第8話 全人類を滅ぼす願い

ジョゼの話を聞かせてもらってから、わたし達は引っ越す前の地元――フランス、アルルの郊外へ少し立ち寄ることにした。ジョゼに、せっかくヨーロッパまで移動したのだから、わたしの故郷も見てみたいとお願いされたからだ。


「今度は、わたしのテレポートで移動するからね!」

「そーだな、また乗り物酔いされちゃ困るしな」


わたしは、『翠緑のアストリオン』を使ったテレポートを試みた。この間、神父様のところへ移動したとき、3kmで3秒、つまり1km毎秒の移動が可能だった。イタリア・ナポリ~フランス・アルル間は、さっきマップアプリで確認したところ、約850km。つまり850秒(14分ちょっと)かかる予定だ。おばあさんに事情を話して、店のバックヤードを貸してもらう。


「すこし時間がかかると思うけど、大丈夫?」

「あー……。多分、もしかすると、オマエが思ってるより、早く着くかも」

「そ……そうね……」

「? まあいいか。じゃ、いくよ……。テレポートっ!」


フッ、と世界が暗転し、おばあさんの姿が見えなくなる。と、、再び視界が戻ってきた。時差は無いので時間は深夜のまま。辺りに人影は無く、街灯がまばらに灯っている。日本に引っ越してまだ間もないが、なんとなく懐かしい感じはある。……しかし。


「14分くらいかかる筈だったのに……? どうして……?」

「……実は、イタリアに移動するとき、少し上の次元宇宙空間を通ってきた影響で、ヴァイオラの『アストリオン』が(かなーーり)強まったようなの」

「レベル1がいきなり、レベル1,000になったっつーか……、ま、良かったな、ハ、ハハハ……」


わたしは「はぁ~……」と、溜め息をついた。


「結果オーライってことにしておくけど、もう隠し事はしないでね?」

「は~い……」


と二人は反省した。とはいえ、力が強くなったこと自体は、素直に嬉しいと思う。後でまた、色々試してみよう。


ここはローヌ川のほとり、カマルグの塩田にも程近い、アルルの町の郊外。森の前にひっそりとあるわたしの家は、いずれ戻ることも考えてそのままにしてあり、自宅の鍵も、なんとなくお守り代わりとして、鞄の中に入っていた。


「日本時間で夜になる前に戻れば大丈夫かな。ジョゼ、わたしの知り合いがいたら『魔眼』で誤魔化してね」

「ママさん、ヴァイオラがまさかフランスに戻ってるとは露にも思わねーだろーな」

「この町は初めて来たけど、コロッセオもあるし、ナポリに雰囲気似てるわね」


雑談しながら歩いていると、ジョゼがわたしの家を発見した。


「あ! あの柵のある白いおうちじゃない? でしょ? 森の入り口にあって佇まいが既にヴァイオラ感あるわ……」

「確かに、ヴァイオラっぽさ満点だな」

「もう、からかわないでよね」


わたしは小さな鍵をがちゃりと回し、木製の白いドアをキィ、と開けた。家の中にはもちろん生き物の居る気配はなく、しんと静まり返っていた。わたしたちの気配で目覚めた、外の小鳥の声が少し聞こえる程度に。


「ただいま」

「中は日本の家と大差ない感じだな。北欧雑貨の店で揃えたっぽい家具とかな……。違うのはそうだな、オマエが中学校の遠足で買いそうな、良く分からんオブジェが飾ってあるくらいか」

「……思いっきりPARISって書いてあるわね」

「うっ、それ中学校の遠足で買ったかも……。とりあえず、お茶でも……って、電気も水道も止まってたんだった。『アストリオン』で出しちゃおうかな」


食器棚から来客用の可愛い花柄のカップを三つ用意すると、うっすらとした埃を払い、同じティーセットのポットにお茶を満たして、二人と、自分用に注いだ。


「スミレの紅茶です。このあたりのお店でも売ってるんだけど、トゥーレット=シュル=ルーのノワール・ヴァイオレッテを思い出して、淹れてみました」

「ううん、いい香り。何から何まで、ヴァイオラ感がすごい」

「アハハ、名前が似てるってだけじゃないかな……。そうそう、バロック。トゥーレット=シュル=ルーは、スミレのジェラートが美味しいんだよ」

「マジか! そのうち絶対連れてけよな!」


それから、ジョゼが一度行ってみたかったという古代劇場へと、わたしたちは徒歩で向かう。古代劇場はアルルの闘技場の近くにあり、似たような石造りの、円形の観客席が取り囲む中央には、やはり石で作られたステージがある。夜中ではあるけど、時期もちょうど良く、ライトアップもされていて、観光客の姿もちらほら見える。


