘロだったのに、とろけるチーズの香りを嗅いだ途端に元気になりやがった。が、確かにコレは……。サクッとした釜焼きのクリスピーな食感、数種類のチーズが見事に配分され、特にチェダーの量が絶妙。一見大雑把に乗られたバジルの葉と、申し訳程度にいる塩漬けオリーブがまたいい仕事をしている。


「うまっ!」

「アンタ、食レポに向いてないわね」

「うっせ。脳内ではちゃんと色々考えてんだよ」


あっという間にピッツァがこの世から消滅した。オババが食後にアフォガードを運んできて、また奥の方に消えていった。この店のものは、よくこの世界から消える。


「さて、じゃあ話そうか。そう。私は悪い連中に殺された父の仇討ちのため、悪魔ウォルコーンに願った。『ヤツらを消したい』と」

「それが『第1の願い』か。必殺技名はウォルコーンの趣味だな……」

「そうね、カッコいいでしょ。【星幽監獄…プリジオネ・アストラ……】」

「おいやめろ、この店消す気か!」

「バロック、私たちも必殺技、作る?」

「マジかよ。うーん……、黒歴史になる予感しかしねーぜ……」


話が脱線しかけたので、オレ様は話を戻す。


「……だが、なんでオヤジさんはギャングどもに殺されたんだ? よっぽどじゃねえとカタギには手を出さねーもんだろ?」

「それは、父が見つけたのせい。私の父親は、表向きは医者だったけれど、裏ではだった」


オレ様はピーンと来た。


「ははーん。解ったぜ。ウォルコーンに出会ったのはジョゼ、オマエじゃなくて…」

「そう。父が最初に出会った」


この街の一部の古い人間は、悪魔についての知見がある。つまり『悪魔の願い』についても、御伽噺ではなく、千年に一度発生するイベントである事を予め知っている連中がいるという事だ。それが、この街に連綿と受け継がれてきた悪党の血筋、つまりギャングであった、と。その推理をしつつ、ヴァイオラに悪魔的テレパシーで共有してやる。


「でも、なぜ悪い人たちはジョゼのお父さんがウォルコーンに出会ったことを知ったの? いくら知識が受け継がれていても、知りようがない事じゃ……」

「簡単よ。下界に棲まう悪魔……、下悪魔げあくまが手助けしたのよ」


オレ様たち『願い』の悪魔は、悪魔の中でも神直属、最上級の存在だ。下悪魔げあくまはヒエラルキーに反目し、ま実際は上下関係もクソもねーんだが、オレ様たちを勝手に恨んで下界に赴き、生物を操って好き勝手している、マジで下等な連中だ。ま、中には天使のように善行を行うモノもいるっちゃいるけど。


「それで、人間の中には、下悪魔げあくまと『契約』を交わして、悪魔の力を借り受ける者がいるの。そいつらは『悪魔使いディアボリスタ』と呼ばれ、ほぼ全員が極悪人。残念ながら、その中にヒーローは居なかったわ。父が悪魔ウォルコーンと出会ったことを知るや否や、『願い』を叶える間もなく、直ぐに奴等は現れた。そして……」

「……なんてひどい……」

「親父さんにとっては、もらい事故みてーなもんだな……」

「私が家に戻ったとき、息絶えた父と、傍らにいたウォルコーンを見つけたの。そして願ったのが『第1の願い』ってわけね。父をこんなにした奴等を、『私の手で、この世から消してやりたい』と――」


ヴァイオラは無言になってしまった。つい十何日くらい前かには、まさか自分がギャングと悪魔の抗争話に巻き込まれ、知人の父親が命を落としている事を聞かされるなんて、想像もしなかったろう。


「そしてウォルコーンに導かれるまま、私が怒りに任せて奴等の下に向かったとき。シチリアのとある小島にね。そこには奴等が待ち構えていた。罠だったのよ。娘が居ると解っていて、報復に来ると知っていて、再び『宿主』を殺し、ウォルコーンを嘲笑うために、ね」

「クズどもが、ヘドが出るぜ」


ヴァイオラは怒りとも悲しみともつかない感情で、歯を噛み締めて小刻みに震えている。先にピッツァ食べといたのは正解だったな。今食っても、味なんて感じねーんだろな。……オレ様はヴァイオラが泣く前に、くっついてやった。