「ここかー。確かにローマの闘技場に似てんな。ちょっとボロっちいけどな!」

「それがいいのよ、解ってないねー」

「まあ、解らんこともねーけどな。ああいう柱の上で寝っ転がるの、好きだぜ」

「ふふ……」


厄介な出来事に巻き込まれている真っ最中とは思えないほど、楽しい小旅行。ずっと、こんな時間が続けばいいのに……。そう。楽しい時間というのは、あっという間に終わってしまうもの。人生における、ほんの一瞬の、星の輝きのようなものなのかもしれない。


――まさにその時だった。


キキキキキ……と、ガラスを引っかいた時みたいな、高い不協和音が辺りに響き渡る。直後、ドン! と、大地が脈打った。ギャアギャアという鳴き声と羽を撒き散らしながら、鳥たちが飛び去っていく。


「……ッ! この音……!」

「この波長……『悪魔の願いデヴィリオン』!?」

「周囲には『悪魔』も『宿主』もいねーぞ。……ってことは、メチャクチャ広範囲に影響する『願い』かもしれねー! それこそ、世界規模レベルとかな」


古代劇場に訪れていた観光客からも驚いた声が上がった。


「(地震!?)」

「(な、何だこれは?!)」

「(数字?! 私だけじゃない、あなたもよ!)」

「(きゃああ! なに、手に何か文字が……)」


周りだけではなく、遠方からも声が聞こえてくるようだ。バロックがきょろきょろと辺りを見渡す。


「何だ? どうした? 何騒いでんだ? どんな『願い』が発動してる?」

「みんな、、とか言ってるわ」


わたしは、観光客の一人に近づき、手の甲を確認した。


「ちょっと失礼します」


66という『数字』に似たが浮かび上がっている。一人や二人ではなく。恐らくその場にいる全員が同じ様子だった。しかし、何か体調の不良や、それ以外の異変を訴えている人は誰もいない。――直感的に、わたしは『翠緑のアストリオン』で、『数字』のをしてみようと思った。


「バロック、ジョゼ。わたし、この『数字』を調べてみる」

「…わかったわ。気をつけてね」

「成程、潜ってみるのか……。ヤベェと思ったらすぐに中断しろよ」


わたしは二人に向かってうなずいた。そして、手の甲を見せてもらっている観光客の『数字』に、潜行ダイブを試みる。


「……あの、すみません。少し、手を貸して頂けますか」

「え、ああ、はい。えっ、手を……? うわっ! 女の子が光った?!」


――わたしは目を閉じ、『数字』に意識を集中した。周囲のパニックがどんどん遠くに去っていく。『数字』に触れている、この感覚。バロックとジョゼが口走ったように、どこかの『宿主』の、何らかの『願い』が発動している。それも、好い『願い』ではない、とても嫌な感じがする。


――『数字』は情報を読み取られるのを拒んでいる。体中にノイズが走って痛みが伝わってくる。直後、扉のイメージが視える。これは、秘密を隠している象徴……。そう、これは『情報を隠す願い』。以前、神父様が他の悪魔と『宿主』の情報を調べたときに、神父様が教えてくれた……。北アメリカ大陸にいる悪魔ベアスの『宿主』の、『第1の願い』に違いない。この扉を開けば、『数字』の正体が判るかもしれない。


――……わたしは扉に手をかけ、思いっきり力を篭めてこじ開けようとした。ギギギギ……と扉は、開けられまいと激しく抵抗する。でも、わたしの『アストリオン』が少しだけ『願い』を上回り、一瞬隙間が空いた。その時、中から極彩色ごくさいしきの思念が漏れ出してきた。


ろくじゅう、ろくにち――

――みんな こロす―― 


「え?」


――ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコ「ちょっと、やめて……」ロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロ「うっ……」スコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス


バシン! とわたしの意識はそこで弾き飛ばされた。


「きゃあ!!」


わたしは数メートル吹き飛ばされ、尻餅をついた。体表に微弱な『アストリオン』で体を覆っているので、お尻の痛みはない。でも視界が真っ赤に染まり、頭痛がする。耳にはキーンと耳鳴りがしており、手で触ってみると、鼻と口から血が流れているのが分かった。体表のガードだけでは、内部からの攻撃にはダメージを受けてしまうらしい。突然血を噴き出したわたしを見て、周りの観光客たちが「ひっ」と顔面蒼白になった。


「ヴァイオラ! 大丈夫か! オイ目やら鼻やら血ィ出まくってるぞ。『悪魔の願いデヴィリオン』を『アストリオン』なんかでブチ破ろうとするなんて……、無茶にも程がある……。勘弁しろよ」

「あははは……ごめん。これくらいなら平気。見てて」


わたしは『アストリオン』を体内に満たし、弱っている箇所を修復した。わたしの体が『翠緑』の光に包まれ、手や服に付いた血が霧散していく。今後は、常にこの状態をキープしておいた方がいいかもしれない。……などと思っていたら、怪我を一瞬で治したわたしと、宙に浮いているバロックを見て、観光客が騒ぎ出した。


「(え!? 怪我した女の子の血が消えた? 映画の撮影かなにか……?)」

「(なにあれ、小さいのが飛んでるんだけど……)」


ざわざわしつつも、スマホでバロックがパシャパシャと撮影、録画され始める。わたしは顔が映ると困るので、『翠緑のアストリオン』で、、……という『小さな願い』を篭めた。学校の友達に「なんでフランスにいるの?!」ってぜったい突っ込まれるからね。ジョゼは自分で何とかすると思う。バロックは、まあいいや。


「コラー! オレ様をスマホで撮るなー!! 肖像権ってモンを知らんのか! ったく今時のニンゲンは。どーせSNSにでも投稿すんだろ。ま、いーけどよ。そんなこと気にしてる場合じゃねーしな。ほれほれ。カッコ良く撮れよ」


と、バロックは観光客の前で漂いながら、せわしなく色々なポーズを取っている。危機感というものが全く感じられない。ジョゼが溜め息をついた。


「もう、すぐ調子に乗るんだから。でも本格的に始まったわね。『王の儀式』が」

の『宿主』もいたみたいね。この『数字』は、前に神父様から聞いた話からすると――、悪魔ベアスと、その『宿主』の『第1の願い』だと思う」

「ああ、ヴァイオラが覗いたイメージから察するに……」


そこに、撮影会から抜け出してきたバロックが参加し、結論を述べる。


「『(』だろうな」


全人類を、滅ぼす『願い』。人間が考え付く限り、一番の災害。……それを願う者が現れてしまった。けれど。正直にいうと、わたし自身もある時、何もかも嫌になって、こんな世界終わってしまえばいいのに、と思ったことは、ある。……本気で願うかどうかは別としても、誰にでも潜在的に持っている願いの一つ……、なのかもしれない。


「範囲がメッチャ広いから、叶うまでに今まで、時間が掛かったのかもしれねーな。尤も、不死身の『宿主』であるオマエらには通用しないが、な」

「わたし達に効かなくても、ね。母さんや友達がいる」

「そうね。66日という条件設定は『願い』を叶えやすくするためかしら」

「ま、何かしら、よからぬ企みしてんだろ」

「それと――」


わたしは、一つ気になったことがあった。


「――ベアスの『宿主』って、もしかすると、小さい子供なんじゃないかな。なんというか……、言葉選びが幼いような気がして」

「かもな。仮にガキだとした場合、こういう『願い』をするってのはどういう状況なのか、察するに余りあるがな。まだ仮定の段階だから、あんまり考えすぎんなよ」


バロックに気遣われてしまった。というか、釘を刺されたのかな。いずれにしても、この目で確かめないといけない。


「分かってる」

「ちなみに、もう一つ情報を追加すると、悪魔ベアスはここよりも低い次元宇宙……つまり、を好む、変なヤツらしいぜ。で、オマエらニンゲンが好む二次元的な通信手段があるだろ? 01000111……」