「ウォルコーンの怒りは凄まじかった。でも……、集まっていた『悪魔使いディアボリスト』は、近くいたの。この機会をずっと待っていた連中が。私はまんまと生贄に選ばれてしまった。流石に能力で劣る下悪魔げあくまとはいえ、まだ『1つ目の願い』しか叶えていない『宿主』になり立ての私では、敵の数があまりにも多すぎた。そして、数体しか仕留めることができないまま、瀕死の重傷を負ってしまった。敵の中に『不死者を殺す能力』持ちが居たって事ね」

「……だから、『第2の願い』でウォルコーンと融合して……、そいつらを……」


ヴァイオラが震える声で、正解を導き出した。


「…そういうこと。私達の怒りが一つになって、『願い』はあっさり叶った。ただ、あまりにも同調シンクロしすぎてしまった……。『黄金のアストリオン』が溢れ出て、弱い下悪魔げあくまと『悪魔使いディアボリスタ』はそれだけで蒸発。無意識に『星紋装纏アストラ・ドレスト』の状態になって、あとはもう一方的。気が付いた時には、敵の能力なんて何の役にも立たず、全て灰になっていたわ」

「うん。熱かった。ただ、熱いだけじゃなくて、全てを燃やしつくす程の怒り、そして悲しみ……」


自らの両手をまじまじと眺め、ジョゼの話と教会での出来事をオーバーラップさせるヴァイオラ。


「静かになったそのとき。遠くから自分を視る『悪魔の願いデヴィリオン』を感じたの。怒りに包まれていた私は我を失って、『黄金のアストリオン』で思いっきり、ただ、そこに向かって跳んだ。――そして」


ジョゼは一気に語ると、一息、ため息をついてから締めくくった。


「思いっきり殴られたような、とんでもない頭痛がして、目が覚めたら――。あなたたちが居たってわけ」

「ふ、ジョゼも散々叩いてきたから、おあいこだよね」

「そうね。フフ、アハハハ! ……ホント、あなたたちに出会えて良かった」

「……」


まるで恋人のように見詰めあうヴァイオラとジョゼ。オレ様のなかにむくむくとなんか良く解からない感情が湧き上がってきて、それを解消すべく、ヤツらの間に割って入る。


「ま、神父のおっさんが『願い』で覗き見たのは、ある意味ラッキーだったよな。尤もそんな、ショッキング! な光景を覗き見ちまったおっさんの心中は察するが」

「ん、そうだね……」

「神父のおっさんの動向は気になるが、他の『宿主』たちにも注意しないとなんねーぜ。あれから時間も経ってるし、何かしら動きがあってもおかしくねー」

「それなんだけど」


ジョゼが左の手のひらを立ててひらひらさせた。なんか、良い報告がありそうな気配がする。


「神父さんに視られたときの感覚がまだ残ってて、『宿主』に動きがあったときは、ウォルコーンのセンサーで察知できそうなの。今はまだ、動きがないけどね」

「そりゃ便利だな、ま、流石に『悪魔の願い』ほど精密ではないだろーけど……」

「いや、充分すぎるよ。そうしたら、今度はわたし達から、『宿主』に逢いに行こう。……もう、悲しい思いはしたくないから」

「賛成」


ヴァイオラの提案に、ジョゼがピッと手を挙げた。ま、そうでなくとも、敗北した『宿主』はヴァイオラに従う義務があるのだが、コイツらの関係性はあくまで対等だ。そう、の、強い……


「バロック、アンタもね。私たちは、そうでしょ」


仲間、……か。オレ様のことを友達だの、仲間だの。ヘンなヤツらだ。ヴァイオラの『願い』に縛られている都合もあるし、仕方ない。付き合ってやるしかなさそうだ。


「わーったよ。オレ様も付き合ってやるよ」

「へへへ」

「じゃ “” ってやつだね」


かくして、場末のカフェで、オレ様たちの愉快なパーティが誕生したのであった。

と同時に、オレ様は大事なことを一つ、思い出した。


「あっ! あのホテルのシュークリームッ! 買い忘れてるぞ!!」

「……」



to be continued...

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