「ああ、インターネットね。ベアスはネットを利用して、『願い』を拡散したのね」

「そーゆーこったな。ま、電子機器を持っていないニンゲンが居たとしても、『願い』を電波に乗せて来たとすりゃ、逃げようはねーな」

「解除する方法はただ一つ」


ジョゼがわたしの方を向いて、決心するよう促した。


「悪魔ベアスの『宿主』を、こと」

「……」

「ま、やるしかねーぜ。ママさんもオマエの友達も、みーんな人質ってワケだしな」

「……そうだね」


わたしは左手の腕時計をちらりと見た。時間は深夜2時を回っている。日本時間では朝の9時だ。ヨーロッパは大部分の人が寝てると思うけど、日本では大パニックだろうな……。今日が日曜日でよかった。


「一旦帰ろっか。ここで話してても仕方ないし……。東京で作戦会議しよう」

「賛成。じゃ、観光客の皆さん、チャオ!」

「じゃあなー。アディオス! アミーゴ!」

「アンタ別にメキシコ関係ないでしょ」

「はいはい……、それじゃ行きますよー」


わたしは『アストリオン』によるテレポートを試みる。おおよそ1万キロメートル移動するので、仮に『アストリオン』の密度が1000倍になっているとすれば、10秒くらいで戻れるはず。視界が暗転する。0…、1…、2…。と数えていたら、周りが満点の星空のように輝いて、心を奪われてしまった。


「うわぁ……」

「きれいね」

「コレはあれだな、対象地点の空間における量子情報を書き換える際に生じるエネルギーの発散が3次元宇宙空間内では光の放射となって……」

「……」

「アンタねえ、雰囲気ってものがあるでしょ。ヴァイオラの心の中みたいだね! とかさ、もっと気の利いた台詞でも言いなさいよ」

「あははは……」


と、言っている間に、最初に居た東京のホテルの裏側の雑木林の遊歩道の木陰、に到着した。結局、何秒かかったか数えるのを完全に忘れてしまった。ああ、わたしのバカ……。


「はん、大体10秒くれーか。オレ様の想定どおりだな。オマエの『アストリオン』はきっかり1,000倍くらいになってるらしい」

「あ、ありがと……、数えててくれて……」

「そういうトコは抜け目ないっていうか……、ドヤ顔したかっただけでしょうけど」

「まーな」


バロックはそっぽを向いて、頭をぽりぽりと掻いている。まったく素直じゃないな。わたしはバロックの頭を撫でてやった。


「よしよし。う、この手触り……。や、やばい……気分が変になってくる……」

「オマエなぁ……。ちっとは学習しろよ……」

「じゃ、ヴァイオラが変になる前に行きましょうか」


気を取り直して、再度テレポートを試みる。今度は自宅。昼間は母さんが出かけている筈なので、お部屋に直接で大丈夫だろう。テレポートするついでに、玄関に靴を脱いだ状態で揃えておく、という『小さな願い』を追加しておいた。ここからは3kmくらいなので、暗転する間もなく、一瞬で着くと思う。


「というわけで、到着です」

「ヴァイオラ……、いい加減離してくれねーか……」

「やだ」

「SNSは流れが速すぎて情報追いにくいね。地上波で現状把握しよう」

「テレビのリモコンは……、まいっか。えいっ」


わたしは『翠緑のアストリオン』をちょっとだけ飛ばして、テレビのスイッチをオンにした。……おかしい。今頃パニックのはずなのに、アニメ番組が流れている……。


「ああ、ヴァイオラ。この局じゃなくて、1チャンネルにしろ。ここは特別なんだ」

「1……と。あ、今度は真面目そうなアナウンサーが映った」

「見てみましょ」


――都内では、この現象が発生している患者が既に200万人に達し、内閣では対策室を設置しました。防疫に詳しい、対策室の左藤さんをお呼びしております。佐藤さん、これは一体どのような症状なのでしょうか。


――はい、内閣対策室の左藤です。ただ今調査中ですが、患者の皮膚の一部分、現状ではほぼ全ての方の右手の甲に、数字の『66』のような形状の痣が浮かび上がるという症状が発生しています。ただし、それ以外の身体的な異常が認められるケースは今のところ報告されておらず、サンプルの解析を進めております。


――ありがとうございました。政府は全国の学校を一週間休校とし、本現象の究明に全力を尽くすとのことです。念のため出社される方、会社を経営されている皆様は、出来る限り在宅ワークでの対応をお願いします。全国の皆様、本症状は身体的な異常をただちに発症させるものではないとの見解が示されておりますので、SNSなどによるデマ、風説の流布、特にご高齢の方は、詐欺に十分注意してください――


「要約すると、よくわかんねーから、家でなるべく大人しくしてろ、って事だな」

「学校は一週間休みになっちゃった。この隙に、どうするか考えよっか」

「SNSはもう、デマと憶測で埋め尽くされちゃってるね。……あとは言論誘導してマウント取ろうとする奴ばっかり。あとは……、バロック、アンタの動画も流れてるけど」


ジョゼがスマホの画面をこちらに向けると、バロックが色々なポーズを取っている映像が流れている。が、なんだか様子がおかしい。ズームされているのはバロックじゃなくて……


――顔! 顔が! どうやっても顔が映らない! この人!――

――新種のSCP?――

――新手の都市伝説、顔の映らない女ノーフェイスガール――


「わたしか……。やっちゃったな……」

「ちょっと待て――! オレ様を差し置いて目立ってんじゃねーよ!!!」

「はあー!? 知らないよ! みんなが勝手に盛り上がってるだけじゃん!」

「うーん……、TLタイムラインの流れを見る感じ、どうも、『数字』の現象と、顔が映らないヴァイオラの映像が同時に流れたこと、両者を関連付けようとしている人が多いようね……。地上波は、流石に国営放送だけあって、SNSの噂程度は流してないみたいだけど」

「……他のチャンネル回してみろ」

「あぁ……、ばっちりネットの映像流れちゃってる……」


――この顔の映らない人物は一体!?

――世界を揺るがす『数字』の奇病。両者の関連性とは!?


センセーショナルなBGMと共に、わたしの映像が、毒々しい色のテロップ付きで映し出される。苦虫を噛み潰したような顔をする私を気遣って、ジョゼが床に落ちていたリモコンを拾い、チャンネルを1に戻した。真面目な顔のアナウンサーが、落ち着いた青を基調とした撮影ブースに着席している。


「参ったな。なんて……」


その時。ジョゼがハッとした顔をした。


「……どしたん?」

「しまった。他の『宿主』に、余計な情報を与えたかもしれない。そう、神父さんが私を『願い』で覗き見て、私がそれに気付いたように……! あの時は、私がウォルコーンと融合していたから『願い』を逆探知できたけど、今回は――」

「条件は関係ない、誰でも場所を特定できちまう」


すると、テレビ画面上に固定されたL字型の情報バーに、新しい文字が流れ始めた。そう。まさに、ジョゼの悪い予感が的中したのだ……。


――ここで緊急ニュースです。との一報が入りました。で大きな爆発があり、複数のけが人が発生しているとのことです。なお、本件が、現在発生している大規模疾病との関連性は不明で、当局は慎重に捜査を進めるとの声明を発表しています――


「アルルの古代劇場が……! さっきまで、わたし達がいた場所……!」

「チッ。SNSで流れた途端襲ってくるなんて……。油断したわ」

「さっきの動画。トレンド1位になってるぜ……」

「けが人が出てる……! こんな事をするなんて……、考えてもなかった……」


画面には救急車に担架で運び込まれるけが人の姿が映し出される。ひどい怪我だ。わたしの心の奥底に、罪悪感、という黒い液体が染み出してくる。


「……大丈夫。後で私がこっそりしてくる。遺跡は元通りに修復。けが人は全員快復させてくる。だからヴァイオラは考えすぎないで」

「そうだな。いずれにしても、今後はオマエを中心に戦術を固める必要がある。だからヴァイオラ。オマエはいつも通り軸をブラさず、調子ぶっこいてろ」

「……わかった。ありがと」


わたしは膝の上のバロックをぎゅっと抱きしめた。罪悪感は消えなかったけれど、気持ちはいくらか楽になった。


――テロ事件の続報です。付近の監視カメラに、犯人らしき一行の姿が捉えられていました。筋骨質で大柄な長髪の男と、嘴のようなマスクをつけた人物が映っています。マスクの人物が周囲を見渡し、その後突然踵を返すと、大柄な男が遺跡の一部を殴りつけます。すると、真っ赤な閃光が走り、そして爆発……。監視カメラの映像はここで途切れました――


を持つ悪魔に、……!」

「……の野郎だ。完全にオレ様たちを狙ってきやがった」



to be continued...

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